古い街並みあれこれ・・橋本2019年10月01日 12時32分32秒

橋本市は古い街並みが残っていて歩くたびに新しい発見があるいい町だった。
しかし都市計画を実行してからフツーの町になった。

中途半端な都市計画は他の町との差別化がなくなり観光客も減ってしまう。
今観光客が増えているのは、古い街並が残っているところや特徴ある街並みのあるところばかりである。
そしてSNSで世界中に発信されとてつもないところから、訪問客がやってくる。
橋本の古い街並やアーケードの商店街は古いお店も残っていて面白かった。
それがものの見事になくなった。

少し寂しい。


橋本市

橋本市

橋本市

橋本市

橋本市

橋本市

高野が世界遺産に登録されて久しいが、その玄関口はここ橋本市である。
街に魅力があれば、高野山に行く前に途中下車もあるしその反対に大阪などに帰る途中で、街の散策も面白いと思うが、それはできなくなった。

古い町並みを残すのはコストもかかり難しいのだが、本宮のように無電柱化し家の表をクラシックな雰囲気を出して熊野古道にふさわしい街並みにリニューアルしている。

橋本の町もそうしてほしかったが、都会の真似事になってしまい面白みがなくなってしまった。

残念である。

写真は1973年にたまたま通りかかり面白い町並みだったので、撮ったものである。


だいぶ涼しくなってきた2019年09月24日 13時20分11秒

朝晩だいぶ涼しくなってきた。
ヒガンバナもだいぶ出てきた。
来週ぐらいは写真に撮るのにいいだろう。

わがふるさと串本は潮風が強く、車もエンジンより先にボディがいかれて寿命も短かった。最近のクルマは防錆がしっかりしているのであまりひどい錆は出てこないが、当時は新車から錆びだす車もあった。

結果、こうしてスクラップが増える。最近のスクラップ工場の廃車は今にも走り出しそうなものばかりである。

私が当時乗っていたスバル360もホンダライフもボロボロだった。
パテをもって何とか修理していた。

写真は1973年のスクラップ工場で、ここは今はない。




釣りが盛んなところがよくわかる。



キリギリスみたいになっている。

何とも締まらない彼岸となった2019年09月23日 21時22分04秒

昨夜の風は、先日の台風の時より凄かった。
ガレージの屋根も少しめくれた。
テレビのBSをもう一台のテレビでも見れるようにしようとして、機嫌良く見られていたいつも見ているテレビまで見えなくしてしまった。

原因は地デジと同じような感覚でアンテナの分岐を作ったためで、BSのアンテナ線にテレビから15Vの給電がされていると知らなく、ショートさせてしまい、テレビの保護回路が働き、見えなくなってしまったのである。

先にマニュアルを読んどけばよかった。

話は変わって、スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさん(16)が飛行機のかわりにCO2排出量がゼロのヨットで15日間、4800キロの旅を終えてニューヨークに到着した、というのはまだ新しいニュースである。

二酸化炭素(CO2)排出を懸念するトゥーンベリさんは、ヨットを選んだのである。

ニューヨーク到着後、トゥーンベリさんは「自然をめぐる戦争は終わらせなくてはいけない」と語った、という。

凄いね。

オバマさんと握手しているところも報道されていたが、TさんやAさんははどう思っただろうか。

金曜日にたった一人でデモを始めて、今では国際的な広がりを見せているが、環境のジャンヌ・ダルクかわからない。

彼女の活動はきっと歴史に残るのではないだろうか。
トゥーンベリさんは自閉症の一種であるアスペルガー症候群を患っているらしいが、本人は、この症状で「枠にとらわれずに物事を見られるようになった」と話しているという。

同じ病気の人たちにも勇気を与えるのではないだろうか。

写真は1973年9月大阪梅田地下街でのスナップ。
当時、大阪ではいつもどこかでこうした演説をしている人がいた。

今日スキャンしたものの中にあったもののうちの一枚。

今日は少し暑さが和らいだ2019年09月16日 21時08分02秒

先日病院で認知症の検査をした。
高度なテストではなかったが、それなりに緊張した。
3つのワードを覚えて何分後かにもう一度その3つのワードを、聞かれたときは少しうろたえた。
「サクラ」「猫」「電車」と今でも思い出すのでまずはよしとするが、その本番ときは「猫」がでにくく少し考えた。

