行者環岳でであった昆虫たち2017年06月05日 22時05分54秒

イギリスでまたテロがありました。
大変な時代です。
日本もうかうかしていると危ないですね。

気をつけなくてはいけません。

もっと統一感のある国になってほしいと思います。

写真は先日登った行者環岳でであった虫たちです。

行者還岳の虫たち

今何故この蝉の抜け殻が。
昨年のものにしてはきれいすぎるし、今年出たのであれば少し早すぎる感じがします。

行者還岳の虫たち

行者還岳の虫たち

やっぱりセンチコガネがいました。

行者還岳の虫たち

テントウムシもいました。

行者還岳の虫たち

蝶も時々見かけましたが、撮れませんでした。
これから夏に向け、虫もだんだん増えてくるでしょうね。

高取町 くすりの資料館2017年05月26日 21時43分07秒

再び先日行った高取町です。

土佐町の中ほどに、高取町観光案内所「夢創舘」があり、その裏に薬の町「たかとり」を感じさせる「くすりの資料館」があります。

蔵の一部を改造している資料館は懐かしい薬が展示されてあり、面白かったです。

奈良はあちこちの町が薬を作っていますが、高取町もそうであったとは知りませんでしたた。

この高取町のくすりの歴史は古いらしく、遡ること飛鳥時代(西暦612年)に推古天皇が聖徳太子などと一緒に、高取に来て薬狩りを行ったと伝えられています。

自然に恵まれ薬となる動植物類が、豊富だったようです。

修験者によって大和の薬が、全国に広められたのが、大和売薬の興りとなったということですが吉野には陀羅尼助があり、薬つくりをする各町で競っていい薬を作ったのではないでしょうか。

江戸時代は高取城植村藩主が、江戸参勤の際、他の藩主に薬を贈り全国の販路拡大に貢献したそうです。
その後江戸中期頃から、明治にかけて各地を行商し、現代の配置販売の基礎ができたということです。

富山や奈良の薬の行商の人が来て、お土産に紙風船をもらったのを思い出しました。

あまり遊ぶものがなかった時代、そんなささやかなものでもうれしかったです。
ここ高取のことは、日本書紀にも載っているらしく、推古19年(611)で、「夏の五月五日に、菟田野に薬猟す・・・」とあり、続いて翌20年の第2回目は「夏五月五日に、薬猟して、羽田(はた)に集いて、相連きて、朝(みかど)に参趣く・・・」となっていて、この第2回目に出てくる「羽田」の場所が、高取町の羽内から市尾あたりのようです。

一度日本書紀を見なくてはいけません。

薬の歴史も面白いでしょうね。



懐かしい包装紙の薬がいっぱい。



いつもお土産にくれた紙風船。
私がよくもらったのは丸かったですね。

城下町 高取町2017年05月23日 17時49分46秒

高取町へは以前に日本三大山城といわれる高取城に登り、面白く思いました。
その時集めたパンフレットにこの土佐町の紹介があったわけです。

その土佐町の中ごろに高取城への登り口があり、入り口に奈良産業大が作成したCGの看板がありました。

たらればはいけませんが、もしこの城が残っていれば素晴らしい観光施設になっていいて世界中から観光客がやってくるでしょうね。

戦後の建設の和歌山城でもあれだけの外国の方が来ているのですから、こうした歴史ものが好きなヨーロッパのお客さんも来ていただろうと、残念に思います。

いつの時代にも先の読めない政治家がいますからね。

高取町土佐町

松ノ門が復刻されていました。
扉は昔のままで重厚なつくりでした。

高取町土佐町

屋敷があったと思われるところは広い公園になっていました。

高取町土佐町

今でもお住まいとしている江戸時代の侍屋敷がありました。
いいデザインですね。

高取町土佐町

高取町土佐町

祖の侍屋敷から少し上に藩主の屋敷がありました。
ご主人らしき方が自転車を勝手口らしきところから中に入れていました。

高取町土佐町

高取町土佐町

漆喰をうまく盛り上げてデザインしています。
今これだけの普請をすると莫大なお金がいるでしょうね。

高取町土佐町

単に古い街並みだけかと思っていましたが、どっこい南北朝から江戸時代までの建物や史跡がありました。

もっと詳しい歴史を知ればさらに面白いと思います。

話はころっと変わって、「共謀罪」法案が衆院を通過しました。
国民があれだけ、

「じゃあどうなるんだ」

と問いかけてもなしのつぶてのまま決められそうです。
政府がガイドラインを決めていても、末端の管理部門の判断でゆがめられ、人権や民衆の命などそっちのけになるのは、戦前の治安維持法などを書いた小説などで知っています。

