まるで台風2020年07月04日 21時14分39秒

今日は台風のような一日だった。
風は吹くし雨が一日降り続いた。
それも両方とも半端ではなかった。
九州では球磨川が氾濫して大変なことになっている。
以前にも書いたと思うが、この頃の梅雨は愛想がない。情緒などなく被害をもたらす。
地球の人類への反乱である。

少し時間ができ、またそれを使いこなせるようになりつつある。
ホームページのリニューアルも進み出した。

そこでタイ・シンガポール旅行のことも書きたいと思い、スキャンしていた写真の整理をし出した。
初めての外国旅行のタイやシンガポールでは、写真はたくさん撮ったのだが何せ1ドル250円の時でかなり前になり、ましてフィルムが混じってしまいどれがタイかシンガポールかがわからなくなっている。
ページを作るに当たってとりあえず市場からと思い、ピックアップしてみた。
これは多分タイの市場だと思う。

旅では国内海外を問わず必ず寄るのは市場である。
タイでは団体旅行だったので十分な時間はとれなかったが、それでも雰囲気は味わうことができた。

なぜ市場が好きか。
それは、そこに住んでいる人たちがどんなものを食べているか、どんなものを売ろうとしているか、正体のわからないものなど結構あって興味は尽きない。
土産物を買うにしても市場で買うのが安くていいものがある。
店を冷やかして歩いていると面白い人や面白いモノ出会ったりして、その地のことを少し理解した気になる。

行ったところを思い出しながらページを作っていくのは面白いかもしれない。
意外と写真に撮ったところは、具体的な場所は定かではないが、撮ったときの情景は、特に面白いと感じたところは何年たっていても、結構よみがえってくる。

タイ

タイ

タイ

タイ

タイ

タイ

タイ

冷たい雨の日曜日2020年04月12日 21時24分26秒

昨日我が町でもコロナ罹患者が出たので今日はおとなしくしていた。
じわじわと攻めてくるウィルスとどう戦うか。

今の政府では戦えないね。
昨日も書いたが自分の身は自分で守らなければいけない。
地方自治体が先行していろいろ取り組んでいて、その後を政府が取りつくろっている感じ。もう全く当てにできない。

SNSでAさんが犬と遊んでいる動画がアップされているらしいが、アホちゃうかと思ってしまう。家での過ごし方の見本を国民に知らせる意図があったのかもしれないが、唖然としてしまう。
そんな時間があるのなら医療崩壊をどう防ぐかを真剣に考えてほしい。
官僚の書いた文章をそのままを棒読みするのではなく、トップとしての言葉で国民に説明してほしい。
もう一人のAさんの言っていることもしゃくにさわる。
あまりにも国民をないがしろにしている。

コロナのおかげで主要な祭りが中止やら縮小を余儀なくされている。
楽しみにしていたイベントが軒並みアウトである。

写真は1979年4月。
田辺市本宮の例大祭の人々である。
今年も規模を縮小して開かれるらしいが、当時はよく賑わっていた。
みな一張羅を着て張り切っている。

本宮大社 例大祭1979年

本宮大社 例大祭1979年

本宮大社 例大祭1979年

本宮大社 例大祭1979年

本宮大社 例大祭1979年

本宮大社 例大祭1979年

またいきたくなってきた。

今日は奈良2020年01月03日 22時19分01秒

正月3日目は草津で目が覚めた。
昨夜急きょネットで検索したところ一部屋だけ開いていた。
年末に捜したところ空きがなかったのだが、キャンセルが出て空いたのかもしれない。
何とか泊まれることができ、昨夜走ってきたのである。
しかし草津にはあまり見たいところがなかったので奈良まで走ることにした。

10時に草津を出たが、奈良の入口には11時だった。
そこから奈良公園に行くのに1時間以上かかってしまった。
車がやたら多く、どの駐車場も満車であった。
こちらは市内の駐車場ではなく春日山のふもとに置こうとしたが、そこまでなかなか行くことができなかった。
とにかく車が多く大渋滞であった。

やっと車をとめたときはすでに昼を過ぎていた。
車の中で軽く食事を済ませ、新薬師寺に向かった。
新薬師寺の12神将を見たかった。
新薬師寺を出た後写真美術館に行ったが休館だった。
春日大社に一時は向かったが、志賀直哉旧居を過ぎたあたりから引き返した。

