思うほど寒くはなかった一日2021年01月17日 20時39分50秒

今朝は寒いと言われていたが、そうでもなくフツーの冬の朝だった。
最近は、新聞を取ってくるとまずコロナ感染の和歌山が何人になっているかを見る。
そして患者が出た町を見る。幸いまだ紀の川市は少ない。
これが近くで感染していたらおちおち散歩もできなくなる。鳥撮りどころではなくなる。
やっぱり和歌山は県外に由来しているところが多く、または介護施設が多い。
気をつけなければと思う。

そんな大事なときに内閣の支持率は33%、不支持率が57%になった。もうこれはほとんど国民は内閣をアテにしていないと言うことだと思う。前から書いているようにメッセージがまるで伝わらない。

この9月にデジタル庁を作るというが今のスマホ時代を全然見ていないのが実態でまた利権の巣窟になりそうな気がする。
今は新聞やテレビなどあまり見聞きせず、スマホの書き込みを垣間見、そしてフェイクニュースであろうがなかろうが、短絡的な解釈をするのがスマホ世代の常である。単なるエッセンスだけをピックアップしていて、本質を見ていない人が多い。
コロナ患者が10代20代に多いのもうなずける。その人達に感染防止を頑張ってもらわないと感染者数はまだ増える。

写真は1981年1月の本宮大瀬観音の祭礼で、今もやっているかどうかわからないが、本宮の奥のいい行事だった。
もう40年経った。


細い山道を登ったが、結構時間がかかった。




念仏講が観音様に向けて念仏を唱える。




行事の終わりにもちまきがある。


久しぶりに会ったのだろうね。うれしそうに話していた。

カワセミがやってきた。2021年01月03日 16時58分14秒

今朝は4度だった。フツーの冬の気温だった。こんな日は昼に気温が上がる。
歩き始めをした。何時ものように丸太川に向かった。
行くまでに鳥や街角を撮りながら歩いた。
イソヒヨドリのメスが民家の軒先で、ピョンピョンしていた。カシャ!
スズメもカシャ!個体数が多い割にはちょくまかと動くので撮りにくい。




実はこの雀君たち二羽並んでいて面白かったのだが離れてしまって一羽ずつになってしまった。


河原で熱心に鳥撮りをしている人がいた。


この東屋がコーヒータイムの場所である。


今日はコンビニでつい食べたくなって買った目刺しがあった、コーヒータイム。
風が吹いていたがそれほど寒くはなかった。
コーヒーを飲み終わり鳥も来ないので帰り支度をして歩き出した。
歩き出す少し前にイタチが足元を走り抜けた。シャッターを押す間もなく草むらに消えた。ひょっとして近くに巣穴があるかもしれない。

近くの橋の上でカワセミがこないか見ていると先ほどまで河原にいた男性がやってきた。鳥の話をいろいろ聞いた。猛禽類の出没ポイントなども聞いた。
鳥の種類を飛んでいるときでも瞬時いいあてた。
脱帽。
撮り鳥のいろんな話をしている間にカワセミが二羽飛んできて土手に止った。
二人でカシャ!カシャ!


少しトリミングしたがやはりもう一息長いレンズが欲しいね。




近くの氏神様に初もうでをした。大多羅乳女神社と気鎮神社。


高野山は雪だった。丹生都比米神社初詣2021年01月02日 20時47分39秒

今日も寒かった。
まだ向かいの山に雪が残っていたので、高野山は雪だろうと思い、走った。
案の定雪は積もっていた。高野山へ抜ける道はずっと積もっていた。
高野山道路に入ると道路の両脇にうずたかく雪が積まれているところもあった。
山内の道路はアイスバーンになり、レスキューされた車もあった。
県外の車はノーマルタイヤできた車が多く、県内の車は高野山の雪が深いことを知っているので、割とスタッドレスが多かった。
奥の院の駐車場でも県外の車でスリップしながら走り出す車があちこちで見られた。
駐車場で休憩を兼ねて温かい飲み物を飲んでいると急に暗くなり雪が降ってきた。
丹生都比米神社のも寄りたかったので、壇上伽藍の根本大塔に向かった。この頃は雪がやんでいた。