しかし身体能力の衰えは日々感じている。
駅の階段をハイヒールを履いて、カンカンカンとすごいスピードで、駆け下りている若い女性がいるが、うらやましい。

さらに視力が落ちているのには参る。
立ち読みもめがねを外さなければいけない。
そのスーパーの雑誌売り場には「立ち読み禁止」と書かれているのだが、それは読めない振りをする。

パソコンでばかり文書を処理するので、字が書けなくなった。
筆順もいい加減になって、訂正印が必要になることが多くなった。

スマホの扱いもよっぽど必要なアプリしか入れてなく、時々指が乾きすぎて反応しないときがある。

その指も、電車の吊革につかまっているとき隣に白魚のような手でぶら下がっている女子高生の横で、しわくちゃの私の手はいかにもお粗末である。

パソコンなどの操作マニュアルも読むのが面倒になった。
ところがこれは年の功か知らないが、わからないままその経験からかなんとかなってしまう。
ところが少し若いときはなんとかなってしまったところを記憶していたが、今は同じことをまた一からとなる。

日本は高齢化社会で、電車のつり革にぶら下がる手も、しわくちゃだらけになる日もそう遠くはない。
我が国はこのまま行けば活力を失ってしまい、さみしい国になりそうである。
AI化もいいが、差し迫る高齢化社会に対してどう取り組んでいくのか、早急に具体的な施策を打ち出し、実現をしていかなければいけないと思う。

我が国のお偉方や官僚の皆さんは前置きが長く、別のところの議論で結局は実効的な施策が出来ないでいる場合が多いので、失敗してもいいからとにかくやってみるという風潮を作って取り組んでほしい。
改憲議論もいいが、いろんな施策を進めるに当たってはまず施策を進めるに当たって障害になっている法律の見直しをしてほしい。
時代に合わない法律が一杯ありそれらをクリアすることにより、日本はもっと暮らしやすくなるはずである。

今日はロージンの日。

写真は今日断捨離をしながらスキャンした中にあったもので、いろんなものが干されていたが、こんな写真も撮っていた。雨が上がったからかな。

那智勝浦町1988年9月。





お盆も過ぎて大分経つのにこの暑さ!!2019年09月11日 22時14分29秒

まだ今日も暑い。
お盆が過ぎてこの暑さは和歌山では52年ぶりだとか。
それでも過去にはこの暑さがあったのだ。

台風で電気が止まっている地域の人たちの苦労がわかる。
今日は、検査で医者に行ったが、朝に行って終わったのは3時頃だった。
それでも患者はまだたくさんいた。
高齢社会になると今以上にたくさんの人が、病院に行くことになる。

今度初めて入閣したK君に頑張ってもらおう。
喫緊の課題は、環境と高齢社会対策だ。
AIやIOTを使うのも限度があるから、アナログとデジタルをうまいこと使い分けて、いい社会を作ってほしいね。

写真は1975年頃の我がふるさと串本の風景である。
橋杭の写真を少し集めてみた。
橋杭岩周辺は家からそう遠くなかったのでよく撮っている。これは一部である。

今度串本に行った折には昔の場所と、同じ位置と角度でもう一度撮っても面白いかな。

1975年串本

貸しボート屋もあったが、貸せるのは夏の間だけだし普段から波が荒いので商売にはならなかったと思う。

1975年串本

鰯のひもの作り。天日干しは今でもやここでやっているのだろうか。
好きな風景。

1975年串本

今でもこのススキあるだろうか。

1975年串本

台風で打ち寄せられてきた木の根っこ。ずいぶん長いことここにあった憶えがある。

1975年串本

この辺でよく遊んだ。

串本も最近はジオパークで脚光を浴びているが、子供の頃そうした知識は全くといっていいほど教えられなかった。
自然が有り余りすぎてどうでもよかった時代だったのかも。
今になって熊野の地形や自然の素晴らしさが認知されてきたのである。

1978年大阪夏街角風景2019年09月06日 12時40分54秒

相変わらず暑い日々が続いているが、ニュースは寒い話ばかりである。
日韓のやり取りはどこに落ちるのだろうかと、あちこちの新聞のコラムやテレビの論評を見たり聞いたりするが、じゃあどうなの、と明確なものがない。
明確なのは、我が国が世界の支持を得ようとする働きかけが見えてこないということである。

時間が解決してくれるとは思うが、さてどうなるか。
双方のトップが変わったら一気に解決しそうな気もするがどうだろうか。
U18の試合はいよいよ韓国との戦いがある。楽しみ。