車のところに行くまでに白毫寺に参拝した。
椿は終わっており、早くも桜が咲いていた。
境内から奈良の町がよく見渡せた。

昨日は15000歩を超え、今日は11000歩を超えていた。
寺の宝物殿を見学し、靴を履くときも足が思うように動かなくなっていた。

とにかく2020年の正月3日間は、寺めぐりの感じであった。

そういえばゴーン被告がレバノンに行っているとか。
こういうことが許されるのだろうか?
また世界の国からバカにされそうなことが起こった感じがする。

007のような脱出劇である。
ひょっとしてゴルゴ13の出番かもしれない。
世界のマスコミはどういう目でこれを見、どういう報道をするだろうか。

奈良新薬師寺

奈良新薬師寺


新薬師寺の庫裡では12神将のうちバサラ大将をCGで色の復元する様子をビデオで流していた。なかなか面白かった。

奈良新薬師寺

奈良でも人力車がよく走っていた。
ちょうど志賀直哉旧居の前を通りかかったが、やたら難しい志賀直哉論を語りながら引いていた。


すれ違い。


すこし元気のない鹿が一匹。うろうろしていた。


奈良百毫寺

白毫寺はやはり花の寺で、いくつかの椿は花が残っていた。

奈良百毫寺

桜が咲いていた。

奈良百毫寺

奈良百毫寺

奈良百毫寺

奈良百毫寺

奈良百毫寺

京都二日目2020年01月02日 22時33分06秒

京都二日目。

京都の朝は冷たかった。
車のガラスは厚く霜が降りていた。

まず仁和寺に向かった。
大勢の人がいた。
ここはこれまで二回ほど来たことがあるが、時間がなかったりでほとんど記憶になかった。
今日はゆっくりと回った。
詳細はまたアップしていきたい。
というのもカメラは3台持ってきたのだが、そのうち2台のメモリーカードがXCタイプで、持ってきたカードリーダーでは読めなかった。
だからワイドで撮った写真だけである。
リーダーをのバージョンを上げなければいけない。

京都仁和寺

京都仁和寺

京都仁和寺





京都仁和寺

京都仁和寺

次は嵐電に乗り嵐山に向かった。
暮れにチケットをもらっていた福田美術館に行った。
この美術館小さいがなかなかのものだった。
うれしかったのはフラッシュをたかなかったら撮影OKだったことである。
だから気に入った絵はすべて写真に撮った。

最初に展示していたのは狩野永徳の龍図だったが素晴らしかった。
ほかにも北斎の肉筆画だったり夢二の美人画だったりで飽きなかった。
館内に喫茶室があるが、これがやたら待たされてそして売れすぎてメニューが一つになってしまった。
喫茶室からは渡月橋がよく見えた。

福田美術館

福田美術館



美術館を出た後、清凉寺に向かった。
清凉寺は渡月橋からの道をまっすぐ歩くとある。
この寺もよかった。



清凉寺を見終わり再び嵐電に乗り今度は車折神社に向かったが、人があふれるように並んでいた。
警備のおじさんが話しているのを聞いていると250人以上が御朱印をいただくのに並んでいるということで、ここでの御朱印はあきらめた。



宇多野駅に戻り、とめていたペンションの駐車場から草津に向かって車を走らせた。
草津には7時ころに着いた。


今日は誕生日2020年01月01日 20時59分12秒

とうとう70歳をクリアしてしまった。
親父が死んだのが37だからせめてその倍を行きたいと思う。
あと3年余りを生きなくてはならない。
さて。

一月一日はこれまであまりいいことはなかった。
学校も会社も休みなので、誰も祝ってくれなかった。
プレゼントも保険屋さんが年末に義理でくれただけである。
ま、誕生日は私自身あまり関心はなかったが。

夕べ遅くに京都の宿が一つとれた。
京都で開かれる美術展のチケットを年末に何枚かいただいていたので、正月ではあるが、全部はかすことにした。

昼前に家を出て、京奈和道路を走り3時ころ京都につき、令和二年の初もうでを東寺にした。
東寺の御朱印をもらうことにしたが、金堂の中は御朱印を書いてもらう人がいっぱい並んでいた。
結局20分ほどかかって書いてもらった。
朱印帖も新しいのを買った。

