今日は底冷えしたね2020年01月07日 21時04分50秒

今日はお休み。
バイクで釣りに走ろうと思って楽しみにしていたが、あいにくの雨で寒かった。
伊吹山も冠雪したそうである。
高野山も降ったかもしれない。
明日が日曜なら走ったらいいのだが、ウィークデーである。
仕方なく家の片づけや、ネガのスキャンをした。

気になるニュースでは、ソニーが、電気自動車(EV)のコンセプトモデル「VISION-S」を発表したということである。
デザインもごてごてしていないのでいい。
ソニーはCCDも作っているのでイメージセンサーやセンシング技術を投入し、他のメーカーを引っ張っていってほしいね。
テスラの前例もあるので、ぜひ自動車メーカーとして名乗りを上げてほしい。
オーディオが得意だから、車内の音響など実現すれば楽しみである。

楽しみがないのは国の政治家さんたちで、口ではSDGsをいいながら、新年会でも環境に関する発言がほとんどないのは寂しい。
Aさんなんかはいつもながらの言語明快だがどうするかさっぱりわからないことばかりを得意げにしゃべっていた。
子供たちの間でもばかにされているのを知らないのかな。

写真は嵐電。

嵐電

都会の電車という感じがしないのがいい。

嵐電

着物で足を組んでスマホを見ている。時代やね。

嵐電

この中国人らしき観光客。身を乗り出してかなり近づくまで撮影していた。電車は大きく警笛を鳴らした。


こういう景色いいなー。


パトカーモチーフ車両。

嵐電

車折神社はすぐ近くに鳥居が見える。有名である。

福田美術館2020年01月05日 21時20分28秒

京都は嵐山、渡月橋にほど近いところに福田美術館がある。

今回チケットをいただいたので正月2日に行ってきたが、100年持続するような美術館を目指すというだけあって、展示品もバラエティに富んでよかった。
そして何よりも、フラッシュをたかなければ写真が自由に撮れるというのがよかった。

撮影禁止のマークがなかったので、館員の女性に、

「写真を撮ってもよろしいのですか?」

と聞いた。

「はい、フラッシュをたかなければご自由にどうぞ」

ということであった。

これはうれしいね。

名画の筆使いや色合いを記憶にとどめたい時があるが、すぐ忘れてしまう。
写真で記録しておけば、思い出す。
ニューヨークのメトロポリタン美術館でも写真を撮ったり、長い脚立を立てて複写している人がかなりいた。
さすがにこの美術館では、複写はせまいので難しいが写真なら、撮ってすぐに次の人に場所を譲れる。

3階まであり、絵と絵の間隔は他の美術館と比べると狭いが、そのほうが移動時間が短く一点当たりに長く濃密な気分で鑑賞できる。

3階にあったシャガール、モネ、ローランサンなどの絵は撮影禁止で、係員が見守っていた。
その奥に喫茶コーナーがあったが、正月で食材が届かずメニューも売り切れたので一種類しかなく時間がかかった。
かなり待たされて昼食を食べたのは2時を回っていた。

しかし多彩な展示品と眺めのいい喫茶コーナーで「見た!」という感じの美術館であった。



言わずと知れた竹久夢二。3枚あった。


これは長澤芦雪。迫力があった。


これは葛飾北斎の「大天狗図」素晴らしかった。


これも北斎かなと思ったら、蹄斎北馬という北斎の弟子が書いたもの。
ほかにも伊藤若冲、狩野永徳、大観などいろんな人の絵があった。
喫茶室からは渡月橋がよく見える。観光客の行き来がおもしろかった。


今朝のニュースでアメリカがイランの将校を殺害したと言っていた。
少し物騒になってきた。
Tさんはイランが攻撃してくれば反撃すると言っているが、目には目をの世界になってくると泥沼化してくる。

さて日本はどうするのだろう。

京都二日目2020年01月02日 22時33分06秒

京都二日目。

京都の朝は冷たかった。
車のガラスは厚く霜が降りていた。

まず仁和寺に向かった。
大勢の人がいた。
ここはこれまで二回ほど来たことがあるが、時間がなかったりでほとんど記憶になかった。
今日はゆっくりと回った。
詳細はまたアップしていきたい。
というのもカメラは3台持ってきたのだが、そのうち2台のメモリーカードがXCタイプで、持ってきたカードリーダーでは読めなかった。
だからワイドで撮った写真だけである。
リーダーをのバージョンを上げなければいけない。

