イベントに行ってきました2017年11月18日 22時44分57秒

今朝から雨。
休みでバイクに乗れないのは少しさみしいです。

以前からアポがあった、大手登山用品店のイベントに行ってきました。

シェルパ斉藤さんと雑誌ビーパルの大澤竜二編集長とのトークショーがありました。
いろんなアウトドアグッズの使い方や衣服の重ね着の仕方などを教えていただきました。
お二人ともトークが楽しく時間が経つのも忘れました。

シェルパ斉藤さん

シェルパ斉藤さん

シェルパ斉藤さん

ザックへのパッキングの仕方を実演しています。
トークの中でもありましたが、30年前とザックへ入れるものはほとんど変化がないのですが、シェルパさんが歩き始めた30年前には100リットルのザックで、今は60リットルに収容できるとか。
これは私もわかります。

ストーブも小さくなりましたしテントも小さくなりました。
これは背負うザックが軽くなるということで、ありがたいですね。

その辺りを説明してくれました。
トークの終わりの方で我がT-3のことも紹介してくれました。

じつは12月と1月のビーパルにT3で走ったシェルパ斉藤さんのレポートが載ります。
いまから楽しみにしています。

シェルパ斉藤さん

会場では小さいですがポルタリングの壁やトートバックの作成をするコーナーがありました。

シェルパ斉藤さん


トークが終わった後、シェルパさんの次の旅の、打ち合わせをしました。
またまた楽しそうな企画でした。
今度もT3がお供します。

白鬚神社2017年11月14日 22時15分12秒

先日の白鬚神社。
たくさんの人が参詣していました。
ここは2回目ですが、まだ見ていないところもあり新鮮でした。

以前来たときと大きく違ったのは、外国の方が多かったことで、サイクルロードを自転車で走っている人もいました。

記念写真を頼まれたのも英語の人でした。
スマホで撮り終わったとき、日本語で、

「ありがとう」

白鬚神社

白鬚神社

この3人も外国の方でした。

白鬚神社

白鬚神社

ここがこの日初めて行ったところで岩戸社との額がありました。
右に見える岩にはしめ縄がかかっていました。

白鬚神社

白鬚神社

社の中を除くと、穴がありました。
天岩戸でしょうか。

白鬚神社

白鬚神社

芭蕉の句碑です。

白鬚神社

熊野も面白い寺社が多いのですが、ここ滋賀県もたくさん見所のある寺社が多いので楽しいですね。
ですから何度も来たくなります。


国宝展、白鬚神社、メタセコイア並木2017年11月11日 23時47分08秒

国宝展は内部が写真にできないので仕方なく外部だけ。

今朝起きてふと、メタセコイアは紅葉していないだろうか、と思い出しました。

京都国立博物館

結局高島市に向かいました。
途中白鬚神社に立ち寄りました。
たくさんの人が参詣していました。
外国の人もたくさん来ていました。


そしてメタセコイア並木。


まだ紅葉していませんでした。


バイクがよく走っていました。


カメラマンもたくさん来ていました。
大阪から団体バスで撮影に来たという方々もいました。


ツーリングバイクがたくさん。
いいなー。



でもこの日は風が強く、時々かなり強い雨が降るバイクにとってあまりいいコンディションではありませんでしたが、あちこちのナンバーのバイクが行ったり来たり。

久しぶりの湖西でした。
また日を改めて書きたいと思います。

三千院・寂光院2017年10月14日 23時13分36秒

京都二日目は三千院。

1974年頃に来て以来で、ほとんど忘れていました。

パンフレットによると、三千院は延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)の山梨の大木の下に一宇を構えたことに始まったそうです。
その後、慈覚大師円仁に引き継がれ、平安後期以降、皇子皇族が住持する宮門跡となり、寺地は時代の流れの中で、比叡山内から近江坂本、そして洛中を幾度か移転し、その都度、寺名も円融房、梨本坊、梨本門跡、梶井宮と変わったようです。

