少し暖かくなってきた2019年03月01日 21時48分26秒

今日は一気に暖かくなってきた。
6℃あった。
出るとき日はもう山の端に登ってきていた。
夜明けもずいぶん早くなってきた。
空気も何となくまったりしてきた感じである。

カフンショーも何とか普通に戻ってきた。

会社の朝礼で若い社員が、
「僕も花粉症で困っているのですが、腸に菌がないと免疫力が落ちてきてアレルギーを起こすようになります。ヨーグルトがいいらしいです」
と挨拶をした。

眠いのでビルの薬局に行ってアリナミンを買って店員さんとの話、
「私も花粉症で困っています。こんな薬を飲んでいますが結構効きます」と薬を紹介してくれた。
紹介された薬は買わなかったがヨーグルトはビルのコンビニで買った。

夜は歯医者で治療を受けながら、
「昨日だったら鼻水を垂らしながら治療を受けなくてはいけなかった。治ってよかった」と口に脱脂綿をかんだままでいうと。
「そうやね。バイクで山道を走ったら一発やね。わしも花粉症やから今は走らん」

一日カフンショーの話をした感じである。
なぜなのかと考えてしまう。
薬局の人が言った。

「世の中きれいになりすぎたのでしょうかね」
私もそう思う。

今日はいい天気だったけど・・2019年03月02日 21時19分44秒

今日はいい天気で遊び日和だったけれど、どこへも行かなかった。
最近はこういう日が多くなった。

今日はバイクで走ればまたカフンショーになるかもしれないし、いつもの紀ノ川は工事ばかりで魚も釣れそうにない。

仕方なくネガのスキャンやら録画番組を見て時間を潰した。

紙芝居

もう今は全く見なくなった紙芝居屋さん。
ヘルメットをかぶったままというのがにくい。
1985年くらいかな。
紙芝居はふるさと串本にも二人ほどいて自転車でやってきた。
紙芝居が終わるとクイズらしきことをやり、景品がもらえた。
景品の水飴を箸でくるくる回して真っ白にして食べた。
確か酢昆布もあった気がする。
5円か10円だった。
なつかしいがもう今は何かのイベントでしか見ることはない。


時代は進んでゲームが子供の遊びを変えてしまった。
外遊びも余りしていない気がする。
この写真は1990年代後半かな。
学校帰りにちょっとかな?
ヘルメットをかぶったままゲームをしてる。

SDGsって?2019年03月03日 21時03分23秒

細菌国連が採択した持続可能な開発目標「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」という言葉が盛んに言われ出してきた。
会社でもバッジをつけることになった。
基本的には「誰も置き去りにしない」社会の実現を掲げているのだが、はたして我が国はどうだろうか。
SDGs(Sustainable Development Goalsの略称)のことがわからなくて少し調べた。
基本目標は17あって、

1.貧困をなくす ... 「いかなるところでも全ての形態の貧困を終わらせる」
2.飢餓をゼロに ... 「飢餓を終わらせ, 食料安全保障と栄養改善を達成し, 持続可能な農業を推進する」
3.人々に保健と福祉を ... 「健康な生活を保証し, 全ての年齢層の全ての人々の良い暮らしを推進する」
4.質の高い教育をみんなに ... 「全ての人々に, 包括的で公平な, 良質な教育を保証し, 生涯にわたる教育機会を促進する」
5.ジェンダーの平等 ...
6.安全な水とトイレを世界中に
7.エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
8.働きがいも経済成長も
9.産業と技術革新の基盤をつくろう
10.人や国の不平等をなくそう
11.住み続けられるまちづくりを
12.つくる責任つかう責任
13.気候変動に具体的な対策を
14.海の豊かさを守ろう
15.陸の豊かさも守ろう
16.平和と公正をすべての人に
17.パートナーシップで目標を達成しよう

