七夕が近くなりました ― 2015年06月10日 19時29分49秒
会社のあるビルの入り口に今年も七夕飾りが置かれました。
偽物でなく本物の竹というところが好きです。
間に、願い事を書く短冊とこよりを置いています。
みながそれぞれ願い事を書いてつるし、七夕間近になると短冊で一杯になります。
楽しいですね。
大阪では星空は見ることが出来ませんが、串本だったら天の川がきれいに見えると思います。
そういえば満天の星を久しく見たことないです。
昔ペルセウス流星群が来たとき、子供達と一緒に生石高原にテントを張って流星群見たのですが、海南と和歌山の街の明かりで全然きれいじゃなかったです。
大阪で満天の星を見ようとすると、時間を決めてすべての明かりを消してもらわなければいけません。
すべての明かりを消して、特定のビルを順番にライトアップしたりすると面白いかもしれませんがライトは消してくれないでしょうね。
我が名はケンドリック・・レディワシントン号 ― 2015年06月11日 22時13分03秒
少し前から写真の整理を続けていますが、こんな写真もあります。
ケンドリック船長というのは、米国の軍人で、船長、冒険商人でロバート・グレイらと共に アメリカ太平洋岸北西部探検を行った人ですが驚いたことにペリーよりも早くに日本に来航した最初のアメリカ人です。
子供の頃からなぜ大島に日米修好記念館があるのだろうと思っていました。
この佐山和夫先生の「我が名はケンドリック」という本を読んでわかりました。
はじめの講談社刊の本しか持っていませんが、それを読んでいろんなことがわかりました。
日米関係が黒船ペリー提督に始まったとすれば、 日本は「脅されて」国交を開始したことになりますが、その62 年も前の紀州・串本に来航したケンドリックたちは、友好的な接触から始まったということがわかります。
日米関係が黒船ペリー提督に始まったとすれば、 日本は「脅されて」国交を開始したことになりますが、その62 年も前の紀州・串本に来航したケンドリックたちは、友好的な接触から始まったということがわかります。
またそのことをお上に、かなり遅れて報告したために、大事にならず、ある意味歴史的に葬り去られ、知る人ぞ知る感じになってしまい、62年後のぺリーが最初となったしまいました。
佐山先生の本の中でも書かれていますが、この時期にはすでに外国の捕鯨船が紀州の海に出没し、沖で接触し交渉を持った記録があるということです。
そしてそれもお上に報告していないのです。
最近エルトグルル号の映画が串本でロケがされており、トルコの軍楽隊もやってきてにぎやかに国際交流をしていますが、ペリーが来た時をさかのぼること62年も前に通商を目的として日本にやってきていたという事実を知ってほしいですね。
これらの写真はレディワシントン号のレプリカがバンクーバーにあり、体験航海や研修用に運用されていたときのものです。
世界リゾート博へも招致したかったのですが、実現しませんでした。
串本は江戸時代にも面白いことがあったのです。
今日は暑かった ― 2015年06月12日 22時55分09秒
街角 ― 2015年06月13日 21時46分29秒
今日は休みなのに歯医者でした。
せっかくだからと、プレゼンに出していたT3が戻ってきたので、和歌山まで乗っていって、あちこち見せて回りました。
評判はめちゃいいのですが・・・
道行く車の人は皆こちらを見ていました。
大阪の御堂筋や堺筋ではかなり市民権を得ていますが、和歌山はまだあまり知られていませんからね。
歯医者近くの築地横町。
時々写真に撮らせてもらっていましたが、今日行ってみるととうとう壊しはじめていました。寂しいですね。
現場監督のような人に、
「時々飲みに来ていたのに寂しいですね」
というと、にこっと笑っただけでした。
これでまた昭和が消え去ります。
もうあの雰囲気のある路地も撮ることが出来なくなりました。
少しでも撮っておいてよかったなと思います。
周囲の町全体もなんとなく沈んだような感じがします。
橋の飾りも羽を広げてはいますが・・・
これは噴水なのですが水を噴いているところを見たことがありません。
近所の神社の絵馬も干支が違ったものばかりでした。
