台風19号2019年10月14日 23時42分50秒

少し中途半端な天気でどこへも行けなかった。
バイクも乗ろうと思ったけれどパスした。
ストレス解消はできなかった。

台風19号の影響は想像以上に大きい。
特に水害があれほど発生するとは思わなかった。
橋や堤防があれほどあっけなく崩れるとは思わなかった。
ダムの放水も、原因の一つとしてあるのではなかろうか。
以前紀南が大雨で被害があったとき、ダムの放水のせいで下流の家々が浸かってしまった。
地元の人々は、ダムがいっぺんに放流したので水害になったと言っていた。
確かにダムが放流するといっぺんに水かさが増す。

ダムは最上流にあるのが多いが、川はいくつのの支流がある。
支流からの流れ込みに加えて、その支流の流れ込む水以上に放流すると大きな支流が一本増えたことになる。
加えて一気に流すのでその水量は凄い量になると思う。

水は流れの強さを一気に増して、柔い護岸はひとたまりもないだろう。
カヌーで下っても増水の時の瀬と平常時の瀬とでは全然水の重さが違う。
増水したときはカヌーのコントロールがきかない。

50年に一度のレアケースと言われながら毎年どこかで水害が起こっている。
ダムの放水もこれを機会にもう一度検証してほしい。
今回のように大型台風が近づいているのがわかれば、少し前から放水量を増やし、貯水量を減らすとかの対策が必要である。
真夜中にダムの危険水位が上がったから緊急放水をすると言われても、それを知り、確認できる人がいないのではないかと思う。

あれだけ広範囲に停電や通信がアウトならなおさらである。
写真はつんつんである。

10月に入ってからスキャンをしたフィルムに、つんつんがよくでてくる。
懐かしい。

つんつん

我が街は台風はかすっただけだったけど2019年10月12日 22時11分16秒

台風の風雨がひどいらしいということで手立てを打っていたが、雨も風もたいしたことは無かった。
和泉山脈が風を防いだのかもしれない。

上陸した関東地方は予想通りに大変なことになっている。
これ以上被害が無いことを祈ろう。

それにしても毎年50年に一度という大雨や風が続いている。
場所が違うだけで50年に一度が毎年あるので、言葉としては意味をなさない。

これも温暖化のせいかと思うが、日本が先頭を切って温暖化対策のビジョンを出してほしい。
Tさんに追随して遠慮しているのかしれないが、このままでは50年に一度の災害が毎年どこかで起こって、さらに今度は干ばつなどが起こりはしないかと心配である。

アマゾンやアメリカも森林火災が起きている。
ヨーロッパも水害、インドも水害。
地球は今風邪を引いている。

特効薬がないので地道な取り組みを全世界でやっていかなくてはならない。
でないと、持続可能な開発目標SDGsの達成も絵に描いた餅となる。

今日は少し長く・・クロスカブ1102019年10月06日 20時38分05秒

今日は雨が降りそうだったが晴れてきたので、やっぱりクロスカブの走りを知りたくて、少し長く走った。

またウルグアイラウンドを走ったが、少し開通したので知れ渡ってきたのか、バイクが多かった。天気もよかったのでどの道もバイクが多かった。
そういえば世界でのバイクの売り上げも快調らしい。
日本はのびが悪いらしいが。

途中の道ばたに広場があってそこでコーヒータイムを、少し長く取った。
いろいろと考えることが多いこの頃、紀ノ川を眺めながらのコーヒータイムは貴重である。


カブばかり8台ほどツーリングしていたが、一台が先に走って来、スマホを構えた。
他のカブは100mほど手前で並んで待ち一斉に走ってきた。
それを先に来た一人が写真に撮っていた。


ゆっくりしていたら、日も大分落ちてきた。
10月になって急に夕暮れが早くなった。



途中で黄コスモスの群生があり、その前でカシャ!