各お堂を回り拝んだが、駐車場が1時間1000円なので時間が足りなかった。
大きいお寺だとすぐに1時間経ってしまう。

令和2年を始まったが、今年は何もない年になってほしいね。
政治のほうも2020年代のビジョンをきちんとだしてほしい。
そうしてくれないと全くの後進国になってしまう。
NHKの番組クールジャパンの外国人参加者が、日本のIT技術は90年代のままだ、と言っていた。
まさにそうだ。
そういわれないように政府としてきちんと取り組んで方向付けをしてほしいと思う。

ともかく令和2年は始まった。

京都東寺

おみくじも外国語が書かれている。
周りの人の会話も外国語ばかりで、日本にいる感覚がしなかった。

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

今朝は3℃だった2019年12月09日 18時06分18秒

今朝は3℃しかなく、この冬で一番気温が下がった。
今年はバイクでの通勤ができていないが、駐車場の料金が50円上がった。
いままで一日500円だったが、550円になった。
これは痛い。
安いところを探さなくてはいけないが、そんなに多くないし安いところはかなり遠い。
さあどうしよう。

それより、アフリカのジンバブエとザンビアの国境にある世界遺産、ビクトリアの滝が、100年ぶりといわれる最悪の干ばつに襲われ、干上がっているそうである。

アフリカ南部、ザンベジ川にあるビクトリアの滝の素晴らしい眺めを楽しむため、この数十年間、何百万人もの観光客が訪れてきたが今や、100年ぶりといわれる干ばつで水量が大幅減少しているという。

ビクトリアの滝では、過去最長の渇水期らしい。
水量には季節変動があるため、科学者らは気候変動のせいにすることには慎重だというが、私はやはり温暖化のせいではないかと思う。
ジンバブエとザンビアは、干ばつによって電力供給が停止した。
蛇口からは水が出なくなり、広範囲にわたる不作の中、約4500万人が食糧援助を必要としているらしい。

いよいよ温暖化による影響が出だしたと思っているが、結論的にはもう少し様子を見なくてはならない。
それよりもたちまち地域の人々に影響が出ているということはよくない。

COP25会議が開かれているがビクトリア湖が渇水すればどうなるか、議論しているだろうか?
滝が渇水するということは、そこに流れ込む水の絶対量が減っているということで滝につながる川の水量が減っているということである。
小さな支流が砂漠化しないか心配である。

ビクトリアの滝がこのまま干上がれば生態系にも大きな影響があり、絶滅する種もかなりの数になるだろう。


ビクトリア滝のようにこの滝が渇水したら那智山は那智山でなくなる。
日本人はその土地を離れるときは植林してきたのでまだ緑が多い。
どうも外国はそうではないみたいである。

中村さんは荒れ果てた大地を復活しようと頑張っていたが凶弾に倒れた。
早く何とかしないといつも思うが・・・

本格的な寒さがやってきた2019年11月07日 12時52分47秒

今朝は6℃だった。
いよいよ寒さが増してきた。
昨年はいまごろもまだバイクで通っていた。
今年はまだいけていない。

首里城が全焼して1週間だが、記者会見のニュースを聞いてもどこかおかしい。
なぜ消火装置がなかったかいまだに腑に落ちない。
消防がしにくい場所での世界遺産である。
国としてもしもの場合を想定しておくべきではなかったか。

今、私が入っているビルの事務所は、スプリンクラーの設置がやたら厳格で工事費が高くついた。

そんな厳格な基準法を守るべき国の施設にスプリンクラーがないのはどう考えてもおかしい。

スプリンクラーの設置基準は複雑怪奇でにわかにわかりづらい。

施工した国は、法令違反はないというが、映画館・劇場・集会場・公会堂などの集会施設はその「厳格」な基準のもとに設置を義務付けられている。

なぜ首里城があれだけ厳格な設置基準の網をくぐり抜け、スプリンクラーの設置がされていなかったか教えてほしい。

yahooの記事でも、諸外国はなぜそんなにも焼け落ちたか原因を知りたいといっているようである。

日本にはたくさんの木造の大事な建物がたくさんある。
古い寺社もこれまで雷でよく焼けているが、そういうリスクも考えなかったのだろうか?
当時の責任者に当時のことを聞きたいが、やっぱりうやむやになってしまうのかな。

写真は何かのコンテストで入選してネガを提出していたが忘れたころに戻ってきたもの。
いかにも里山の風景という感じで好きな写真である。1974年11月。

首里城が焼けた2019年10月31日 21時04分00秒

朝テレビを入れたらいきなり見たことのある建物が猛火に包まれていた。

なんと首里城が燃えていた。
それも半端な燃え方ではなく、炎が立ち上がっていた。

ここは一度訪れたことがあるところで、沖縄のシンボル的建物で、いい建築物だっただけに残念である。
なぜスプリンクラーがなかったのか、なぜ他の建物にまで延焼したのか、不思議だ。

