ある公園にて2017年06月20日 22時01分46秒

今日は大阪商工会議所で会議があったので、東横堀川のほとりで昼ご飯を食べました。
外で食事をするというのは気持ちいいですね。
と思っていたのですが隣に座っていた人がたばこを吸っていたので煙かったです。

その人はたばこを吸い終わってどこかに行きました。

公園では二人ほどご飯を食べていました。

都会とは思えない静寂な空間でした。


ところが私の座った椅子の後ろはゴミの山。


さらに公園の入り口はこの有様です。
汚れ方を見るとかなりの時間ここに放置されているのがわかります。


自転車は30分でも放置すると、「拉致」されてしまいます。

「美観保持のため放置自転車を撤去します」とあちこちの看板に書いています。
私の会社の女性も銀行前に30分ほどおいただけで持って行かれたそうです。

美観保持の目的で自転車を撤去するなら、「このゴミはどうするの?」と言いたいですね。

縦割り行政の見本みたいです。
自転車を撤去する人が、ゴミを撤去してはいけないのなら、ゴミの担当者の人に一言、

「ゴミがたまってる」

といえば整理に来るのでしょうけどね。


ゴミを捨てるものが一番悪いのですが、捨てられたゴミは回収しなければいけません。
上の写真の状態で先に撤去されるのが自転車です。
美観的に見てどちらが汚く景観を壊しているか、一目瞭然ですが「真面目」なお役所の方は自転車を撤去します。

観光都市を目指すのであれば、放置自転車よりゴミの方を優先すべきだと思うのですけどね。

ヨーロッパの観光地では、自転車はあちこちで見ますがゴミをこんなに放置しているところは見たことがありません。

IRや万国博を誘致しようとしていますが、これではだめです。

地方の人口減少2017年06月08日 22時25分46秒

新聞を整理していると過疎の村で高齢化した村が全国でも増えつつあると言う記事がありました。
今日本で人口500人未満の自治体が10村がありました。

我が和歌山の北山村も460人でその10村のうちに入っています。
一番人口の少ないのは東京の青ヶ島村の166人でした。

議員のなり手も少なくなった方も高齢となり、だんだんなり手も少なくなっているそうです。

「消滅可能性都市」がすでに896自治体あると言うことは、かなり厳しい現実ですね。

我が社の入るビルには全館で5000人働いているのですが、小さな町よりたくさんの人がいます。

なんとかこの不均衡を少しでもなくすようにしてほしいですね。

過疎の村はおおかたが景色のいいところにありますので、人口は増えなくていいのでたくさんの人が訪れるような仕組み作りをすれば、過疎の村のお年寄りも新しい生きがいを見つけられるのではないかなと思っています。

写真は昨日の雨でしおれていたネムノキが今日見ると少し元気になっていました。
この前で釣りをしている人がいたので、

「何を釣っているのですか?」

と聞くと、

「うなぎです。さっきあたりがあったのですが舟が通ってうまくいきませんでした」

といいながらミミズに針を通していました。



日も長くなり帰りもかなり明るいです。

とうとう梅雨入り2017年06月07日 22時15分11秒

朝から雨、とうとう梅雨入りしました。

梅雨の季節は一年の内で一番いやです。
バイクもあまり乗れないのでさみしくなります。

会社へ行くまでの堤防に昨日までネムノキがきれいに咲いていたのですが、雨に濡れたその花を撮ろうと思いましたが、今日はもうどの花もしおれて終わっていました。

やっぱり旬の時期に撮っておくべきだったと反省。

また今日もジャイアンツが敗れました。
阪神も逆転負け。

そういえば、今どのスポーツも面白いですね。
卓球もラリーの早さはすごいし、バレーもバスケットも手に汗握ります。

それというのも世界レベルに上がってきたせいでしょう。
どれも楽しみです。

写真は通勤ルートにある歩道にある灰皿。
英語が書かれているのは、時代ですね。

警報器が鳴っているときは踏切に入らない2017年06月02日 21時45分00秒

先日通勤で一緒になった同僚に、

「駅そばの踏切に、電光掲示板と警告板がつけられて駅員まで立って監視してます」
「それはどうして?」
「あのね近くにホテルがあるのですがそこに泊まっている外国の人たちが、踏切の遮断機が下りて警報が鳴っても踏切から出ず、線路の中で止まったままが多いそうです。事故になるので英語、中国語、韓国語で注意しているのです。面白いので一度見てください」

