台風14号(チャンホン)は去った2020年10月10日 18時13分00秒

台風は、本州からは少し遠ざかったが、伊豆諸島は大変なことになっている。
被害があまりないように祈りたい。
それにしても最近の台風は雨の被害が多い。
海水温が高いので物理的に雨が多くなるのだろうか。

毎年数十年に1度の大雨が予想される。
今回も、気象庁は同日午後5時、伊豆諸島南部の東京都三宅村、御蔵島村に大雨特別警報を発令した。
今度の台風も妙な動きで東に行って今度は南に進路をとっている。

この地方を台風が過ぎ去り、雨がやんだので、川を見がてら諸井橋のたもとの東屋で昼食を食べた。川を見ている人がすでにいた。その人も昼食をとったあとだった。

昼食の後国主神社を見に行った。
それほど大きくはないが歴史を感じさせるいい神社である。


人々が憩う場所の整備が悪い。これは我が町だけのことではないが。


「八紘一宇」この言葉の元に東南アジアに侵略を正当化した。あまりよろしくない。
この言葉の意味を知っている人はもうあまりいないかもしれない。


文化財があるがその建物も含め保存状態は悪い。




国主神社境内。かなり広いいい境内である。



小ぶりだが歴史を感じさせる。




ドングリの実がたくさんなっていた。


国主神社境内に出ていたキノコ。種類は探せなかった。食べられそうにもあるが。


境内にあった屋形船にいたバッタ。


これはカワラタケかな。


車に戻ったら尺八を練習している人がいた。
聞いたことのある曲だと思ってよく聞くと、「星影のワルツ」だった。


さすがに家の庭も昆虫が少なくなったいるがこの蝶がいた。


一日中雨、寒い一日2020年10月08日 20時35分47秒

今日は寒いくらいだった。
台風も来ているが今度は少し影響があるかもしれない。
雨が「記録的」に降ることがないように祈ろう。

和歌山を見直し記録しているところだが、どの町も寒いところばかりである。

我が町紀の川市は観光での活性化を目指していると言うが、先日歩いた諸井橋付近は、とても人が訪れる雰囲気ではなかった。
とにかくほったらかし。
せっかくいい施設を作ったのにメンテがされていないので生かされていない。


こんないい橋があるのなら渡ろうと思った。


なかなか景色も良さそうであると思ったのだが。


この街灯はいただけない。蜘蛛の巣が・・


渡ろうと思って橋のたもとまでいったが、立ち入り禁止だった。


看板は残っていた。きっちりメンテして渡れるようにしてほしいね。


その奥の蛍の養殖場も立ち入り禁止だった。だからこの看板に書かれている施設はどれも使用できないものばかりだった。


せっかくの公園も使われていない。むしろ河原の方がたき火跡が多くあった。


やはりせっかく作ったものだから活用してほしいね。
妙に都会の公園みたいにすると後のメンテがしんどくなる。むしろ何もない方がいい。
川の流れているところに水で遊ぶ施設を作って遊んでくれるだろうか?

単なる芝生にして桜でも植え、一年中何か花が咲いているという公園にした方が人は来てくれる。東屋もいくつかほしい。休憩するところがないものね。

台風が来ている2020年10月06日 20時51分30秒

台風が来ている。
前線があるのでどういうコースをとるかわからないがあまり強いのはきてほしくない。
特に雨の多いのはかなわない。

Tさんがハチャメチャなことをやってニュースになっているが、やっぱり彼はビジネスマンだというのが今度のコロナに罹患して改めて感じた。
転んでもただでは起きないというガッツはすごい。
本人はかなりしんどいのではないかと思うが、おくびにも見せない。
それより取り巻きの人にうつり、その人達が重症になったらどうするのだろうかという心配がある。そんなのはお構いなしに行動するところが彼らしい。

