今朝はこの冬一番の寒さでした2017年11月17日 22時32分32秒

今朝は温度計を見ると2度でした。
この冬一番の寒さです。
もうバイクで行く用意をしていたので、そのままCBで走りました。

思ったほど寒さを感じずに走りました。
最近のウェアの素材がいいので助かります。
電車へ乗る人も、ダウンやフリースのコートを着ている人が増えてきました。

いよいよ冬に突入です。

A首相が所信表明演説をしましたが、衆院選で公約した「人づくり革命」などの政策課題の実行や、悲願とする憲法改正の議論促進を訴えたようですが、なんとなく面白くないですね。

国民が知りたい「加計学園」「森友学園」の問題への言及は一切なかったようですね。「謙虚な姿勢で」「丁寧に説明」と繰り返しているようですが、言葉と裏腹なことばかりです。
こういう人ばかりをつくりだす「人づくり革命」なのでしょうかね。

アメリカがなんといおうと、日本は「環境保護のためCO2削減を進める」とか「世界各地で増えている難民について日本としてこう取り組む」とかを聞きたいし、10年20年後の日本のために「景観を保護し美しい日本を作る」ためにこんな取り組みをしていく、などと具体的なビジョンを聞きたかったですね。
そういえば、「美しい日本」を作るといったのは誰でしたかね。
もう忘れてしまってますね。
この人では無理かな?

写真は先日行った三十三間堂です。
道内の写真が撮れないのでこれだけ。

三十三間堂

三十三間堂

ここで和歌山の和佐大八郎が通し矢の日本新記録を樹立したのです。

三十三間堂

三十三間堂

外国の方が多いですね。

三十三間堂

三十三間堂

三十三間堂

三十三間堂

魚を狙っているアオサギの写真を撮る中国人観光客の皆さん。

三十三間堂

このサギ魚を捕るのが下手でした。

三十三間堂


白鬚神社2017年11月14日 22時15分12秒

先日の白鬚神社。
たくさんの人が参詣していました。
ここは2回目ですが、まだ見ていないところもあり新鮮でした。

以前来たときと大きく違ったのは、外国の方が多かったことで、サイクルロードを自転車で走っている人もいました。

記念写真を頼まれたのも英語の人でした。
スマホで撮り終わったとき、日本語で、

「ありがとう」

白鬚神社

白鬚神社

この3人も外国の方でした。

白鬚神社

白鬚神社

ここがこの日初めて行ったところで岩戸社との額がありました。
右に見える岩にはしめ縄がかかっていました。

白鬚神社

白鬚神社

社の中を除くと、穴がありました。
天岩戸でしょうか。

白鬚神社

白鬚神社

芭蕉の句碑です。

白鬚神社

熊野も面白い寺社が多いのですが、ここ滋賀県もたくさん見所のある寺社が多いので楽しいですね。
ですから何度も来たくなります。


国宝展、白鬚神社、メタセコイア並木2017年11月11日 23時47分08秒

国宝展は内部が写真にできないので仕方なく外部だけ。

今朝起きてふと、メタセコイアは紅葉していないだろうか、と思い出しました。

京都国立博物館

結局高島市に向かいました。
途中白鬚神社に立ち寄りました。
たくさんの人が参詣していました。
外国の人もたくさん来ていました。


そしてメタセコイア並木。


まだ紅葉していませんでした。


バイクがよく走っていました。


カメラマンもたくさん来ていました。
大阪から団体バスで撮影に来たという方々もいました。


ツーリングバイクがたくさん。
いいなー。



でもこの日は風が強く、時々かなり強い雨が降るバイクにとってあまりいいコンディションではありませんでしたが、あちこちのナンバーのバイクが行ったり来たり。

久しぶりの湖西でした。
また日を改めて書きたいと思います。

京都豊国神社2017年11月10日 23時24分04秒

今日はお休みを頂いて京都にやってきました。

国宝展の第3期を見に来たのですが、すごい人でした。
土日になるともっと人が増えてきちんと見えないと思い金曜日にしましたが、3センチにみたない金印を見るために、30分並びました。
金印は輝いていましたが、思ったより小さく、説明文にも国宝として一番小さいものだということです。

