朝から昼まで雨が降ったが昼から少し雲が晴れてきた。2024年01月21日 18時45分50秒

元旦に地震が起こって既に20日以上経ったが、復興は進まない。
夕方少しテクテクをしたが雲はあついが夕陽は綺麗だった。


J党がドタバタしていて地震どころではないのかも知れないが、やるべき事がたくさんあるはずだが手をつけてない。

今回の地震が神戸のそれとよく似ているので昔の写真を見てみた。
会社として派遣され災害復旧をした。
合間に写真を撮った。
そのときと能登の地震がよく似ている。


これは置き去りにされたニャンコ。


2階の下敷きになった乗用車、仰向けになった軽四。



そしてほとんど1階が潰れている町並み。





このことからも分かるように1階は危ない。
2階建ての家は2階に逃げる方がいい。
しかしこの時バブルの終わりの時期だったのでほとんどの家が普請が悪かった。
それで潰れる家も多かった。
和歌山も耐震構造にしているおうちが少なく、地震が起こればこうした潰れ方をするおうちが多いと思う。
気をつけなくてはいけない。

それにしてもJ党の議員さんがたの自己中な動きには腹が立つ。
こうした地震の事をそっちのけで自身の保身に躍起である。

やはり日本は潰れる。

今日は雲が多く寒い一日だった。2024年01月15日 20時00分55秒

今日も「冬」という感じで寒かった。
家の中にいては体がなまるのでテクテクをした。
いつもの公園に久しぶりに足を延ばした。
水路の周りの遊歩道には歩いている人がいた。


椎のみが吹きたまったように実だけが集まっていた。


裏道を通ると枯れ葉が一杯落ちていた。


水路に鴨が2羽いた。


彼らもこの寒さがこたえるのか余り動かなかった。




A派の幹部はお咎め無しになりそうな気配がする。
またぞろ一人に罪をかぶせて逃げる構えだね。
今日のニュースを見ていてもそう感じる。

日本は潰れる。(もう壊れているかも知れない)

朝から曇っていたが昼頃からいい天気に。2024年01月11日 20時15分49秒

朝から今日も雨かなと思っていたが昼過ぎからいい天気になってきた。
昼食後一眠りして3時過ぎにテクテクをした。

いつものところで途中休憩をしたが、やっぱり同じ人がいる。
大体何時頃はこの人が、というのが分かってきた。
向こうの誰かも私を見て「カメラを提げた変なおじさん、今日も座っている」と思っているかも知れない。
若い人は勉強をしている。
学生さんも多いがスマホでとりっこしている。
皆そばをよく食べている。


夕焼けは綺麗。
今日は夕陽が団地の窓を光らせていた。
団地とスーパーのアクセスはこうした渡りがある。


朝雪が積もっていた。寒かった。2024年01月08日 18時48分22秒

朝から冬という感じのひであった。
雪が降って積もっていた。朝早くに車を出す必要のある人は解凍に困っていた。
そんな朝の始まりであった。
私の車の置くところは朝日が射し、もうフロントガラスの氷は溶けていた。
建物の陰になっている車が難儀していた。
雪が積もったのはこの冬2回目である。


3時過ぎにテクテクをしたがそのときは冬の青空が広がっていたが寒かった。


花が一杯咲いていたが、桜のようであった。


歩道橋からしたのみちを見たところだが6車線ある。
いつもここを通り行き来している。

テクテクから帰ったとき団地の前で男の人が倒れていた。
はじめは水道管が壊れたのかと思ったが、その男性はそこに倒れているのである。
同じ団地の同じフロアの男の人が救急車を呼ぼうとしたがらちがあかず、そうこうしているうちに、転けた男性が正気に戻り、動き出したので立つのをサポートしてあげた。

私自身も転びそうになるので心配だったが、スムーズに立ち上がらせることができた。
不思議なことにそのときはすっとサポートできたのである。
その男性は何度もお礼を言いながら自力で歩いて帰っていった。

帽子を拾ってあげ、そのとき「今度は杖をつきましょう」と声をかけたがそれには応えず「強い風が吹いたので転けた」といっていた。
買い物をした後らしくスーパーの大きな袋を下げていた。

今日も暖かだった。小春日和。2024年01月05日 20時53分05秒

今日も朝は肌寒いが日が高くなるにつれ気温が上がってきた。
今日もバイクに乗らなかった。
カブちゃんは、まだ今年の初乗りはしていない。早く乗ってほしいとカバーがバタバタしている。明日は乗ってやろうかな。


古い写真を見ているとそのときの胸のときめきが伝わってくる。
以外と当時目にとまらなかった写真が出しゃばりいい味を出している。

そうか撮影者はシャッターを押しながらそんなことを考えていたのか(撮影者は私しかいないが・・・)と思えてくる。
特に白黒フィルムの時代は、つぎの月例はこう組もうと決めてシャターを押しているが、今もう一度見ると出品した作品以外にもいろいろ撮っていることが多い。

昔の写真を見ていると、当時目にとまらなかった写真の味の微妙なことを改めて知ることになる。だから写真をやめられない原因にもなるのかな?

