紀の川市中津川熊野神社2020年01月11日 22時28分17秒

紀北地方は古くから京都の寺社の荘園だったので、歴史ある寺社が多い。
今日はそんな神社を探した。
熊野神社というのが市報に紹介されていた。
それを見に行くことにした。

熊野神社は細い道を登って山の中腹にあった。
たぶんこの道は葛城参詣を越え京都へつながっていたのだと思う。
軽4がやっと通れるくらいの道が上に伸びていた。
あまりに狭いので運転には気を使った。
普通車では苦しい道幅である。
道案内が十分ではなく到着できるかどうか若干の不安があったが、何とかたどり着いた。

紀の川市中津川熊野神社

熊野神社はきれいないい雰囲気の神社だった。
市の説明書によると、この神社は寛政9年(1797年)京都聖護院が造営したようである。
石灯籠が2対ほどあったがそのうちの低いほうの一対が正平二十四年(1369年)建立とある。
もう600年をこえてここに立っているわけである。

紀の川市中津川熊野神社

紀の川市中津川熊野神社

紀の川市中津川熊野神社

とにかく山深い人里離れたところにこんな立派な神社があるということが面白い。
修験と熊野とは切っても切れないつながりがあるのでこの神社も熊野になったのかもしれない。

葛城修験の行場として土地、中津川の人々の産土神社として守られているという。

紀の川市中津川熊野神社

正平二十四年(1369年)建立されたということが刻まれている。古い。

紀の川市中津川熊野神社

少し年代が新しい灯篭に鳥の巣があった。

紀の川市中津川熊野神社

太い杉の木があったが根っこに穴が開いていた。しかし元気な枝を伸ばしていた。

紀の川市中津川熊野神社

本殿が二棟。

紀の川市中津川熊野神社

1月10日はえべっさん2020年01月10日 22時55分25秒

今日は定期検診で病院に行った。
午後だったが人がたくさんいた。
いい天気だったのでCBちゃんで走った。

そういえば先日トヨタが会社内の空き地を、いろいろな実験のできる街にすると発表した。
なかなかいいことだと思う。
町の中に近未来の実験場を作ってほしいね。

再生可能エネルギーの活用そして自産自消の実験などをダイナミックにしてほしい。
町の中に病院や介護施設を作り、それがこれからの少子高齢社会の提案もできるようにしてほしい。
政府の出来が悪いので、逆に民間が頑張り政府が動かざるを得ないようになればいい。
当然自動運転や5Gを使ったICT実験もダイナミックに実験するだろうし、楽しみである。

外国のことを言えば、イランの旅客機墜落は少しびっくりした。
これから墜落原因をきちんと調べてほしい。
ともかくアメリカは武力報復をしないということで、株価も上がりホッと一安心。

今日1月10日はえべっさん。
各地で参拝者が減っているといわれるが近くの大宮神社は、大盛況であった。
夜店もたくさん出て行き来もままならないくらいの人出だった。
お参りしようにも人がめちゃくちゃ並んでいたので時間がなくなり、お詣りすることができなかった。

大宮神社えべっさん

巫女さんたちも大忙し。

大宮神社恵比寿まつり

小判と千両箱の大きなのがあった。そういえば昨年は金貨や小判そして金塊が話題になった。

大宮神社恵比寿まつり

夜店にはなくてはならない大判焼き。

大宮神社恵比寿まつり

夜店がたくさん立ち並んでいた。

大宮神社恵比寿まつり

昔ながらの飴。

大宮神社恵比寿まつり

こんなものを売る店もあったが、若者向けだね。
流行のタピオカを売る店もあるのじゃないかと思ったが、見つからなかった。

今日は奈良2020年01月03日 22時19分01秒

正月3日目は草津で目が覚めた。
昨夜急きょネットで検索したところ一部屋だけ開いていた。
年末に捜したところ空きがなかったのだが、キャンセルが出て空いたのかもしれない。
何とか泊まれることができ、昨夜走ってきたのである。
しかし草津にはあまり見たいところがなかったので奈良まで走ることにした。

10時に草津を出たが、奈良の入口には11時だった。
そこから奈良公園に行くのに1時間以上かかってしまった。
車がやたら多く、どの駐車場も満車であった。
こちらは市内の駐車場ではなく春日山のふもとに置こうとしたが、そこまでなかなか行くことができなかった。
とにかく車が多く大渋滞であった。

やっと車をとめたときはすでに昼を過ぎていた。
車の中で軽く食事を済ませ、新薬師寺に向かった。
新薬師寺の12神将を見たかった。
新薬師寺を出た後写真美術館に行ったが休館だった。
春日大社に一時は向かったが、志賀直哉旧居を過ぎたあたりから引き返した。

