台風一過ではなかった2018年07月31日 22時19分03秒

先日台風一過と書きましたが、そうではなかったですね。
ループを描いてまだ停滞しています。
やっぱり気圧配置が異常なのでしょう。

今日営業マンが外から帰ってきてすぐに、

「駅前に温度計があって営業に行く前は38度だったのに帰りに見ると40度を超していた。それを見て余計暑く感じてやる気が失せてくる」

と汗を拭いていました。

ほんとにこの天気どうなっているのでしょうね。
粉河祭りも台風のために中止になりました。

観光地も堪えているのではないかと思います。
こんな天気が続いては人もあまり動かないでしょう。

写真は1977年串本花火の時の夜店、だったと思います。
最近の夜店に行っても露天を楽しむという雰囲気は、昔ほどでない感じがします。
せっかくのイベントなのにスマホでゲームなどをやっていますからね。

環境が悪くなれば、人間もどこかおかしくなってくるような気がします。

串本祭り夜店1977年

串本祭り夜店1977年

串本祭り夜店1977年

串本祭り夜店1977年

母校の京阪神同窓会2018年07月14日 21時37分37秒

今日は母校の京阪神同窓会があり行ってきました。
昭和20年くらいからの卒業生から平成30年卒業生まで100名ほどが参加しました。

学年が違い、クラスが違うとお互い年をとっているのでほとんど初対面という感じでした。

しかし記憶にある人やの名前や場所、そして高校の時のクラブのことなどを話し出すと、
「ああその人知っている」とか「あああそこね」「あの先生はね」
と、記憶がたぐり寄せられて、共通の話題が出てきます。

そして、普段使えない串本弁が気楽に使えるのも、よかったです。
串本から出てきて串本の方言が出てくるので苦労したそうです。
おなじです。

メインゲストが私より2年先輩で、船村徹に師事し、レコード大賞ももらったことのあるギタリストの斉藤功さんでした。

家が近いこともありよく遊んでもらったのですが、今は有名になって芸能界では知らない人がいないくらいのギタリストです。
演歌のテレビ番組などでも時々出演しています。

美空ひばりの復帰コンサートでも演奏しましたが、そのときはさすがに緊張したそうです。

アップもいくつか撮ったのですが有名人なので遠くからのものを。

帰りの電車は、北陸の大雨と阪和線の線路が暑さでやばいので、のろのろ運転となり、20分ほど遅れました。

天王寺の掲示板は北から南まで、ほとんどの路線で赤くワーニングがついていました。

それにしても暑かった。
このブログでもいつか書いたのですが、今年はメチャ暑になるのではないかという予想が当たってしまいました。

観測史上初の暑さなどにならないでほしいですね。

1975年串本町田原海岸2018年06月28日 12時33分10秒

1975年の串本町(当時は古座町)田原海岸。

当時魚釣りや写真を撮りによくいきました。

1975年串本町田原海岸

熊野の当時の一般的な家屋。

風呂は外にあって縁側があり、台風が来ると板戸を取り付けます。
ポンプ式の井戸がありました。

庭にはトウモロコシやなすびが植わっていました。

1975年串本町田原海岸

ローカル電車でも当時は5両をつないでいました。
それでもたくさん乗っていた気がします。
今は2両くらいでしょうかね。それでもガラガラです。

1975年串本町田原海岸

磯でアワビをとってきて体を洗っています。

1975年串本町田原海岸

明日の漁の準備。

1975年串本町田原海岸

当時の奥様はこのほっかぶりをしていました。

今でもこの田原荒船海岸は、自然が豊かでいかにも熊野の海という雰囲気が残っています。
ここに原発の建設計画があり、地域住民が猛反対をして建設を阻止しました。

私も当時反対集会に何度か出ました。

もし建設されていたら、専門家の予想通り津波が来るとひとたまりもなく、大きな被害が起きたかもしれません。

今となっては大正解。
この海岸は、いつまでもこのままで残しておきたい、スバラシイところです。

田植えの時期になりました2018年06月06日 18時45分55秒

とうとう梅雨入りしました。
水がはられた田んぼが多くなりました。

梅雨の雨がなければ稲も育ちませんから梅雨入りは歓迎しなければいけません。
先日のニュースを見ていたらどこかに国で、3年分の雨が一日で降って水害になったといっていました。

