いい天気が続く。2020年10月15日 20時54分39秒

今日もいい天気だった。
ありがたい。
そういえば10月と言えば各地で祭りのある月である。
稲刈りがすみ、村が総出で収穫を祝ったり、昔の言い伝えの祭礼を執り行ったりする。

写真は那智勝浦町下里の祭礼で、1977年10月のものである。
今年はコロナのせいで各地の祭りが中止または縮小している。

リタイアしての楽しみの一つは全国各地の祭礼を見て回ることも楽しみだったが、出鼻をくじかれた。

ただ昔の各地の祭礼は人が多く出てニギワイがあったが今はどうだろうか。
そのギャップも見てみたい、と思ったのである。
しかし今年は叶わない。

いずれにしろ祭りはハレの日であり、無礼講だった。
今の祭りはどうだろうか?
そして今年中止になった祭り、来年はどうだろうか?

この祭りも人出はどうなんだろうか?

下里神社祭り

下里神社祭り

下里神社祭り

下里神社祭り

下里神社祭り

下里神社祭り

下里神社祭り

下里神社祭り

下里神社祭り

下里神社祭り

今日はいい天気2020年10月12日 19時25分54秒

昨日、近くの志野神社が正遷宮で里中満智子先生の絵があると言うことで見に行った。結構にぎにぎしく正遷宮を祝っていた。

志野神社は、
和歌山神社庁の記事によると、
「天言代主命・加具土命・息長帯姫命を祭神とし、紀の川市北志野の桜池の近くに鎮座している。
『紀伊国続風土記』によれば、徳川南龍公の御代にこの北志野の地に人工池(桜池)を創ろうとしたところ夜毎に、奇妙な光が辺りに発せられ又、地鳴りが起こり村人等を苦しめたとあり、この事を聞かれた南龍公が村人等と相談されたところ、昔この地に天正の兵火に焼亡し慶安三年まで衰廃していた社殿があった事が判り、この社殿を新しく建立されたところこの奇妙な光と地鳴りが消えたとの言い伝えがある。
ここであえて言い伝えとしたのは、当社に確かな記録の書物等が無い為である。
尚、以前は、東屋御前神社と言いその後現在の志野神社と称している。
又、神功皇后の三韓征伐の行幸地としても『風土記』等に記されているがこの場合多くは「小竹の宮」と記されている。
現在の本殿鎮座地は、以前よりやや北に移っているが容姿等はほとんど変り無く保っている。
例祭日には、餅投げ等あり賑わっており、祭典終了後は、宮講の式も執り行う。
その他当神社には宮座が有り「木村座」「稲垣座」の2座で、1月・10月には座の式も執り行っている」
とある。

志野神社

志野神社

志野神社

志野神社

この神社は、所謂、「小竹ノ宮址」。
小竹の宮は日本書紀の神功皇后条にも登場する。

「皇后は紀伊國においでになって、太子(後の応神天皇)に日高でお会いになった。
群臣とはかって忍熊王を攻めようとして、更に小竹宮に移られた。
このときちょうど夜のような暗さとなって何日も経った。時の人は『常夜へ行く』といったそうだ。
皇后は紀直の先祖、豊耳に問われて、『この変事は何のせいだろう』と。一人の翁がいうのに、『聞くところでは、このような変事を阿豆那比の罪というそうです』と。『どういうわけか』と問われると答えて、『二の社の祝者を一緒に葬ってあるからでしょうか』という。
それで村人に問わせると、ある人がいうのに、『小竹の祝と天野の祝は、仲の良い友人であった。小竹の祝が病になり死ぬと、天野の祝が激しく泣いて『私は彼が生きているとき、良い友達であった。どうして死後穴を同じくすることが避けられようか』といい、屍のそばに自ら伏して死んだ。それで合葬したが、思うにこれだろうか』と。墓を開いてみると本当だった。
ひつぎを改めてそれぞれ別のところへ埋めた。すると光が輝いて、昼と夜の区別ができた」
ま、昔のことはよくわからない。