ミツバチがたくさん飛んでいたが、少し暗くなってきたので、飛んでいるところもあったのだが、ほとんどがぶれていた。
ストロボを炊けばよかった。


クロスカブの登坂力を試したが特にストレスはなくぐいぐいと、登った。
これは結構使える。
これからいろんなところに遊びに連れ出せる。

少し涼しくなってきた2019年10月04日 12時30分14秒

1989年10月。
河島英五さんのコンサート。
北山村の池原ダムの下でやった。
手作り感あふれるいいコンサートだった。
南米のバンドも参加したアットホームなコンサートだった。

コンサートでめったに涙を流すことはないのだが、河島さんのトークの中で自身のお父さんのことをしゃべったが、父を思い出し、ついほろり。

河島英五

そういえばネオン街によく行ったころこの人の「野風増」「酒と泪と男と女」「時代遅れ」などは下手なりによく歌った。
「生きてりゃいいさ」も歌わなかったがいい歌である。

河島英五

河島英五

河島英五

河島英五

2001年4月16日に48歳で肝臓を悪くして亡くなった。
そう違わない年で、いい歌をたくさん歌ってくれた。
忘れられない歌手である。
もっと長生きしていい歌を世に送り出してほしかった。

河島さんのお墓は奈良市の十輪院に建てられているらしいので今度奈良に行った折に行ってみたい。

カラー写真は白黒写真から、5,6年あとの同じ場所でのコンサートであるが、施設がフツーのものになっている。
何もないところでやっていた始めの頃の雰囲気のほうがよかった。



今日は土佐堀川の堰堤を歩いて帰ってが、ひとり竿を5本ほど出して何やら釣っていた。

「何が釣れます?」
「ウナギや」
「この前だれかここでチヌを釣っていましたが」
「チヌはいくらでも釣れる。ここはいい潮が上がるからね」
「涼しくなったのでいいですね」
「そうや最高やね」

真夏と比べればずいぶん涼しくなった川筋での釣りは楽しいだろう。

御堂筋にもたくさんあるが、ここにも彫刻がいくつかある。

またまた記録的大雨の地域が2019年10月03日 21時24分17秒

今日は、以前から引っかかっていた緑内障のチェックに行ってきた。
幸いまだいわゆる緑内障にはなっていなかった。
プラネタリウムのような白い半円形の、器具の前に顎を置き、一点を見ながら次々映し出される、ランプの小さい光が見えるかどうかを、チェックした。
見えたかどうかは手に持ったボタンを押し、知らせた。
目を動かしてはいけないのでかなり見づらく、薄い光が続くと、

「つかれてくると見にくいですね。少し休みましょう」

と看護師さんが休憩を取らせてくれた。
結構緊張した。

朝からテストをし、午后4時からテスト結果を聞いた。
その間時間があったのでオートバックスでRAV4のオイルを交換した。

クリニックをでてから、以前から撮っておきたかった稲わら干しと彼岸花を撮りにいった。ここは毎朝の通勤ルートで、彼岸花が枯れないうちに撮りたいと思いつつ朝は時間がないので撮れなかった。

今日は台風の余波で雨が降っていたが、撮りに行ったときはやんでいた。
夕暮れも近く、暑さのせいか彼岸花は少し弱ってきていたが、なんとか撮れた。


回りの田を見てもこのスタイルでの稲わら干しは、少なくなった。


ニュースを見ると高知で大雨が降ったらしく、車が水没した写真があった。
インドなど世界的にも信じられないような大雨が降ったとか、この状態はますますひどくなるのかもしれない。

一昔前は、今頃の台風は潮岬をよこぎっていったので我がふるさと串本は、「台風銀座」と呼ばれていたが、最近は銀座も廃れてきた。
15号台風のように千葉をかすめるというものはなかったように思う。

クジラのことなど2019年09月30日 12時53分58秒

先日はウミガメのことを買いたが、熊野地方は古くからクジラ漁も盛んであった。
それは今でも「食文化」の一環としてずっと続いている。
私も子供の頃、すき焼きはほとんどがクジラ肉だった。

カナダのイヌイットなどがアザラシやクジラを食べるのと同様であるが、追い込み漁が鯨を必要以上に苦しませるということから「クジラを取るな!」ということになっている側面もある。