ということでした。
今夜早速見ました。
なるほど電光掲示板には各国の言葉で踏切に入らないようにと流れます。

電光掲示板とは別に看板で、懇切丁寧に踏切からでるように書かれています。
よその国でこういう看板はあまり見ないですね。


まだ大きな事故がないので助かっていますがひとたび事故が起これば大騒ぎになるのでこうした警告は必要ですがなんとなくセンスがない感じがします。

もう少し目を引くように書いてほしかったと思います。


本格的な暑さが2017年05月30日 22時38分31秒

暑くなってきました。
今年の夏は暑そうですね。

お隣の国が連続してミサイルを撃ち込んでいます。
なんとかしないといけませんね。

これが誤射でもして我が国に飛んできたらどうなるのでしょうね。

日本に飛んできてもいろいろ”検討”するのでしょうか?
今のままでは、そんな状況に出会ってもレスポンスが悪そうな感じのするのは私だけでしょうか?

現に震災の時の原発事故の対応を見てもわかりますね。

そしてその中身の肝心なところについては国民に知らされることがないような気がします。

写真は先日行った高取町土佐町でコーヒーを飲みに入った喫茶店です。
JAの倉庫を改造したというなかなか面白い喫茶店でした。


喫茶店の裏に続く建物の中にでっかいジオラマがありました。
丁寧に作られていて、ほのぼのとするスタイルのジオラマでした。


福沢さん、夏目さん、樋口さん、似ていますね。
やたらリアルでないところが面白く親しみが持てます。

高取町土佐町

土佐町の昔も表現していました。

高取町土佐町

何故か古墳”レプリカ”?がありました。
中には絵が描かれていませんでしたので、これからでしょうね。

高取町土佐町

こういう遊びモードの展示は好きです。

高取町 くすりの資料館2017年05月26日 21時43分07秒

再び先日行った高取町です。

土佐町の中ほどに、高取町観光案内所「夢創舘」があり、その裏に薬の町「たかとり」を感じさせる「くすりの資料館」があります。

蔵の一部を改造している資料館は懐かしい薬が展示されてあり、面白かったです。

奈良はあちこちの町が薬を作っていますが、高取町もそうであったとは知りませんでしたた。

この高取町のくすりの歴史は古いらしく、遡ること飛鳥時代(西暦612年)に推古天皇が聖徳太子などと一緒に、高取に来て薬狩りを行ったと伝えられています。

自然に恵まれ薬となる動植物類が、豊富だったようです。

修験者によって大和の薬が、全国に広められたのが、大和売薬の興りとなったということですが吉野には陀羅尼助があり、薬つくりをする各町で競っていい薬を作ったのではないでしょうか。

江戸時代は高取城植村藩主が、江戸参勤の際、他の藩主に薬を贈り全国の販路拡大に貢献したそうです。
その後江戸中期頃から、明治にかけて各地を行商し、現代の配置販売の基礎ができたということです。

富山や奈良の薬の行商の人が来て、お土産に紙風船をもらったのを思い出しました。

あまり遊ぶものがなかった時代、そんなささやかなものでもうれしかったです。
ここ高取のことは、日本書紀にも載っているらしく、推古19年(611)で、「夏の五月五日に、菟田野に薬猟す・・・」とあり、続いて翌20年の第2回目は「夏五月五日に、薬猟して、羽田(はた)に集いて、相連きて、朝(みかど)に参趣く・・・」となっていて、この第2回目に出てくる「羽田」の場所が、高取町の羽内から市尾あたりのようです。