篠山紀信さんが亡くなったが本も何冊か持っていたけど女性の写真が多かったね。
また一つの時代が終わったことを告げている。




写真は年代が少しづつ違うが、正月に撮ったものである。

曇りの朝。駐車場が濡れていた。2024年01月03日 22時56分57秒

ハッキリしない天気の朝。
朝は、雨は降ってい無かったが昼から少し降った。

被災地は食べ物がないとか。
旧態依然の支援体制。
信じられない。こんな時のためにドローンなどもっと活用すればいいのじゃないか、と思ってしまう。
そんな生やさしいものじゃないのは分かっているけど同国民として歯がゆさがある。



コンビニの車の中から前の生け垣で遊んでいた雀をカシャ!
そして前の木を見ると巣が残っていた。
空き巣、と言えば語弊がある。
空巣と言う方が聞こえがいい。
しばらく見ていたが鳥が入る気配はなかった。
空巣=カラス、オジンギャグだね。
カラスがひとこえ鳴いて飛び去った。「アホ-」と聞こえた。

朝からすっきりしない天気のいち日。2023年12月31日 21時45分56秒

朝から雨の一日。
それでも10時頃止んだが、すっきりしない天気のいち日。

もう年が変わる。
一年なんてあっという間だね。
一度は死にかかったが、まだやり残していることが多くまだ死ねないと思って今年も過ぎた。
誤嚥性肺炎で熱が出て、周りの看護師の方が騒いでいたのを想い出す。
あれから5年ほど経つ。

写真は昨日に引き続いて2018年12月。この日は既に31日になっていた。






今朝の新聞で盆踊りやカエルの鳴き声、そして除夜の鐘がうるさいと言って中止をしてお寺もあると言うことを言っていた。
盆踊りは長くて3日、除夜の鐘に至ってはたった一日である。
今はそれでもうるさいという人がいるらしい。
最近はSNSで何を書かれるかわからないので、中止を決めるところが多くなったらしい。どこか世知辛い世の中になって来ているね。
カエルの鳴き声がよく聞こえるのは、田や畑が狭くなっているからだろうね。
鳴き声が聞こえないのが異常だけど今の世の中はそうでもないらしい。

紅白も見ないでこれをたたいているが、知らない歌手が多くなっているし、なんとなく昔の面白さがないので特に見たいとも思わない。

もうあとわずかで2023年も終わる。
そして2024年がはじまり、私の75才の誕生日でもある。

いい天気だった。しかしどこへも行かず。2023年12月30日 20時40分43秒

いい天気が続いている。
腰が本調子ではないので歩くのを少し控えている。

写真は2018年12月30日の琵琶湖である。


淡水湖のそばでポンプも珍しい。


伊吹山が綺麗である。


なぜか蜃気楼?が。


ここも遺跡がある。
そういえば琵琶湖は地震のごとに周りの集落が琵琶湖に沈んでいるそうである。


雪が降りしきる中ブラックバス釣りをしていた。


白鬚神社。



湖の中に鳥居がある。




サギも寒そうである。
小鳥は雪の中でも飛び回っていた。


今年もとうとうあと一日を残すのみとなって来た。
今年もいろんな事があったが、ヨチヨチと年の暮れを迎えそうである。

今日は比較的暖かかったが底冷えがした。2023年12月26日 20時54分51秒

今日は天気は良かったがなんとなく底冷えのする一日。
それでも昼は結構暖かだった。


それにしても後から後から出てくる。
悪い政治家さん達。それほどお金が大事かな。
誰も何も言わないが、Aさんが率先してキックバックを推奨した感じだね。
A〇ノミクスか何かしらないけれど、いいことがなかった気がする。
この落とし前どうしてくれる。
Kさんもお手上げ状態で局面を打開する能力無し。
かといって後を継ぐものも無し。
やっぱり日本は潰れる。

いい天気だった。2023年12月25日 20時26分23秒

いい天気だった。
天気予報が当たった。
もっと気温があがると思ったがそれほどあがらなかった。
カブちゃんのバッテリが上がりだしたので、乗ってやろうと思ったが、パスした。

写真は貴志川に来たヤマガラ君とスズメ君だが年度は違うがちょうど今日にきた。
今のところでもきそうな気がするのだけれど、周りに迷惑をかけるのでやめている。
この前東屋で話をしたおじさんの家にはメジロが巣をしたとのこと、うらやましい。
いるところにはいるのだが、最近はお目にかかっていない。


テクテクにいってもムクドリが高い木の上で鳴いているだけである。
ヤマガラもいるところにはいるのだろうけどね。


オオタニサンが背番号を譲ってくれた投手の奥様にポルシェの新車を贈ったそうである。ま、1000億以上もらっていればそういうこともできるね。