志野神社

志野神社はそれほど大きくはないが綺麗ないい神社である。
なぜ里中先生の絵があるのか社務所の方に聞くと、里中先生がこの神社の人の親戚で、論文を読んでそれなら絵を描いてあげましょうと言うことになったらしい。
綺麗な素晴らしい絵を並べていた、白黒は原画で、着色したものも並べていた。
御朱印もその絵を印刷していた。

神社の上の桜井池ではボートが何艘か出てバスを釣っていた。

志野神社

志野神社

志野神社

今までの御朱印でも一番綺麗。

志野神社

境内にあった木だがなんとなく別の木が相互になじんでしまっている感じがする。

桜池

桜池ではバス釣りボートがかなりの数出ていたが釣れていそうになかった。

クロスカブCC110

クロスカブCC110

ちょっと出かけたが最近カブちゃんをあまり撮っていないのでカシャ!

紀南ではめちゃくちゃな雨だったらしい2020年09月25日 20時45分31秒

今日は紀南地方に大雨が降ったそうである。
1時間120mmというとてつもない降り方だったそうで、フェイスブックの書き込みでも新宮の国道が川のようになっていた。
天気図を見ても赤い所が紀南を覆っていた。
本当に異常気象が続く。

先日花園村に行ったが、そのとき神社を回った。

最初にいった下花園神社は、有田川の上流に沿う梁瀬橋の南峯山腹にある。
この社は、花園荘梁瀬村と付近の有中、峯手、中越、古向、臼谷、池の窪、敷地の氏神となっているそうである。
境内に八幡宮、稲荷社がある。

毎年正月8日には、若衆男子による豊穣を祈る「花園御田の舞」の行事(国の重要無形民俗文化財指定)があるというがまだ見たことはない。

又、近くに弘法大師開創という遍照寺があり、61年目ごとの閨年10月に法華経の説く女人成仏を劇的に演じる「仏の舞」(県指定無形民俗文化財)があるがこれはずっと以前見た。
小学校や保育園が隣接してあり、運動場からすぐ本殿がある珍しい神社である。

下花園神社

下花園神社

元々の木は枯れてしまったが、枝がたくさん伸びている。楽しみである。

下花園神社

下花園神社

次にいった上花園神社は、平安時代に殖産興業の神として創建されたといわれ、その後、花園荘の氏神として祀られ、とくに南北朝時代の長慶天皇の崇敬が厚かったといいう。ここは高野への道にあるので何度か参詣したことがある。

本殿は一間社春日造で、天保5(1834)年建立ということである。
1月10日に「御田の舞」が行われ、本来は菩薩面、鬼面、鼻高面、等の面、20余面があるが現在は、人口減により鼻高面だけを使うらしいが、まだ見たことはない。
なお面箱に「文保元(1317)年六月十五日、日州住侶再興永禄五年十一月一八日貞宗敬白」とある。
大きな杉に囲まれた社である。

上花園神社

上花園神社

上花園神社

上花園神社

上花園神社

上花園神社

はっきりしない一日。2年ぶりの奥明日香2020年09月24日 21時34分54秒

今朝はすっきりしない天気だった。
玄関までの階段がすこし濡れていた。早朝に雨が降ったのかもしれない。
今日は昼過ぎから明日香村の奥飛鳥の稲淵へ彼岸花を見に行った。
今年はコロナで例年通りの盛大な祭りは中止とネットで見たが、逆に人もいなくていいだろうと走った。

まず「気都和既神社」を見た。
645年の大化の改新に由来のある神社だとか、それらしく古色蒼然としていた。
周囲は木々が生い茂り薄暗くいろんな昆虫や動物がいた。
メスカブトムシが卵を産み終わったのか弱々しく動き回っていた。