法務大臣の説明されない説明がとおっている現実は、その危うさをより強く感じてしまいます。

高取町土佐町その22017年05月22日 12時35分45秒

ボクシングの試合を見るのが好きで、テレビ中継があればよく見るのですが、楽しみにしていた村田さんの試合、残念でした。
あれは完全に村田さんの勝ちでしたね。

あのジャッジペーパーはどういう基準でつけたんでしょうかね。
リターンマッチをしてほしいですね。

10回か11回の時にもっと派手目に打ち合っていればよかったのでしょうか。
見終わった後味が悪かったです。

写真は昨日に引き続き高取町土佐町です。

昭和の香りがします。
高取町土佐町

昔の人のほうがデザインセンスがいいですね。

高取町土佐町

そのものずばり、いいですね。

高取町土佐町

沖縄があります。この町筋はほとんどのおうちが玄関先に花があり、道行く人を楽しませてくれます。

高取町土佐町

この屋根もいいですね。

高取町土佐町

なんとお医者さまでした。
このまま赤ひげが出てきてもおかしくない。

高取町土佐町

お豆腐屋さん。
買ってもよかったかな。
昼すぐだったのでパスしました。

高取町土佐町

和歌山でも、ユアサなどはよく町並みを残していますが、粉河、橋本などは昔の面影もなく壊されてしまいました。

もしこの町のように建て替えても街の雰囲気は残す形でやっていたらいい観光地になったのにと思います。

本宮大社の前に道は、新しい建物をつくりかえてクラシックな落ち着きのあるいい街並みになっています。
行政の景観保存に対する姿勢が問われます。

我が家の菜園そして土佐町2017年05月21日 21時21分11秒

朝から庭に水をまき、ちょっとした野菜の育成を見ましたが、どうも思うように伸びてくれません。
とはいいつつも先日はトマトの花が咲き、遅くても少しずつ伸びています。

うまく収穫できたらいいのにと思います。
この写真は少し古いSONYのサイバーショットHX-100Vで撮りました。
長いこと使っていないので電池が心配ですが結構写っています。

山に行くときはこれで十分かな?
荷物も軽くてすみます。




昼から高取城の麓にある土佐町を歩きに行きました。
初めて行きましたがいいところです。

高取町土佐街道

壺阪山駅前の喫茶店?
いろんなものがあります。

高取町土佐街道

とにかくツバメの多いところでした。

ほとんどの家の軒先に2,3個の巣がありました。

多いところは5つくらい巣がありました。

じっくり待って餌をあげるところも撮りたかったですが時間がなかったのと、よその家の庭先なので待てませんからね。
また巣の近くでいると親鳥が遠くからこちらを観察しあまり飛んできませんでした。

高取町土佐街道

高取町土佐街道

町並み保存のために、至る所にこんな案内板がありました。
どこかの町にこれを掲げてほしかったですね。

紀ノ川筋の各町々もこの考え方で町並みを残していれば、いい観光地になったのにと残念です。

高取町土佐街道

奈良に土佐町とはおかしいなと思っていたら、看板に書いているとおりに、大和朝廷に仕えて帰りの路銀をくれなかったのでやむなくここに定住したということです。
いつの時代もお上のすることは民衆のことなど意に介しないですね。

高取町土佐街道

明治8年に建てられた道標。
こんなのいいですね。

高取町土佐街道

今日は30度を超えているところがありました。
それでも何組かこの町並みを歩いていました。

てくてく記録は、ぼちぼち書いていくことにします。

いろいろ2017年02月08日 21時57分45秒

今日のニュースで自衛隊の日報が公表されましたが、なんとなくおかしいなぁ、と感じているのは私だけではないと思います。
事実として殺生行為があったのに「戦闘」ではなく憲法上都合が悪いので「武力衝突」という表現にしたといいますが、それで通るのですね。

ま、今に始まったことではありませんが、国会答弁を見ながら、政府は一般市民を助けてくれないなという気がします。

やっぱり自分のことは自分で守らないといけないですね。
今や頼りにできるのは皆が貯めているお金ですが、それすらどんどん目減りしています。どう自分を守ればいいかわからないですね。