明治4年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により、三千院と称されたということです。
明治維新後、現在の地大原に移り「三千院」として1200年の歴史をつないでいる、ということですが、三千院という名前が明治以降につけられたとは知りませんでした。

三千院のことは、あまりに語り尽くされているので私がとやかく言うこともないのですが、やはり名刹ですね。

たくさんの人が参拝していました。
半数近くが外国の人でしたが・・

三千院

定番のアングル。

三千院

この前で庭を鑑賞している人たちは全員が各国の方たちでした。
この庭を楽しんでくれていました。
いいですね。

三千院

三千院

さりげなくある国宝がうれしいですね。
写真に撮れないのが残念。

三千院

境内の真ん中あたりにあった弁天さん。

三千院

わらべ地蔵があちこちにありました。

三千院

こけに覆われています。

三千院

これは鎌倉時代の地蔵さん。

三千院

楽しげな地蔵さん。

三千院

観音堂。
中にまつられている観音様は作りが何となくシャープでなく、ファイバーっぽい感じでした。
ま、いいか。

三千院

この小さな地蔵さんが観音堂の横に一万体以上並べられていました。

三千院

梅茶やシソ茶を売っていましたが、この方たち英語できちんとやりとりしてました。
立派!

三千院

三山院の後は寂光院に参詣しましたが、また明日にします。

とにかく天気予報では雨だったので、時々薄日も差しまずまずの天気でしたのでラッキー!という感じの一日でした。

般若寺そして京都国立博物館2017年10月13日 23時39分59秒

今日は休みをもらって京都国立博物館の国宝展を見に行きました。
京奈和道路を走り奈良を抜け途中にある般若寺に立ち寄りました。
ここのコスモスや冬の水仙は結構有名です。
ちょうど今頃がいいだろう、と立ち寄りました。

ベストシーズンでした。

薄黄色いコスモスのバックに本堂が見えます。

般若寺

巨大な13重の塔。

般若寺

釈迦如来の石像もコスモスに囲まれています。

般若寺

本堂をバックに不動明王。

般若寺

般若寺

般若寺

般若寺

般若寺

そして京都での国宝展。
見応えありました。
素晴らしい一品ばかりでした。

京都国立博物館

今日は8時まで開館していたので見終わって出てきたときは夜でした。
旧館がライトアップされてきれいでした。

京都国立博物館

京都タワーもきれいにライトアップされていました。

京都国立博物館

10月の後半から展示品の入れ替えがあるのでまた来たいと思いました。

建部神社2017年10月05日 22時25分46秒

先日東近江にいった折に建部神社に立ち寄りました。

ホテルで東近江の観光地図を見て立ち寄りました。

境内であちこち見ていると宮司さんがおいでて、おうちのなかに招き入れてくれました。
お言葉に甘えて部屋に上がらせていただき中学校の先生をしていたという宮司さんにいろいろお話を聞きました。

パンフレットもいろいろいただきました。

「建部神社は、十二代景行天皇が御子日本大和武尊の功名を録えるため、武部(後の建部)を定め、大和武尊死去三年後(景行四十六年) 御子稲依別王命(建部君、犬上君の始祖)が神勅により、母君の生国近淡海国神前郡建部郷千草嶽(現在の箕作山)中腹宮立と称する所に父君の霊を祀り、建部大明神と崇め給ふたのが起源である。
その後560年を経て、天武天皇白凰四年に至り、神裔建部安麻呂公が国司の命を奉じ栗太郡瀬田に奉遷し、近江一円の守護神即ち国社としてから約90年後、神護景雲2年再び同地の下の森(現在の場所)に新宮を建て、建部大明神、聖真宮を勧進し四柱の祭神を奉祀し、建部郷十七ケ村の総氏神となる。
かかる縁故を以って古代より毎年瀬田建部大社の春季大祭には当社より、鮎献上の神事が行はれ世界大戦中まで連綿として続けられたのである。
社頭を距てる南五丁の山の神古墳は、祭神稲依別王命の墳墓と伝えられる。
 。              
囚に稲依別王命の母君布多遅比売命(ふたちひめ)は近談海安之国造意富多牟和気王(おふたむわけ)の出で、尊死去後建部郷を賜はり居住して稲依別王命を育てらる。
依てこの地は大和武尊の御名代地と伝えらる。
後裔の建部君、犬上君の両族共に栄え建部大明神の神威も大いに輝き、神埼郡の名も神前のここより出でたりと説がある。
大化の改新により国府が瀬田に置かるやや、所在地に国社奉斎必要上社格高き当社を選び奉遷して近江一の宮とされた所以である。
 当社は新宮とは云えかかる光輝ある古い由緒を有しながら、箕作、建部合戦等屡次の兵災により荒廃し、古文書構築物等凡て烏有に帰し本殿、神輿、燈罷等何れも江戸中期以降の建造に属し之を証するに由なき次第である。
 但し右の事実は瀬田建部大社の古文書等に拠り厳然と証明され、宛も昭和50年を以て奉遷1300年相当の機会に元建部犬明神鎮座趾宮立に石標を建設し之が記念と神威顕彰に資したのである。」