一度日本書紀を見なくてはいけません。

薬の歴史も面白いでしょうね。



懐かしい包装紙の薬がいっぱい。



いつもお土産にくれた紙風船。
私がよくもらったのは丸かったですね。

城下町 高取町2017年05月23日 17時49分46秒

高取町へは以前に日本三大山城といわれる高取城に登り、面白く思いました。
その時集めたパンフレットにこの土佐町の紹介があったわけです。

その土佐町の中ごろに高取城への登り口があり、入り口に奈良産業大が作成したCGの看板がありました。

たらればはいけませんが、もしこの城が残っていれば素晴らしい観光施設になっていいて世界中から観光客がやってくるでしょうね。

戦後の建設の和歌山城でもあれだけの外国の方が来ているのですから、こうした歴史ものが好きなヨーロッパのお客さんも来ていただろうと、残念に思います。

いつの時代にも先の読めない政治家がいますからね。

高取町土佐町

松ノ門が復刻されていました。
扉は昔のままで重厚なつくりでした。

高取町土佐町

屋敷があったと思われるところは広い公園になっていました。

高取町土佐町

今でもお住まいとしている江戸時代の侍屋敷がありました。
いいデザインですね。

高取町土佐町

高取町土佐町

祖の侍屋敷から少し上に藩主の屋敷がありました。
ご主人らしき方が自転車を勝手口らしきところから中に入れていました。

高取町土佐町

高取町土佐町

漆喰をうまく盛り上げてデザインしています。
今これだけの普請をすると莫大なお金がいるでしょうね。

高取町土佐町

単に古い街並みだけかと思っていましたが、どっこい南北朝から江戸時代までの建物や史跡がありました。

もっと詳しい歴史を知ればさらに面白いと思います。

話はころっと変わって、「共謀罪」法案が衆院を通過しました。
国民があれだけ、

「じゃあどうなるんだ」

と問いかけてもなしのつぶてのまま決められそうです。
政府がガイドラインを決めていても、末端の管理部門の判断でゆがめられ、人権や民衆の命などそっちのけになるのは、戦前の治安維持法などを書いた小説などで知っています。

法務大臣の説明されない説明がとおっている現実は、その危うさをより強く感じてしまいます。

高取町土佐町その22017年05月22日 12時35分45秒

ボクシングの試合を見るのが好きで、テレビ中継があればよく見るのですが、楽しみにしていた村田さんの試合、残念でした。
あれは完全に村田さんの勝ちでしたね。

あのジャッジペーパーはどういう基準でつけたんでしょうかね。
リターンマッチをしてほしいですね。

10回か11回の時にもっと派手目に打ち合っていればよかったのでしょうか。
見終わった後味が悪かったです。

写真は昨日に引き続き高取町土佐町です。

昭和の香りがします。
高取町土佐町

昔の人のほうがデザインセンスがいいですね。

高取町土佐町

そのものずばり、いいですね。

高取町土佐町

沖縄があります。この町筋はほとんどのおうちが玄関先に花があり、道行く人を楽しませてくれます。

高取町土佐町

この屋根もいいですね。

高取町土佐町

なんとお医者さまでした。
このまま赤ひげが出てきてもおかしくない。

高取町土佐町

お豆腐屋さん。
買ってもよかったかな。
昼すぐだったのでパスしました。

高取町土佐町

和歌山でも、ユアサなどはよく町並みを残していますが、粉河、橋本などは昔の面影もなく壊されてしまいました。

もしこの町のように建て替えても街の雰囲気は残す形でやっていたらいい観光地になったのにと思います。

本宮大社の前に道は、新しい建物をつくりかえてクラシックな落ち着きのあるいい街並みになっています。
行政の景観保存に対する姿勢が問われます。

我が家の菜園そして土佐町2017年05月21日 21時21分11秒

朝から庭に水をまき、ちょっとした野菜の育成を見ましたが、どうも思うように伸びてくれません。
とはいいつつも先日はトマトの花が咲き、遅くても少しずつ伸びています。

うまく収穫できたらいいのにと思います。
この写真は少し古いSONYのサイバーショットHX-100Vで撮りました。
長いこと使っていないので電池が心配ですが結構写っています。