木造建築だから万全の対策をしておくべきであった。
それにしてもなぜあれほどの火が出たのか。
原因を知りたい。

これらの建物が焼けてしまったとはにわかに信じがたい。
 
首里城

首里城

首里城

別の話であるが、情けない記事でまた閣僚が辞任した。
これで二人目である。

妻の選挙違反の責任を取る形で辞任したというが、単にウグイス嬢の手当てが限度を超えて支払っただけという、とても政治のプロのやることではない感じ。

籠池さんも判決が出た。

いろいろあって秋が深まり朝晩少し寒いくらいになってきた。
明日からもう11月である。カレンダーが2枚を残すだけになった。

サルが多くなった2019年06月12日 12時50分10秒

秀衡桜
先日のとがの木茶屋の話の中で、鹿や猿の被害が年々増加してきたとの話があった。

「せっかく作った野菜を鹿や猿に食べられてしまう。この前もピーマンが全部やられた。あの苦いのでも食べるんやね」
「鹿も楽してご飯を食べられ、味をしめるから来るんやろね」
「そうやね。サルを一匹とって尻尾をもっていったら3万円くれる。でもあの瞳で見つめられたら撃てないそうです」

なるほどね。
あのつぶらな瞳で見つめられると撃てないだろう。

「まわりをみてください、杉ばかりでしょう。餌が山にないから里に下りてくるのは仕方ないですね」
「そうですね。戦後国の指示でたくさん植えましたね。あれで日本の国がだめになりましたね」
「全く、ようけ儲けようと思って杉を田んぼの苗みたいに隙間なくようけ植えて、大きくなっても間伐をしないから余計山が荒れる」

ほんとに日本は杉だらけになって、手入れの悪いところほどがけ崩れなどが起こりやすくなっている。
これも国の施策の失敗だけれど誰も責任を取らない。

これからもこうした愚挙をし続け、お金の無駄遣いをしていくのだろうと思うと鬱陶しい。軍事費に使う金の一部を回すだけで、その使い方を工夫すれば、かなりいい国になると思う。

家への帰りの国道に、サルが集団でおりてきていた。
ピーピー鳴きながら、山の中へ逃げかえっていった。

写真は秀衡桜である。老衰して倒れたらしい。以前来たときはきちんと立っていた。

令和の時代が始まった2019年05月01日 22時57分18秒

とうとう元号が令和に変わってしまった。
会社では元号が決まるまで2019年を使っていたが、稟議書を令和に変えなくてはいけないのだろうか。西暦のままにしてほしいね。

今日は雨。気温は14度。3月だね。
出かけるに出かけられないまま、家の雑用をした。
その合間にフィルムのスキャンをした。

スキャンした中に、ちょうど14年前の今日、イギリスを旅行したのがあった。
デジタル一眼を持って行ったが、F801sも持って行ったので、ポジを何本か撮っていた。
ダーベントバレー・ミルズ。これは世界遺産。
日本でいえば富岡製紙工場みたいな所かな。
ダーベント川に沿ってこうした工場がいくつかあった。
ロンドンのタワーブリッジもかなりの写真を撮っていた。

懐かしいね。
最近イギリスもいろいろもめているみたいだけど、しっとりしたなかなかいい国だったね。スリにも遭わなかった。

令和が今日から始まるのだけど、これからどんな時代を作っていくのだろうか。
自動車が自動になりAIが人に取って代わり、空飛ぶ自動車がもうすぐできる。
鉄腕アトムの時代に突入した。


上の写真はボクストンの土産物店。ボクストンもいい町だった。
舌の3枚はダーベントバレー・ミルズ。
ダーベントバレー・ミルズ(世界遺産)

ダーベントバレー・ミルズ(世界遺産)

ダーベントバレー・ミルズ(世界遺産)

イギリスの道を走るとこういう景色によく出会った。


誰でも知っているタワーブリッジ。

ロンドンタワーブリッジ

チャッツワース。有名な邸宅。

チャッツワーズ

そして観光蒸気機関車。
この汽車に乗って食事をした。
なかなかよかった。


令和になってもう一度日本をどうしていくのか、真剣に考えてほしいね。
このままではあらゆる面で、後進国になってしまう。