朝は寒かったが昼からは春の陽気。2022年02月14日 19時42分46秒

この頃は朝歩いているが、街の花や家々を見ていると飽きない。
人の住んでいない家も多くなってきて、なんとかならないかと思うが時代なのかな。
今日は病院に行ってCTを撮った。
ここ10年ほど定期的に撮っているもので特段悪いところはない。
気になるところはあるが年のせいかな。


お散歩コースは立派なおうちが多い。


眼鏡が割れてしまっている。


怖そうな獅子。


同じ節が面白くてカシャ!最近はこういう壁が減ったものね。


銘柄が違っている面白さ。ついカシャ!


最近は庭をよくいじるので、花にも目が行く。


梅が本格的に咲き出した。


金柑も。私が子供の頃はよくとったが今の子は余り食べないのかな。


綺麗に枯れているがもう少しすると緑の若葉が芽を吹くだろうね。


鳥にはやはり目が行く。


コロナ感染は、和歌山はきょうは317人だった。
東京は13074人、大阪は7997人、滋賀が593人、京都が1966人、愛知4420人、北海道2252人、沖縄286人だった。
全国では60142人だった。土日のデータなので当てにならない。

今日は節分。割に暖かだった。2022年02月03日 17時37分55秒

春が近いのを感じる。
しかし一日曇りだった。

そういえば今日は節分である。
節分の豆まきが今日だが一茶の句に、

   かくれ家や歯のない口で福は内•••••小林一茶

というのがある。流石一茶だね。

朝から丸田川までテクテクした。
今日は荷物を減らせるためにコンデジを持ち出した。
1400㎜のボーエンが使えるがCCDが2.3である上に1600万画素である。少し物足りないが使ってみることにした。
カメラを持たないで歩けばもっと気軽に歩けるが先日書いたようにどんな出会いがあるかわからないのでとりあえず持っていく。

昼からは以前から取り掛かっている南天を切った。


こうしてみる限りは大きいカメラとそれほど差はない。イソヒヨドリさん、松本食堂にきてくれている。


山鳩君。


ヒヨドリ君がけたたましくさえずっている。


この頃百舌鳥君がやたら目に付く。


丸田川には鴨君たちがえさを探していた。


何かの卵だとは思うが、何かわからない。


南天はこうした塀がよく似合う。


根っこがだいぶ小さくなった。あと一息である。






今朝は2022年発氷が張った。氷点下2度であった。2022年01月02日 21時45分02秒

今朝はメダカのある水盤と水瓶に氷が張っていた。
水をやらねばいけない花があるのだが、ホースが凍ったのか水が出なかった。温度計を見ると氷点下2度だった。
氷が張るはずである。この冬そして今年一番冷えたかな。
氷点下というのはなかなかないものね。

新聞のエッセイにあった岩出の境谷を訪ねた。
実は昨年暮れ、病院に行った帰りに一度来たのだが道が狭く、駐車する場所がなかったので、集落の入り口でユーターンしたのである。
今日は集落までの道の手前の広いところに車を止め、歩いた。
集落は本当に隠れ里という雰囲気がぴったりであった。


とにかく空のスズメバチの巣が多かった。
無人のおうちにあったのでそのままになっているのかわからない。



蔵の屋根に巣をしていた。彫刻のある蔵だった。


カラスウリが至る所にあった。なかにはバナナのようになっているのもあった。



集落の真ん中を小さいが川が流れていた。


牛か馬が今にも顔を出しそうな立派なおうちがあった。


どの家も鬼門様に南天を植えていたが、誰かの家の南天と違って実が良くなっていた。この違いはどこから来るのかな。


野いちごがあり食べた。美味しかった。


集落の所々に連絡板があった。


もう冬なのに空蝉があった。


子供が多かった頃はここで泳いだのではなかろうか。


神社があった、日吉神社という。


薬師堂という。屋根が崩れかけている。


記事では、エッセイストが集落の入り口で平家の落人が隠れ住んだと口伝で聞いている、と書いていたが、ここは平家の落人がいたというのは私はないと思う。
平家の落人がこんな所にいるわけはない。
そのエッセイストも7年前に来たときは30戸50人ほどが暮らしていたが今は20戸ほどに減っているという。
確かに無人の家が多かった。

家の角に南天の木があるがみな見事な実をつけていた。
日吉神社と地蔵堂にも立ち寄ったがそれは日を改めて書くことにする。

コロナは和歌山はきょうはゼロだった。とにかく今年は2日ゼロの日が続いている。
このままゼロでいてほしいね。
東京は84人、大阪57人、北海道16人、沖縄51人だった。
全国では554人だった。
じわじわ増えている。ゼロの府県が少なくなってきた。心配だね。

