今日も快晴。熊野古道を少し散策 ― 2020年06月08日 21時59分49秒
今日も快晴だったがハローワークに行かなくてはいけない日だった。
朝早くからの”出社”だったが、その時間設定はテキトーだった。
とにかく処理を済ませ、熊野古道は今どうなっているだろうか、と気になり、山中渓駅まで走った。
山中渓駅でツバメのヒナたちが元気に騒いでいたが先客が一生懸命写真を撮っていたのでパスした。
古道そのものの変わりはないが、所々崩れたのか補修工事を二カ所ほどでやっていた。
大阪府と和歌山県のちょうど境に日本最後の仇討ち現場だという碑がたっている。
1862年に、高野山であった仇討ちが最後というが、これは1857年である。
高野の仇討ちの方が新しく参加者もたくさんいて地元の人たちが双方の死者を丁寧に弔っている。やはり高野の仇討ちの方が最後というのにふさわしい。
今は草に覆われている。少し貫禄が出てきている。
以前の碑で何もなくむき出しの状態である。もう20年以上前の写真である。
ここを境橋という。大阪と和歌山の境である。前を南海が走っている。
和歌山最初の中山王子は、生け垣の木が大きくなり、電柱が目立たなくなっていた。
これはいいね。
以前歩いたときのものだが、電柱がもろに見えている。
これも20数年前の写真である。
坂の途中にかわいい地蔵さんが2体あった。
以前歩いたときあったかどうか記憶が全然ない。
もしあったら写真に撮っていたはずだが・・
日よけがとってつけたようだがユニーク。名前もユニーク。
これは何というお地蔵さんか知らないが、独特なお顔立ちをしている。
少し間を置いてたっている。
和歌山への道の途中に巨大な高速道路の橋脚があるが、なんとなく危なっかしい。
この下には活断層が走っているのだけどね。
次の山口王子も訪ねたが、木が生い茂り万葉和歌も字が読みづらくなっていた。
この写真も中山王子と同じ日に撮影した20数年前のもの。この日はめちゃくちゃ暑かった。
家に帰ると蜂がまた2匹羽化していた。2匹とも逃がしてやったが、よく見るとアメリカジガバチである。
これまで4匹羽化したが、あと何匹残っているのだろうか。
ファーブルなら次のが出るまでずっと待ち続けるのだろうが、私はできない
夕方野菜に水をやったが、キュウリの花が咲いていた。ゴーヤの蔓もだいぶ伸びてきた。楽しみである。
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