1期の時から展示が入れ替わっていますので、まだ見ていないものを見て回りましたが、どのフロアも満員で、国宝への関心の高さをうかがい知ることができました。

金曜日の4時を過ぎると少しすいてくると思って出かけたのですが、いっぱいのひとひとでした。

展示会を見る前に豊国神社と三十三間堂に参詣しました。

豊国神社

豊国神社。

豊国神社

この鶴は左甚五郎の作品で、できた当時は鶴の目を入れると飛んでいってしまうということで、目を入れないままだそうです。
鳩よけのネットで逃げられないようにしている感じです。

豊国神社

これも甚五郎作でしょうか?

豊国神社

ひょうたん型の絵馬。

豊国神社

国宝です。

豊国神社

方広寺の鐘。
巨大でした。

豊国神社

天井にはきれいな絵が描かれていました。

寂光院2017年10月15日 16時17分46秒

昨日三千院の後参詣した寂光院。

寂光院の本尊は六万体地蔵尊菩薩で鎌倉時代造立の地蔵菩薩立像(重要文化財)でしたが平成12年5月9日未明、放火により、本尊は大きく焼けてしまったということです。これはニュースでも大きく取り上げられたので記憶していました。

新たに小野寺久幸仏師によって、形・大きさともに元通りに復元され、鎌倉時代の制作当時そのままの美しい彩色で新造されたものが、安置されていました。
平成17年(2005年)6月再建されましたが、本尊と同時に徳子と阿波内侍の像も新しく作られ本尊の左右に安置されていました。

地蔵菩薩の本願は、抜苦与楽ということで、それは慈悲の心を表わし、人間の苦しみや辛さ、思い通りにならない現実を救い抜け出させて頂き、願いを叶えて頂ける諸願成就のご利益があるということである、ということですが・・・。


高倉天皇と徳子の稜墓。

寂光院

寂光院の入り口の扉。


三門。

寂光院

秀吉が送った灯籠。

寂光院

「祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらは(わ)す。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。」

平家物語と関わりが深いのがこの寂光院です。

六万体地蔵尊菩薩

寂光院

諸行無常の鐘。つくなと書いていました。

寂光院

三門から入り口を見たところ。

寂光院

茶室入り口の東屋の屋根のコケと落ち葉。
紅葉の頃はきれいな葉がもっと落ちているでしょう。

寂光院

寂光院を出て近くの漬物屋さんの前にあった漬物蓋と石。
石には日付が書いてありました。

寂光院

漬物屋さんの前にはスイス人観光客がたくさん。
売り子のおばさんも英語で何か言っていました。

寂光院

僕はおしっこ。

寂光院

寂光院を出て道を山手に行くと、石段がありそこを登ると墓石がありました。



徳子でしょうか。
かわいい顔をしています。

寂光院

たくさんの石塔がありました。平家一族のお墓でしょうか。

寂光院

寂光院

今日は朝から雨。
少し晴れたら釣りにと思いましたがだめでした。
今日みたいな日の方が釣れるのですけどね。
釣り師は雨でも行かなければいけないのですが・・・

古いネガをスキャンして一日が過ぎました。

三千院・寂光院2017年10月14日 23時13分36秒

京都二日目は三千院。

1974年頃に来て以来で、ほとんど忘れていました。

パンフレットによると、三千院は延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)の山梨の大木の下に一宇を構えたことに始まったそうです。
その後、慈覚大師円仁に引き継がれ、平安後期以降、皇子皇族が住持する宮門跡となり、寺地は時代の流れの中で、比叡山内から近江坂本、そして洛中を幾度か移転し、その都度、寺名も円融房、梨本坊、梨本門跡、梶井宮と変わったようです。