写真は先日行った葛城古道の八幡神社です。
小ぶりながら社殿もしっかりしていてきれいな神社でした。

少し急な階段がありました。

伏見 八幡神社

杖がありました。

伏見 八幡神社

伏見 八幡神社

伏見 八幡神社

武者絵の絵馬です。かなり古いので、何の絵かわかりません。

伏見 八幡神社

このショット、カシオのアウトドアカメラです。
35mm換算21mm。結構広角なので、神社がほぼ全景入っています。

伏見 八幡神社

お百度ならぬ御千度石。

伏見 八幡神社

白蛇が守っていました。

伏見 八幡神社


ワープロソフト2017年02月05日 20時40分01秒

今日は新しいワープロソフトをインストールしました。
一太郎2017です。

これまで一太郎2004を使っていましたが、いい加減に新しくしようと先日購入していたものです。

WindowsについているIMEは変換がいまだに悪いためMSDOSの時代から、一太郎ATOKを使ってきました。
実に13年ぶりのバージョンアップです。
一太郎そのものは毎年バージョンアップしていましたが、買わずに使い続けていました。

今回のATOK2017はびっくりするくらいにサクサク変換するようになりました。

ただし、一太郎の文書作成画面はコマンドが複雑化して使いづらくなっています。
これは一太郎だけではなくマイクロソフトのオフィス2017のワードなども同じです。
時代でしょうね。

こんなこともできるこんなこともできる、と機能ばかりが増えている感じがします。

なるほど使いこなせばいいのでしょうが、普段の作業ではシンプルな方がいいですね。

ともかく新しいコマンドを勉強して使いこなしたいですね。

このブログの文章はATOK2017でたたいていますが、なるほどすごい変換効率でサクサク書いてくれます。少々のミスタッチは許してくれて正しい文字に変わっています。

写真は昨日行った葛城古道歩きの際にあった菩提寺の続きです。

菩提寺

三門の仁王様。
結構太い金網が張られていたのでワイドレンズでは金網に押しつけても写ってしまいました。ニコンだったら写らないですけどね。

顔だけならマクロ50mmで金網を消せますが・・・

菩提寺

菩提寺

きれいな観音様がいました。

菩提寺

菩提寺

右の石像は役行者のようです。

菩提寺

金剛山が背後に見えます。ここからも金剛山に登れます。

菩提寺

ここ葛城古道周辺のおうちは立派ですね。
いかにも旧家という感じのおうちばかりです。
歴史の深さを感じます。

かつらぎ古道テクテク2017年02月04日 21時03分38秒

最近会社が遠くなった代わりに歩く距離が短くなりました。
前の北浜の事務所の時は必ず5000歩以上歩いていましたが、今の事務所になって、測ってはいませんが3000歩くらいに減ってしまっています。
そのせいかどうか、やっと70kg台に減っていた体重が71kg台に逆戻りしてしまいました。

これではいけないと、テクテクをすることにしました。
先週は高見山の樹氷見学登山ができなかったので、今週は葛城古道を歩くことにしました。

何年ぶりかのテクテクですが、まだ行ったことのない菩提寺と八幡神社のほうに歩きました。

葛城古道

歩いていくと、寒い寒いといいつつも、道筋の草花などで春は確実にやってきているのを感じました。

葛城古道

この地蔵さんはいままで「あ、あるな」という感じできちんと見ていませんでした。
今日は間近にお参りしました。

葛城古道

少し高台になったところから、大峰山系でしょうか、冠雪してきれいに見えていました。
偏光レンズがあればもっとクリッと撮れていたと思います。

葛城古道

歩いていく道端で目に付いた草花や木の実です。

葛城古道

葛城古道

葛城古道

葛城古道

葛城古道

葛城古道

葛城古道

古道の分岐を菩提寺のほうに向かいました。

葛城古道

途中桜を眺めるポイントの看板がありました。


菩提寺の三門の壁にその桜の写真が貼ってありました。
綺麗ですね。


三門。

菩提寺

こちらに仏さまが安置されていました。
このお寺については別の日に書きたいと思います。

菩提寺

菩提寺を出ていったん戻り高天彦神社への道がフェンスで囲われてあり、そこは歩いたことがなかったので、ロックを外しその道を歩きだしました。

葛城古道

道は最近作られたらしく真新しい階段やグレーチングで橋も作られていました。
水仙の花も道端に何本も植えられており、ここをかつらぎ古道の一つのルートにしようという感じでした。

葛城古道

はじめの降りと登りが少しきついだけで、尾根道に入ると広くないですが歩きやすい道が続きます。

葛城古道

30分ほど歩いたところに真新しい東屋があり、その手前にもイノシシ除けのフェンスがありました。

葛城古道

東屋で少し休憩し大きな農家らしい建物を眼下に見ながら降りました。

葛城古道

降りきったところにまたフェンスがありましたが、今度のフェンスは針金でくくられて開けられず、「通行禁止」の札が掛けられていました。
ここまで来てそれはないぞと、こじ開けて進もうかなと思いましたが大人げないのでやめ、もと来た道を引き返しました。

