うっとしい毎日です2016年09月29日 12時41分23秒

今朝目覚めたとき、腰が重く下手に動くと具合悪そうなので、しばらく様子を見ていました。

腰を浮かしたり左右に振ったりしていると何とか動けるようになり起き出しました。

筋肉が張っている感じがするので、運動不足でしょうか。

とても始業時間には間に合わないので、遅刻のメールをしました。
そして電車に乗ったのですが、今度は電車故障で30分の延着。

自然災害での延着(京都が遅れていました)は仕方ないですが、機械の故障などによる延着は何とかして欲しいですね。

電車は、のろのろ運転や完全停止をしたりで、30分も遅れました。

気になったのは、電車の停止は仕方ないですが、踏切内での停止で立ち往生する人や車がたいへんです。
動けないですものね。

写真の踏切でも5分くらい停まったでしょうか。
車がずっと連なり、人や自転車は別の踏切に行ってしまいました。
気の毒に思いつつも、カシャ!

ここ1週間は大雨での遅延などが頻発です。
仕方ないのですけどね。

暑くて雨ばかり2016年09月28日 23時46分33秒

朝、会社に行くと、

「今日は元気ないですね」

実は、エレベーターでいろいろ話をしながら行くのですが、私の声が大きいので来たらすぐにわかるらしいのですが、今朝は少し疲れ気味で、無言で事務所に入ったために近くの机の同僚に言われました。

蒸し暑い中電車に乗り、半分立ったままで電車に揺られて通っていますから仕方ないですね。

でも会社の机に向かうと何となく落ち着き、やる気が少し沸いてきます。
コーヒーを飲みながら馬鹿話を少しして、パソコンに向かいます。

帰りの電車は大雨の影響でほとんどが遅れていました。
私が乗った電車も遅れました。
京都あたりがすごかったみたいですね。

写真は1973年の9月終わりか10月初めの橋杭海岸です。
このころは浜一杯雑魚を干していました。

好きな景色です。
今でもこの景色はあるのでしょうかね。

1973年9月橋杭海岸

もう海水浴客もなく普段の海岸に戻っています。

1973年9月橋杭海岸

露店も閉めています。

1973年9月橋杭海岸

浜はフルに活用されています。

1973年9月橋杭海岸

1973年9月橋杭海岸

ここでも我がスバル360ヤングSSを撮っていました。
好きですね。

1973年9月橋杭海岸

今夜は会議があり遅く帰りましたが、気になっていた日本ハムの試合の結果を見ると、大谷君が完投で勝ちました。

11.5ゲーム差をひっくり返して優勝。

よかったですね。

これでまた彼の160km/h超の速球を見ることができます。
楽しみです。

まだCSがあるので何とも言えませんが、ぜひシリーズまで行ってほしいですね。

明石大橋が2016年09月27日 22時18分20秒

冬に、せっかく暖かくなりだしたのにまた寒くなることを、「寒の戻り」といいますが、今日はめちゃ暑くて、さしずめ「暑の戻り」という感じでした。

雨ばっかりで今月はバイクに乗れていません。
少し寂しいです。

アメリカではいよいよ大統領候補のテレビ討論がはじまりました。
日本でもこんなのほしいですね。
でもすぐに面白くなくなりそうな気がします。

そして首相を国民投票をさせてくれれば、値打ちあるトップとなるでしょうね。

今日も次の事務所の調査をしましたが、今日は比較的空気が澄んでいて、明石大橋を見ることができました。
ちょうど東京タワーと同じくらいらしいですね。

11月からはこの景色を毎日眺めての仕事となります。

下を流れる川にはやはりウナギがいるらしく夜になると竿の先にケミ蛍を着けてウナギを釣りに来る人が結構いるということでした。
海が近いのでスズキも来るらしく、一度ルアーを打ってみたいです。

