落書きアート2019年11月12日 12時55分15秒

家で購読しているる新聞の新聞小説のカットが落書きアートである。
毎日場所が変わっているが写真に撮ってカットにしている。
物語と関係ないので、少し邪道かなとは思うがいろいろあって面白い。

私もいい落書きがあればその都度撮っているが、普通のどこにでもある落書きは意味不明のが多い。
中にはこれは素晴らしいというのもあるがそういうのはまれである。
都会ではこんなところにどんなにして書いたのだろうか、というのがある。
普通の態勢ではまず描きに行けないところにきっちり書いている。
そういう難しいところに描くのも楽しみの一つなんだろうか。

なんとなく落書きアーチストのネットワークがあり、難しいところに書いたり、閉店したお店などの情報を交換しているのではないかと思ってしまう。

パチンコ屋など閉店したら格好の餌食であっという間に落書きだらけとなる。

写真は通勤ルートにある落書きである。
文字はなんて書いてあるかわからないし、絵も単純である。
文字だけのわけもわからないものよりは悪くはない。

私はシャッター通りになっている商店街など自由に描かせたら、ラッカーを塗る手間が省けていいのではないかと思う。
描けと言われれば委縮してしまいそうだが、グレードの高いものを描いてくれたら落書きアート商店街として有名になるのではないかと思う。

これから今まで以上に落書きアートに注目して街を歩きたくなった。




里山歩きがしたい2019年10月29日 20時53分01秒

最近里山を歩けていない。
その昔は、里山やひなびた漁村の面白さに魅せられて、近くの集落に足しげく通った。
最近はとんと行けていない。

1973年から1990年くらいまでにはたくさんの写真が残ったが、最近はほとんど撮れていない。
日本が変わっていく様を自分なりに記録していきたいと思うが、ままならない。

1960年から1970年代の景色はどこもほのぼのとしてなんとなく豊かな感じがしたが、高度経済成長に続くバブル期以来日本は変貌し、今は後戻りできない状態になってきた。ヨーロッパの国々は国を挙げて地球環境も含め、昔に戻そうと頑張っているが、日本はその気配がない。

少し寂しい。

政府はまた介護保険制度を変えようとしているが、ちらっと見ただけだがますます弱者が虐げられる感じである。

昭和から平成時代の悪いところばっかりが引き継がれている気がする。
昭和30年代の、貧しいけれど豊かだった頃が懐かしい。

なぜ里山が好きかというと、昭和30年代の昔とあまり変わらないたたずまいにノスタルジーを感じるからである。

写真は昭和50年(1975年)の熊野川沿いの村である。




秋が深まってきた2019年10月17日 23時17分06秒

今朝もかなり気温が下がった。
秋が深まってきたのを感じる。

それにしても台風被害が日を追うにつれてひどい台風だったのを感じる。
yahooのニュースで見ても、対策により、防げた部分もかなりあった。
地域住民が危ないからといっても行政は動いてくれなかったというのが多い。

また台風が来そうだが、もう風雨はいらない。
地球温暖化を皆で止めよう。

写真は倉敷。
ずっと昔にいったときにはビクターの有名な犬はそれほど多くなかった。
ところが次にいったときにはめちゃくちゃ多く乗っていた。
今度いったらもっと乗っているかもしれない。
こういうのは面白い。
お店の人がこの犬を集めるのに必死になっている姿が目に浮かぶ。


倉敷


倉敷


倉敷


古い街並みあれこれ・・橋本2019年10月01日 12時32分32秒

橋本市は古い街並みが残っていて歩くたびに新しい発見があるいい町だった。
しかし都市計画を実行してからフツーの町になった。

中途半端な都市計画は他の町との差別化がなくなり観光客も減ってしまう。
今観光客が増えているのは、古い街並が残っているところや特徴ある街並みのあるところばかりである。
そしてSNSで世界中に発信されとてつもないところから、訪問客がやってくる。
橋本の古い街並やアーケードの商店街は古いお店も残っていて面白かった。
それがものの見事になくなった。

少し寂しい。


橋本市

橋本市

橋本市

橋本市

橋本市

橋本市

高野が世界遺産に登録されて久しいが、その玄関口はここ橋本市である。
街に魅力があれば、高野山に行く前に途中下車もあるしその反対に大阪などに帰る途中で、街の散策も面白いと思うが、それはできなくなった。