ということらしい。
国会中継を見てもバッジをつけた議員さんがいるが、民意を無視し続ける国がはたしてこれらのことをどれだけ理解してくれるだろうか。
日本の食品ロスは年間646万トン、世界規模でも生産される食料の3分の1に当たる約13億トンが廃棄されているという。そうした事実に全然無策である。
やろうとしているのだろうが国民に見えてこない。
海の豊かさを守ろうというのもあるが、民意を無視した埋め立てを強行しているのはどこの国だろうか。気候変動に対する手立てが、先進国の中で一番遅れているのを理解していない議員さん方がいる。
襟のバッジがむなしく見える。

世界に目を向ければ、住む街を破壊されて逃げ惑っている人がたくさんいる。
そんな人々に対し来るなと言う声が多くなってきている。

国連が大きな目標を持ち少しずつでも前進したら、この地球ももっと住みやすい星になるだろう。
とにかくまず戦争をなくすこと、「もったいない」を実践すること、自然を守ること。

通勤電車のなかで2019年03月04日 21時54分50秒

朝から雨。
傘をさして駅まで。

少し早い電車。この時間は勉強好きな学生が多く、天王寺までほぼ立たなければいけない。

女子高校生二人が、今日は試験でもあるのか、それぞれスマホで撮影したほかの人のレポートをスマホをこすりながらノートに熱心に写していた。

勉強の風景も違ってきた。
そういえばスマホだと会わなくてもレポートのやり取りが出来る。
写真に撮って送ればいいだけ。
能率的だ。

周りを見まわすと、前の席ではボックスに座っている4人が全部マスクをしている。
立っている人も10人のうち6人くらいはマスクをしている。
カフンショー。

この景色も時代を映している。
昔はこんなことはなかった。

マシンは、特に通信機器の進歩は素晴らしいけれど、人間はあらゆる面で弱くなり退歩しているのじゃないだろうか。

私が高校生の時は、国道42号線は田辺から向こうは未舗装で、車が走れば砂埃がひどかった。その頃はカフンショーなどなかった。
そうした自然の埃や異物にさらされていたので免疫ができていたのがすべてがきれいになりすぎて、耐性が落ちてきたのだろう。

そして僕もかかってしまった。

今日会社のトイレの鏡で見ると、鼻をかみすぎたせいで、鼻の周りの皮がひどくむけていた。
席に戻って、
「鼻の皮がむけている」
というと、
「知っていましたよ」
といわれた。
恥ずかし。

ハヤブサ2号快挙2019年03月05日 22時09分48秒

今朝は4℃だった。
バイクで走ろうと思ったが、少し気温が低いのと、まだカフンショーの恐怖があったので車にした。
車で行っても少しくしゃみと鼻水が出たが、思ったほどではなくほっとした。周りからも、
「花粉症大丈夫みたいですね」
といわれた。

夜帰ってからテレビニュースを見ると、ハヤブサ2号が竜宮への着地に成功したことが映像で紹介されていた。
すごい。
気の遠くなるような距離を飛んで、わずか1mの誤差で着地したという。

もう一度すごいといいたい。

こうしたニュースを見て、ロケットを打ち上げたいという夢を持つ若い人が出てきたらいいのだけどね。

その昔、宇宙ロケット時代幕開けの頃、確か中学生時分だったと思うが、私も刺激を受けて何もわからないまま、ロケットを打ち上げ、地球周回軌道を維持するのにはマッハ8、地球から月へ向かうにはマッハ12の早さが必要などと、真剣計算したものである。

ハヤブサ2のミッションはむしろ月へ行くより難しいのではないかと思う。
ぜひ次のミッションも成功し、予定通りリュウグウの岩石を持ってきてほしいね。
着陸した地点を玉手箱と命名したプロジェクトの皆さんに拍手!