少し寂しいです。
庭のあじさいも満開です。
雨の滴をと思っていましたがしずくはもう垂れていませんでした。
麻生津峠 ― 2015年06月14日 23時12分11秒
今日は新聞に載っていた旧西高野街道を麻生津峠まで行ってきました。
最初
はウルグアイラウンドや道路整備による新しい道が付いており、かなり迷いました。
結局は新しい西高野街道である480号線を走り途中で麻生津峠まで走りました。
といってもナビの指示通りですが、新しい道が多いので迷ったのです。
坂の途中にお不動さんがありました。
本堂横の祠にはかわいい地蔵さんがありました。
そのあと飯盛山に行きましたが途中で廃棄されたホテルがありました。
廃屋マニアの人にとれば垂涎の捨てられた施設ですね。
その近くにお城飯盛城があります。
このお城の下が神路原神社ですが入らずに麻生津峠に向かいました。
途中キリスト教会も廃屋となっていました。
神社にお城にキリスト教会。
そして極めつけが、この辺り一帯が別荘地で、売りに出していて、建設された別荘はほとんど朽ち果てていました。
バブルの時なのでしょうかね。
そういえば別荘ブームがありあちこちの自治体が勧誘しました。
その名残がありました。
麻生津峠には弘法大師が掘ったという十一面観音の祠がありました。
麻生津峠から紀の川市の北涌へ降りる途中の道から見た紀の川です。
こちらへ来て三十年以上経ちますが、まだまだはじめて見るところがたくさんあります。
車のことなど ― 2015年06月15日 22時13分14秒
私は車は意のまま操りたいという希望があります。
加速し減速するとかが運転者のイメージ通り出来れば最高ですね。
スポーツカーはそれができるかあるいはその間逆かですね。
だから面白いのです。
ところが技術の進歩、といってももう何十年も前の技術ですが、最近の変速装置の
CVTは未だなじめません。
RAV4はかろうじてシフトロック機構がありますが、クロスオーバーはありません。
これが急な坂道などで足の裏がこそばくなるくらいに走らなくなりますね。
先日山道のアップダウンをしたとき、急坂でもうとまるかなと思うくらいエンジンが回っているのに走らないと言うことを経験しました。
急坂で、とまりそうでとまらない。加速しそうで思ったほど加速しない。
これはCVTだからしょうがないのでしょうが、このCVTという技術は、40数年前にオランダのダフ社が考案したもので、特許が切れたのかあちこちの車が採用しています。
日本の燃費テストは平坦地ばかりを走ってのもので、それなりにいい数値になります。しかし私はハナから信用していません。
CVT車は、一定速度での平坦地はすばらしい活躍をしますが高速や坂道などでは想像以上にガソリンを食っているという感じがします。
現にこのクロスオーバー(スズキではハスラー)ですが28km/㍑のうたい文句はいいのですがまず60%ですね。
我がクロスオーバーも、17kmかよくて20kmです。
RAV4はカタログ値が11.3km/㍑で、実際は10kmは伸びます。2400CCではまずまずですね。
もそこで、いい加減にCVTをやめてホンダのバイクのNC750のようにクラッチ付きの自動変速装置に替えていってほしいですね。
車用にはAMTといわれていますがこれから増えて欲しいなと思います。
AMTとは「automated manual transmission」でマニュアルだけどオートマチックというもので、その昔、電磁クラッチのマニュアルシフト車がありましたがなくなって、また新しいテクノロジーを入れて出てきました。
AMTを活用すればMTとかわらないので、もう少し燃費がよくなると思います。
いずれにしろまだまだ車は改良を続けていかなければならないデバイスだと思います。
最近は自動運転の開発が賑々しくやられていますが、私は先日も起こった酔っぱらい運転の事故などを防止する装置の方が先にやらなければいけないことではないかと思います。
アルコールのにおいなどを感知するとエンジンがかからなくなるとかいろいろ方法はあると見ます。
もう一つの疑問は自動運転が一般化したとき、酒をのみながらの運転は飲酒運転なのでしょうか?