まだ韓国にはいったことがないので一度旅行したいと思う。

写真は、1978年夏の天王寺界隈のスナップである。

天王寺界隈

若い女性の似顔絵かき。最近は見ない。

天王寺界隈

陸橋の上では様々な露店があった。
こうした露天商を撮るのは好きである。

天王寺界隈

迫力ある宣伝カー。カウボーイというから牛かなと思ったがどうも豚の感じである。やっぱり牛かな。窓の書いてあるカウボーイの絵と動物のオブジェがなんとなく不釣り合いで面白かったのでカシャ!としたと思う。

天王寺界隈

ブドウの王様に人だかり。

天王寺界隈

演奏者は一生懸命だが、聴衆はなく一人は寝込んでいる感じである。

今でも粘ればいいショットが撮れるのだろうが、ショーゾーケンやら、屋外でのいろんな活動が規制されているので、当時の賑わいはなく、かなり撮りにくくなっている。

今日は大阪が大雨に2019年08月31日 21時54分07秒

会社でちょっと用事があり、土曜日だったが出かけた。
朝はいい天気だった。

帰り雲行きがおかしくなり、雨が降ってきた。
帰る頃には土砂降りになり、車のワイパーもフル稼働だった。

会社を出たときはまだ降ってなかったので、土佐堀川でくつろいでいる鳩くんをカシャ!


天王寺駅で関空特急はるかがホームに入って来た。
見ると一面にキティちゃんが」ラッピングされていた。
撮り鉄をしてカシャ!

こうしたかわいいラッピングをしていると乗りたくなってくるね。
同じようにカシャ!をしている人を入れてカシャ!

関空特急はるか

今日は朝から、体中に蕁麻疹ができて夜になるとかゆく膨れてきた。

蕁麻疹など子供の頃鯖を食べてあたり、そのとき出たきりで大人になってからは滅多になかったが、今日の蕁麻疹は本格的である。

明日お医者に行かなければならない。

ギフテッドのことなど2019年08月30日 12時32分16秒

先日テレビを見ていたら、ギフテッドという聞きなれない言葉で、そうした特殊な能力を持つ人たちの特集をしていた。

ウィキペデアを探し、単純に説明できないので少し長くなるがコピペしてみた、
 
「1993年、アメリカ教育省は、ギフテッドを「ギフテッドとは、同世代の子供と比較して、並外れた成果を出せる程、突出した才能を持つ子供のことである。」と定義している。ギフテッドにおける高度な知的能力の傾向は、誕生時点から、生涯にかけて見られる。ギフテッドは、英才児、優秀児、天才児などと和訳されているが、日本では、そのような子供を「飛び級できるような賢い子」という一面でしか捉えられておらず、誤解が生じている。

そのため、本項では、英才児、優秀児、天才児などと和訳せず、「ギフテッド」と呼称する。ギフテッド (gifted)は、贈り物を意味する英語の「ギフト (gift)」 が語源であり、神または天から与えられた“資質”、または遺伝による生まれつきの「特質」と言える。
「ギフテッドの才能を伸ばす」という言い方はできる。
しかし「こうすればギフテッドになる」とは言わない。 

ギフテッドは早期教育や、他人よりも早く多く習得する先取り学習によってギフテッドに成長するようなことはない。ギフテッドは自ら常に多様な「知的刺激」を切望して満たし、自分の好みの学習方法で、自分の興味のある分野を極めて深く掘り下げて探求する傾向にある。

そのため、ギフテッドは結果的に同年者より先のレベルに到達することが多い。ギフテッドは、教育熱心な保護者主導で幼児教室に通わせたり、または業者の教材を子供に買い与える受動的な早期教育とは一線を画する。

ギフテッドは、 タレンテッド(英: Talented)という言葉と併用され、「ギフテッド」や「タレンテッド」への教育は、ギフテッド・タレンテッド教育 (GATE, Gifted and Talented Education) と呼ばれている。ギフテッドが、全般的、学術的な才能を指すのに対して、タレンテッドは芸術的な才能を持つ人物を意味する」

とあった。
アメリカでは知能指数130以上の子供たちを集めた学校があるという。
日本では単に頭がとびぬけていいとだけしか解釈されていず、そのずば抜けた能力をどう生かせるかというところまで行っていない。

