訳がわからない天気の一日だった。2022年03月19日 21時33分45秒

朝は日もさすいい天気だったが昼から雲行きが悪くなり雨が降ってきた。

朝からは庭の花などを撮って過ごしたが、昼から和歌山県主催の「防災だけにとどまらない梧陵の功績」と題したシンポジウムに行ってきた。

梧陵は稲村に火が有名であるが、今日のシンポジウムでそれだけにとどまらない日本の偉人である事を知らされた。
東大医学部の前身である「お玉ヶ池種痘所」再建への支援をしたというのは初めて知った。
また福沢諭吉をはじめとして当時のそうそうたる人々とも交流があったのを知った。





アメリカのニューヨークで66歳の若さでなくなったということだが、そのまま旅を続けていたならひょっとして渋沢栄一さんのようになっていたかもしれない。
もっと知らせるべき人であると思う。そういったことをいろいろ考える意味でも、今日のシンポジウムは良かった。

コロナウィルスワクチンの材料の一つにヤマサ醤油が開発した原料が使われているのも初めて知った。
世界中が未だに浜口家の恩恵を受けているわけである。

お土産にヤマサ醤油のソースをもらった。
ラベルに手書きで番号を振ってあった。

そして和歌山にはほかにももっと知ってもらいたい人がたくさんいる。
徳本上人、西行、明恵、陸奥宗光そして華岡青洲や南方熊楠。
まだたくさんあるがなんとなくもう若い人には忘れられてしまった感じがする。

和歌山の活性化はそれらの人々をどう世に知らしめるか、そこからはじまる気がする。


会場は一条閣であった。最初の挨拶は仁坂知事であった。


オンラインもあったので手話通訳さんがいた。


昔からロシアの兵隊は訓練がされていないらしい。それでキエフがなかなか落ちない原因ともなっているらしい。訓練がされていないから何をしでかすかわからない不安がある。

コロナ感染は、和歌山はきょうは162人だった。
東京は7444人、大阪は3639人、滋賀が621人、京都が839人、愛知2408人、北海道1586人、沖縄802人だった。
全国では44711人だった。沖縄を除いて減りだした。まだまだ油断できないけどね。

今日は暑いくらいの一日。2022年03月14日 21時39分43秒

今日は暑いくらいの暖かさだった。
天気予報を見て納得したが春にこう暑いくらいに暖かいとすぐ「異常気象」じゃないかと思ってしまう。
夕べは一晩降り続いたので咲きかけていたラッパ水仙が開いた。
やっぱりナメクジが白菜の葉っぱの上でうろうろしていた。
鳥君達の食事の上にもいた。
うれしかったのはメダカが一匹水鉢の中を泳いでいたことで、なんとかこの冬を乗り切ってくれた。
腹が大きいのでDIY店で5匹ほど手に入れたら卵を産んでくれるかもしれない。



全くの無農薬なので元気に動き回っていた。


鳥君達の食堂にもいた。


蕾だったが一晩で開いた。


昼から所用があり岩出に行ったがその近くに山﨑神社というなかなかいい神社に行った。
この前はこの辺りを下水工事をしていたのでいけなかったが、今日は行けた。



少し太めの狛犬。


紅梅が綺麗だった。


はじめは何かなと思ったがよく見たらソーラパネルであった。
灯籠が夜になると火がつくようにしているのかもしれない。
パネルの場所がとってつけたようになっている。
もっとつけようがあったように思うが・・



キジバト君が参道でなにかを食べていた。



牛が二匹。にらめっこしている。その名も牛神社。



なにかの鳥の巣。まだ子供はいないようである。

ロシアの中枢部の粛清がはじまったという報道があった。
終わりの始まりかな。
しかしキエフが取り囲まれている。待ったなし。
それに13日にチェルノブイリ原発などへの電力供給に使われる送電線を修理し、送電を開始したが電力供給が完全に復旧する前にロシアによって送電線が破壊されたという。なんとも怖くて腹立たしいことが起こっている。

コロナ感染は、和歌山はきょうは158人だった。
東京は4836人、大阪は1467人、滋賀が546人、京都が622人、愛知1318人、北海道1042人、沖縄262人だった。
全国では32471人だった。かなり減ったがまだまだ油断できない。
和歌山は100人台が定着したかな。