車のところに行くまでに白毫寺に参拝した。
椿は終わっており、早くも桜が咲いていた。
境内から奈良の町がよく見渡せた。

昨日は15000歩を超え、今日は11000歩を超えていた。
寺の宝物殿を見学し、靴を履くときも足が思うように動かなくなっていた。

とにかく2020年の正月3日間は、寺めぐりの感じであった。

そういえばゴーン被告がレバノンに行っているとか。
こういうことが許されるのだろうか?
また世界の国からバカにされそうなことが起こった感じがする。

007のような脱出劇である。
ひょっとしてゴルゴ13の出番かもしれない。
世界のマスコミはどういう目でこれを見、どういう報道をするだろうか。

奈良新薬師寺

奈良新薬師寺


新薬師寺の庫裡では12神将のうちバサラ大将をCGで色の復元する様子をビデオで流していた。なかなか面白かった。

奈良新薬師寺

奈良でも人力車がよく走っていた。
ちょうど志賀直哉旧居の前を通りかかったが、やたら難しい志賀直哉論を語りながら引いていた。


すれ違い。


すこし元気のない鹿が一匹。うろうろしていた。


奈良百毫寺

白毫寺はやはり花の寺で、いくつかの椿は花が残っていた。

奈良百毫寺

桜が咲いていた。

奈良百毫寺

奈良百毫寺

奈良百毫寺

奈良百毫寺

奈良百毫寺

京都二日目2020年01月02日 22時33分06秒

京都二日目。

京都の朝は冷たかった。
車のガラスは厚く霜が降りていた。

まず仁和寺に向かった。
大勢の人がいた。
ここはこれまで二回ほど来たことがあるが、時間がなかったりでほとんど記憶になかった。
今日はゆっくりと回った。
詳細はまたアップしていきたい。
というのもカメラは3台持ってきたのだが、そのうち2台のメモリーカードがXCタイプで、持ってきたカードリーダーでは読めなかった。
だからワイドで撮った写真だけである。
リーダーをのバージョンを上げなければいけない。

京都仁和寺

京都仁和寺

京都仁和寺





京都仁和寺

京都仁和寺

次は嵐電に乗り嵐山に向かった。
暮れにチケットをもらっていた福田美術館に行った。
この美術館小さいがなかなかのものだった。
うれしかったのはフラッシュをたかなかったら撮影OKだったことである。
だから気に入った絵はすべて写真に撮った。

最初に展示していたのは狩野永徳の龍図だったが素晴らしかった。
ほかにも北斎の肉筆画だったり夢二の美人画だったりで飽きなかった。
館内に喫茶室があるが、これがやたら待たされてそして売れすぎてメニューが一つになってしまった。
喫茶室からは渡月橋がよく見えた。

福田美術館

福田美術館



美術館を出た後、清凉寺に向かった。
清凉寺は渡月橋からの道をまっすぐ歩くとある。
この寺もよかった。



清凉寺を見終わり再び嵐電に乗り今度は車折神社に向かったが、人があふれるように並んでいた。
警備のおじさんが話しているのを聞いていると250人以上が御朱印をいただくのに並んでいるということで、ここでの御朱印はあきらめた。



宇多野駅に戻り、とめていたペンションの駐車場から草津に向かって車を走らせた。
草津には7時ころに着いた。


今日は誕生日2020年01月01日 20時59分12秒

とうとう70歳をクリアしてしまった。
親父が死んだのが37だからせめてその倍を行きたいと思う。
あと3年余りを生きなくてはならない。
さて。

一月一日はこれまであまりいいことはなかった。
学校も会社も休みなので、誰も祝ってくれなかった。
プレゼントも保険屋さんが年末に義理でくれただけである。
ま、誕生日は私自身あまり関心はなかったが。

夕べ遅くに京都の宿が一つとれた。
京都で開かれる美術展のチケットを年末に何枚かいただいていたので、正月ではあるが、全部はかすことにした。

昼前に家を出て、京奈和道路を走り3時ころ京都につき、令和二年の初もうでを東寺にした。
東寺の御朱印をもらうことにしたが、金堂の中は御朱印を書いてもらう人がいっぱい並んでいた。
結局20分ほどかかって書いてもらった。
朱印帖も新しいのを買った。

各お堂を回り拝んだが、駐車場が1時間1000円なので時間が足りなかった。
大きいお寺だとすぐに1時間経ってしまう。

令和2年を始まったが、今年は何もない年になってほしいね。
政治のほうも2020年代のビジョンをきちんとだしてほしい。
そうしてくれないと全くの後進国になってしまう。
NHKの番組クールジャパンの外国人参加者が、日本のIT技術は90年代のままだ、と言っていた。
まさにそうだ。
そういわれないように政府としてきちんと取り組んで方向付けをしてほしいと思う。

ともかく令和2年は始まった。

京都東寺

おみくじも外国語が書かれている。
周りの人の会話も外国語ばかりで、日本にいる感覚がしなかった。

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

銀杏の黄葉がきれい2019年12月07日 21時18分13秒

朝早くから歯医者に行ったが、行く途中昨日見た銀杏の木を撮ろうと決めた。
昨日はRAV4で病院に行ったので撮ることができなかったが、今日は和歌山の歯医者までカブで走った。

そして帰りに銀杏の木の下でカシャ!