新年はじめの新聞はビニールがかぶっていた。2022年01月01日 20時43分19秒

新しい年がはじまった。
誕生日である。
特にどうってことはないのだが、父親の年の倍生きるのは今年一年生きて見なければわからない。倍は生きなければと思っている。
昨年までは健康診断などをしてもいつもスレスレセーフが多かったので、今年はさて。

今年の日記は一つの思いもあり、自分で刷った。

   一月や去年の日記尚机辺・・・・高浜虚子

という句があるがまさにその通りかもしれない。昨年のはまだ手元にある・

今朝は出しそびれた年賀状を印刷し、岩出局まで出しに行った。
ここの方が一日の集配が多いからである。
帰りに大宮神社に寄りカブちゃんのはじめの写真を楠の下で撮った。
ついでに神社境内に入ったが思ったほど人はでてなかった。

クロスカブCC110


大宮神社



いかにも冬の空。


毎年恒例にしている乗り物のオドメーターを撮ったが、フレアが減ったので今年は2つだけである。
ラブ4が、129611kmなので昨年から4631kmしか走っていない。
クロスカブは902kmと1000kmを超えていない。
2台とも今年はコロナも少なくなって少しは乗れるかなと思う。



ともかく2022年がはじまった。
いろいろやりたいことがあるがオイオイ書いていこう。

コロナは和歌山はきょうはゼロだった。今年はゼロのままでいてほしいね。
東京は79人、大阪70人、北海道23人、沖縄52人だった。
全国では457人だった。
じわじわ増えているね。

降りそうで降らなかった一日。病院の一日2021年11月08日 21時01分07秒

今日は病院だった。雨が降らないとわかればバイクで行こうと思ったが、降ると天気予報が言っていたので車で行った
病院では、二つの別々の検査をしたので丸一日かかってしまった。
しかしいつ来ても思うのだが病人が多いね。

座った横の人が書類を広げたので見る気もなかったが目に入った。
手術の同意書であった。
これは自分も書いたのでよくわかる。
その人はかなり熱心に読んでいた。私の場合はほとんど読まずに同意した感じである。その人はかなり熱心に読んでいた。近いうちに手術するのだろう。

昼ご飯をどうしようかと迷ったが食道経営が入れ替えられたので味がどんなに変わったかを知りたかった。
メニューはいろいろあったがカロリーも塩分も一番少ないのにした。メニューの写真の下にカロリーと塩分が書いているのがありがたい。病院の食道なら当然だろう。
前は味オンチの私でも余り美味くなかったのである。
今は値段は少し上がったが味は良くなっていた。


雨が降りそうで降らなかった。


公園に掲げられていた看板。


昼ご飯に食べた田舎そば。美味しかった。


壊される建物。土煙がすごかった。まるで地震か砲撃のあとのようであった。


コロナ感染は、今日も和歌山はゼロだった。これで6日連続ゼロである。いいね。
東京は18人、大阪15人、北海道6人、沖縄2人で、全国は107人だった。これで全国ベースででももう直ぐ100人を切ってしまう。沖縄もとうとう2人。このまま日本は感染者ゼロになってほしいね。

いい天気が続いたあとのほっこりしない一日。2021年11月06日 21時26分19秒

今日はほっこりしない天気だった。
朝からなんとなく底冷えがした。
今日は庭もいじらなく、要らないものの整理をした。

まずカメラを少し整理した。整理したといっても置く場所を変えただけである。
カメラバッグを一つゴミにした。
ルアーも整理にかかったがなんとなく使いそうな気がして棄てられなかった。

カメラはこのカメラとレンズを組み合わせれいい写真が撮れると思い、ルアーはこのルアーをつけて釣ってみたい、釣れるんじゃないかと思い込んでしまうとついたまってきてしまった。

オークションなどで安く買ったのでそれほど費用はかけていないが、それでも使い切れないほどたまってしまった。
開高さんは釣行の最後の方では持って行くルアーを絞ったというが僕もそうしなくてはいけないとは思うが、もしそのルアーを持って行かなくて釣れなかったら地団駄踏むことになる。そうしたくないのでやっぱり持って行く。

カメラは精神安定剤のようなもので肩にないとなにかを忘れたような気がする。
武士の脇差しのようなものである。

写真は1990年11月のものである。




アートのような看板だったのでカシャ!