それほどの雨はいりませんけど、それなりに降ってくれなければいけません。
あまり降るとバイクに乗れないので、そういう面ではよくないですけどね。

写真は1975年の串本町(当時は古座町)田原の畦無し田です。
(和歌山弁で「あでなし」といってしまって「それ何?」と言われました)
田と田の間に畦がないので畦無し田といわれていました。

今ならトラクターがあり田植えも楽でしょうが当時は手植えでした。
生まれて初めてタガメやタイコウチを見たのもこの田でした。

串本町田原

串本町



2,3年前ここを通りかかった時見ると雑草が生い茂り、田の体をなしていませんでした。今ではどうなっているでしょうか。

ビオトープとして、昆虫などの繁殖場になってくれていたらうれしいですけどね。

今夜会社の帰り、日根野の駅前で事故があり、救急車が2台止まっていました。
駅前は高校が近いせいもあり、自転車が多く走り回るし駅の送り迎えの車も結構速いスピードで走り回ります。

今夜のように中途半端な雨の日は余計危ないです。

米朝会談中止2018年05月25日 12時35分58秒

米朝会談が中止になりました。
予測されていましたが、どういういきさつでそうなったのか関心があります。

北は核実験場を爆破したといいますがどこまでどうかわかりません。
日本政府は、様々な北との案件を今回の会談に期待していたのが、少し肩透かしですね。

同じ会談でも、昨日の日大の会見は面白かったですね。
今時ああいう受け答えをする方がいるのですね。

あの人はきっと大学の中では力があり、ブイブイいわせていたのだと思いますが、あの会見の状況での、あの受け答えはさすがにアウトでした。

私が日大の学生なら、穴があったら入りたいという気になると思います。

最近の日本人は武士道の精神を忘れてしまっています。
梅原先生は、武士道の本質は、美で、日本人の価値観は、潔い美意識にあるといっています。

それが国際的にも認められていたのに最近のそれやこれやは、どこかおかしいですね。
武士道などの話をすると長くなりますのでやめますが、日本人の気質がだんだん別の方向にいっているのが少し気になります。

私たち団塊の世代が悪いのかなぁ。

またまた古い写真、1979年5月の串本は橋杭海岸でのスナップです。

串本 橋杭

串本 橋杭

串本 橋杭

串本 橋杭

一気に寒くなりました2017年12月06日 22時42分45秒

今朝は寒かったですね。
夜明けも遅くなっていよいよ暗闇からから出て暗闇に帰るようになりました。

何から何まで真っ暗闇よ・・

という鶴田浩二の歌がありましたが、真っ暗闇の出来事が多いですね。

相撲も何が何だかわからないし、モリカケ事件も訳がわからないし、世界を見てもイスラエルのエルサレム問題でまた世界中がざわめき出しました。
どれもはっきりしたことがわからず何がどう正しいのかもわからないですね。
どうしても戦争を起こしたい人がいますね。