カブの黄色と銀杏の黄色がよくマッチしている。
しかし今年は葉っぱの大きさがいまいちで、いつもはもう一回り大きい。
この銀杏の木のある所からほど近い、小さな祠のある広っぱでコーヒータイム。

昼前なのでコーヒーだけにした。
かなり遅くなったがきれいに黄葉してくれた。

もう一か所このあたりの名物銀杏があるので見に行った。
かつらぎ町にある、丹生酒殿神社ご神木の大銀杏である。
樹齢は800年といわれている。
ここもいつもよりは遅い黄葉で、葉もやはり小さかった。
たくさんの人が見に来ていた。

世界遺産の三谷坂はこの神社を抜けていく。
近くには使い古した鎌が太い神木にたくさん刺さっている鎌神社がある。

クロスカブ110

昨日は、雲間からの光がちょうどスポットライトを当てたように輝いていたけど今日は曇天で、いまいちすっきりしない。
写真は、撮りたいとき、撮るべき時に撮らなければいけないと思った。

クロスカブ110

クロスカブ110

クロスカブ110

クロスカブ110

クロスカブ110

丹生酒殿神社の大銀杏

丹生酒殿神社の大銀杏

丹生酒殿神社の大銀杏

丹生酒殿神社の大銀杏

丹生酒殿神社の大銀杏

丹生酒殿神社の大銀杏

久しぶりの毛見海岸、浜の宮2019年07月17日 22時21分55秒

朝から用事をしてそれが終わったのは2時過ぎであった。
まだ昼食をとっていなかったので涼しいところをと思い、何年ぶりかで浜の宮の駐車場で食事をし、何十年ぶりかでお参りをした。

少しも変わっていないのだが、何やら大きなものができていた。

浜の宮

浜の宮

天皇陛下の即位記念で、かなり大きなものだった。
率直な感想として少し重々しさに欠ける。

浜の宮

西行の歌も側面に刻まれていたが、何か関係あるのだろうか。
一度調べておく必要がある。
絵もいらないような気もするのだが。


石碑の下には亀が旗を持っていた。
できればウミガメをモチーフにしてほしかったね。
これはどう見てもイシガメっぽい。

浜の宮

境内は蝉の鳴き声がうるさかった。

浜の宮

浜の宮

珍しく野良犬。女子中学生が逃げていった先を心配そうに見ていた。

浜の宮

インコ見つかってほしいね。


毛見海岸。ここで何年か前にカヌーをこいだ。
女子高生らしき集団が泳いでいた。波は結構高かった。


カニがいた。昔この浜はハマグリがたくさん採れた。
今はどうだろうか?
もういないだろうね。
久しぶりに海の匂いを嗅いだ。

今日の持ち出しカメラはニコンD40x。気がつけばマニュアルモードで撮っていたが何とか写っていた。

葛城天神社護摩焚き2019年05月06日 18時06分29秒

昨日大和葛城山に登ったが、ロープウェイの山上駅を降りてすぐのところにある葛城天神社で、護摩焚きが行われていた。

これまで見た護摩焚きはお坊さんが読経をしてから火をつけたが、昨日のは長い長い口上のやりとりをし、弓を放し、刀で振り払い、まさかりで切るような所作をし、それから火をつけた。

何となくこれが正統な修験のスタイルだろうと思う。



ちょうどいいところに巡り合わせた。
面白かった。

修験道とは、縄文時代から受け継がれてきた日本古来の自然崇拝のとりわけ巨岩や山などの崇拝などの漠然とした宗教心を、主に仏教の思想体系を取り入れ、さらにその他中国の宗教である道教や儒教なども取り入れて形作られた日本独自の宗教であるのかもしれない。

護摩焚きはもともとインドが発祥で、密教の行事である。。
「供物」「供物をささげること」「犠牲」「いけにえ」を意味するサンスクリットのホーマ(homa)を音訳して書き写した語であるらしいが、それもうまく取り込み自然崇拝と組合わせている。