それらは認識しているが、やはり「食文化」を担ってきたクジラである。
最近は、商業捕鯨や小型沿岸捕鯨、調査捕鯨などをすべて含む鯨肉の生産量は、昭和37年の22万6千トンをピークに、平成29年には3千トンにまで落ち込んでいるという。
消費量も激減する中、商業捕鯨が成り立つかどうかという懸念もあるが、やはりクジラの生息数をきちんと把握し、種の保存を確認しながら、漁は続けるべきだと思う。

問題は、いつも地球環境や生物のことを無視し、儲けのことばかり優先するからで、すべてがいびつになってくる。
クジラの捕獲にしても、コストが合わなかったらなくなってしまうだろう。

種に関していえばこれらもウミガメの減少と一緒で、地球環境が彼らにとっていこごちのいいものであったら、人間にとって必要数を捕獲しても増えもせず減りもせずいいバランスで数を保つ。

今年はサンマが不漁であるが、かれらも生活しやすいところに逃げているのではあるまいか。自然はそんなにやわではなく、そこに暮らす生き物も環境に応じて移動し、進化し、食性も変化させながら、生き延びる方法を考える。

環境を壊した人間は、これ以上地球を傷つけない方法を考え自分たちも生き延びる方法を考えていかなくてはと思う。

写真は1973年。
もうずいぶん前だが、シャチを捕獲、解体している所である。
何かいい被写体が無いかと、ふらっと行った所、シャチの首だけがあったのでびっくりし、撮ったものである。







今ではシャチなどを捕獲しないので、こういう所は撮れないだろう。

しかしシャチは大きい。
このあたりの人は、海からの恵みに感謝し、その動物の死を無駄にせず余すところなく、利用する。
これが動物と人との昔からの関係かな。

ウミガメのことなど2019年09月28日 20時47分32秒

串本は土地も狭く田も少なく牧場もないため、海からの恵みで生きてきた。
鯨や亀は、貴重なタンパク源であった。
それがいつの頃からかウミガメの生息数が減り、絶滅危惧種の保護動物になってしまった。
鯨はいろいろとややこしい問題を抱えながら、漁をしている。
牛肉を食べるのには抵抗がないくせに、野生動物が殺され食卓に上がるとかわいそうだという人たちがいるが、どこかおかしい。

写真は1973年の我が串本でのウミガメの解体風景である。
私の子供の頃は時々こうした風景があった。
亀が上がると近所が集まって大きな鍋で亀の肉をゆで、皆でつついた。
味はすっぽん料理の匂いをきつくした感じだが、おいしい。
栄養たっぷりの感じがする。当時は醤油だけで食べた。

私が子供の頃の記憶からすると、年間捕獲した亀はせいぜい50頭くらいだったと思うが、それぐらい捕獲しても減ることは無い。
小笠原では現在も130頭程度捕獲が許可されているそうである。

私は亀が減った理由は、産卵場所を減らしてしまったためだと考える。
大事な砂浜や渚を不必要な埋め立てや護岸工事をして、彼らの産卵場所を狭めてしまったためである。

人間の経済活動が彼らを存続の危機に陥らせ、少なくなってきたから保護しようといっても、もう遅い。

ウミガメ

解体している所も昔は砂浜だった。

砂浜が昔のまま残っていたなら、何百匹いやもっとたくさんの亀が生まれたはずである。亀は生まれた浜に産卵しに戻るが、産もうした砂浜が、コンクリートで覆われていたら産卵場所が無くなる。この浜もすでにコンクリートで覆われている。
亀の産卵は不可能である。

ここが元の砂浜なら少なくとも10頭の産卵場所はある。
1頭200個ほど産卵するとして、2000頭がこの浜を巣立つ。
成体になるのはそのうちの一割にも満たないと言うが、10頭ほど戻れば以前の親亀も合わせ総数は増えても減りはしない。
この単純な計算を狂わせたのが、人間の経済活動であると言うことをわかってほしいのである。

写真はもっとたくさん撮ったのだが、少し刺激が強いシーンがあるので2枚にした。

彼らが産卵できる砂浜がもっとたくさんほしいが、かなり絶望的である。
それに加えて最近ではプラスチックの問題でも深刻な影響があるとニュースでよく出る。そのうち絶滅してしまうのでは無いかと心配している。