朝雪がちらつき風が強い一日。2022年02月22日 19時13分29秒

今朝も氷が張っていた。鳥を見ていると雪が降ってきた。
今日は2022年2月22日で、2が続く、特にどってことはないが、今日はおでんの日らしい。
「フーフーフー」と吹くかららしい。
このおでん、初めて東京で食べてびっくりした。関西とちょっと違った。
味付けも大分違った。
結構味が全国的に平均化してきているから今はどうだろうね。

今日のテクテクは紀ノ川右岸を少し歩いた。
貴志川との合流点は工事真っ最中だった。
もう長いこと工事をしているがどうするのだろうか。


このサギ君、帰りも全く同じ位置でじっとしていた。


合流点の水位を下げると言うがさてどうかな。


ここは有志がラジコンを楽しんでいた場所である。広場の真ん中に立て札があったので見に行った。


こんな看板であった。
もう20年を超えてラジコンを楽しんでいて川の上なので周囲の迷惑など全くといっていいほどなかった。それに今はラジコンの動力もモーターが多く音も大分静かになっていた。

それがなぜ今。

国土交通省の皆様は、人の楽しみを奪うのが得意なのかそれとも自分たちの工事に邪魔になるからなのか。

川や海や山は、一体誰のものなのかをじっくり考えてほしい。
いつもこの手の看板をみると腹立たしく悲しくなってくる。



カラス君が飛んだ。
下はコーヒータイムをしたところ。風の陰になり良かった。



昔はここが街道だったことがわかる道標。


前にも載せたと思うが、この看板は気になる。


松本食堂に来てくれた鳥君達。




コロナ感染は、和歌山はきょうは326人だった。
東京は11443人、大阪は10939人、滋賀が985人、京都が1159人、愛知4785人、北海道2041人、沖縄674人だった。
全国では69523人だった。さらにへった。
やっと五万人台に減ってきたと思ったがまた六万人台になってしまった。
まだまだ油断はできないね。

メチャクチャいい天気のなかテクテクした2022年02月09日 20時37分57秒

今朝も氷が張っていた。夕べの寒さが思われた。
天気は良かった。

久しぶりの有田に行って熊野古道を歩いて広利寺に行った。
車に乗ろうとしたときふっと見るとイソヒヨドリさんがミカンをついばんでいたのでカシャ


道は熊野古道で、途中に山口王子跡や市指定文化財「爪書地蔵」があり、4m余の自然石に阿弥陀と地蔵が線で描かれている。これは弘法大師が爪で描いたと伝えられているものという。
二十年以上前会社有志で歩いたところである。
大分変わっていた。

山口王子跡・・熊野古道

山口王子跡・・熊野古道

山口王子跡・・熊野古道

山口王子跡・・熊野古道

山口王子跡・・熊野古道

山口王子跡・・熊野古道

道はずんずん上に行く。
かなり細く木の葉が積もっていた。


俳句に、
 
  寒凪や紀州岬のうつすらと・・・・・池田麻里々

というのがあるが湯浅湾からずっと遠くまで見えた。


爪かき地蔵・・熊野古道

爪かき地蔵・・熊野古道

爪かき地蔵・・熊野古道

以前歩いたときはこの手すりはなかった。
カラスのイミテーションだがよくできていた。


広利寺は国指定文化財 · 木造十一面観音立像がある。

「『紀伊風土記』の寛文記に建長年間(1249年~56年)覚円和尚の開基で、もとは仏殿、塔、方丈、塔頭六軒、山林及免田四町ありしが天正年間(1573年~92年)破滅し、仏殿一宇、本尊十一面観音のみ存すとあり、この観音像は河内の西方寺が後奈良天皇の代、今から450年程前に寺が落魄して、この十一面観音が売りに出されました。これを滝川原の郷士宮本所右衛門広利が買い受け広利寺に移して来たものです 。広利の父九郎右衛門広季が始めて畠山持国に属し、賜米500石を拝領し、広利は祐筆として仕えました。老年におよび帰郷、禅を好み剃髪して広利寺に住み、70才で亡くなっています」

ということである。他のネットで寺の紹介があり十一面観音の写真があったが綺麗な観音様である。一度実物を見てみたい。


小さいがなかなか立派な作りである。
多分十一面観音は右手の建物の中に入れられているのだろう。


広利寺

雨が漏れるらしくバケツがたくさん置かれていた。なんとかならないかね。


広利寺

広利寺

広利寺

広利寺

コロナ感染は、和歌山はきょうは496人だった。
東京は18287人、大阪は15264人、滋賀が916人、京都が2996人、愛知6287人、北海道3606人、沖縄694人だった。
全国では97833人だった。