聞くところによると、あるウナギ屋さんは、淀川でウナギを釣るためのミミズを養殖して餌にしているとか。

よく見てみると、大阪にはミミズが生息できるところが少なくなっていますね。

ルアーを打つとスズキもチヌも釣れるのではないかと、少し楽しみです。背広にネクタイでスズキを釣っていると滑稽ですね。

釣りたいなー。

「俺たちの国芳 わたしの国貞」展2016年09月26日 18時13分00秒

自宅への帰り道、名古屋のボストン美術館で「俺たちの国芳わたしの国貞」という企画展をしていたので見に行きました。

よかったですね。
江戸時代の版画とは思えないきれいさでした。
よくぞここまで版画にしたと思える繊細さでした。

彫りの繊細さとは対照的に、構図や絵柄は、ダイナミックで現在の漫画も目じゃないですね。

これらの版画が日本ではなくアメリカにあるということが少し残念ですが、このすばらしい芸術作品をきれいに残してくれた美術館に感謝です。

若沖でも日本でははじめは美術館の隅に置かれていたとか。

外国で評価が上がるとあわてるのが常です。

少し寂しいですね。

日本人は自国の芸術にもっと誇りを持てばいい、とかなりの数の絵を見ながら思いました。

「俺たちの国芳 わたしの国貞」展

「俺たちの国芳 わたしの国貞」展

話題は一気に変わりますが、東京築地市場問題。
最初は小池知事を追求していたどこかの党が、方向を変え、都当局の責任追及、実態解明に向いているとか。
いままでけ落とそうと手ぐすね引いていたのが、自分たちの調査不足が暴かれて、一気に“呉越同舟”の様相を呈しています。

これが政治屋さんでしょうね。


最初から追求していた政党と、問題発覚で急に調査をやり出した政党と、はじめから移転ありきで進んでいた政党と、国民はきっちり見極めなくてはいけないと思います。

この問題は他の施設、特に原発などにこうした問題はないのか、きっちりチェックしておく必要があると思います。

今日はいい天気でした2016年09月25日 22時26分36秒

今日は昨日と打って変わり、いい天気でした。

ホテルの駐車場までの間に川がありますが、地元の方でしょうか水門を一生懸命掃除していました。

いいですね。


せっかく小牧に来たのだからと名所を探していると小牧城のほかに、五枚岩をご神体にしている熊野神社があるということで、スマホをセットし行きました。

小牧市熊野神社

小牧市 熊野神社

これまで見たこともないような形をした碑がありました。

小牧市 熊野神社

ところが、確かに砦跡はあるのですが岩がありません。
どこかにあるのかと思って探してもなく、神社の裏手に回ると、ちょうどお庭の手入れをしていた上品なご婦人にどこにあるのか聞きました。

「この神社の大きな5枚の岩がある神社があると思うのですが、どの辺にあるのでしょうか?」

と聞くと、

「ここではないです。向こうの岩崎山にあると思います。私も見たことがないので一緒に行きましょう」

ということで案内していただくことになりました。

小牧市 熊野神社

小牧市 熊野神社

そのご婦人の運転する車の後についていくと、一度お知り合いの方お聞きしていただき再び車の後についていくと、小高い丘の中腹にその岩がありました。


ご神体にするだけあって結構な迫力でした。
ご婦人は、

「私は30年日本画をやっています。
仲間がこの岩をよく描いていますが、私は初めて来ました。
さっきの熊野神社は天皇陛下が沖縄訪問するのに反対する過激派に放火され、建て替えました。
ここはそれを免れました」