明治4年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により、三千院と称されたということです。
明治維新後、現在の地大原に移り「三千院」として1200年の歴史をつないでいる、ということですが、三千院という名前が明治以降につけられたとは知りませんでした。

三千院のことは、あまりに語り尽くされているので私がとやかく言うこともないのですが、やはり名刹ですね。

たくさんの人が参拝していました。
半数近くが外国の人でしたが・・

三千院

定番のアングル。

三千院

この前で庭を鑑賞している人たちは全員が各国の方たちでした。
この庭を楽しんでくれていました。
いいですね。

三千院

三千院

さりげなくある国宝がうれしいですね。
写真に撮れないのが残念。

三千院

境内の真ん中あたりにあった弁天さん。

三千院

わらべ地蔵があちこちにありました。

三千院

こけに覆われています。

三千院

これは鎌倉時代の地蔵さん。

三千院

楽しげな地蔵さん。

三千院

観音堂。
中にまつられている観音様は作りが何となくシャープでなく、ファイバーっぽい感じでした。
ま、いいか。

三千院

この小さな地蔵さんが観音堂の横に一万体以上並べられていました。

三千院

梅茶やシソ茶を売っていましたが、この方たち英語できちんとやりとりしてました。
立派!

三千院

三山院の後は寂光院に参詣しましたが、また明日にします。

とにかく天気予報では雨だったので、時々薄日も差しまずまずの天気でしたのでラッキー!という感じの一日でした。

般若寺そして京都国立博物館2017年10月13日 23時39分59秒

今日は休みをもらって京都国立博物館の国宝展を見に行きました。
京奈和道路を走り奈良を抜け途中にある般若寺に立ち寄りました。
ここのコスモスや冬の水仙は結構有名です。
ちょうど今頃がいいだろう、と立ち寄りました。

ベストシーズンでした。

薄黄色いコスモスのバックに本堂が見えます。

般若寺

巨大な13重の塔。

般若寺

釈迦如来の石像もコスモスに囲まれています。

般若寺

本堂をバックに不動明王。

般若寺

般若寺

般若寺

般若寺

般若寺

そして京都での国宝展。
見応えありました。
素晴らしい一品ばかりでした。

京都国立博物館

今日は8時まで開館していたので見終わって出てきたときは夜でした。
旧館がライトアップされてきれいでした。

京都国立博物館

京都タワーもきれいにライトアップされていました。

京都国立博物館

10月の後半から展示品の入れ替えがあるのでまた来たいと思いました。

建部神社2017年10月05日 22時25分46秒

先日東近江にいった折に建部神社に立ち寄りました。

ホテルで東近江の観光地図を見て立ち寄りました。

境内であちこち見ていると宮司さんがおいでて、おうちのなかに招き入れてくれました。
お言葉に甘えて部屋に上がらせていただき中学校の先生をしていたという宮司さんにいろいろお話を聞きました。

パンフレットもいろいろいただきました。

「建部神社は、十二代景行天皇が御子日本大和武尊の功名を録えるため、武部(後の建部)を定め、大和武尊死去三年後(景行四十六年) 御子稲依別王命(建部君、犬上君の始祖)が神勅により、母君の生国近淡海国神前郡建部郷千草嶽(現在の箕作山)中腹宮立と称する所に父君の霊を祀り、建部大明神と崇め給ふたのが起源である。
その後560年を経て、天武天皇白凰四年に至り、神裔建部安麻呂公が国司の命を奉じ栗太郡瀬田に奉遷し、近江一円の守護神即ち国社としてから約90年後、神護景雲2年再び同地の下の森(現在の場所)に新宮を建て、建部大明神、聖真宮を勧進し四柱の祭神を奉祀し、建部郷十七ケ村の総氏神となる。
かかる縁故を以って古代より毎年瀬田建部大社の春季大祭には当社より、鮎献上の神事が行はれ世界大戦中まで連綿として続けられたのである。
社頭を距てる南五丁の山の神古墳は、祭神稲依別王命の墳墓と伝えられる。
 。              
囚に稲依別王命の母君布多遅比売命(ふたちひめ)は近談海安之国造意富多牟和気王(おふたむわけ)の出で、尊死去後建部郷を賜はり居住して稲依別王命を育てらる。
依てこの地は大和武尊の御名代地と伝えらる。
後裔の建部君、犬上君の両族共に栄え建部大明神の神威も大いに輝き、神埼郡の名も神前のここより出でたりと説がある。
大化の改新により国府が瀬田に置かるやや、所在地に国社奉斎必要上社格高き当社を選び奉遷して近江一の宮とされた所以である。
 当社は新宮とは云えかかる光輝ある古い由緒を有しながら、箕作、建部合戦等屡次の兵災により荒廃し、古文書構築物等凡て烏有に帰し本殿、神輿、燈罷等何れも江戸中期以降の建造に属し之を証するに由なき次第である。
 但し右の事実は瀬田建部大社の古文書等に拠り厳然と証明され、宛も昭和50年を以て奉遷1300年相当の機会に元建部犬明神鎮座趾宮立に石標を建設し之が記念と神威顕彰に資したのである。」