古い町並みを残すのはコストもかかり難しいのだが、本宮のように無電柱化し家の表をクラシックな雰囲気を出して熊野古道にふさわしい街並みにリニューアルしている。

橋本の町もそうしてほしかったが、都会の真似事になってしまい面白みがなくなってしまった。

残念である。

写真は1973年にたまたま通りかかり面白い町並みだったので、撮ったものである。


だいぶ涼しくなってきた2019年09月24日 13時20分11秒

朝晩だいぶ涼しくなってきた。
ヒガンバナもだいぶ出てきた。
来週ぐらいは写真に撮るのにいいだろう。

わがふるさと串本は潮風が強く、車もエンジンより先にボディがいかれて寿命も短かった。最近のクルマは防錆がしっかりしているのであまりひどい錆は出てこないが、当時は新車から錆びだす車もあった。

結果、こうしてスクラップが増える。最近のスクラップ工場の廃車は今にも走り出しそうなものばかりである。

私が当時乗っていたスバル360もホンダライフもボロボロだった。
パテをもって何とか修理していた。

写真は1973年のスクラップ工場で、ここは今はない。




釣りが盛んなところがよくわかる。



キリギリスみたいになっている。

何とも締まらない彼岸となった2019年09月23日 21時22分04秒

昨夜の風は、先日の台風の時より凄かった。
ガレージの屋根も少しめくれた。
テレビのBSをもう一台のテレビでも見れるようにしようとして、機嫌良く見られていたいつも見ているテレビまで見えなくしてしまった。

原因は地デジと同じような感覚でアンテナの分岐を作ったためで、BSのアンテナ線にテレビから15Vの給電がされていると知らなく、ショートさせてしまい、テレビの保護回路が働き、見えなくなってしまったのである。

先にマニュアルを読んどけばよかった。

話は変わって、スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさん(16)が飛行機のかわりにCO2排出量がゼロのヨットで15日間、4800キロの旅を終えてニューヨークに到着した、というのはまだ新しいニュースである。

二酸化炭素(CO2)排出を懸念するトゥーンベリさんは、ヨットを選んだのである。

ニューヨーク到着後、トゥーンベリさんは「自然をめぐる戦争は終わらせなくてはいけない」と語った、という。

凄いね。

オバマさんと握手しているところも報道されていたが、TさんやAさんははどう思っただろうか。

金曜日にたった一人でデモを始めて、今では国際的な広がりを見せているが、環境のジャンヌ・ダルクかわからない。

彼女の活動はきっと歴史に残るのではないだろうか。
トゥーンベリさんは自閉症の一種であるアスペルガー症候群を患っているらしいが、本人は、この症状で「枠にとらわれずに物事を見られるようになった」と話しているという。

同じ病気の人たちにも勇気を与えるのではないだろうか。

写真は1973年9月大阪梅田地下街でのスナップ。
当時、大阪ではいつもどこかでこうした演説をしている人がいた。

今日スキャンしたものの中にあったもののうちの一枚。

今日は少し暑さが和らいだ2019年09月16日 21時08分02秒

先日病院で認知症の検査をした。
高度なテストではなかったが、それなりに緊張した。
3つのワードを覚えて何分後かにもう一度その3つのワードを、聞かれたときは少しうろたえた。
「サクラ」「猫」「電車」と今でも思い出すのでまずはよしとするが、その本番ときは「猫」がでにくく少し考えた。

しかし身体能力の衰えは日々感じている。
駅の階段をハイヒールを履いて、カンカンカンとすごいスピードで、駆け下りている若い女性がいるが、うらやましい。

さらに視力が落ちているのには参る。
立ち読みもめがねを外さなければいけない。
そのスーパーの雑誌売り場には「立ち読み禁止」と書かれているのだが、それは読めない振りをする。

パソコンでばかり文書を処理するので、字が書けなくなった。
筆順もいい加減になって、訂正印が必要になることが多くなった。

スマホの扱いもよっぽど必要なアプリしか入れてなく、時々指が乾きすぎて反応しないときがある。

その指も、電車の吊革につかまっているとき隣に白魚のような手でぶら下がっている女子高生の横で、しわくちゃの私の手はいかにもお粗末である。

パソコンなどの操作マニュアルも読むのが面倒になった。
ところがこれは年の功か知らないが、わからないままその経験からかなんとかなってしまう。
ところが少し若いときはなんとかなってしまったところを記憶していたが、今は同じことをまた一からとなる。

日本は高齢化社会で、電車のつり革にぶら下がる手も、しわくちゃだらけになる日もそう遠くはない。
我が国はこのまま行けば活力を失ってしまい、さみしい国になりそうである。
AI化もいいが、差し迫る高齢化社会に対してどう取り組んでいくのか、早急に具体的な施策を打ち出し、実現をしていかなければいけないと思う。

我が国のお偉方や官僚の皆さんは前置きが長く、別のところの議論で結局は実効的な施策が出来ないでいる場合が多いので、失敗してもいいからとにかくやってみるという風潮を作って取り組んでほしい。
改憲議論もいいが、いろんな施策を進めるに当たってはまず施策を進めるに当たって障害になっている法律の見直しをしてほしい。
時代に合わない法律が一杯ありそれらをクリアすることにより、日本はもっと暮らしやすくなるはずである。