なんてことをするのでしょうね。

わざわざお教えいただいたご婦人に感謝です。
残念なことにお名前をお聞きするのを忘れてしまいました。

どうもありがとうございました。

小牧市 熊野社

小牧市 熊野社

小牧市 熊野社

小牧市 熊野社

小牧市 熊野社

小牧市 熊野社no

熊野社の横手に観音寺という小ぶりなお寺があり、近所の方でしょうか草刈りをしていました。

西国三十三所観音の石像がありました。
熊野だから那智山から始まる三十三所観音があるのも納得です。

小牧市 熊野社の五枚岩

小牧市 熊野社の五枚岩

なかなかいいお寺でした。

小牧市 観音寺

 賓頭盧さんもいます。

小牧市 観音寺

小牧市 観音寺

このあと名古屋に出てボストン美術館に行きましたが、その感想はまた明日。

昨日今日とバイオリズムが悪いのか、車をこっちんしてしまい、いささか気分の悪い一日でもありました。

孫の運動会2016年09月24日 21時07分00秒

今日は孫の初めての運動会でした。
天気が気になりましたが、何とか出来ました。

生徒も多く、観客もたくさん来ていました。

孫の運動会

孫の運動会

孫の運動会

年寄りには敬老席が設けられていましたが、この場所では撮影禁止。
うーん。

年寄りがうろちょろ写真を撮らないように敬老席に寄せ集め、写真禁止です。
私は写真を撮りたかったので、ここに座りませんでした。

孫の運動会

タブレット端末での撮影。
中途半端な機能と結構重いので、タブレット端末を持っている人はかなり少なくなりましたが、やはり目立ちます。

孫の運動会

孫の運動会

学校も運動会をもり立てようと、いろいろ工夫しているのがわかるプログラムがいくつかあり、楽しめました。
小学生のマーチングバンドを始めてみましたがよく訓練されており上手でした。

孫の運動会

孫の運動会

途中で雨がぱらついてきたので、昼休みもせず続けましたが、校長先生が中止をアナウンスして、あと二つとのプログラムを残して終了となりました。

孫の運動会

なぜか一年生が一番先に傘を差し出しました。

孫の運動会

プログラムで競争メニューがたくさんあり、正当な運動会でした。
組み体操もきっちりとあり、危なくないけれど結構見せ場があるものでした。

それといいなと思ったのは、生徒に進行の一部を任せていたことでした。
責任感が養えると思います。

運動会ははるか昔に見ましたが、テレビで見るようなウェーブをやったり、やはり新しい運動会になっていることを感じました。

伊賀上野城2016年09月23日 22時26分18秒

明日春日井市で早朝から用があるのでお休みを頂き、今朝から名古屋まで走りました。
昼にちょうど伊賀上野に着いたので、前から見たいと思っていた伊賀上野城を見に行きました。

雨は上がっていましたが、空は相変わらずどんよりとしていて絵柄的にはいまいちくっきりとしませんでした。

伊賀上野城

天守閣最上階の天井には、横山大観、土田麦遷、高浜虚子など画家や当時の国会議員の絵や書などがたくさんあり、見応えがありました。

伊賀上野城

伊賀上野城

創建当時日本一高いといわれた高石垣。

伊賀上野城

伊賀上野城

伊賀は俳聖芭蕉の生まれ故郷でもあるので、芭蕉記念館があり、入りました。

伊賀上野城

記念館の庭に一つだけ咲いていた睡蓮。

伊賀上野城

忍者とランボー?

伊賀上野城

トイレにも忍者。

伊賀上野城

俳聖殿。

ここも見たかったところです。
なかなかの建物でした。

伊賀上野城

伊賀上野城

伊賀上野城

なかに伊賀焼きの芭蕉が座っていました。


時間があれば芭蕉の生家なども見たかったのですが、今回はパスしました。
天守から見た上野市の建物は平屋で瓦屋根のおうちが多く、なかなかの景色でした。

日本の家並みの典型みたいな景色が四方に広がっていました。

伊賀上野城

彼岸花がよく咲いています2016年09月22日 21時57分03秒

彼岸花と龍門山
雨ばかりの1週間でした。

バイクに乗れないのでいささか欲求不満です。

最近ときどき携帯のトップ画面に、

「大雨警報・・」

として表示され紀の川市の大雨注意がメッセージで出ますが、我が家は降ってないときのほうが多いので不思議に思っていました。

通勤の時に周りを観察すると、やはり龍門山ですね。

龍門山に湿気が当たり、粉河方面により多くの雨を降らすのではないかと思います。

今日買い物に行った帰り、休憩を兼ねてため池でロッドを振りましたが、そこから龍門山を見ると雨雲がかかっていました。

これですね。

写真の後ろに写っている山が龍門山で、雲がぶつかるように厚くなっているのがわかります。

地形により大きく変わる自然というのは面白いですね。

彼岸花があちこち咲き誇っています。
田の稲も黄金色が多くなり、秋が濃くなりつつあるのを感じます。

スバル360ヤングSS2016年09月21日 12時59分43秒

写真を整理していると折に触れて撮ったマイカーが出てきます。
バイクもいろいろ撮っておけばよかったと思っていますが、車は、特にスバル360はそのスタイルのユニークさ、走りの良さなどで思い出深い車なので結構撮っていました。