山に行くときはこれで十分かな?
荷物も軽くてすみます。




昼から高取城の麓にある土佐町を歩きに行きました。
初めて行きましたがいいところです。

高取町土佐街道

壺阪山駅前の喫茶店?
いろんなものがあります。

高取町土佐街道

とにかくツバメの多いところでした。

ほとんどの家の軒先に2,3個の巣がありました。

多いところは5つくらい巣がありました。

じっくり待って餌をあげるところも撮りたかったですが時間がなかったのと、よその家の庭先なので待てませんからね。
また巣の近くでいると親鳥が遠くからこちらを観察しあまり飛んできませんでした。

高取町土佐街道

高取町土佐街道

町並み保存のために、至る所にこんな案内板がありました。
どこかの町にこれを掲げてほしかったですね。

紀ノ川筋の各町々もこの考え方で町並みを残していれば、いい観光地になったのにと残念です。

高取町土佐街道

奈良に土佐町とはおかしいなと思っていたら、看板に書いているとおりに、大和朝廷に仕えて帰りの路銀をくれなかったのでやむなくここに定住したということです。
いつの時代もお上のすることは民衆のことなど意に介しないですね。

高取町土佐街道

明治8年に建てられた道標。
こんなのいいですね。

高取町土佐街道

今日は30度を超えているところがありました。
それでも何組かこの町並みを歩いていました。

てくてく記録は、ぼちぼち書いていくことにします。

南海高野線九度山駅2017年05月11日 12時06分21秒

先日乗った南海高野線。
外国人観光客の増加で収益も上がっていると思いますが、大河番組ブームに乗って真田幸村一色です。

六文銭があちこちです。

駅という感じではなく、どこかの居酒屋の入り口のような感じです。
これはこれでブームを表現するのにはいいかもしれませんが、外国の方には通じているのでしょうか。

改めて戦国武将の旗印を見るとセンスがいいですね。
これなら戦場で敵味方入り混じってもすぐわかります。

ホームも六文銭だらけです。ベンチも赤。

この六文銭というのはよく知られているように、三途の川を渡るときの「賄賂」なのですね。当時の足軽兵士は死ぬ覚悟で着物に縫い付けていたらしいです。 

南海高野線九度山駅

南海高野線九度山駅

下は2001年当時の九度山駅。
この当時から今の飾りつけをしていたら立派ですけどね。
やっぱり引き金がいるのでしょうかね。

南海高野線九度山駅

今日お客さんからAR(Augmented Realty=拡張現実)のプレゼンを受けましたが、我々はとてつもない時代に突入しつつあるのを感じます。

スマホでカタログなどのある部分をかざすだけで3Dの動画や合成画像が現れ、それが回転したり声が出たりで、すごいことができます。

その昔、まだBASIC言語でプログラムを組んでいた時、文字を画面のある位置に表示しようとするだけでかなり労力を費やしましたが、今は指先で動かすだけでいいのですからね。

打ち合わせの中で、私は、

「犯罪者をチェックするときにこのシステムはいいですね」

といいました。
それはともかく、行方不明の方を探すのにいい手助けになるでしょうね。
捜索願のポスターにスマホをかざすと情報が現れ、もし情報があればすぐツイッターなどで連絡できます。

ま、日本は中途半端な個人情報保護がうるさいですからうまく活用できないでしょうけど。

とにかく時代は進みつつあります。
遅れていても生活には困りませんが・・・・