ということでした。
少し難しいですね。


おもしろかったのは、この神社の近くに飛行場があり、記念式典の際に投げ落としたという書筒があったことです。


建部神社武運長久の賓剱守護札もいただきました。
中に入っていた説明書きには、

「建部神社武運長久の賓剱守護札は、昭和9年から昭和20年まで、沐俗斎戒した若手氏子が調整し、久瀋宮家・八日市飛行隊軍人及び帝国軍人に4.600余体配付された。
慎之、莫怠也(慎みて、な怠りそ)……倭延命の教え

『日本書紀』には、日本武尊が西征で熊襲建(クマソタケル)を撃ち、その後、さらに東征をする前に立ち寄った伊勢神宮において、伯母の倭姫命(ヤマトヒメノミコト)から草薙剣とともに授かった教え。

慎之、莫怠也(慎みて、な怠りそ)
『日本書紀巻第七大足彦忍代別天皇(荒行天皇)』という言葉が記録されている。
原文】景行天皇40年(庚戌110)冬十月壬子朔契丑(二目)。日本武尊発路之。
同月十月戊午(七日)戊午。
柱道拝伊勢神宮。イ乃辞于倭姫命日。今被天皇之命。而東征将誅諸叛者。故辞之。於是倭姫命取草薙剣。授日本武尊目。慎之莫怠也。
【文意】岩波文庫「日本書紀(二)」94頁より(西国制覇から帰還し十二年後)の十月二日、日本武尊は東十二道制覇の旅に出立。十月七日、伊勢神宮に参拝し倭姫命に言うには「今般、天皇の命で、東征し諸々の反逆者を誅します」と。別れに際し倭姫命は草薙剣を取り出し、日本武尊に授け、慎重に油断することなきようという。
「物事を謙虚に受け止めて奢らず、身を慎めば心が清らかになり、自分の為すべきことが見えて来る。そのときは勇気をもって誠実に、怠ることなく精進を重ねて為すべきことをやり遂げなさい。」