壇上伽藍はさらに雪が深かった。
いろいろともっと撮りたいところもあったが、寒さのせいかトイレに行きたくなり、じっくり撮れなかった。
丹生都比米神社はいつもなら小屋の中に椅子を置き、甘酒が出てくるのだが今年はなかった。

高野山雪

雪で作ったコーン。うまく使っていた。


アイスバーンになった駐車場。ずいぶんフロントタイヤを滑らせる車が多かった。

雪の高野山 壇上伽藍

ちょうど晴れてきた。

雪の高野山 壇上伽藍

私の好きな西塔。

雪の高野山 壇上伽藍


雪の高野山 壇上伽藍

初詣は丹生都比米神社だったがかなり暗かった。

丹生都比米神社初詣

秋に紅葉で綺麗だった池も一面の氷が張っていた。

丹生都比米神社初詣

それでもたくさんの参詣客がいて駐車場はいっぱいだった。

丹生都比米神社初詣

丹生都比米神社初詣

丹生都比米神社初詣

丹生都比米神社初詣

丹生都比米神社初詣

丹生都比米神社初詣

丹生都比米神社初詣

今朝温度計を見ると2度だった。2020年12月26日 20時57分53秒

今朝は2度だった。かなり寒い日の始まりであった。

日が高くなるにつれ少しは暖かくなってきたが、それでも日陰は寒かった。
昼から根来寺に行った。
資料館へ行った。人もあまりいなかったのでビデオなども見ながらゆっくり回った。
根来の歴史が少しはわかった。

もみじ谷を見て回った。谷では着物を着た女性とカメラウーマンとアシスタントのような3人組が着物姿の女性をモデルに写真撮影をしていた。ミニコミ誌の記事にするような感じであった。モデルは寒いのか手袋をしてブーツを履いていた。
「はいこちらをちらっと振り返って。はいかわいいよ。いいよ。はい」
カシャ!

もみじ谷はまだ紅葉が残っていた。
斜光に映えて綺麗だった。
桜が咲いていた。
その後かなり日も落ちたところで資料館にあった上岩出神社に立ち寄った。
それについてはまた日を改めて書くことにする。

東京が949人とすごい数の患者が出た。
そんな中での目も当てられないていたらく。一体自民党はどうなっているのだろう。
25日、地元・富山県で33人が出席する懇親会に参加し、酒を飲んで倒れ、救急搬送された議員がいた。元大臣である。
「富山アラート」が発令されているなかでの酒席への参加。謝罪だけですむ問題ではないはずである。懇親会を企画した取り巻きも問題である。
選挙がありそうなので議員さん方焦っているのだろうか。

根来寺

お不動さん。

根来寺

根来寺

まだ青い葉も残っていた。

根来寺

根来寺

根来寺


ただいま撮影中。犬が邪魔をした。


桜がこの寒いのに咲いていた。

根来寺

寒さがつのりそう。2020年12月08日 20時08分14秒

今日も寒かった。
ダウンをきたが今度は熱くなりすぎた。
温度調節が難しい。

今日は貴志川筋の冬をスナップしようと車を走らせた。
途中、鞆淵八幡宮や真国丹生神社などに立ち寄った。
その写真もたくさん撮ったがまた別の日にする。


道脇は紅葉真っ最中であった。



一つ残った柿。風情あるなー。写真そのものは何の工夫もないが。


木の葉も二枚残っていた。


そしてミサゴのいるため池にきたが、水がほとんどなく濁っていた。ヒドリガモとイソシギがいた。


狙った鳥がいないので、粉河河原に行ったがここも先日に続いてツグミの群れだけだった。シャキッといいのを撮りたいね。



ここは夕日が綺麗である。


キリストは再び来ると言うがどこに来るのだろうか?