京都仁和寺

京都仁和寺

京都仁和寺





京都仁和寺

京都仁和寺

次は嵐電に乗り嵐山に向かった。
暮れにチケットをもらっていた福田美術館に行った。
この美術館小さいがなかなかのものだった。
うれしかったのはフラッシュをたかなかったら撮影OKだったことである。
だから気に入った絵はすべて写真に撮った。

最初に展示していたのは狩野永徳の龍図だったが素晴らしかった。
ほかにも北斎の肉筆画だったり夢二の美人画だったりで飽きなかった。
館内に喫茶室があるが、これがやたら待たされてそして売れすぎてメニューが一つになってしまった。
喫茶室からは渡月橋がよく見えた。

福田美術館

福田美術館



美術館を出た後、清凉寺に向かった。
清凉寺は渡月橋からの道をまっすぐ歩くとある。
この寺もよかった。



清凉寺を見終わり再び嵐電に乗り今度は車折神社に向かったが、人があふれるように並んでいた。
警備のおじさんが話しているのを聞いていると250人以上が御朱印をいただくのに並んでいるということで、ここでの御朱印はあきらめた。



宇多野駅に戻り、とめていたペンションの駐車場から草津に向かって車を走らせた。
草津には7時ころに着いた。


今日は誕生日2020年01月01日 20時59分12秒

とうとう70歳をクリアしてしまった。
親父が死んだのが37だからせめてその倍を行きたいと思う。
あと3年余りを生きなくてはならない。
さて。

一月一日はこれまであまりいいことはなかった。
学校も会社も休みなので、誰も祝ってくれなかった。
プレゼントも保険屋さんが年末に義理でくれただけである。
ま、誕生日は私自身あまり関心はなかったが。

夕べ遅くに京都の宿が一つとれた。
京都で開かれる美術展のチケットを年末に何枚かいただいていたので、正月ではあるが、全部はかすことにした。

昼前に家を出て、京奈和道路を走り3時ころ京都につき、令和二年の初もうでを東寺にした。
東寺の御朱印をもらうことにしたが、金堂の中は御朱印を書いてもらう人がいっぱい並んでいた。
結局20分ほどかかって書いてもらった。
朱印帖も新しいのを買った。

各お堂を回り拝んだが、駐車場が1時間1000円なので時間が足りなかった。
大きいお寺だとすぐに1時間経ってしまう。

令和2年を始まったが、今年は何もない年になってほしいね。
政治のほうも2020年代のビジョンをきちんとだしてほしい。
そうしてくれないと全くの後進国になってしまう。
NHKの番組クールジャパンの外国人参加者が、日本のIT技術は90年代のままだ、と言っていた。
まさにそうだ。
そういわれないように政府としてきちんと取り組んで方向付けをしてほしいと思う。

ともかく令和2年は始まった。

京都東寺

おみくじも外国語が書かれている。
周りの人の会話も外国語ばかりで、日本にいる感覚がしなかった。

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

京都東寺

何となく不自然2018年03月09日 21時53分35秒

今日のニュースはなんといっても佐川長官の突然の辞任でしょうか。
何となく不自然ですね。

これで一件落着にすれば国民はますます政治不信になるでしょう。
部下であった方が自殺をしましたが、いつもこういう事件が起こると犠牲者が出ます。

アメリカと北朝鮮の会談が実現しそうということで、これはこれでどうなるか注目ですね。そのことについて、日本政府は寝耳に水だったということですが、これはほぼ想定内のことかも。