またまたワースト3に2019年03月06日 22時40分59秒

今朝は暖かかったけど天気予報が夜雨が降るということだったので車にした。
やはり天気予報は当たって雨が降ってきた。
車にして正解。
それにしてもこの頃明け方に見る夢は、魚を釣ったりバイクに乗っている夢ばかり、そういえば最近その二つともろくに行けてないからね。

今日はまた和歌山がワースト3のランキングがあった。
JAF(日本自動車連盟)が2018年10月に発表した、「歩行者が渡ろうとしている信号機のない横断歩道で、どのくらいのクルマがルール通りに一時停止しているか」についての調査結果がでていた。
和歌山は三重と同率で、ワースト3だった。
1位の58.6%(長野県)から、ワースト1位の0.9%(栃木県)まで、都道府県別のランキングが載っていたが、我が和歌山は堂々の1.4%でうしろから3番目だった。

確かに止まってくれないものね。
ある人は若い女性だったらすぐ止まると言うが、ワースト3位とされた和歌山県では、県警の主導で歩行者優先の徹底に向けた対策会議を開催したという。

「2018年に起きた人身交通事故の4割が歩行中の事故で、かつその大半が歩行者の横断中に起こっており、一時停止率が低いことを裏付けています。県民あげて意識の醸成を図らなければなりません」(和歌山県警 交通企画課)

ということがJAFの記事にあった。
なぜ和歌山はいろんなことでワーストになるのだろうね。
普段運転するときはキチンと止まるようにしよう。

写真は肥後橋交差点の放置自転車。
カゴの中が一杯。
今朝の通勤ルートでカシャ!

花粉症・・・2019年03月07日 12時43分59秒

今朝は昨夜の雨も上がり曇り空だった。
新聞はビニールがかぶせられていた。
もっと早い時間には雨が降っていたのか。

昨夜のホームで私は大きなくしゃみを何度もした。
ホームで待つ人はほとんどが私を見ていた。
皆さんの顔は、「あなたも花粉症なんですね」という表情だった。
マスクをした人も何人かいた。
くしゃみが終わった時、今度は20m位離れて待っている人が、私よりも大きなくしゃみを連発しだした。
ホームの皆さんは首を回してそのくしゃみをする人のほうを向いた。

カフンショーつらいね。

ただ救いは、風邪ひきの鼻水は鼻呼吸ができないが、カフンショーの鼻水は何とか鼻呼吸ができることである。

今日も最悪で、電車の中からハンカチを鼻にあて、通勤路でもあてたまま歩いた。
どうも曇り空の時のほうが花粉がたくさん飛んでいる感じがする。
晴れた日は鼻水も少ない。
今度研究してみる価値がある。

野草や木の実でカフンショーに効くのがあるかもしれない。
昔食べた疳の虫封じのカミキリムシの幼虫などいいかもしれない。
回虫やサナダムシを体内に飼っとけばかからないというのはよくわかるが、少しリスクが多すぎる。

アレグラという薬がよく効いたと教えられたので、これも研究する。

土佐堀川堰堤に柳の木があるが、見ると枝先にはもう芽がでていた。
モクレンもつぼみがたくさんできていた。
モクレンは2本あったのだが昨年の台風で一本折れてしまったので、残りは一本だけになった。

もう3月半ばに入る。いろんな草花の芽吹きが盛んになる。



懐かしの野上鉄道2019年03月08日 17時29分11秒

今朝も3℃で結構冷たかった。
しかし竜門山から昇る朝日は昼間の温かさを予感させた。
カフンショーが心配だったがともかく車に乗った。
カフンショーは今日は比較的穏やかで、たまに鼻をかむくらいで、くしゃみは出なかった。
やっぱり晴れの日のほうが、花粉の拡散が広域になり、人体に降りかかる絶対数が少ないのではなかろうか。
とは、素人判断ではある。

先日スキャンしたネガのうちの野上鉄道。
1988年のもので、廃線になる少し前かな。
これをとるために海南から登山口駅まで乗ったが、結構人も乗っていた。
終点の登山口駅も風情がある。
当時の駅のベンチシートが何とも風情がある。
駅舎の窓ガラスも懐かしい。
自動販売機は余計だが、木造の駅舎は今残っていれば撮り鉄の格好の被写体だと思う。