日本でも攻撃をするための武器を持ちたい人がいますね。
どうなるのでしょうか。

写真は1977年12月の潮岬です。
40年前ですが今もあまり変わっていません。
マミヤM645を買ってまもなくの時にいろいろ撮ったときのものです。

潮岬

マミヤのセコール45mmf2.8はよく写りました。

潮岬

人影も少なく閑散としています。
観光地ですけどね。


漁村の網小屋のスナップです。


危ない! 海水の酸性化2017年12月04日 12時51分36秒

今朝のニュースで地球レベルでのCO2増加で海にそれが溶け、海水の酸性化が急速に進みつつあるということを言っていました。

これまでも再三指摘され、海水の酸性化が心配されていましたが、とうとうやばいところまで来たようです。

今までCO2増加による温暖化を海が吸い込んで助けていたのですが、これからは海自体の酸性化を注目していかなければと思います。

海がこれ以上酸性化すれば、生きていけない動植物がたくさんあり、そのことが海洋の砂漠化を促す恐れがあります。

特にサンゴなんかは環境変化に弱いので心配です。

戦争なんかやっている場合じゃないのですけどね。
はやくCO2増加をストップさせなくてはと思っています。

写真は2002年8月の串本の海です。
カヌーを漕いで休憩に海岸に上げ、潜った時のものです。
サンゴ礁がきれいです。
もしこれが枯れてしまったらこれまでついていた魚もどこかに行ってしまうでしょう。
なんとかしなければいけません。

串本の海 サンゴ

テーブルサンゴ。

串本の海 サンゴ

グレが群れています。

串本の海 サンゴ

ネンブツダイとゼニモチハゲです。

昨日は串本で釣りたいと思い、竿もルアーもフルセット持って行ったのですが釣りに行けませんでした。

聞けばこの頃全く釣れないということでしたので、ま、いいかという感じでした。

久しぶりに串本へ2017年12月03日 21時44分52秒

法事があり久しぶりに串本に走りました。

途中有田川町にあったミカンの無人販売所。

漢字を見ると??ちょっと違うなという感じで面白かったのでカシャ!

無人販売所

串本で飼っているハムスター。
かわいかったです。

ハムスター

法事を行ったお寺から大島を見ると、青空にくっきりと橋が見えました。


串本で飼育しているメダカは何百匹もありますが、そのうちの一匹の腹にこぶができています。
こういう状態でも元気に生き続けているようです。


今日の帰りの海岸は真っ赤な夕日が海に落ちてきれいでした。
そして今年最大のスーパームーンもきれいでした。
ほとんど雲がなかったので、陽も月も素敵でした。
写真に撮りたかったですが時間がありませんでした。

そういえば国会討論。
低レベルなやりとりでいやになりますね。
大事な文書を捨てたと見え透いた嘘を続ける方々。
こんな方々が国を動かしていると知ると情けなくなります。

前の会社で会計検査院の監査をよく受けましたが、書類の不備があるとかなりお叱りを受けました。
ですが、財務省など国民の税金を使った先の記録がすべて廃棄された、とあり得ないことがまかり通るのですね。

パソコンのハードディスクをリカバリすれば簡単にデータが読み取れますのにね。

串本今昔2017年08月16日 20時37分18秒

お盆で少しまとまった時間の余裕ができたので、どこにも行かずフィルムのスキャンをしました。
かなり進みましたが数が多いのでなかなかはかどりません。
スキャンをしていると、撮ったことすら忘れてしまったようなカットを見つけます。

このカットもそうです。

別のアングルから撮ったこの飛行機の写真はコンテストで入選しましたが、この角度で撮ったことすら忘れていて、スキャンして初めて知りました。
1988年(昭和63年)です。
(「1988年」とたたくと賢い漢字変換ソフトは「昭和63年」と候補文字を表示しますね)