写真は1981年の今頃、カメラマンの中村由信先生と熊野をとり歩いたときのもので、当時はおおらかだった。

先生は一緒にとって写真を本の中の挿絵に使った。
もう早くに亡くなったが、撮影の後居酒屋で写真談義を遅くまでしたのを昨日のように思い出す。

本宮川湯温泉

本宮川湯温泉

久しぶりの椿山ダム2020年10月04日 20時48分02秒

久しぶりに椿山ダムを漕いだ。
2019年の5月以来である。
今日は新しいカヌーの進水式でもある。

3隻で漕いだ。

椿山ダムカヌー

空気を入れるだけだからすぐセットアップできた。
これはありがたい。
組み立て式だと1時間くらいかかる。

椿山ダムカヌー

今日は英語の先生のマイケルさんが一緒に漕いだ。

椿山ダムカヌー

メンバーで。このときセルフタイマーをセットしたのだがなぜかセルフにならなかった。

椿山ダムカヌー

椿山ダムカヌー

椿山ダムカヌー

椿山ダムカヌー

マイケルさんにアケビを食べてもらった。初めての食べ物で、イギリスのスコットランドにはない味だといっていたがそれでも完食した。
これで種がなかったらもっと美味しいのだけどね。

椿山ダムカヌー

椿山ダムカヌー

黄色のカヌーに黄色のライジャケの私。

椿山ダムカヌー

この日の椿山ダムは水位が2mほど低かった。
ボートもたくさん出ていたが釣果を聞くと小さいのしか釣れなかったという。
私はボーズ。
マイケルさんにバスを見てもらおうと思ったが・・

椿山ダムカヌー漕ぎ漕ぎ


紀南ではめちゃくちゃな雨だったらしい2020年09月25日 20時45分31秒

今日は紀南地方に大雨が降ったそうである。
1時間120mmというとてつもない降り方だったそうで、フェイスブックの書き込みでも新宮の国道が川のようになっていた。
天気図を見ても赤い所が紀南を覆っていた。
本当に異常気象が続く。

先日花園村に行ったが、そのとき神社を回った。

最初にいった下花園神社は、有田川の上流に沿う梁瀬橋の南峯山腹にある。
この社は、花園荘梁瀬村と付近の有中、峯手、中越、古向、臼谷、池の窪、敷地の氏神となっているそうである。
境内に八幡宮、稲荷社がある。

毎年正月8日には、若衆男子による豊穣を祈る「花園御田の舞」の行事(国の重要無形民俗文化財指定)があるというがまだ見たことはない。

又、近くに弘法大師開創という遍照寺があり、61年目ごとの閨年10月に法華経の説く女人成仏を劇的に演じる「仏の舞」(県指定無形民俗文化財)があるがこれはずっと以前見た。
小学校や保育園が隣接してあり、運動場からすぐ本殿がある珍しい神社である。

下花園神社

下花園神社

元々の木は枯れてしまったが、枝がたくさん伸びている。楽しみである。

下花園神社

下花園神社

次にいった上花園神社は、平安時代に殖産興業の神として創建されたといわれ、その後、花園荘の氏神として祀られ、とくに南北朝時代の長慶天皇の崇敬が厚かったといいう。ここは高野への道にあるので何度か参詣したことがある。

本殿は一間社春日造で、天保5(1834)年建立ということである。
1月10日に「御田の舞」が行われ、本来は菩薩面、鬼面、鼻高面、等の面、20余面があるが現在は、人口減により鼻高面だけを使うらしいが、まだ見たことはない。
なお面箱に「文保元(1317)年六月十五日、日州住侶再興永禄五年十一月一八日貞宗敬白」とある。
大きな杉に囲まれた社である。

上花園神社

上花園神社

上花園神社

上花園神社

上花園神社

上花園神社

晴れのち曇りのち雨のいちにち2020年09月22日 20時07分52秒

なんともいろいろ変わった一日だった。
朝早くから用事ができてかつらぎ町の花園村に行った。

神社を見て学校を見て街を見た。

花園村にはいくつかキャンプ場があるが、シルバーウィークであり、結構たくさんテントを張っていた。
バイクとたくさん出会ったが、たくさんの雨が降ってきたので困っただろうと思う。この気温では濡れると寒いからね。