潮岬の夕日をバックに。

スバル360ヤングSS

十津川の雨の日。

スバル360ヤングSS

場所はわかりませんがちょっと休憩ですね。

スバル360ヤングSS

最近の車は同じような車が多くて退屈ですね。
特に日本車は売れるとなると皆、似たようなスタイルになってしまいます。

空力や生産性を追求すると必然的に同じような形になるとは思いますが、何か一ひねり欲しいですね。

個性的な表現とすれば、最近はLEDライトを使って、ポジションランプやテールランプにユニークなものがあります。

全体的なデザインで、ちょっといいスタイルがあって振り返ると、ほとんど外車ですね。
昨日も似たようなことを書きましたが、ワーゲンやフィアットのように今の時代に通用する復刻版を出して欲しいですね。

車大好き人間は、やっぱりデザインや個性にこだわります。
動力性能は現在のもので必要十分ですね。

私は1000ccでトヨタS800と、このスバル360を800ccくらいで復刻して欲しいです。

このスバル360ヤングSSは今見てもいいですね。
昔はこれが街中をたくさん走っていたのです。

1973年4月2016年09月20日 12時36分01秒

よくもまあこんなに空に水滴がたまってられるものだと、感心するくらいにたくさんの雨が降ります。
毎回毎回、記録的大雨、という言葉が言われます。
来年はどうなることでしょう。

雨が降ったせいでどこにも行けず、仕方なく机周辺を片づけたり、オークションに出品したりで、休みでどこにも行けなくても結構忙しい3連休でした。

昨日まで1973年のネガをスキャンしました。
新宮の奥の村々がすきで時々車を走らせました。

そのころ撮った写真ですが、もうこれらの景色は見ることが出来ません。
でもそのころの景色の方が癒されますね。

牛による田カキも、当時はどこでもやっていましたが、今はほとんどないですね。
古座の奥では、牛による田カキの競争イベントがありました。

十津川村1973年

さりげなくスバル360を撮っていました。

かわいらしいですね。

いまこのスタイルをリファインして新しい車を出して欲しいですね。
フォルクスワーゲンはカブトムシを出して結構な存在感があります。

コガネムシとして出す企業の余裕はないのでしょうか?
モーターショーではプロトタイプが出ていて楽しみにしていたのですけどね。
技術者は作りたいでしょう。

道は舗装されてなく、スバルで走るダートは面白かったです。
リアを滑らしながらカウンターステアでカーブを曲がる快感。
とにかく楽しかったです。

十津川村1973年

当時は道も少なくあってもこういう吊り橋が多く、それに続く道も細く危ないところばかりでした。

この吊り橋も途中で床が割れ、穴が開いています。向こうに続く道も狭く危険ですね。
吊っているワイヤも何となく頼りないです。

十津川村1973年

ある集落。

川原には渡し船が見えます。
橋がないので、渡し船で川の対岸に渡りました。
私が働きはじめた頃は、渡し船があちこちにあり、電話機や電話線を担いで対岸から、

「おーい、渡して欲しいなー」

と叫ぶと、

「よっしゃ待っててなー」

といいながら船を寄せてくれました。
橋がたくさん架かった今は渡し船は、もうありません。

このころお客様の家に仕事に行き、

「**さん宅はどちらですか?」

と聞くと、

「うん、隣だから、この道をちょこっと行ったとこや」

といわれて、歩くと5,6分で着くと思っていたおうちが、30分ほどかかったりすることがしばしばで、隣のおうちに行くまで一山越える必要がありました。

十津川村1973年

ここも今はアスファルト舗装の道が出来ていると思います。

このころは猪や鹿はかなりの数棲息していたはずですが、今ほどの被害は出てませんでした。
やっぱり山にそうした動物を育むための力があったのでしょうね。

今はそれがなくなり、動物たちも手軽に餌が食べられる里山に降りてくるのだと思います。

何か大事なものをなくしてしまい、バランスを崩しているような気がしてなりません。