この飛行機は白浜空港で使っていたYS11で、喫茶店になっていました。
完成して1週間目くらいに火事を起こして修理に少し時間がかかっていました。

修理が終わってからしばらくして一度行きましたが、フツーの感じでした。
店員さんがスッチースタイルだったかどうか忘れました。

アイディアはよかったのですが少し無理があったように思います。

それほど稼働もせず、はっきり覚えていませんが、1年か2年で撤去されたと思います。

あまり儲からなかったと思いますが・・

串本姫海岸1988年

いっそ遊び心で黄色か赤とかのポップな色に塗ってしまい、別のコンセプトでの展開の方がはやったのではないか、と当時思いました。

串本姫海岸1988年

串本姫海岸1988年

下の写真は年代不明で、撮られている人も誰かわかりません。

多分父が撮ったのだと思いますが、家に昔からあったネガをスキャンしてみました。
私はまだ生まれていない頃かなと思いますが、この飛行機と同じところです。

後ろに古座沖にある九龍島が写っています。

きれいな松林があり、私の小学校低学年の頃の遠足はいつもここでした。
結局こうしたきれいな日本を、壊しながら今になっています。

今東北の海岸縁に巨大な防波堤を築いているようですが、未だにそんな馬鹿をやって一部の人たちにお金を配分しているのですね。

最近戦争当時の政府や軍部がいかに国民のことを考えていなかったかを、特集でいろいろやっていますが、基本的なところで、今も昔もそれほど変わっていませんね。

都合が悪くなれば、大義名分を打ち立てて、

「玉砕しなさい。政府のいうことを聞かないと懲らしめますよ」

でしょうね。

串本姫海岸

現在ここはDIY店があり、写真にする気も起こりません。

明日からまた仕事です。
この休みでなまった体をむち打つこととします。

東京が22度しかなく肌寒い一日だったとか、これも温暖化の影響と思います。
温暖化の加速度は想像以上で、日本だけでなく世界中で異常気象ですね。

少し心配があるのですが、雨が大量に降り続いて火山の上に地下水として流れ込んだ雨水が、地下のマグマに到達し、蒸気になって火山が噴火しないのだろうかということです。

素人の妄想であればいいのですが・・。

串本は降ったりやんだり2017年08月15日 22時08分03秒

朝から強い雨音で目が覚めました。
かなり強い雨脚で、これは盆踊りもだめかな、と思っていましたが、昼からはいい天気になってきました。

串本に来て魚釣りをしないとなんとなく面白くないので、ちょこっとガシラ狙いで海岸に行きました。

まずコーヒーをいっぱい。

向こうの橋は串本大橋です。
最近スズキのスイフトのコマーシャルで写っている橋です。

娘が、

「車があまり通らないから交通を、シャットダウンしなくても映像が撮れるね」

といいましたが、まあそうですね。

串本

堤防の壁面には懐かしのフナムシがワサワサと歩き回っていました。
昔のグレ釣りはこればかりでした。

釣りに行く前日海岸に出て、この虫を口の部分にトタン板を巻き逃げないようにした竹カゴに一杯とって、大物の夢を見ました。

今はオキアミなどにとってかわったのでこの虫を捕まえている人はほとんどいなくなりました。

串本

昔と比べて個体が小さくなった気がしますが、時期的なものでしょうかね。

串本

ジグヘッドに小型のワームをつけ、テトラポットの隙間に落とし込みます。
いればガツンと来るのですが今日は来ませんでした。

折から満潮で条件も悪かったと思いますが、釣れなかった理由を潮のせいにしました。ボーズの釣り人の、悲しくも根拠に乏しい、いいわけです。

串本港

このテトラポットは昔はヒョイヒョイと飛んで移動したのですが、この頃は3点支持で這いずりながらの移動です。

ニュースなどでも釣りや海水浴で亡くなる人の年代は65歳から70歳までの人が結構多い感じがしますが、心身ともに端境期で昔の身体能力の記憶がまだ新しく、そのくせ実際はかなり運動能力が落ちてしまっていることに気がつかない、そんな年代かなと思います。

こんな人工物の間に落ち込んでけがをしても洒落にならないので、慎重に移動しました。ローガンがきつくなっているのも動きを阻害してますね。


実家ではたにわたりの葉で羽化した蝉くんの抜け殻がありました。
このオオタニワタリがたくさんあります。

今夜帰ってきましたが印南から広川まで「16km渋滞」と電光掲示板にあり、スムーズなときより30分ほど余計に時間がかかりました。

速度制限が50kmと電光掲示板にありましたが、車は5kmほどしか出せませんでした。いつも最低でも50kmは出せる道にしてほしいものだ、と少しムカッときました。