今日の天気予報は晴れだったが・・2020年11月28日 21時39分07秒

今日は確か悪くても曇りであったが、雨が降るとは思わなかった。
パソコンをたたきながら古い書類の整理をした。

私の散歩のコースに小さな神社がある。
鳥居に扁額が上がっていないので、名前も地元の人に聞かなくてはわからないのだが、遠い昔には今の大きな神社などもこのくらいから大きくなったのではないかと思う。

今の商売優先のキンキラキンの神社より、こうした地元に根付いた神社が好感が持てる。こうした神社を探し、記録していくのも面白いなと撮りながら思った。

神社は田の中にあった。神社の続く道は狭かったがいい街並みであった。


田の中にある。


一応祠がある。


小さいながらも威厳がある。


昔ながらの街並みである。

今日も夏日。きていたスェットを脱いだ2020年11月20日 20時00分35秒

今日も暑かった。
朝から医者に薬をもらいに行ってきた。
お年寄りが大勢きていた。みな一様に書類を持ってきていた。高齢者の検診のようであった。
おばあさんお名前が呼ばれた。
「**さん検診の前に体重と身長測ります」
「はい」
「146センチですね}
「ええ、私そんなに小さくないで」
「あのね。身長は小さくなります。大きくなりません。体重は増えるけどね」
「・・・」
待合室にいた人がマスクの顔を見合わせていた。
話をしたいけれどマスクが邪魔をして皆無言であったが目は笑っていた。
私も年々身長が下がっている。
人ごとではない。一ヶ月で4センチ背が伸びたのは中学生の頃だった。

クリニックの帰りに平池に少し立ち寄った。
PENに500mmのミラーレンズをつけたのでどんな写りをするかテストをしたかった。
500mmは35mm換算1000mmの超望遠となる。


カメラに比べてレンズはかなり大きい。


古いレンズだがなんとか写っていた。


ジョロウグモもかなり離れていたが撮れていた。
ミラーレンズ特有のリングボケの出る所を探したがなかった。
しかしこれでカワセミを撮るための段取りができた。なんとか使える。


これは普通3脚を立てて撮るべきだろうが手持ちで立って撮った。
息を詰めてぶれないように撮るが、昔はシャッターを押しきるまで息を止められたが、今は続かない。それに撮り終わった後ふらふらと体がそよぐ。
山に登る中高年が遭難するのもこんな時ではなかろうか。


フェイスブックで仲間が丹生長谷神社の銀杏の葉が黄葉していたのをカキコしていたので今日ぐらい散るだろうと思い走った。
やはり盛大に散っていた。
木に葉はほとんど残っていなかった。



銀杏が今にも落ちようとぶら下がっていた。



地面にもかなり大量に実が落ちていた。


だるま石渓谷。そういえば中心の石をよく見ればだるまさん。



せっかく晴れたのに大雨が降ってきた。


東屋が見当たらなかったので山肌に車を止めてティータイム。


今日は夏に逆戻り。暑かった。2020年11月19日 21時37分37秒

今日は暑かった。
11月にこんな暑さは初めてじゃないかな。
そういえば朝のワイドショーで九十九里浜にハマグリがそれこそ億単位で打ち上げられみんなが拾っているとか。
こんなことはふるさとでもなかった。
やはり海水温が上昇しすぎてハマグリも逃げたのではないかと、私は勝手に推測する。

とにかく二十七度あった。夏である。
高野山の紅葉がどうなっているか知りたくて走った。
途中丹生都比売神社に立ち寄った。
大勢の人が来ていた。
盛りの時で明日になれば葉が巻くか黄色になってしまうかである。