北国では暖かさと雨のせいで各地で水位が高くなり川の氾濫も起こっているとか。
これも不自然。異常気象のせいでしょうか。

写真は先日の京都でのスナップですが、最近こうした本格的カメラウーマンが多いですね。
いいことだと思います。脳トレにもなるし運動にもなりますね。


その目線の先にあったのがこのシーンです。


琵琶湖疎水、蹴上げ2018年03月05日 23時17分23秒

ゴッホ展にいく少し前に、以前から見たかった琵琶湖疎水のいろんな施設を見ました。
インクラインの線路、





梅が咲いていました。
このインクラインの周りにはさくらが植えられていますので、春にはきれいだと思います。


琵琶湖疎水を設計した田辺朔郎の銅像。
天才でしょうね。


日本初の水力発電所。




この角度での南禅寺は初めてでした。


水路閣。



今日は朝からT3を守口から天満まで国道1号線を雨の中走りました。
久しぶりの雨中走行でしたが、スクリーンがあるのでそれほど濡れませんでした。

ゴッホ展2018年03月04日 22時09分40秒

昨夜は草津に宿泊し、朝から京都に走り、南禅寺近くの2大しか止められない有料駐車場に車を駐め、京都国立近代美術館のゴッホ展を見に行きました。

展示会場に行く前に、南禅寺や蹴上げのインクラインを見ました。
明治のすごい工事が今に残って活躍していましたが、当時の人はすごいなと思いました。またゆっくり書きたいと思います。

さてゴッホ展は、すでにたくさんの人が、チケットを買ったり入場の順番を待ったりして入り口いっぱいでした。

京都国立美術館ゴッホ展

写真が撮れないので残念ですが、私がすごいなと思ったのは、「アルルの女」と「男の肖像」でした。

2枚とも人物のストレートなポートレートでしたが、単純な描き方のようで、モデルの心の内面までも引き出している感じがして、見入ってしまいました。

「寝室」の絵そのままに作られたコーナーがあり、ここだけが写真撮影が許されました。

展示された作品は、浮世絵もかなり多く、広重や北斎の絵がたくさんありました。
展覧会の副題が、「巡りゆく日本の夢」ということで浮世絵との対比をしながらゴッホがいかに日本に憧れていたかがわかるようになっていました。

ゴッホは本当に日本に憧れていたのです。

もし長生きしていて、絵が売れていたら日本にやってきてまた新たなセンスを開拓し、またいい絵を描いていたのでは、と早くになくなったことが、少し残念に思いました。

京都国立美術館ゴッホ展

美術館の4階には休憩所と日本人の新しい芸術家の作品展をやっていましたが、日本画や洋画にはいいものがありましたが、彫刻などはあまり感心しない作品がありました。

京都国立美術館ゴッホ展

今朝はこの冬一番の寒さでした2017年11月17日 22時32分32秒

今朝は温度計を見ると2度でした。
この冬一番の寒さです。
もうバイクで行く用意をしていたので、そのままCBで走りました。

思ったほど寒さを感じずに走りました。
最近のウェアの素材がいいので助かります。
電車へ乗る人も、ダウンやフリースのコートを着ている人が増えてきました。

いよいよ冬に突入です。

A首相が所信表明演説をしましたが、衆院選で公約した「人づくり革命」などの政策課題の実行や、悲願とする憲法改正の議論促進を訴えたようですが、なんとなく面白くないですね。

国民が知りたい「加計学園」「森友学園」の問題への言及は一切なかったようですね。「謙虚な姿勢で」「丁寧に説明」と繰り返しているようですが、言葉と裏腹なことばかりです。
こういう人ばかりをつくりだす「人づくり革命」なのでしょうかね。

アメリカがなんといおうと、日本は「環境保護のためCO2削減を進める」とか「世界各地で増えている難民について日本としてこう取り組む」とかを聞きたいし、10年20年後の日本のために「景観を保護し美しい日本を作る」ためにこんな取り組みをしていく、などと具体的なビジョンを聞きたかったですね。
そういえば、「美しい日本」を作るといったのは誰でしたかね。
もう忘れてしまってますね。
この人では無理かな?