ということでした。
少し難しいですね。


おもしろかったのは、この神社の近くに飛行場があり、記念式典の際に投げ落としたという書筒があったことです。


建部神社武運長久の賓剱守護札もいただきました。
中に入っていた説明書きには、

「建部神社武運長久の賓剱守護札は、昭和9年から昭和20年まで、沐俗斎戒した若手氏子が調整し、久瀋宮家・八日市飛行隊軍人及び帝国軍人に4.600余体配付された。
慎之、莫怠也(慎みて、な怠りそ)……倭延命の教え

『日本書紀』には、日本武尊が西征で熊襲建(クマソタケル)を撃ち、その後、さらに東征をする前に立ち寄った伊勢神宮において、伯母の倭姫命(ヤマトヒメノミコト)から草薙剣とともに授かった教え。

慎之、莫怠也(慎みて、な怠りそ)
『日本書紀巻第七大足彦忍代別天皇(荒行天皇)』という言葉が記録されている。
原文】景行天皇40年(庚戌110)冬十月壬子朔契丑(二目)。日本武尊発路之。
同月十月戊午(七日)戊午。
柱道拝伊勢神宮。イ乃辞于倭姫命日。今被天皇之命。而東征将誅諸叛者。故辞之。於是倭姫命取草薙剣。授日本武尊目。慎之莫怠也。
【文意】岩波文庫「日本書紀(二)」94頁より(西国制覇から帰還し十二年後)の十月二日、日本武尊は東十二道制覇の旅に出立。十月七日、伊勢神宮に参拝し倭姫命に言うには「今般、天皇の命で、東征し諸々の反逆者を誅します」と。別れに際し倭姫命は草薙剣を取り出し、日本武尊に授け、慎重に油断することなきようという。
「物事を謙虚に受け止めて奢らず、身を慎めば心が清らかになり、自分の為すべきことが見えて来る。そのときは勇気をもって誠実に、怠ることなく精進を重ねて為すべきことをやり遂げなさい。」

ということが書かれていました。

建部神社

建部神社

建部神社

建部神社

日本武尊の肖像画が飾られていました。

建部神社

建部神社

建部神社

建部神社

建部神社

頂いた神符。

建部神社

建部神社

稲依別王命の墓ではないかと伝わる古墳

建部神社

栗の実が供えてありました。

建部神社


明日香村岡寺ライトアップ2017年09月26日 17時39分01秒

稲淵でお会いしたカメラマンさんとの会話の中で、今の時期あちこちでライトアップしていると聞き、稲淵を見た後、岡寺に向かいました。

6時からライトアップを始めるということでしたが、岡寺に着いたのは5時半頃でした。
少し時間があったのですが、3脚が林立して場所取りが大変だとも聞いていたので登りました。

