串本今昔2017年08月16日 20時37分18秒

お盆で少しまとまった時間の余裕ができたので、どこにも行かずフィルムのスキャンをしました。
かなり進みましたが数が多いのでなかなかはかどりません。
スキャンをしていると、撮ったことすら忘れてしまったようなカットを見つけます。

このカットもそうです。

別のアングルから撮ったこの飛行機の写真はコンテストで入選しましたが、この角度で撮ったことすら忘れていて、スキャンして初めて知りました。
1988年(昭和63年)です。
(「1988年」とたたくと賢い漢字変換ソフトは「昭和63年」と候補文字を表示しますね)

この飛行機は白浜空港で使っていたYS11で、喫茶店になっていました。
完成して1週間目くらいに火事を起こして修理に少し時間がかかっていました。

修理が終わってからしばらくして一度行きましたが、フツーの感じでした。
店員さんがスッチースタイルだったかどうか忘れました。

アイディアはよかったのですが少し無理があったように思います。

それほど稼働もせず、はっきり覚えていませんが、1年か2年で撤去されたと思います。

あまり儲からなかったと思いますが・・

串本姫海岸1988年

いっそ遊び心で黄色か赤とかのポップな色に塗ってしまい、別のコンセプトでの展開の方がはやったのではないか、と当時思いました。

串本姫海岸1988年

串本姫海岸1988年

下の写真は年代不明で、撮られている人も誰かわかりません。

多分父が撮ったのだと思いますが、家に昔からあったネガをスキャンしてみました。
私はまだ生まれていない頃かなと思いますが、この飛行機と同じところです。

後ろに古座沖にある九龍島が写っています。

きれいな松林があり、私の小学校低学年の頃の遠足はいつもここでした。
結局こうしたきれいな日本を、壊しながら今になっています。

今東北の海岸縁に巨大な防波堤を築いているようですが、未だにそんな馬鹿をやって一部の人たちにお金を配分しているのですね。

最近戦争当時の政府や軍部がいかに国民のことを考えていなかったかを、特集でいろいろやっていますが、基本的なところで、今も昔もそれほど変わっていませんね。

都合が悪くなれば、大義名分を打ち立てて、

「玉砕しなさい。政府のいうことを聞かないと懲らしめますよ」

でしょうね。

串本姫海岸

現在ここはDIY店があり、写真にする気も起こりません。

明日からまた仕事です。
この休みでなまった体をむち打つこととします。

東京が22度しかなく肌寒い一日だったとか、これも温暖化の影響と思います。
温暖化の加速度は想像以上で、日本だけでなく世界中で異常気象ですね。

少し心配があるのですが、雨が大量に降り続いて火山の上に地下水として流れ込んだ雨水が、地下のマグマに到達し、蒸気になって火山が噴火しないのだろうかということです。

素人の妄想であればいいのですが・・。

串本は降ったりやんだり2017年08月15日 22時08分03秒

朝から強い雨音で目が覚めました。
かなり強い雨脚で、これは盆踊りもだめかな、と思っていましたが、昼からはいい天気になってきました。

串本に来て魚釣りをしないとなんとなく面白くないので、ちょこっとガシラ狙いで海岸に行きました。

まずコーヒーをいっぱい。

向こうの橋は串本大橋です。
最近スズキのスイフトのコマーシャルで写っている橋です。

娘が、

「車があまり通らないから交通を、シャットダウンしなくても映像が撮れるね」

といいましたが、まあそうですね。

串本

堤防の壁面には懐かしのフナムシがワサワサと歩き回っていました。
昔のグレ釣りはこればかりでした。

釣りに行く前日海岸に出て、この虫を口の部分にトタン板を巻き逃げないようにした竹カゴに一杯とって、大物の夢を見ました。

今はオキアミなどにとってかわったのでこの虫を捕まえている人はほとんどいなくなりました。

串本

昔と比べて個体が小さくなった気がしますが、時期的なものでしょうかね。

串本

ジグヘッドに小型のワームをつけ、テトラポットの隙間に落とし込みます。
いればガツンと来るのですが今日は来ませんでした。

折から満潮で条件も悪かったと思いますが、釣れなかった理由を潮のせいにしました。ボーズの釣り人の、悲しくも根拠に乏しい、いいわけです。

串本港

このテトラポットは昔はヒョイヒョイと飛んで移動したのですが、この頃は3点支持で這いずりながらの移動です。

ニュースなどでも釣りや海水浴で亡くなる人の年代は65歳から70歳までの人が結構多い感じがしますが、心身ともに端境期で昔の身体能力の記憶がまだ新しく、そのくせ実際はかなり運動能力が落ちてしまっていることに気がつかない、そんな年代かなと思います。

こんな人工物の間に落ち込んでけがをしても洒落にならないので、慎重に移動しました。ローガンがきつくなっているのも動きを阻害してますね。


実家ではたにわたりの葉で羽化した蝉くんの抜け殻がありました。
このオオタニワタリがたくさんあります。

今夜帰ってきましたが印南から広川まで「16km渋滞」と電光掲示板にあり、スムーズなときより30分ほど余計に時間がかかりました。

速度制限が50kmと電光掲示板にありましたが、車は5kmほどしか出せませんでした。いつも最低でも50kmは出せる道にしてほしいものだ、と少しムカッときました。

お盆2017年08月14日 23時35分01秒

暑いなかふるさと串本に向かいました。

立ち寄ったところで見たアパート。
昭和の香りがして懐かしく、カシャ!