そして高野山にあがったが高野は十九度あった。この時期の十九度は高野山としては暑い。

高野の奥の院の道を散策したが、来るごとに新しい発見をする。
写真が多くなるので一部にする。

丹生津比売る神社

もう少し境内が赤くなっていると思ったがそうでもなかった。
やはり時期が遅くなっているのかもしれない。
それでもこれだけの秋を残していた。

丹生都比売神社

丹生都比売神社

丹生都比売神社

七五三参りだが神主さんが祝詞を上げているが本人は遊んでいた。

丹生都比売神社

丹生都比売神社

丹生都比売神社

丹生都比売神社

丹生都比売神社

丹生都比売神社

丹生都比売神社

これは高野山。ご時世かマスクをしている。

高野山

お坊さんもマスクをしている。

高野山

夏に酒戻りのような陽気だった。2020年11月18日 20時25分10秒

今日は夏が戻ったみたいな気温であった。
いろいろ用事がありどこへも行けなかった。明日もいい天気そうなので明日またバードウォッチングでもと思っている。

11月6日に花園に行く途中で立ち寄った。
そのとき大銀杏の葉はまだ緑だったが今頃は黄色に変わっているかもしれない。

銀杏の実がたくさん落ちていて少し拾った。
それにしても立派な銀杏だった。

長谷丹生神社は丹生都比賣命・大黒主の命の二座を、主祭神としている。
弘法大師高野山入山後も、六ヶ七郷を天の大社の社領とし、年中祭礼の料也とある。
七郷の中の長谷村(現伊都郡かつらぎ町新城地区、海草郡紀美野町長谷宮地区)の鎮守社として祀られてきた社であり、現在の社殿は明治30年に改築されたという。
10月10日神幸祭 御旅所まで青年団子供会氏子中で「山車」を先頭に神輿の渡御あるというが見たことはない。

長谷丹生神社

長谷丹生神社

長谷丹生神社

長谷丹生神社

長谷丹生神社

長谷丹生神社

長谷丹生神社

長谷丹生神社

長谷丹生神社

ネンガジョウの季節であるが、⒉,3年前から来年からは出さないというメッセージを書いたのもちらほら来るようになったが、先日話をしているとそういう人に限ってすぐ亡くなっていると言われた。

やっぱり今年も出そう、と例年になく早くにデザインも決め、印刷を始めた。
例年12月末でないと完成しないのだが今年は早くに出せるだろうか。

すっきりしない天気だった。2020年11月13日 19時33分42秒

朝から定期検診に行ってきた。
途中雨がぱらついたがすぐやんだ。
病院はいつもながら満員であった。無論マスクはしている。

先日参拝した名手八幡神社である。ここは何度がきたことがあるのだが熊野古道のコンテンツとして追加したいのでもう一度見たいと思い、見に行った。

名手八幡神社は、丹生津比売大神が降臨し聖地であり古来から産土神として御奉斎されているという。

神功皇后が三韓征伐(新羅、高麗、百済の三国)の後、筑紫(現、福岡県)より御顗旋の途中、ここを訪れ、筑紫の蚊田(現、福岡県糟屋郡宇見町)で授けられた後の第十五代応神天皇の生誕を報告したとある。

その縁で誉牟田別命(第十五代応神天皇)を主祭神としてしている。

大鳥居の扁額に「八幡神社」と有るが、この額は慶安元年(1648年)子年紀州徳川家初代藩候徳川頼宣侯より奉納されたものであるという。

当神社は皇族方が熊野詣等御行幸啓の折、神功皇后がここに宿泊した古事に依り、御旅所として定められ、第七十七代後白河法皇、第八十二代後鳥羽上皇、第九十六代後醍醐天皇の行幸が有ったという。

熊野古道の旅の途中で宿泊したのである。
南北朝時代後醍醐天皇(1316~1339)が吉野(奈良県)に朝廷を開かれた折も行幸した。

今は絶へて久しいが、祭礼6月晦日には能の奉納が有り、役者は和州天の川(現、奈良県吉野郡天川)より来たり、8月15日には流鏑馬が有り馬数は大抵百騎であったと伝へられている。

流鏑馬にたくさんの馬がきていたと言うが見てみたかった。
今は中学校になっているが、当時は100頭で流鏑馬ができるほどの広さがあったのだ。またお能がかかったりしたと言うが文化度は昔の方が高かった気がする。

調べれば調べるほど和歌山は面白いところである。

名手八幡神社

名手八幡神社

徳川頼宣が書いたという扁額。

名手八幡神社

名手八幡神社

名手八幡神社

名手八幡神社

残念なことに檜皮葺きの屋根を守るためだと思うが、神殿の上に屋根があることで点数がだいぶ下がってしまう。

名手八幡神社

名手八幡神社

安高稲荷大明神とある。

名手八幡神社

歴史ある証に木々が大きい。

名手八幡神社

ここの灯籠は元の石の上を木の火屋を作っている。

名手八幡神社

本来の参道だろうがここを歩いて参拝するのは少し危険な気がする。

名手八幡神社

龍王神社もある。