ひなびた里山を縫って走る姿は被写体としてもよかった。
今残っていれば撮り鉄たちが群がってくるのではないかと思う。

収益ばかりを追い求め、あちこちでこうした路線を、たくさんスクラップしたのが少し残念。

大事な宝がだんだん減っていく。
そのうち人間もなくなってしまう。

野上鉄道

野上鉄道

野上鉄道

野上鉄道

野上鉄道

野上鉄道

春の足音が2019年03月09日 20時27分49秒

今朝は3℃。
やっぱりまだ寒い。

ばいくをのエンジンをかけた。
そのまま走ろうかとも思ったがやめた。
行きたいところもあったが花粉症が結構ひどかったので、よした。
カフンショーの薬をのまなければ治らないのかなー。
あまりのみたくないなー

久しぶりに庭を観察したが、3つある水瓶のうち一つにはメダカがいることが確認できた。
もう2つははっきりしなかった。
餌だけ3つともにあげた。
残りの水瓶にもいてくれればいいのだが。

ニコンにマイクロニッコール105mmF4をつけて咲いている花を撮った。
マクロなので雄しべにはきちんとピントが来ているが花びらはアウトフォーカスになった。
CCDサイズが大きいとボケが大きいので楽しめる。
オリンパスもよく写るが、きれいなボケという点ではCCDが小さい分不利で、それをするためにはカメラと同じくらい値段のする明るいレンズでなければいけない。
それと一眼レフはピント合わせがしやすい。

フィルムのスキャンをして一日が終わった。
少しさみしい土曜日だった。


微妙にボケた感じだが雄しべにはピントが来ている。


40年前のレンズだけれどまずまずの写りをする。
デジタルでも使える。

震災からもう8年2019年03月10日 20時56分17秒

震災からもう8年が経つ。
その間いろんな復興事業が続けられているが、これも民意が十分生かされていないというのが、このところ多くなった震災関連のテレビニュースでもわかった。

それと原発。
限りなく増え続ける汚染水。どうするんだろう。
そんな問題を抱えていてもまだ原発を売っていこうとする政府に、失望している。
大事な統計データを改ざんする国だから、さもありなんという気がする。

地震や津波がまた近いうちに起こるのではないかとよく言われているが、そういう危険はいつも感じている。
我がふるさと串本に、専門家が言うような10mの津波が来たらどうなるか、と思い子供の頃の町の様子を思い出しながら絵を描いてみた。
我が家は道路に面しており、海まですぐに行けた。
絵の中心当たりの道に面したところにあった。

当時は、「ナル」といって漁網を干す木が何本か立っていた。
浜には鰯や鯖の節を作るために「セイロ」というのにたくさん干していた。

絵を描きながら、当時ルアー釣りを知っていたらよく釣れていただろうと思った。道を隔ててすぐ海で、砂浜なのでバイガイがよく採れた。いろんな魚もよく釣れた。
とにかく豊かであった。

三陸の町々も、昔を残して新しい発想での復興を期待していたが、堤防を作り地面をかさ上げした、誰もが思いつく形での復興しかされていないのが残念。

10mもの波が来たら、この串本は何も残らないのじゃないかと思う。
幸い大島という天然の防波堤があるので、南海大地震の際も、じわっと波が来たという。我が家は2回浸かっている。戦時中も津波があったらしいが、それは伏せられたそうである。いかにも日本らしい。

三陸ではまだ地元に帰れない人々がたくさんいるというが、早くなんとかしてあげてほしい。
原発事故という人災がなければ、もっと違った形で復興していたのにと、これも残念なことである。

外国はドローンを飛ばして放射能の危険性を察知し、自国民に国外退去を呼びかけたが、我が国は体面ばかりを取り繕って本当のことを国民に知らせなかった。
これも残念で腹立たしい。

いずれにしろ間違いなく来る自然災害で、生き延びる方法を考えておかなくてはと思う。