明日香村岡寺ライトアップ

参道はちょうどカップの中のローソクに火をつけて回っているところでした。

明日香村岡寺ライトアップ

なんとなんとめちゃくちゃ人が並んでいました。
近くのカメラマンに、

「何か行事があるのですか?」

と聞くと、

「いや何もありません。3重の塔のライトアップを撮るだけです」

ということでした。
私も隅に座って夕暮れを待ちました。

明日香村岡寺ライトアップ

少し暗くなり、カップのぼんぼりがきれいになってきました。

明日香村岡寺ライトアップ

そして3重の塔もライトが点灯されました。
これだったのですね。
いいポジションをとるために皆さんがんばっていたのです。

明日香村岡寺ライトアップ

陽が落ち、三日月もきれいに見えました。
3脚がなく手持ちなので微妙にぶれているのですが、何とか撮れました。
ASA1600にしても3分の1秒でした。
 
明日香村岡寺ライトアップ

本堂前。

観音様も公開していました。
初めて見る仏像もあり普段は暗くて見えないところも、ライトが付いているのでディティールがはっきりしよくわかりました。

明日香村岡寺ライトアップ

たくさんのカメラマンやお参りする人がいました。

明日香村岡寺ライトアップ

絵の描いた和傘を裏から照らしていますが、いいアクセントになってきれいでした。

明日香村岡寺ライトアップ

熊野古道もどこか王子社でやってほしいと思いました。
古杉を照らし、古道道際にこんな傘を並べれば、絵になるところがあります。

南海高野線細川駅&八坂神社2017年09月20日 11時44分37秒

先日の続き。

高野下駅からスマホのナビ通りに370号線を走ったのですが、ディスプレイを暗くしていたので画面が見えず、曲がらなければいけないところをやり過ごしてしまい、矢立の三差路まで走ってしまいました。

ディスプレイの明るさを最大にし、目的の細川駅に向かいました。
細川駅上り口から少しの走ったところにきれいな神社がありました。
八坂神社です。

八坂神社

ここは高野山への道の一つになります。
掲示板に由緒がありました。

八坂神社

八坂神社

神木は巨大なイチョウで、これが黄葉すれば見事だと思います。
秋に来たいと思いました。

八坂神社

川面に垂れる葉の先にはたくさんの銀杏が付いていました。
境内にもたくさん落ちていました。

八坂神社

しめ縄の上に小さなカタツムリがじっとしていました。

八坂神社

彼岸花が咲きかけていました。
やはり彼岸の中日頃が一番きれいでしょう。

八坂神社

我がCBちゃん。
カバンを取り払ったのですっきり。

CB400SS

細川駅は後ろの山の中腹にあります。

CB400SS

細川駅は急な上り坂の上にあります。
下で荷物を担いだおばさんに、道を聞くために声を掛けましたが、

「最近古道歩きに来る外人さんが多くて言葉が通じなくて困る」

と言っていました。

南海高野線紀伊細川駅

山肌にあった住宅を集合した感じの共同住宅が細川駅の上から見えます。

CB400SS

近代化産業遺産になっています。

南海高野線紀伊細川駅

電車が入ってきました。

駅員さんが深々と挨拶。
この駅員さん、今夜は宿直ということでした。
3人交代で宿直しているということですが、やはり山深いところの路線はコストがかかります。

南海高野線紀伊細川駅

駅には猫がたくさん。
誰かが餌を上げるのか鳥の骨が転がっていました。

猫たちは、もっと友好的かなと思いましたが結構シャイで、一定以上近づくと逃げてしまいました。

南海高野線紀伊細川駅

南海高野線紀伊細川駅

南海高野線紀伊細川駅

帰り道、廃屋にスズメバチの巣がありました。結構大きい。


CB400SS

会社のあるビルの地下に郵便局があるのですが、そこの受付カウンターに「乳がん触診モデル」ということで、おっぱいが置いてあります。

少しびっくり。

乳がん発見用のもので、これを触ってしこりがどんなものかを見るらしいのですが、こうした窓口に置いてあるのを見るのは初めてです。

ちょっと触ってみたい気もしましたがやめました(^^)