稲淵の案山子ロードには例年のような派手さはないが、今年も何体かの案山子があった。
白や黄色の彼岸花もあった。これも例年通りであるが、今年はイノシシよけに電線が張り巡らされていた。
トラップもあり、かなりイノシシには悩まされているようであった。
今年はやはりコロナに関する案山子が多く、メインの案山子は志村さんのバカ殿様であった。







もう卵は産み終わったのだろうか。弱々しく動き回るメスカブトムシ君


何か考えてるようなカエル君。


赤とんぼと彼岸花。


白い彼岸花。


まだ稲は刈っていない。


アマビエの案山子もあった。美人な看護師さん。


コロナウィルス


テレビ電話で里帰り。芸が細かい。


かわいい案山子。



どうしてコロナごときに負けたのだろう。やっぱりたばこが悪かったのかなー。
志村さんの大きな案山子があった。

今日はほんまもんの秋という感じ2020年09月21日 15時33分51秒

朝からいい天気だったのでクロスカブでちょこっと走った。
特に当てもなかったが時間もなかった。
とにかくバイクには絶好の気温であった。
ツーリングをするバイクにたくさん出会った。
手を上げてくれるのだが癖がついていないので応えられない。
昔はよく手を上げてエールを送りあいしたが、一時廃れ、また最近やり出してきた。
今度は手を上げよう。

世の中はシルバーウィークで渋滞や三密の映像が多いが、メディアはトラブルをことさらクローズアップさせる。
確かに人は解き放たれて外に行きたいだろうが、皆がまとまって動くからダメである。
外国のように、休みたいときに休みたいように休めるようにならないとダメだろう。
デジタル庁なんてのができたけど、どうしたいのかわからない。
そうした意味からすると働き方改革は、上手く取り組めばよかったのだけどね。

Sさんがどう舵取りをするか、ある意味楽しみである。

写真はカブちゃん。
ここでコーヒータイム。もうセミもツクツクボウシしか鳴いていなかった。


クロスカブCC110

クロスカブCC110

クロスカブCC110

バイクが2台続いて下りてきた。こちらに気がつけばコーヒーでもサービスしようかなと思ったが走り去った。こちらはだいぶ道から外れていたしね。


トンボが電線に止まっていた。秋だね。


栗も実をつけていた。


この地域だけの神社か浦上神社。


彫り物にすがっていたのはセミの抜け殻。建物の方々にあった。


小さいが立派な神社だった。





一日鬱陶しかった2020年09月13日 22時25分41秒

今朝道を見ると濡れていた。
夕べまた降ったようである。かなり雷も鳴ったらしいが知らなかった。
新聞の天気予報では昼から雨が上がると言うことなので、歩くのは昼からにした。
朝からクロスカブにバッグを取り付けた。上手く取り付いた。

陽がないので涼しくはなかったが昨日のような暑さではなかった。
3時半頃歩き出したが、今日は県道を船戸駅の方に向けて歩いた。
途中にある蔵王寺によった。

蔵王寺は真言宗醍醐派の寺院で山号は大乗山。本尊は蔵王大権現である。
応和3年(963年)、玄奨上人によって創建された。
覚鑁上人が秘密潅頂を蔵王寺にて修め、白河法皇が鳳輩で回る程の大伽藍であったが、天正13年(1585年)の紀州征伐(根来攻め)の際に全山焼失したという。
寛文5年(1665年)6月、紀州藩主徳川頼宣が時の住持寂源に命じて平癒祈願したところ、霊験があったので報賽のために境内山林二町歩を寄付して本堂を再建させた。

地元では「どんさん」の呼び名で知られている。
看板にも「どんさん蔵王寺」とあった。

どんさん蔵王寺

お寺に鳥居?

どんさん蔵王寺

古刹をうかがわせるのだが。

どんさん蔵王寺

蔵王堂かな?