暖かい晴れ。2022年01月27日 20時07分32秒

海洋冒険家の堀江謙一さんが3月にヨットで日本まで無寄港で単独航海するということで、成功すれば世界最高齢での単独無寄港太平洋横断になるという。
これまで何度か冒険旅行を成功させているので大丈夫だとは思うが、83歳という高齢なので少し心配している。
自分に置き換えてタッキングなどの時の機敏な操作ができるだろうか、という気になる。

初めて日本を出た1962年は密出国で逮捕の用意までしていた日本政府がアメリカで快挙だと称賛され、時の人になったことでうやむやになった。
日本の政府の冒険への融通のなさを感じたのも、この頃である
まもなく手作りヨットがはやり私たちも作ったものである。
堀江さんは、新たな冒険への思いは「常に頭にあった」と明かし、「やはり人間、何か目標を持って進んだ方が充実した人生を送れると思う」と話したということである。
うらやましい。
今度のヨットの名前は「サントリーマーメイドⅢ号」ということである。

今日は天気も良く冬とは思えない暖かさだったので海南のわんぱく公園に運動を兼ね鳥を見に行った。
しかし、国道工事の土を埋め立てなにか施設を造っていて公園が約半分になってしまっていて十分に運動にはならなかった。
ムクドリやミサゴがいたが写真にはできなかった。


朝公園でサザンカの蜜を吸っているメジロ君。



わが家に来たメジロ君。


わんぱく公園の入り口にいたニャンコたち。


芝生のスロープ。上の通路の上にソーラーパネルが張ってあった。


以前はここの池があった。それを楽しみに来たのだが工事中であった。
妙な施設が造られてしまうのじゃないかと心配である。
こういう公園は何もなくっても、遊べるのが一番いい。



聞けばここ2日ほどで来客がグンと減ったそうである。


高速が近いので8割くらいが県外のお客さんらしい。


帰り亀池を山手に走った。細い道をくねくね走った道の脇にうち捨てられていた車。



コロナ感染は、和歌山はきょうは490人だった。もちろん過去最高。
東京は165386人、大阪は9711人、滋賀が7633人、京都が1728人、愛知5160人、北海道2856人、沖縄1100人だった。
全国では78931だった。そしてほとんどがまた過去最多を更新した。
まさか二日続けての7万人超えである。この調子で行けば10万人を超えてしまう。
もっとこまめに検査をすればもっと増えるかもしれないね。

今日やっと3回目の接種券がきた。

今日は素晴らしい寒さだった。2022年01月18日 20時37分01秒

今日は素晴らしい寒さだった。
朝はそれほど寒くはなかったのだがだんだん寒さがつのってきた。
おまけに風が吹いて余計寒く感じた。
夕方には雪まで降ってきた。

そういえば今日は初観音で、観音様と縁を結ぶ縁日である。
観音菩薩は、人々の願いを現世で叶えてくれる仏様である。
33種類の姿に変身できるという。
観音様にまつわる数字に33が多いのはこのためらしい。
一応西国33所は全部回ったが、もう記憶が薄らいでいる。

写真は1981年1月18日本宮大瀬観音の観音開きのスナップである。
前に一度カキコした感じだが、また気分を新たにして入れてみた。

1981年1月18日本宮大瀬観音

熱心にお経を唱えている。

1981年1月18日本宮大瀬観音

1981年1月18日本宮大瀬観音

これからもちまきがはじまる。和歌山の人は餅拾いが好きである。

1981年1月18日本宮大瀬観音

1981年1月18日本宮大瀬観音

観音さんに何を頼むのだろう。

1981年1月18日本宮大瀬観音

1981年1月18日本宮大瀬観音

1981年1月18日本宮大瀬観音

1981年1月18日本宮大瀬観音

コロナ感染は、和歌山はきょうは196人だった。
東京は5185人、大阪5396人、滋賀が403人、京都が1024人、愛知が2145人、北海道698人、沖縄1443人だった。
全国では32197人だった。少し減ってかなという気がしたがまた全国では今度は3万人を超してしまった。