堤防を延ばしたとき岸壁に並べられていた「トーフ」



コロナ感染は、今日も和歌山はゼロだった。これで4日連続ゼロである。いいね。
東京は29人、大阪39人、北海道13人、沖縄3人で全国は241人だった。

秋らしい日が続く2021年11月05日 21時05分52秒

「砂の如き雲流れ行く秋の朝」
とは、正岡子規の歌であるが、まさにそんな日が続いている。
朝は結構寒いが日中は暖かである。
今日も朝から庭をいじった。

ありものを使ってのものだからたいしたことはできないのだが。

街を歩くといろんなものに出会う。
中でも窓は面白い。


一枚だけ破れている。


猫が散歩をする僕を見ていた。


社員寮らしき建物だが今は誰も住んでいない。障子紙が破れっぱなし。


防火水槽のまるとタイヤの黄色の丸が面白くてカシャ!


キリストは誰の身代わりになったのだろうか?

コロナ感染は、今日も和歌山はゼロだった。東京は25人、大阪32人、北海道13人、沖縄15人で全国は225人だった。

今日は一日雨が降った2021年10月25日 20時48分40秒

今日は一日降った。
朝の気温は11度でそれほど寒くはなかった。
それが一日中気温も上がらずしとしとと降り続いた、なんか人をあざ笑っているような雨であった。

「岡本太郎が撮った日本」というのを最近パラパラとみているのだが、その中で四国に行った折書いている文章がすごいと感心した。

「このような辺境で、中央の文化を吸収しようという知識欲、その情熱は正しい。これをただの後進性という風に考えるべきではない。ただセンターにだけ文化があるという意識、いつでも中央で料理されてしまったものだけを取り入れることに神経を使って、新鮮な、優れた素材をかかえていながら、それを自分たちの現実と力によって生きた文化に作り上げて行こうとはしない。外にだけ目と耳が敏感にはたらく。自信のなさだ。それは己自身を証明するために、あまりにも、文化的に、歴史的、地理的に、離れて居り、孤独すぎるのだ。現代日本文化の不幸そのままである」

と書いている。
1957年にこれを指摘し、嘆いていたというからすごい。
今に当てはまりはしないか。
ちなみにこのとき和歌浦から徳島に行く船が出ていて「ギューヅメ」状態で四国に行ったという。

写真は2016年頃の和歌山のものである。


日曜日だが人が通っていない。ちなみにこの写真右に写っているスマートボール店は
1967年に就職して遊んだところである。





コロナ感染は、今日も和歌山は1人だった。東京は17人、大阪26人、北海道1人、沖縄5人で全国は153人だった。更に減っている。このままゼロの県が増えていってほしいね。

ますます寒くなってきた2021年10月22日 21時43分52秒

今朝は雨まで降っていた。
昨日に引き続いて寒い。東京では12月下旬の寒さだという。
どこかおかしいね。

今日は久しぶりに古い写真を持ってきた。
1990年11月の古座の街角である。
この時期くらいまでの写真を見て思うことは、この頃の方がゆったりしていたのじゃないかなと思う。
子供の顔もこの頃の方が輝いていた感じがする。

古座街角

古座街角

古座街角

古座街角

古座街角

古座街角

古座街角

古座街角

古座街角

コロナ感染は、今日は和歌山は2人だった。東京は26人、大阪51人、北海道15人、沖縄14人で全国は325人だった。
東京の26人というのは信じられないが、徐々に減っていることは確かである。
しかし時たまクラスターが出てくるのを警戒しなくてはならない。時短営業などを解除するところが多くなったらまた増えるかわからないね。

地震で眼が覚めた。今日は何度もゆったね。2021年09月01日 22時30分10秒

今日から9月である。日の経つのは早い。特にこの頃余計感じる。

今朝は結構大きな地震で眼が覚めた。震度2で一発目が紀の川市だった。
今日みたいに何度も揺れるとそのうち大木なのがやってくるかもしれないという気になる。
国は今日からデジタル庁を発足させたが、これだけバラバラになっている各自治体のデータをどう整合させるのか見物である。
とにかくマイナンバー制度の特命大臣をしていた人が大臣になるのだから大体予想がつくけどね。何をデジタルにして何をどう伝えるかがさっぱりわからない。
一応挨拶ではいろいろ言っていたが国民にとって役に立つのかどうか。
とりあえずはこのコロナ禍をきっちりデータ化して国民にわかりやすく整合させてほしいね。それができないと日本は未来永劫デジタルでは世界において行かれる。ハエトリグモの日本になってしまう。

写真は1980年夏の大阪街角。なんかこの頃の大阪はざわざわしていた記憶がある。

1980年大阪街角

1980年大阪街角

1980年大阪街角

1980年大阪街角

1980年大阪街角

今日大谷君はホームランこそ打たなかったが盗塁を2つも決めた。試合も勝った。

今日はコロナは感染者が20031人で2万人に逆戻りした。東京では3168人、大阪3004人、北海道351人、沖縄535人。
和歌山は68人だった。