今日はロージンの日。

写真は今日断捨離をしながらスキャンした中にあったもので、いろんなものが干されていたが、こんな写真も撮っていた。雨が上がったからかな。

那智勝浦町1988年9月。





お盆も過ぎて大分経つのにこの暑さ!!2019年09月11日 22時14分29秒

まだ今日も暑い。
お盆が過ぎてこの暑さは和歌山では52年ぶりだとか。
それでも過去にはこの暑さがあったのだ。

台風で電気が止まっている地域の人たちの苦労がわかる。
今日は、検査で医者に行ったが、朝に行って終わったのは3時頃だった。
それでも患者はまだたくさんいた。
高齢社会になると今以上にたくさんの人が、病院に行くことになる。

今度初めて入閣したK君に頑張ってもらおう。
喫緊の課題は、環境と高齢社会対策だ。
AIやIOTを使うのも限度があるから、アナログとデジタルをうまいこと使い分けて、いい社会を作ってほしいね。

写真は1975年頃の我がふるさと串本の風景である。
橋杭の写真を少し集めてみた。
橋杭岩周辺は家からそう遠くなかったのでよく撮っている。これは一部である。

今度串本に行った折には昔の場所と、同じ位置と角度でもう一度撮っても面白いかな。

1975年串本

貸しボート屋もあったが、貸せるのは夏の間だけだし普段から波が荒いので商売にはならなかったと思う。

1975年串本

鰯のひもの作り。天日干しは今でもやここでやっているのだろうか。
好きな風景。

1975年串本

今でもこのススキあるだろうか。

1975年串本

台風で打ち寄せられてきた木の根っこ。ずいぶん長いことここにあった憶えがある。

1975年串本

この辺でよく遊んだ。

串本も最近はジオパークで脚光を浴びているが、子供の頃そうした知識は全くといっていいほど教えられなかった。
自然が有り余りすぎてどうでもよかった時代だったのかも。
今になって熊野の地形や自然の素晴らしさが認知されてきたのである。

1978年大阪夏街角風景2019年09月06日 12時40分54秒

相変わらず暑い日々が続いているが、ニュースは寒い話ばかりである。
日韓のやり取りはどこに落ちるのだろうかと、あちこちの新聞のコラムやテレビの論評を見たり聞いたりするが、じゃあどうなの、と明確なものがない。
明確なのは、我が国が世界の支持を得ようとする働きかけが見えてこないということである。

時間が解決してくれるとは思うが、さてどうなるか。
双方のトップが変わったら一気に解決しそうな気もするがどうだろうか。
U18の試合はいよいよ韓国との戦いがある。楽しみ。

まだ韓国にはいったことがないので一度旅行したいと思う。

写真は、1978年夏の天王寺界隈のスナップである。

天王寺界隈

若い女性の似顔絵かき。最近は見ない。

天王寺界隈

陸橋の上では様々な露店があった。
こうした露天商を撮るのは好きである。

天王寺界隈

迫力ある宣伝カー。カウボーイというから牛かなと思ったがどうも豚の感じである。やっぱり牛かな。窓の書いてあるカウボーイの絵と動物のオブジェがなんとなく不釣り合いで面白かったのでカシャ!としたと思う。

天王寺界隈

ブドウの王様に人だかり。

天王寺界隈

演奏者は一生懸命だが、聴衆はなく一人は寝込んでいる感じである。

今でも粘ればいいショットが撮れるのだろうが、ショーゾーケンやら、屋外でのいろんな活動が規制されているので、当時の賑わいはなく、かなり撮りにくくなっている。

今日は大阪が大雨に2019年08月31日 21時54分07秒

会社でちょっと用事があり、土曜日だったが出かけた。
朝はいい天気だった。

帰り雲行きがおかしくなり、雨が降ってきた。
帰る頃には土砂降りになり、車のワイパーもフル稼働だった。

会社を出たときはまだ降ってなかったので、土佐堀川でくつろいでいる鳩くんをカシャ!


天王寺駅で関空特急はるかがホームに入って来た。
見ると一面にキティちゃんが」ラッピングされていた。
撮り鉄をしてカシャ!

こうしたかわいいラッピングをしていると乗りたくなってくるね。
同じようにカシャ!をしている人を入れてカシャ!

関空特急はるか

今日は朝から、体中に蕁麻疹ができて夜になるとかゆく膨れてきた。

蕁麻疹など子供の頃鯖を食べてあたり、そのとき出たきりで大人になってからは滅多になかったが、今日の蕁麻疹は本格的である。

明日お医者に行かなければならない。