ここ花園村も過疎に悩む。どう活性化するかという議論をいろいろした。
子弟が帰ってきて生活ができるようになんとかしたいとは思うが。

かつらぎ町花園村

ひょっとして恐竜ランドができたときに作ったのかな。

かつらぎ町花園村

創立100周年の記念碑。こうして人形を並べた記念碑は初めて見た。

かつらぎ町花園村

河原でバーベキューをしていた。水はめちゃくちゃキレイ。

かつらぎ町花園村

栗がはじけそうであった。

かつらぎ町花園村

コウヤマキの100円販売所。皆一把ずつ買った。

かつらぎ町花園村

かつらぎ町花園村

小学校からの集落。

かつらぎ町花園村

洗濯機を改造した機械。

かつらぎ町花園村

花園村中南の集落。いいなこんな風景。

かつらぎ町花園村

そして金剛の滝。今日の目的地である。野猿がある。

かつらぎ町花園村

夏はプール代わりで賑わうという。この水車の下に小水力発電所を建設中である。

かつらぎ町花園村

龍がいた。

風はあるがまだ暑い2020年08月24日 21時31分04秒

やっぱり台風のおかげでかなり暑い。
これが串本の沖などのルートをとればかなり涼しくなるのだけれど、やっぱりおかしいね。

今朝庭を見たら朝顔が今年初めて咲いた。
小さな先祖返りした朝顔だが、咲いてくれるとうれしい。
ゴーヤは昨年をよく獲ったが今年はなぜか大きくならず、小さいままのが多い。

Aさんが2週続けて慶応大病院に入った。
河井夫婦の初公判を25日に控え、首相も同じく公職選挙法違反で刑事告発を受けた身である。
立件逃れの“盤石シフト”は崩れ、いつ司直の手が伸びるのかと怯えているに違いない。
頼りにしていた検事長がいない今、いろんなストレスで体調を壊しているのかも。

今朝やっと咲いてくれた朝顔。


ちっとも大きくならないゴーヤ。右上にも小さいのがあるがこの大きさから大きくならない。


はじめはフナかなと思ったが、ジャコのような体型をしていた。大きな亀が日陰を選んで歩いていた。


水をもらえないのかもう季節が終わったのか、しおれだしたひまわり。




だんだん稲穂も伸びてきた。

終戦記念日は殺人的な暑さだった。2020年08月15日 22時26分47秒

今日終戦記念日。殺人的暑さだった。
毎年いつもこの日は暑いが今年は格別だった。

終戦記念日の式典もいまいち盛り上がりに欠ける。
コロナはますます感染者数は増えている。
沖縄の感染者数が増えているのが気になる。
GOTOトラブルはまさにトラブルを運んでしまった。
識者や専門家は想定内と言っているが、政府の人々はこの想定もできなかったのか。
支持率が下がるのも無理はない。
よその国だったら退陣を要求してデモが捲き起こるだろうが日本人はおとなしい。
それにしてもコロナに関して政権側からは全くメッセージが出てこない。
言わなければいけないことがいっぱいあるはずなのだが、国民を馬鹿にしているのかもう投げやりになっているのか。

今年のお盆は全国的にさみしい。
写真は1991年8月美里村の盆踊り風景である。
年に一度のこうした集まりでご先祖様をお迎えしていたが今年はなくなったところが多い。都市部から里帰りしてコロナ感染がわかったら、マスコミは鬼の首を取ったように報道する。
PCR検査態勢が不備だからこうなるのはわかっていた。
政府の責任は重い。





依然暑い日2020年08月02日 20時55分59秒

今日も暑かった。
暑いのはかまわないのだがこのジトジト感がつらい。

政府は多くの人の移動が予想されるお盆休みの帰省や旅行に関し、「できれば今週中に(専門家らによる新型コロナウイルス感染症対策分科会を)開いて、専門家の意見を頂いた上で判断したい」と述べ、対応を検討する考えを示したそうだが、専門家が意見を言い提言をしても、聞き入れなければ意味ないじゃん。

新型コロナウイルスの重症化リスクが高い高齢者と接触が増える帰省については「慎重に考えないといけないのではないか」はいいとして、具体的にどうすればいいかにはやはり言及しなかった。
盆踊りなどは注意して、クラスタが発生した地域から帰省するのであれば、PCR検査をし、拡散を防ぐ手立てを打ちなさい、とか一言があってもいいと思う。
PCR検査は有料だものね。
国家を揺るがす伝染病の検査は無料にしなければますます罹患者が増える気がする。
一方で家族旅行は「やってもらってもいい」と述べたというがどこかおかしいね。
専門家に自分たちの考えを肩代わりさせ自分たちは何も考えない。今の政府はどうなってるのかな。