これではだめで、やはりその人の持つ能力はきちんと伸ばしてやるべきである。
番組では、複雑な数式をいとも簡単に解いたり、人が気付かないようなことにこだわって、それを研究し続ける人などを紹介していたが、そういう人のとびぬけた能力を伸ばしてほしいと思う。

この面でも、日本は少し遅れているのかなと、またまたさみしくなる。

写真は1979年ごろの大阪駅界隈の風景である。
 
大阪駅前風景

当時の靴のファッションがよくわかる。

大阪駅前風景

今は少なくなったが、駅周辺にはたくさんいた。

大阪駅前風景

人通りも少ない。

大阪駅前風景

大阪駅前風景

何をしているのだろうか。

大阪駅前風景

今ではこんな商売もできないだろう。
昔の街角写真を続けてアップしているが、改めて昭和を振り返って見ると、おもしろい。

セミの声がしなくなった2019年08月29日 17時18分41秒

今朝はめっきり涼しかった。
いつものかわっぺりの並木みちでうるさく鳴いていたセミ君たちもなりを潜めた。
季節は秋にナダレこんだ。

それにしても九州の豪雨被害は大変だ。
毎年毎年50年に一度の災害といわれているが、そういう表現の必要のない気候になってほしい。
九州で降った雨を、そのまま干ばつ地帯やアマゾンの火事の現場に持っていけたらいいのだが。そうはうまくいかない。
テレビのニュースもなぜこうした豪雨被害が起こったのかという肝心なことを掘り下げない。

また、今必要なのは、世界で排出量が2位というプラゴミ問題や食品ロスのことなど、環境の悪化の原因追及とともに、国民に考えさせ生活を見直させることだが、どの局も積極的ではない。
良し悪しは別として、香港も韓国も何か事あれば問題意識を持ち、デモなどやネットで積極的に呼びかけ、各自の意見を表現している。

日本はまるでそれがない。
あったとしてもテレビなどではきっちりと報道しないだろう。

すこしさみしい。

写真は昨日に引き続き、1979年8月の大阪街角風景である。
のんびりしたいい景色。

大阪街角1979年8月

大阪街角1979年8月

大阪街角1979年8月

この景色はもうない。

大阪街角1979年8月

そういえば公衆電話も少なくなった。

大阪街角1979年8月

秋雨前線が大暴れ2019年08月28日 13時09分42秒

秋雨前線は九州に大雨を降らせている。
大きな災害にならねばいいがと心配する。
佐賀駅などは浸かってしまっているしね。

昼休みにyahooニュースを見ていると、
登山家の野口健氏(46)がツイッターで、韓国で30日から始まるU18ワールドカップ(W杯)に臨む高校日本代表に日の丸のロゴなどが入ったポロシャツを着用させず、無地のシャツに変更して現地入りさせる方針を日本高野連が明かしたという報道を引用して、「意味わからん」「選手に失礼」「大人達、情けない!」と苦言を呈したということが書かれていた。

私も同感で、こんな時だからこそ堂々と日の丸をつけていくべきで、私が韓国の人なら、「なんと失礼な」となる。
危害を加えられる恐れがある、ということだがこれが逆の立場だったら怒るはずだ。

高野連のお偉方は空気の読めない立場のわからない人たちばかりの感じがする。
選手たちはどう感じているかしれないが、私が選手なら日の丸をつけていきたい。
政治がややこしい時期だからこそ、民間の文化やスポーツの交流は仲良くやろうとすべきではないか。

政治とは別のスポーツの開催国が参加した選手に危害を加えるはずはない。
試合でエキサイトするのはゲーム上のことで、また別の話である。

忖度ばやりで良かれと思ったのだろうが、こういうことを平然とやってのける高野連の皆さん、もう少し未来志向の大人になってほしい。でないと相手の国からバカにされる。

これは高野連だけの話ではない。他の団体でも頭のカチカチな人達が組織を牛耳っているのをよく見聞きする。
いま日本はすべてにおいて、未来志向への転換を図るべきである。

写真は1980年の大阪街角である。
梅田や天王寺の裏町だと思うが今では見ることのできない景色もある。

1980年8月大阪

靴磨きの後ろの看板がいい。

1980年8月大阪

こんな市場があった。

1980年8月大阪

何を買っているのだろうか。

1980年8月大阪

露店の靴売り。

1980年8月大阪

この景色も今はない。

1980年8月大阪