ということが書かれていました。

建部神社

建部神社

建部神社

建部神社

日本武尊の肖像画が飾られていました。

建部神社

建部神社

建部神社

建部神社

建部神社

頂いた神符。

建部神社

建部神社

稲依別王命の墓ではないかと伝わる古墳

建部神社

栗の実が供えてありました。

建部神社


東近江市その22017年10月02日 12時35分50秒

神社を回った後、能登川水車に回りました。
ここは何度か来ていますがゆっくり見た記憶がないので、今回立ち寄りました。

水車はきちんと回っていました。

能登川水車

公園の間を流れる小川には大きな鯉がたくさんいました。
餌も売っているらしく親子連れが小さなカップから餌を投げ入れていました。
 
能登川水車

カヌーおろし場に外来魚を入れる囲いがありましたが、機能していない感じでした。
所詮こんなものでしょう。

むしろ、この公園に生け捕ったブルーギルを放して、釣り堀にしたら人気が出るし外来魚の駆除にも役立つと思いますけどね。

能登川水車

貸しボート屋さんでは暇なのか、バスを小さなワームで釣っていました。
一年物のバスがよくかかっていました。

猫君たちは釣れるまでは知らん顔ですが・・・

能登川水車

掛かったら一気に集まってきます。
すぐにウッドデッキの上に放り投げます。

能登川水車

そして取り合いとなります。

能登川水車

ぎゃあぎゃあとにぎやかに取り合いますが、バスも生きているのでどちらもなかなか自分のものにすることはできません。

能登川水車

バスも食べられては大変と跳ねます。

能登川水車

とうとうつかまりました。

能登川水車

戦利品にむさぼりついています。

能登川水車バイクツーリング

こちらはおこぼれをもらおうと待っていますが、この二人連れ、釣れそうにありません。
たぶん釣れないと思います。

能登川水車バイクツーリング

貸しボート屋さんに甘えている猫君。


能登川水車バイクツーリング

「夏にはたくさんボートに乗りに来るのでしょうね」
「あかんあかん。昔のように乗ってくれへん。やれ熱中症になるとか言って乗ってくれん。熱中症になったらこちらの責任になるからね」
「そうですか。バスも減ったのではないですか」
「そうやねかなり減らしたね」
「悪いのはブルーギルですよね」
「うんあいつは何でも食うからね」

風も強くなり乗る人もいませんでした。

能登川水車バイクツーリング

ここはまたバイクの休憩所にいいらしく、入れ代わり立ち代わりツーリングのバイク集団がやってきました。

能登川水車バイクツーリング


能登川水車バイクツーリング

こんなシーン、見ているだけでも楽しいですね。
走りたくなります。

国政選挙の離合集散がたけなわとなってきました。
Aさんは、国難と言って外国のことばかり言っていますが、国内の、本当に手を入れなければいけない国難のことなどかけらもいっていません。

隣の国の核開発をいさめるのは、核爆弾を落とされた経験のある日本だけなのですけどね。
うまく事態を収束できたら世界中から喝さいを浴びるのにと思いますが・・・

現状はその反対方向に行っていますね。

東近江市2017年10月01日 23時00分10秒

名護屋からの帰り、最近は夜っぴて走ることが少しハードになってきましたので、途中の東近江市に一泊しました。

朝起きてホテルの部屋の窓から外を見ると気球が一杯。
なんだこれはと思ってカメラを構えましたが、結構低いところを飛んでいるのもありました。

東近江市

カラフルな球体がふんわり漂っている感じでした。

東近江市

以前からやっているのは知っていましたが、こうしてまとまって飛んでいるのをみるのは初めてでした。

東近江市

東近江市

意外に低いところを飛んでいますが、風が急に変わって手前の送電線にかかったりしたらどうなるだろうかと、少し心配しました。

東近江市五箇荘駅

そのまま帰るのも芸がないので、東近江市を散策することにしました。

東近江市五箇荘駅

途中目についた神社に寄ったりしましたが、そのことは日を改めて書きたいと思います。
私の好きな近江鉄道の五箇荘駅を見に行きました。

電車の乗客が乗降している間も、新幹線が走り抜けていきました。

東近江市五箇荘駅

1時間2本なので少し間が開きましたが、次の電車の来るまで駅前を歩きました。
駅前の道の8軒ほどあるおうちの半数くらいが無人でした。

東近江市五箇荘駅

五箇荘駅の向こうは新幹線で、左右からビュンビュン次から次へと走り去りました。

東近江市五箇荘駅

一杯飲み屋の感じですが誰もいません。
電車から降りてちょっと一杯、とやれた頃にはきっとはやっていたのでしょうね。

今日は神社を箇所ほど巡りました。
能登川の水車にも行きましたが、それらは別の日に書こうと思っています。

ホテルの部屋でテレビを見ていると、選挙の話ばかりで,何がどうなるのやら選挙される側の人たちもよくわからないのではないでしょうか。
まして国民は置いてけぼりです。
議員さん方は保身ばかりに走っている感じです。
我利我利さんたちばかり。