写真は1977年那智浜海水浴場。8月に撮ったのだが、まだ海開きをしていないのか、人が誰も泳いでいない。
最近紀南へ行けていないので、こういう写真で辛抱している。


この頃からどん兵衛があった。シャワー室がすごい。




貸しボートなんてあったけ。


雨ばっかり。コロナの勢いが止まらない2020年07月27日 20時59分04秒

長いこと写真を撮っていると自然と機材がたまってくる。
私の場合、下取りに出さずに次のを買うので余計増えてくる。
撮りたいものを撮れる機材に頼るというので必然的に増えてくる。
例えば虫を撮りたいとなると、マクロレンズがいる。
鳥を撮りたいとなると、ボーエンレンズがいる。
街角をウォッチングする場合はやはりワイドレンズがいる。
機材などはどんなのでもいい、要は腕だというプロ写真家がいるが、私の場合はやはり機材になる。
「被写体だ」というのは一般的な概念で、これは正論である。
となるといかにいい「被写体」を見つけるかであるが、しかし被写体はモデル撮影会以外は相手から撮ってくださいとはならない。
やはり「現地に行こう「現場を見よう」となる。
何やら会社でよく言っていた言葉であるが、やはりいつでもなんでも足で稼ぐ以外にない。その昔は古い町並みを探して車を走らせたが今の家からではそういう所もない。

あったのかもしれないが、消えた。少しでも訪問客を呼ぼうとカンコーチ化を目指し、街が壊れてしまっている。
先日も書いたが、おしなべて安っぽいのぼり旗がはためきインスタ映えを狙った奇抜な食べ物を売っている。
おじさんにとってはシャッターを押す気にはならない。

そこでもっと困ったときには、「市場やね」となる。
市場は、うまそうな魚や野菜がたくさんあり、雑踏があり、人の行き来があり、写欲がそそられる。時として雑踏にそぐわない美人の売り子さんもいる。ま、ほとんどが安らぎを与えてくれる同年配の女性が多いのだが。
それやこれやで行き詰まると味のある市場を撮りに行った。
ここで過去形を使ったのは、最近は昆虫と鳥ばかりを撮っているので、市場にも久しく行ったことがないからである。
昆虫や鳥はショーゾーケンなど考えなくてもいいし、構図とか関係なしに撮るだけで野生の存在を感じるからである。
必然マクロレンズやボーエンレンズがほしくなってくる。しかし我慢をして昔からのストック機材で間に合わせている。どうせ私の腕はたかがしれているので、カメラよりも何倍も高い白い外装の明るく長いボーエンレンズは、ほしいが目をつむっている。虫を撮るにしてもストロボなどたくさんの機材がいるのだが、それにも目をつむり、今あるもので工夫をしながら撮っている。

ほどほどの機材でほどほどの撮り方しかしていないので、撮れた写真もほどほどとなる。ここに来てテーマを決めて撮ろうと思っているが、これがなかなか難しい。
悩みはそこにある。

バイクにカメラ一式を積んでそんなことを考えながら走っている。

ポンガシ屋さん

もはや絶滅危惧種の路地裏ポンガシ屋さん。これは珍しくご夫婦で耕運機でやってきた。写真をリサイズしながら我が団地だとわかりビックリした。

ポンガシ屋さん

撮ったことを忘れてしまっている。普通だったら「ポン」と言わせているところも撮るのだがこのときは撮っていない。何か急いだのかもしれない。

ポンガシ屋さん

耕運機に書いた看板の文字がまたいい。

ポンガシ屋さん

ここで「ポン」としたのかなー。見たかった。

こうしたポンガシ屋さんはもうほとんど見ることがなくなった。
あるところにはあるのだろうか?
ポンガシそのものは今でもあり、よく買って食べるが、ほかほかと暖かいのはもう味わえないのだろうか。
この写真は1991年6月だからもう30年近くたっている。もうこのお二人もいないだろうと思う。こんなポンガシ屋さんが今走ってきたら、絶対「ポン」といわせてもらうけどね。