どんさん蔵王寺

お不動様が左手にいた。

どんさん蔵王寺

なぜここで三猿?

どんさん蔵王寺

境内は雑草がはびこり、手入れはあまりよくなさそうである。

どんさん蔵王寺

四国88カ所遙拝所とあった。じゃ向こうは弘法大師か。

どんさん蔵王寺

どんさん蔵王寺

役の行者の石像。

どんさん蔵王寺

四国88カ所の観音様があった。しかし88カ所すべてなく22カ所くらいで終わっていた。

どんさん蔵王寺

どんさん蔵王寺

どんさん蔵王寺

仏像があった。

どんさん蔵王寺

これが22以降の観音様かも。

どんさん蔵王寺

池があった。

どんさん蔵王寺

四国88カ所のほこらが見える。

その昔大和街道を行き交う人は、岩手に行くのに渡し船を待つ間この寺の参っただろう。大伽藍を誇ったが秀吉に焼き払われたと言うが、残っていたら面白い寺だったろうと思う。

結局今日は10000歩を超えて歩いていた。

ますます暑い。2020年08月25日 21時36分49秒

今日も暑かった。
昨日も一昨日も歩いていないのでこれはいけないと、朝のまだ涼しいときに歩きに行った。
涼しいと言ってもすでに30度を超えていた。
歩くと汗が噴き出してきた。

田の稲ももう受粉の準備をし出した。

鳴く虫を獲りたいと、特に今はキリギリスを獲りたい、と思っている
土手を歩きながらせめて写真にと思って鳴き声のする方を探すのだが見つけられない。子供の頃はすぐ見つけ、かごに入れ持ち帰った。それがなぜ今できないか。
結構たくさん鳴いているのに姿も見ることができないとは、悔しい。

なぜだろうかと以前から気になって考えていた。
今日ふと気がついた。
これはひょっとして、実際のいるところと違うところを見ているのじゃないかな、と気がついた。
聞こえる音の位相差により違った聞こえ方をし、場所があやふやになるのではないか。原因は何か?
ローカ現象により、左右の聞こえのバランスが悪くなり、音の中心が外れてしまうのではないだろうか。駐車場に車を止めてもゆがむのと同じではないか。
それ以外考えられない。
オイルショックとはこういうことを言うのではなかろうか。
私も言うところの「老人力」が着きだしてきたのだろう。
ドックなどではきちんと聞こえているのだが・・・


もうすぐ実る。


小さな社があった。八幡宮。


うーんこの自転車物語がありそう。


珍しく案山子。いちじくを守っていた。あまり効果はなさそうだが・・


かなり大きな木。


昆虫たちは忙しい時期になってきた。

まだまだ厳しい暑さ2020年08月13日 20時57分04秒

今日は昨日より少しはましだったがそれでも殺人的暑さだった。
各地で熱中症のニュースがある。そしてコロナ。
この夏はどうなるのだろう。

地球環境のことを真剣に話をしていかなければいけないが、お友達の国も我が国も全くと言っていいほど手が付けられていない。選挙のことで手いっぱいだろうね。
やっているのだろうが伝わってこない。
伝わらないと国民もやる気がしない。何とかしないともう手遅れになる。
先日NHKの番組でダイヤモンド博士がコロナの現状や環境に関する未来予想をしていた。
納得いくことばかりだった。

そういえばつい50年ほど前には、町の中で経済が回っていた。
鍛冶屋がありそれぞれ専門のものを売る店があり、町の人はそれで足りていた。
私はそういう生活をこれから考えていく必要があるのではないかと思う。
今度のコロナ禍でどう変わるかしれないが、生活様式を見直す必要がある。
大工さんや左官さん、そうして農林業に携わる人たちは在宅勤務は不可能である。
働き方改革といえばITを活用するというが、その恩恵を受けられるのはそれほど多くない。
また行政が技術革新のスピードについて行ってない。
もはや日本は世界の後進国になりつつある今、足元をもう一度見直す必要があるように思う。