今朝は2度だった。2022年01月15日 19時38分21秒

今朝も2度で結構寒かった。
昨日食堂を取り替えたのでスズメ君たちも警戒したのかやってきてくれなかった。
古い店が新築になったらはじめは入りづらいものだから鳥たちも入りづらいのかな。

昼から海南市民交流センターふれあいホールで「お終活 熟春!人生、百年時代の過ごし方」という映画を見た。コメディタッチだったがシリアスな部分もあり年を取るとこうなるといろいろ教えられた。なかなか面白かった。
見ていた人は、結構お年を召した方が多く、

「わしはこの前心筋梗塞で病院に入院していた」
とか
「この前病院で薬を落としたんやけど体が痛くて拾えなかった」
とか自分たちの体の悪さ加減を話し合っていた。
映画の中で「平均寿命は男は81歳女は87歳となりました」
というと後ろで女性が、
「あと2年ある」
と言っていた。

映画の後下津の冷水港近くを散策した。


チヌだろうかじっと一人で釣っていた。


小さな祠があった。


蝋梅が咲いていた。いいにおいが漂っていた。


伊勢の二見浦のようにしめ縄を張っていた。
「天己大神」と書いた碑がたっていた。


意味不明の神様とお稲荷様。


「天空大神」と書かれていたが海の中の「天己大神」とどう違うのだろうか少し疑問に思った。


街並みは昭和の時代に戻った感じがする。ちょうどいい場所に古いポストがあった。


神社の前に昔懐かしい半鐘台があった。


冷水港。




コロナ感染は、和歌山はきょうは157人だった。
東京は4561人、大阪2826人、滋賀が239人、京都が725人、愛知が1317人、北海道695人、沖縄1829人だった。
全国では25630人だった。
和歌山が過去最高をまたも更新した。
そして全国では2万人を2日連続で超してしまった。

久しぶりに興国寺。2022年01月05日 21時58分03秒

朝からフツーの冬の日。
5度だった。

昼までワイヤレスでスズメ君などを見ていた。
ハト君が全く来なくなった。
今日は庭に足跡が付いていたがクロネコ宅配便はなかった。
水をまいてならさずにおいていたのが良かったのかな。


昼から風は吹くが天気が良かったので新聞にでていた由良の興国寺に走った。
ここは天狗祭りや火祭りなどのイベントがあるときに訪れたことがあるが、なのもないときは初めてである。

鎌倉幕府三代将軍「源実朝」の菩提を弔うために家臣葛山五郎景倫(願性)が建立した真言宗の西方寺に、願性と親しかった「覚心」が住職となり、同寺の宗旨を禅宗に改めたことが由来とされている。

法燈国師が宋からその製法を伝えたとされる「金山寺みそ・醤油」はあまりにも有名である。火難にあったお堂を赤城山の天狗が一夜にして建立したという、天狗伝説も残されている。だから境内には大きな天狗を祀っているお堂がある。
その中に火山によってできた1億年前の石を磨いた置物がある,その石のなかに一億年前の水が閉じ込められているという。

2022年のNHK大河ドラマにも源実朝がたぶん出てくると思う。

寺のことの詳しくはまた書こう。

興国寺で買ったせんべいが美味しかったので、製造元を訪ねると近くに宇佐八幡宮があり、そこも訪ねた。





コロナは和歌山はきょうは4人だった。少し増えてきた。
東京は151人、大阪244人、北海道34人、沖縄623人だった。
全国では2638人だった。
心配していた第6波が襲ってきたのは確実。
しかし沖縄の623人というのは異常だ。やはり基地が影響しているのかな。
感染者ゼロという県が2つに減ってしまった。秋田と富山である。

今朝は2022年発氷が張った。氷点下2度であった。2022年01月02日 21時45分02秒

今朝はメダカのある水盤と水瓶に氷が張っていた。
水をやらねばいけない花があるのだが、ホースが凍ったのか水が出なかった。温度計を見ると氷点下2度だった。
氷が張るはずである。この冬そして今年一番冷えたかな。
氷点下というのはなかなかないものね。

新聞のエッセイにあった岩出の境谷を訪ねた。
実は昨年暮れ、病院に行った帰りに一度来たのだが道が狭く、駐車する場所がなかったので、集落の入り口でユーターンしたのである。
今日は集落までの道の手前の広いところに車を止め、歩いた。
集落は本当に隠れ里という雰囲気がぴったりであった。