自分の車でちびちびやりながら、家まで走ってくれるなんて考えただけでも最高の気分です。
CVTから少し脱線しましたが、思うように登らないCVTの運転を通じて感じたことです。
写真は細く長い急坂をクリアしたクロスオーバーです。
とにかくよく走ることは走りますが・・・。
死海が危ない ― 2015年06月16日 22時20分45秒
6月10日付けの日経新聞に死海の水位が低下し、陥没が多発し、死海が消える恐れもあると書いています。
小学時分に、人間が浮いて本を読んでいる写真を見て驚いたことを覚えていますが、その死海が1930年頃から比べて40mほど下がり今は海抜下430mということです。
ビーチも運営停止のところが出ているそうです。
水位の低下は死海に流入する水量の減少が原因とか。
住民が増えたことにより、ヨルダン川の水の消費量が増加しているということでした。
ここでも自然破壊の原因は人間の営みなのですね。
対策に紅海の海水を移す計画らしいですが、それでは普通の塩水湖となってしまうのではないかと心配です。
何千年もかかって塩湖になったのに、単に海の水を移すだけでは、一気に昔にはもどらないと思います。
今の世界を見回してもこうした人間活動が原因の自然破壊が多いですね。
小学時分に、人間が浮いて本を読んでいる写真を見て驚いたことを覚えていますが、その死海が1930年頃から比べて40mほど下がり今は海抜下430mということです。
ビーチも運営停止のところが出ているそうです。
水位の低下は死海に流入する水量の減少が原因とか。
住民が増えたことにより、ヨルダン川の水の消費量が増加しているということでした。
ここでも自然破壊の原因は人間の営みなのですね。
対策に紅海の海水を移す計画らしいですが、それでは普通の塩水湖となってしまうのではないかと心配です。
何千年もかかって塩湖になったのに、単に海の水を移すだけでは、一気に昔にはもどらないと思います。
今の世界を見回してもこうした人間活動が原因の自然破壊が多いですね。
屋上に緑が ― 2015年06月17日 21時42分28秒
先日来撤去工事をしていたビルが跡形もなくなりました。
その奥を見ると、いままで撤去したビルがあったために見ることが出来なかったところが見えるようになりました。
奥のビルには屋上庭園があり木が茂っていました。
いいですね。
このようにしてどのビルも屋上庭園にすれば緑の少ない大阪も見直されるのではないかと思います。
都会でも少しでも緑を増やすようにしてほしいですね。
日増しに暑くなって来ましたが、たばこを吸う人たちは事務所では吸えないので、炎天下の中に吸いに来ているのを見ると少し気の毒になってきますがやめればいいのにといつも思います。
テレビの健康番組でもたばこの危険性を言われているのにやめないのですね。それほどおいしいのでしょうか。
ビル屋上に緑地があれば、木陰も出来もっと快適にたばこを吸えるのにと思います。
屋上であれば煙もすぐ拡散して煙たくないのでいいのじゃないでしょうか。
町を挙げての屋上緑化のムーブメントが起こらないかな。
その奥を見ると、いままで撤去したビルがあったために見ることが出来なかったところが見えるようになりました。
奥のビルには屋上庭園があり木が茂っていました。
いいですね。
このようにしてどのビルも屋上庭園にすれば緑の少ない大阪も見直されるのではないかと思います。
都会でも少しでも緑を増やすようにしてほしいですね。
日増しに暑くなって来ましたが、たばこを吸う人たちは事務所では吸えないので、炎天下の中に吸いに来ているのを見ると少し気の毒になってきますがやめればいいのにといつも思います。
テレビの健康番組でもたばこの危険性を言われているのにやめないのですね。それほどおいしいのでしょうか。
ビル屋上に緑地があれば、木陰も出来もっと快適にたばこを吸えるのにと思います。
屋上であれば煙もすぐ拡散して煙たくないのでいいのじゃないでしょうか。
町を挙げての屋上緑化のムーブメントが起こらないかな。
飲まず食わず ― 2015年06月18日 18時46分27秒
俳優の榎木孝明さんが一ヶ月食べないで生活したとyahooニュースに書いていました。
一ヶ月食べないで辛抱できるかどうか、私にとってはにわかに信じがたいことですが、体調も寝付きも思考力もアップするらしいです。
人間の体は先祖からのDNAで少々食べなくても持ちこたえられる体になっているそうですが、いままで3食食べてきたものにとっては少し厳しいかわかりません。
それでもチャレンジしてみるのも面白いなとも思ったりしています。