ウミガメ

彼岸花満開2019年09月27日 21時54分21秒

今日は降りそうで降らなかった。
朝から医者に行ってきた。いつもの通り時間がかかった。
最近写真を撮っていないので、帰りに彼岸花でもと思って撮りながら帰った。

今年は暑いせいか少しくたびれた花が多かった。
コスモスはまだ少し早かったが、彼岸花とツーショット。

曼珠沙華

何の工夫もないショットだが、彼岸花の赤がほしかった。

曼珠沙華

曼珠沙華

70-300mmのテストショット。
なんとか写っている。

曼珠沙華

曼珠沙華

昆虫がいないか探したがこれと行ったのはなかなか姿を見せず、何の幼虫か知らないが一生懸命はを食べているところをカシャ!


私に気づいて体を前後に振って威嚇してきた。

秋がどんどん進んでいく2019年09月26日 13時05分57秒

ヒガンバナが花盛りとなってきた。
秋が進んできた。

稲穂もほとんどの田んぼで黄色くなってきた。

最近は雀も少なくなって案山子の立っているたもすくなくなってきた。
1970年代に新宮市の田で毎年新しい案山子を作っている人がいた。
その案山子たちはユニークなのでよく写真を撮りに行った。

それらの案山子をと撮ってコンテストに入選したことも何度かある。
明日香村の稲淵の案山子コンテストは有名だが、下の写真の案山子たちは、雀を追っ払うというシメイに燃えている感じで楽しかった。

かかし1974年

かかし

かかし

かかし

実際にはどれだけ効果があったかわからないが、こうして目を楽しませてくれる案山子たちが各地で少なくなっているのは少し、寂しいものがある。

今日は満月2019年09月15日 22時28分39秒

下界の暑さを知らぬげにお月様は雲一つない天空で涼しげに輝いていた。
毎年この日にカメラを向けるが今年が一番暑かったように思う。
今年は凄く眠たいので、ずるをしてDX用の70-300mmをフルサイズにつけ撮った。

それにしてもお国は国民や自然のことなど全然考えていないと言うことが、今回もいやというほど知らされた。
あの衝撃的なギロチン閉門からずいぶん経ったが、未だにお金で片をつけようとしている。

諫早湾は有明海の内湾で、湾奥部の諫早干潟を含め、飛び抜けて魚介類の生産性の高い海域であり、瀬戸内海がまったく汚染されていないころの生産力に匹敵するといわれていた。
そんな豊かな湾の大規模な干拓計画が1970年にでて、休止、再開、計画内容の変更などが重なり、遅れたが97年4月14日、潮受け堤防の排水門が締め切られた。

これには強い反対もあり、全国的な問題となったが、農林水産省と県、市は「防災と優良農地の造成」を名目に強行し、貴重な干潟を抹殺した。
干潟は魚介類の生産の場としてだけでなく、高い水質浄化機能をもち、渡り鳥のかけがえのない中継点、越冬地でもある。

この事業の当初予算は1350億円だったが、それが2370億円に膨れ上がったうえに防災のためにも干拓をしたと言うが、また国土交通省は諫早湾に注ぐ本明川に防災ダムの建設を計画しているなど、やることがめちゃくちゃである。

国民不在の縦割り行政の最たるものである。

その割には九州でも大雨が降れば災害が出て、50年に一度の大雨だから仕方ない、と高をくくっている。
しかしこれから毎年災害が起こる可能性のある地球環境になってきているとき、今のままではなんとも心許ない。

一部のものにもうけさせていいかっこをしたいのだろうが、もう国民をだませない。
諫早湾にかつてのような自然の復活を期待して開門してほしいね。
農地が必要と言っているが、山を育てると海も生き返る。
お役所の皆さんはそのあたりのシステムも勉強してほしいといつも思う。

造ったものは何の負い目も感じず、のうのうとしている。
農家や漁業者の声をもっと真剣に聞いてほしい。
そしてもう一歩踏み込んで、自然界の生き物全体の叫びも聞いてほしい。
彼らがいなくなると人類も滅びるのだから。