写真は先日行った三十三間堂です。
道内の写真が撮れないのでこれだけ。

三十三間堂

三十三間堂

ここで和歌山の和佐大八郎が通し矢の日本新記録を樹立したのです。

三十三間堂

三十三間堂

外国の方が多いですね。

三十三間堂

三十三間堂

三十三間堂

三十三間堂

魚を狙っているアオサギの写真を撮る中国人観光客の皆さん。

三十三間堂

このサギ魚を捕るのが下手でした。

三十三間堂


寂光院2017年10月15日 16時17分46秒

昨日三千院の後参詣した寂光院。

寂光院の本尊は六万体地蔵尊菩薩で鎌倉時代造立の地蔵菩薩立像(重要文化財)でしたが平成12年5月9日未明、放火により、本尊は大きく焼けてしまったということです。これはニュースでも大きく取り上げられたので記憶していました。

新たに小野寺久幸仏師によって、形・大きさともに元通りに復元され、鎌倉時代の制作当時そのままの美しい彩色で新造されたものが、安置されていました。
平成17年(2005年)6月再建されましたが、本尊と同時に徳子と阿波内侍の像も新しく作られ本尊の左右に安置されていました。

地蔵菩薩の本願は、抜苦与楽ということで、それは慈悲の心を表わし、人間の苦しみや辛さ、思い通りにならない現実を救い抜け出させて頂き、願いを叶えて頂ける諸願成就のご利益があるということである、ということですが・・・。


高倉天皇と徳子の稜墓。

寂光院

寂光院の入り口の扉。


三門。

寂光院

秀吉が送った灯籠。

寂光院

「祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらは(わ)す。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。」

平家物語と関わりが深いのがこの寂光院です。

六万体地蔵尊菩薩

寂光院

諸行無常の鐘。つくなと書いていました。

寂光院

三門から入り口を見たところ。

寂光院

茶室入り口の東屋の屋根のコケと落ち葉。
紅葉の頃はきれいな葉がもっと落ちているでしょう。

寂光院

寂光院を出て近くの漬物屋さんの前にあった漬物蓋と石。
石には日付が書いてありました。

寂光院

漬物屋さんの前にはスイス人観光客がたくさん。
売り子のおばさんも英語で何か言っていました。

寂光院

僕はおしっこ。

寂光院

寂光院を出て道を山手に行くと、石段がありそこを登ると墓石がありました。



徳子でしょうか。
かわいい顔をしています。

寂光院

たくさんの石塔がありました。平家一族のお墓でしょうか。

寂光院

寂光院

今日は朝から雨。
少し晴れたら釣りにと思いましたがだめでした。
今日みたいな日の方が釣れるのですけどね。
釣り師は雨でも行かなければいけないのですが・・・

古いネガをスキャンして一日が過ぎました。

三千院・寂光院2017年10月14日 23時13分36秒

京都二日目は三千院。

1974年頃に来て以来で、ほとんど忘れていました。

パンフレットによると、三千院は延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)の山梨の大木の下に一宇を構えたことに始まったそうです。
その後、慈覚大師円仁に引き継がれ、平安後期以降、皇子皇族が住持する宮門跡となり、寺地は時代の流れの中で、比叡山内から近江坂本、そして洛中を幾度か移転し、その都度、寺名も円融房、梨本坊、梨本門跡、梶井宮と変わったようです。

明治4年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により、三千院と称されたということです。
明治維新後、現在の地大原に移り「三千院」として1200年の歴史をつないでいる、ということですが、三千院という名前が明治以降につけられたとは知りませんでした。

三千院のことは、あまりに語り尽くされているので私がとやかく言うこともないのですが、やはり名刹ですね。

たくさんの人が参拝していました。
半数近くが外国の人でしたが・・

三千院

定番のアングル。

三千院

この前で庭を鑑賞している人たちは全員が各国の方たちでした。
この庭を楽しんでくれていました。
いいですね。

三千院

三千院

さりげなくある国宝がうれしいですね。
写真に撮れないのが残念。

三千院

境内の真ん中あたりにあった弁天さん。

三千院

わらべ地蔵があちこちにありました。

三千院

こけに覆われています。

三千院

これは鎌倉時代の地蔵さん。

三千院

楽しげな地蔵さん。

三千院

観音堂。
中にまつられている観音様は作りが何となくシャープでなく、ファイバーっぽい感じでした。
ま、いいか。

三千院

この小さな地蔵さんが観音堂の横に一万体以上並べられていました。

三千院

梅茶やシソ茶を売っていましたが、この方たち英語できちんとやりとりしてました。
立派!

三千院

三山院の後は寂光院に参詣しましたが、また明日にします。

とにかく天気予報では雨だったので、時々薄日も差しまずまずの天気でしたのでラッキー!という感じの一日でした。