極限状態に陥ったとき何が生死を左右するかということがありますが、食事のほうは、水もないとき自分のおしっこを飲めるか飲めないかで生死を分けるそうです。
少し前アメリカズカップか何かのヨットレースでたった一人生き残った人がいましたが、その人は自分のおしっこを飲んで生き延びたということです。他のひとは飲めなかったので次々死んでいって、その人だけが生き残りました。
それともう一つの生き残りの条件が、体温を奪われないことで、他のひとの衣服はコットンでしたが、その人だけがフリースのアンダーウェアを着ていたそうです。
これは、助かった人と親友だった加山雄三さんからリゾート博に講演にきていただいき聞いたことです。
山での極限状態では、カエルやミミズが食べられるかというところでしょうね。草木の虫やイナゴやタニシ。
ミドリガメなんかは結構おいしいのではないかと思います。
ザリガニやオオタニシは食料で輸入したのですから食べてもおいしいと思います。
ともかくいろいろ食べられるものはたくさんあるので、何とかなるでしょうが、決め手は衣服と水ですね。
体温が奪われるとハイポサーミアで眠るように死んでしまいます。
カヌーやボートで沈して流され、体温が奪われ低体温症で亡くなった方がたくさんいます。
幸い極限状態を経験したことはありませんが、アウトドアで野草や昆虫を食べる訓練をしてもいいなとも思ったりします。
電車で乗り合わせた人が、551の餃子のにおいを持ち込んだとき、そのうまそうなにおいで空腹感が一杯になり寂しくなるのではまだまだ修業が足りません。
いちど不食にチャレンジしてみようかな。
写真は難波の地下通路です。
金魚が元気に泳いでいました。
一ヶ月食べないで辛抱できるかどうか、私にとってはにわかに信じがたいことですが、体調も寝付きも思考力もアップするらしいです。
人間の体は先祖からのDNAで少々食べなくても持ちこたえられる体になっているそうですが、いままで3食食べてきたものにとっては少し厳しいかわかりません。
それでもチャレンジしてみるのも面白いなとも思ったりしています。
極限状態に陥ったとき何が生死を左右するかということがありますが、食事のほうは、水もないとき自分のおしっこを飲めるか飲めないかで生死を分けるそうです。
少し前アメリカズカップか何かのヨットレースでたった一人生き残った人がいましたが、その人は自分のおしっこを飲んで生き延びたということです。他のひとは飲めなかったので次々死んでいって、その人だけが生き残りました。
それともう一つの生き残りの条件が、体温を奪われないことで、他のひとの衣服はコットンでしたが、その人だけがフリースのアンダーウェアを着ていたそうです。
これは、助かった人と親友だった加山雄三さんからリゾート博に講演にきていただいき聞いたことです。
山での極限状態では、カエルやミミズが食べられるかというところでしょうね。草木の虫やイナゴやタニシ。
ミドリガメなんかは結構おいしいのではないかと思います。
ザリガニやオオタニシは食料で輸入したのですから食べてもおいしいと思います。
ともかくいろいろ食べられるものはたくさんあるので、何とかなるでしょうが、決め手は衣服と水ですね。
体温が奪われるとハイポサーミアで眠るように死んでしまいます。
カヌーやボートで沈して流され、体温が奪われ低体温症で亡くなった方がたくさんいます。
幸い極限状態を経験したことはありませんが、アウトドアで野草や昆虫を食べる訓練をしてもいいなとも思ったりします。
電車で乗り合わせた人が、551の餃子のにおいを持ち込んだとき、そのうまそうなにおいで空腹感が一杯になり寂しくなるのではまだまだ修業が足りません。
いちど不食にチャレンジしてみようかな。
写真は難波の地下通路です。
金魚が元気に泳いでいました。
久しぶりに南海電車で ― 2015年06月19日 23時17分06秒
久しぶりに南海電車に乗りました。
天下茶屋で電車を待っていると高野号がやってきました。
3色あるうちの一つです。
そしてまもなくラピートがすれ違いました。
同じ時間にすれ違うのですね。
ラッキーという感じで撮り鉄しました。
窓が円いのが特徴です。
この角度で見ると鉄人28号です。
リベットがむき出しで結構メカメカしくていいですね。
この電車には乗ったことがありません。
JRばかりですものね。
今夜はRAV4が55555kmのぞろ目にそろいました。
とくにどって事はないのですが、何となくうれしくなってきます。
今日は研修で岡田監督のサッカーへのこだわりやなどを聞きました。
さすがWカップの代表監督で、とりとめもないような話でも筋が通りわかりやすかったです。
写真を載せられないのが残念です。
最近のコメント