こうした自然と一体となる信仰の人ばかりであったなら、日本の国土もこれほど壊されていないだろう。


動画を少し撮った。
https://youtu.be/HD3oOetEJHc





護摩の周り四隅を回りながら矢を射る。


この女性は刀で祈祷した。


今度はまさかり。


護摩の種火。


火がつけられた。


時間が少なかったので最後まで見なかったが。途中で振り返ると護摩の煙が見えた。



上阿田木神社の祭礼に行ってきた。2019年04月29日 22時16分32秒

連休3日目の今日は、コラム「風景を歩く」で紹介されていた、日高町初湯川の上阿田木神社の祭礼に行ってきた。

本来は今日ではなかったと思うが、人が少なくなった集落の祭りは休みの日に変更している。神社の境内は杉の巨木が多かった。
祭礼はまず集落の字毎の大きな幟が担がれてやってきた。
そしてそれを祭礼の間立てておき神楽のような踊りが一通り終わってから、再び立杭から取り外して立て参道をゆっくりと運んだ。

幟を立てるのにはすごく力がいりそうであった。

歌舞は、古式が残され笛と太鼓で子供たちが交代で、といっても三人しか踊り手はいなかったが、何度か踊った。
少し練習不足なのかいまいちメリハリのない踊りが続いた。

久しぶりの露店もでた本格的な祭礼の撮影で面白かった。
カメラマンが多かった。
かなりベテランらしいカメラマンが多かった。
ちょうど集落の入り口にある藤の名所でも「藤祭り」があったが行かなかった。

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

幟の先の花、幟には武者絵が描かれていた。

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

踊りに参加した子。

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

そういえば天皇の玉座にも鳳凰がある。

上阿田木神社の祭礼

この神輿をもうちょっとでになった落としてしまいそうだった。

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

天狗がいた。

上阿田木神社の祭礼

なぜか鎧兜の衣装。
この人は口上をすっかり忘れてしまってかなり長い間無言であった。
「おい忘れてしまった。なんて言うんだった」
「人の台詞なんか知るもんか。思い出せ」

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

藤祭りの女性が参加していた。

上阿田木神社の祭礼

立ち上がったら一斉に拍手。

上阿田木神社の祭礼

上阿田木神社の祭礼

幟はかなり重そうである。

上阿田木神社の祭礼

大きな杉の間の参道をいく。
写真が多くなったのでこの辺で。
また書きたい。




桜見に行ってきた2019年04月07日 21時34分17秒

春爛漫。
かなり暖かくなってきた。
朝方が少し冷えっとしていたので、セーターを着たが、昼過ぎからは暑く感じた。
庭を見ると、チューリップが咲き出した。

いつもは黄色のも咲くのだが今年のは赤い。

チューリップ



鳥も相変わらず鳴きかっている。
先日又吉さんのテレビを見ていると、鳥も会話をしている、と研究をしている東大だったかの先生がいることの紹介があった。
鳥たちは会話をしているのだろうか。
「会話は人間だけのものではありません」とその先生は言っていたが、そう思って鳥の鳴き声を聞いていると、何か会話をしている感じに聞こえる。
いや確かに会話をしている。
人間は自分たちだけが高等動物だと思っているけど、鳥たちもある意味もっとすごいかもしれない。

花を撮っているとシジュウカラが庭に飛んできて、昨年作ってぶら下げた巣箱を偵察に来た。
巣作りをしてくれたらうれしいけどね。

シジュウカラ

上の写真はニッコール70-300mm。下は2倍のテレコンをつけて撮った。

シジュウカラ

昼から堀河ダム堰堤にサクラを見に行ってきた。
まだつぼみが大分あるので満開ではなかったが、人もたくさん来ていた。
ダムではバサーが何人かルアーを打ち込んでいた。
大減水をしているのでポイントが絞りやすくなっているけれど、上から見る限りでは岸辺近くには魚影がなかった。

ダム湖は減水しても足場が悪いので竿を出すエリアが限られてくる。
そういう意味からすると、今日はそれほどいいコンディションではなかった、と思う。


普段は木の生え際まで水がある。


とうとうウグイスを撮ったが、遠くて動きが素早く枝が邪魔して難しかった。
何よりも体の色が、木と同じなので見つけにくい。
マニュアルフォーカスにしてなんとか撮った1枚。

ウグイス

スズメバチの巣が4つほど残っている。






どちらが落書きかわからなくなっている壁画の前のサクラ。


鵜がいた。


ダムの帰りに根来寺の大門に立ち寄った。
ここも綺麗にサクラが咲いていて、たくさんに人が見に来ていた。
でもマナーの悪い見物人が多かった。
平気で大門の前に車を止めたり、いつまでも同じ場所で写真を撮ったり。
その昔、フィルム写真の時代は、いいポジションは限られているときなど、まだ撮りたくても後ろの人に気を遣い、場所を変わったものだが、最近はそれがない。

根来寺

根来寺