どの蝉も夏の最後に鳴きまくっている。





コンクリの割れ目に根を下ろしたのかその存在感が大きくなりつつある。


雨は降らなかった2020年08月05日 20時27分28秒

昨日の雨乞いのワックスがけは外れてしまった。
雨は降らなかった。これでワックスも定着するかも。

朝から車の修理をディーラーに出した。
代車を要求しなかったので、家まで歩いた。
かえって万歩計を見ると7900歩だった。
意外に距離は短かったが、暑かったのでその分疲れた。
途中大宮神社の境内にあるゲートボール場で休んだ。セミがうるさかった。

こうして歩くと今まで車で移動するときには見えないものがたくさんあるのに気づく。
新岩出橋から紀ノ川を見たが鯉ばかりが泳いでいた。

船戸駅で水を買い休憩した。
この駅もさみしい駅だが、駅前の古い家並みはなくなり、空き地になっていた。
住む人もなくなったのだろう。

駅舎は変わりなく古いままであった。
電車は新しくなった。

10時半頃に歩き始めて家に着いたのは12時を過ぎていた。


ミシン屋さんのニャンコ。寝ていたのだがシャッターの音で目を覚まし、またすぐ寝てしまった。


神社の森にいたセミ君。


このセミは死んでいた。


大宮神社本殿。


ガレージも番号が松竹梅から始まっている。


釣り師らしい。ルアーのケースやらラインやら。ダメ。


新岩出橋から鉄橋を。昔近所の人たちは鉄橋の下でサツキマスをよく釣っていたが今でも釣れるのだろうか。


ツバメ君達。


船戸駅待合所。中学生の絵らしい。


電車が新しくなっている。


空き地がどんどん増えている。


きれいにかじられた葉。微妙に生命線をかじっていないのか青々している。


韓国の38度線の放送設備を思い出した。


一番上に写っている鯉は背中に大きな傷があった。

田の水を張りだした2020年06月05日 22時46分25秒

朝からいつも行くクリニックに行ってきた。
キュウリなどに水をやった後、蜂の巣を見るともうかなりできており、中でかなり成長した幼虫が見えた。卵も産み付けられている。
もう何日かするとこの幼虫くんたちが成虫になり出てきて、賑やかになるだろう。

アシナガバチ

クリニックには事務員さんが3人。
やはりここもビニールシートが貼られている。
「アベノマスク来ましたか?」と聞くと、
「いいえまだです」と答えが返った。
先日フェイスブックでは和歌山市は来たという書き込みがあったが、ここの看護師さんのところへはまだ来てないらしい。

やっぱり和歌山は大きいからね。
もうコロナ禍が第一ステージが終わるのにね。
どうなってるのだろう。

CB400SS

夕べは比較的よく眠れたのでバイクでも快調であった。
最近はゆっくり寝ないとバイクに乗っていても、少し反射神経の衰えを感じる。
眠いからかな。
ま、体調の悪いときはCBちゃんはあまり乗らないが、カブCC110は乗れる。


今日はCBちゃんでクリニックに行ったが体調がよかったので、頼まれていた丹生都比米神社の写真を撮りに行こうと思い立ち、走らせた。
撮ってすぐ引き返したが、境内にはほとんど人がいなかった。
茅の輪の写真がほしかったのだが、あった。



帰りに粉河の河川公園の土手で休憩したが、あれほど伸びていた草がきれいに刈られていた。虫の写真を撮ろうと思ったのだが当てが外れた。

最近ウンドー不足解消のため夜食事の後ウォーキングをしている。
今夜もスーパームーンなのでウォーキングの時も少しオレンジがかった月を見ながら歩いた。
途中雲がかかったりして風情があった。田の水を張っているので、その水面に家の明かりとともに月も映っていた。

「スーパームーン 映してたんぼ みずかがみ」