ススキが少なくなって2009年09月16日 00時18分02秒

新聞でススキが少なくなっているという記事を読みました。
わらぶき屋根も少なくなり、用途が限られてしまい使わなくなり、ススキの原っぱを存在させようとすれば、刈らないとだめだということです。
他の草花がはびこってススキが負けてしまうそうです。

私はいつも思うのですが、手つかずの自然を残そうと、木の伐採などを阻止して自然保護活動をしている方々の運動には反対です。
人間の立ち入りを拒否している、大台ヶ原などの原生林は別にして、人と自然がふれあえる、いわゆる人間が好む自然というのは、昔からずっと手入れをしてきたから残っているのです。木を切れば自然破壊だからやってはいけないとか、自然に手をつけてはいけないとか言われていますが、必要な伐採や刈り取り、間引きなどはしなければいけないと思っています。
森の中に分け入るとよく分かりますが、ドングリなどの木の近くに行くと、蜜のような樹液のにおいがぷんぷんしたのですが、最近は伐採をしないので、木が衰え匂いがあまりしなくなったように思えます。
当然樹液によってくるカブトムシやクワガタムシも少なくなります。
適当な伐採をすれば、30年後にはまた立派な木になります。
この30年が待てるか待てないかで大きくかわってきます。

昔はどこの家もかまどで煮炊きをしたので、薪がいるためウバメガシの森の伐採権利を買い、切りだしに行きました。
リヤカーを引いて木を切り出すのは大変で、いやな作業だったのですが、そういう営みが森を守ってきたのだと今、感じています。
自然はもろいようで、したたかです。30年後を見越してきちんと手入れをすれば、いつまでもいい状態を保っていけると思います。

写真は曽爾高原のススキが原です。もしここのススキをきちんと刈り取りしないと、10年後には別の草花がはびこっていると思います。
それでよければそのままにし、このススキの原を残したければ、きちんとしなければいけないのでしょうね。
CO2削減もそうですが、人間の経済活動と自然のバランスをとっていくというのは難しくお金もいります。
ここはひとつ、新しい政府に期待しようかなと考えています。