とにかく空のスズメバチの巣が多かった。
無人のおうちにあったのでそのままになっているのかわからない。



蔵の屋根に巣をしていた。彫刻のある蔵だった。


カラスウリが至る所にあった。なかにはバナナのようになっているのもあった。



集落の真ん中を小さいが川が流れていた。


牛か馬が今にも顔を出しそうな立派なおうちがあった。


どの家も鬼門様に南天を植えていたが、誰かの家の南天と違って実が良くなっていた。この違いはどこから来るのかな。


野いちごがあり食べた。美味しかった。


集落の所々に連絡板があった。


もう冬なのに空蝉があった。


子供が多かった頃はここで泳いだのではなかろうか。


神社があった、日吉神社という。


薬師堂という。屋根が崩れかけている。


記事では、エッセイストが集落の入り口で平家の落人が隠れ住んだと口伝で聞いている、と書いていたが、ここは平家の落人がいたというのは私はないと思う。
平家の落人がこんな所にいるわけはない。
そのエッセイストも7年前に来たときは30戸50人ほどが暮らしていたが今は20戸ほどに減っているという。
確かに無人の家が多かった。

家の角に南天の木があるがみな見事な実をつけていた。
日吉神社と地蔵堂にも立ち寄ったがそれは日を改めて書くことにする。

コロナは和歌山はきょうはゼロだった。とにかく今年は2日ゼロの日が続いている。
このままゼロでいてほしいね。
東京は84人、大阪57人、北海道16人、沖縄51人だった。
全国では554人だった。
じわじわ増えている。ゼロの府県が少なくなってきた。心配だね。

いい天気だったので温山荘に行ってきた2021年12月05日 20時24分22秒

今朝は5度だった。
かなり寒い日が続く。
それでも日中は12度でそれほど寒くはなかった。風が吹かなかったからかもしれない。ダウンは着た、

今日は天気がいいのでどこかと思ったがそういえば長いこと和歌山にいながら温山荘は、行ったことがなかった。新聞へ少し記事が出ていたのでそれを見ていった。
行ってびっくりした。
和歌山にこんないいところがあったのか、と改めて見直した。
2010年に文化庁から国指定の名勝に建造物は重要文化財に指定されたという。

そんな温山荘、まず最初は東池を歩いたがサギや鴨が遊んでいるのが見えた。ボラもたくさん泳いでいた。そういえばここは海とつながっているのである。
庭掃除をしている人に聞くと、

「ボラはたくさんありますよ。チヌも来てます」
「暇なときは釣ればいいですね」
「ははは」

長寿橋という西日本随一の青石の橋があり石が好きな人から見ると1億以上の値段が付くとか、そんな大きな石があちこちにある。

灯籠もデザインがみな違ってそれなりの所に配置されている。
灯籠をじっくり眺めながらの散策も有りかなと思う。

担当の人が40センチくらいのボラを獲って見せてくれた。
弱っていたのですくったという。

プライベートビーチにはトンネルを抜けていくがこれも面白い。
何年か前にカヌーであがったがそのときは温山荘にたいして興味がなかったので浜だけにした。
假屋崎省吾さんが来ていたので母屋には入れなかった。
全部見て帰ろうとしたとき京都ナンバーの車に乗って走り去った。髪の毛はやはり長かった。

海南 温山荘

海南 温山荘

茶室の屋根。カヤ葺きで茶室にふさわしい。

海南 温山荘

大きな石が使われている。

海南 温山荘

長寿橋。一枚の岩である。

海南 温山荘

浜屋敷。

海南 温山荘

母屋。假屋崎さんが来ていたので入れなかった。

海南 温山荘

南冠木門。優雅である。

海南 温山荘

ビーチに行くためのトンネル。38m近くあるらしい。

海南 温山荘

いわゆる個人浜である。

海南 温山荘

母屋を見た。

海南 温山荘

この人が新田長治郎さんで、温山荘を別荘で作った。

海南 温山荘

サギ君が魚を狙っていた。

海南 温山荘

鴨君達が遊んでいた。


一杯写真を撮ったので、折を見てまたカキコしよう。


今日は紀の川市の市長、市議の選挙投票日である。さてどうなるだろう。

和歌山はきょうも0人だった。東京は20人、大阪8人、北海道5人、沖縄5人だった。全国では115人だった。大分減ってきたけどね。このまま落ち着いてほしいね。