日本の政治のレベルが問われます。

出張・・電車遅延2017年07月13日 20時53分15秒

朝からシェルパ斉藤さん宅に出張。

名古屋駅に着き中央線に乗ろうとしたら、時計は10時前なのに電車の出発は8時。
どういうこっちゃとアナウンスを聞くと、大雨のために電車が動いていませんとのこと。

折悪しく、団体客のチームがいくつもあり、ホームがごった返していました。
予定より90分遅れで出発。
当然社内はすし詰め。
名古屋から塩尻まで2時間立ちっぱなし。

なんとなく気分が悪いなと思うと、この電車振り子式なのですね。
隣のおばさんが電車に酔って座り込んでいました。

昼ご飯も食べられず目的地の長坂まで。


塩尻駅。


小淵沢駅。


シェルパ斉藤さんの奥さんが、お昼ご飯を作ってくれていました。
普通の時間に着いていたらおそば屋さんへ行く予定だったのですが、でもこの方がよかったかも。
おいしかったです。


T3のフェイスの色を変えたのです。


すぐにゃんこポニョが乗ってきました。
M車体整備さんが、青くも白くもない青空色という私の注文に、見事に色を合わせてくれました。


わんちゃんを乗せてT3犬にしようとしましたが、すぐ降りてしまいました。


おいしそうな山並みです。
熊野とまた違う雰囲気があります。


塩尻。


そして新幹線で食べた駅弁。
今日はそのものズバリ弁当です。


これも結構いけました。


というわけでドタバタ出張でしたが、少し腹が立ったのは、乗った特急しなのの車内アナウンスが、

「お客様のご迷惑になりますのでお電話はデッキでお願いします」

といったことで、身動きできないところに、遅延であちこち連絡しなければいけないとき
、それはないでしょう。

T3の新しい職場です2017年07月06日 22時15分01秒

朝、外が明るいので時間に遅れたかと思いながら起き出しました。
ところはここは和歌山より東にあり、朝が早いのですね。
少し経って気づきました。
ヨーロッパでは夜の遅いのにびっくりしましたが、狭い日本でもやはり違います。
待ち合わせのレンタカー店でT3を積み込んで山梨の北杜市まで向かいました。
この北杜市、私は「きたもりし」と読んでいましたが、「ほくとし」でした。
地名もいろいろあります。

ライクーT3

流れのいい中央高速を走り、シェルパ斉藤さん宅には、予定よりかなり早く到着しました。
富士山も含め途中の山々は雲で見えないところが多かったですが、おおむねいい天気でよかったです。

ライクーT3

非常に喜んでいただき、着くとすぐにご夫婦で乗って近くを一回り。

驚いたのは敷地内に藁葺きの竪穴式住居があったことです。
後でここに入りましたが、涼しくて快適でした。
夏涼しく冬暖かい住居らしく、ご先祖様の素晴らしさを感じました。
それを今の時代に再現し実際に使っておられるところがまた素晴らしい。

この中は目が慣れないうちは真っ暗でしたが、写真には撮れていました。
本格的な建て方です。

ライクーT3

T3には早速にゃんこが飛び乗りユルクくつろいでいました。
T3の乗り方や充電の仕方やT3の開発のあらましなどいろんな話をしました。
非常に楽しい時間を過ごさせていただきました。
T3でまたどこか旅に出ていただければ、うれしいですね。

ライクーT3

おうちの前で記念撮影。
真ん中がシェルパ斉藤さん。

ライクーT3

日照時間が日本でも一番長いこのあたりはソーラーパネルがあちこちにありました。
シェルパ斉藤さんのおうちもソーラーをつけて17年経つそうです。

ライクーT3

武田信玄


帰りに立ち寄ったSAに武田信玄がありました。
時間がなかったのでこの「大将ラーメン」にしましたが、味はよかったのですが量が少し多く食べるのに時間がかかりました。