葛城古道

夕ぐれの陽が長い影を作っていました。

葛城古道

エナガが群れてさえずっていましたが、動きが素早いのと小さいので、写真に撮りにくい鳥です。

葛城古道

八幡神社。
小ぶりですがいい神社でした。この神社についても日を改めて書きたいと思います。

八幡神社

神社の下に産直のお店がありました。
ちょうどご主人らしき男性が出てきたので、

「いまはどんなものを販売しているのですか?」
「うーーん、今はとれないのでほとんど出ませんね」
「そういえばさっき高天原神社にこの先から行こうとしたのですが、山を越えて降りきったところのフェンスがロックされていてその先進めず困りました」

と聞くと、

「え、それは困りましたね。あそこは閉めてはいけないのですけどね。その道はこの地域の人たちがつけたのです」
「男の人がいましたが私たちがきたのをみてどこかへ行ってしまいました。出て来たら入ってもいいか聞こうと思ったのですけどね。なんとなく隠れられた感じです。いい道ができたと思ったのに残念でした」
「あの家は無人で管理をしている人がいるのですが・・。それは問題ですね。フェンスが閉められて通れないと困りますので、今夜寄り集まりがあるのでそのとき言っておきます」

ということでした。車道でない古道を歩けると思って楽しみだったのですけどね。


久しぶりの葛城古道でしたが、少し歩き足りない気もしますが、これまで行けてなかったお寺と神社にいけたのと久しぶりの山道で少しきつい運動ができたので良しとしましょう。
ともかくいい天気でよかったです。

また明日は雨くさいので嫌ですね。

高見山2017年01月28日 21時02分03秒

風邪もだいぶよくなり朝から天気がよかったのでこんな日は樹氷が青空に抜いて撮れるのではないかと走りました。

高見山

2時間ほどで麓に着きましたが、見事にカチカチのアイスバーンでした。
少し登ったところでバンビが3匹遊んでいました。


大峠まで登れば頂上はすぐなのでハンドルを取られながらも小峠を抜け、大峠までかなり登りましたが、風邪薬を飲んでいて眠く集中力がいまいちだったので途中でUターンしました。
小峠では4台ほど車が止まっていました。

気温が思ったより高く、山の樹氷も溶けてしまってなくなっていました。

高見山

樹氷がほとんどない山をバックに。
新しいスタッドレスは機嫌良く走ってくれました。

この青空で樹氷を撮りたかったのですけどね。




カチカチの雪が一杯残っていました。

高見山

登山口バス停まで戻り駐車スペースなどをチェックしました。
今度はここから登るべきですね。

高見山

高見山

ところどころ雪が大量に残っていました。

高見山

もう一つの登り口のたかすみ温泉に行きました。
そこには登山を終えた人たちがワンサカいました。

高見山

高見山

川沿いのベンチでたこ焼きを食べながらコーヒータイム。
そしてシカ肉の甘辛煮も食べました。
これはおいしかったです。
ジビエ料理としてこうして頂くのは命をむだにしないので、いいことだと思います。

高見山

溶けかかりの雪だるま。
この雪だるまたばこを吸っていました。

高見山

きれいな川が流れていました。この土手を右に行くと高見山への登山口があります。
たくさんの人が歩き終わって前を通り過ぎました。

高見山

今度高見山に登ったときはここがゴールですね。

結局登らなかったので時間が余り、道沿いで見つけた神社やお寺に詣でて帰りました。

石園座多久虫玉神社2017年01月10日 19時41分17秒

仕事で大和高田に行き、作業が終わった後近鉄の駅前にこの神社がありました。

石園座多久虫玉神社(いわぞのにいますたくむしたまじんじゃ)というにわかに読みがたい神社ですが、それがまた歴史を感じます。
通称 竜王宮として地元住民からは篤い信仰を集めているそうです。
神社の中に保育園がありました。

大神神社を龍の頭、当神社を龍の胴、葛城市の長尾神社を龍の尾とする伝説があるそうです。
建玉依比古命・建玉依比賣命が主祭神だそうです。

時間がなかったので、さっと見てそこを離れました。

石園座多久虫玉神社

石園座多久虫玉神社


石園座多久虫玉神社

石園座多久虫玉神社

石園座多久虫玉神社

久しぶりに早く電車に乗ったのに、山中渓で電車が動物をはね、阪和線がストップしてしまい、大幅に遅れました。

いつものことですが滅多にない時間に帰ろうとしたのに遅れると少しつらいものがあります。
ま、相手は動物だから仕方ないですね。
駅に降りると和歌山に向かう人たちが、運転開始を待っていました。