高速有田から広川まで渋滞11kmとの表示が出ていたので、国道やら県道やらを縫うようにして田辺まで走り、田辺から紀勢道に乗りました。

普段よりは通行量が多かったですが快適でした。
景色は全くだめですが・・・

大辺路

高速を降り、熊野古道大辺路の国道に近い入り口で昼食を食べましたが、地道を走ったせいで時間がかかりすでに2時近くでした。


お寺では盆踊りの準備がされていました。



そして夕飯は海の幸や川の幸のバーベキュー。

そのほんのいちぶです。

久しぶりの新鮮な魚介類を堪能しました。


高速道路には動物注意の看板をよく見かけましたが、動物が道を歩かなくてもいいような工夫がほしいなといつも思います。

ヨーロッパでは、谷間のところなどは道路の下に獣道を作ってあげてます。
日本ではそういう発想をしてくれる優しい方はいないかな。

久しぶりの串本2017年04月09日 22時06分05秒

百か日の法要があり、ふるさと串本へ。
雨が降っていましたが、法要が過ぎたころから上がりました。


お寺は小さいですが新しいためにきれいでした。
ここははじめてでした。


ソテツと桜。
本州最南端の景色です。


種類はわかりませんが、トビより一回り大きい白い尾羽を持つ鳥でした。
とっさのことでズームを効かすことができずきちんと撮れませんでした。
残念。



近くに青年の家があり、そのロビーに、なんとわっくんがいました。
なつかしい。


青年の家で熟年の皆さんがゲートゴルフ大会をしていました。
300人ほどいると言うことでした。
なかなか面白そうで、皆さん元気にプレーしていました。


近くの公園にいく途中に防空壕がありました。
戦争はまだここに残っていました。


吹き付ける潮風が平凡な看板を芸術にします。


いい天気2017年01月05日 20時43分31秒

ここは串本向かいは大島。
日の出です。
6枚の写真を合成しました。
津波が来てもこの大島と橋杭岩でかなり緩くなります。

東北の地震でも松島当たりの被害が少なかったのも、自然の防波堤が守ってくれたのですね。

とにかく今年のお正月は暖かでよかったです。

私の初日の出

街の片隅の風景。
左の丸いものは貝のふたです。
結構大きい貝でしょうね。
一度こういう大きい貝の身を食べてみたいです。

朽ちた靴と錆びた釘、そして貝のふた。
取り合わせが面白くてついカシャ!


串本からの帰りは平日でもあり、すいすいで2時間半で走ってきました。
その昔、バイクで10時間かかったことがアリエナイ感じの道路になりました。

大島水門まつり 1975年2月2016年11月21日 22時43分40秒

最近古いネガをスキャンしてときどきアップしていますが白黒をシャカリキに撮っていたときのほうが考えて撮っている感じがします。

構図的にもおもしろいのが多く、スキャンをしながら当時のことを思い出し楽しんでいます。

また同じところで結構粘っていい瞬間が来るのを待っています。
撮れなかったらまた別に日に出かけて撮っています。
最近はそんな粘りがないですね。

ところでなぜ白黒のほうがおもしろいのか、いろいろ考えてみますと当時の白黒写真の場合は光と瞬間のおもしろさを狙ってシャッターを押しているのを感じます。

今は色を撮っている感じがします。

デジカメは色に惑わされ、撮るべきシーンへの集中力が足りないと常々反省しています。
そこへメモリーのある限りは撮り続けられる気安さで、ショットそのものへの意気込みが薄いですね。

押せば写るのですからね、それもいい色で。

フィルムは現像するまでどんな写りをしているかわからないし、限られた枚数で自分の表現したいものを撮らなければいけなかったので、ホント、シンケンショウブでした。

アナログのことを言えば、オーディオの世界でもカセットテープがまた復活し、レコードも根強い人気があります。

フィルムというよりアナログ写真がいつか復活しそうな気がします。
その証拠に、インスタント写真の富士フィルムのチェキも白黒用の新製品を出しました。

ただデジカメの進歩は想像以上に早く、画質もどんどん良くなるので当分はそちらに向かうでしょうけど・・

それやこれやで、いろいろ考え、これからはフィルムで撮っている感覚でデジカメで撮影していこうと思っています。

写真は1975年2月11日の大島水門まつりのスナップです。

当時は人も多いしハレの日だからみな着飾っています。


大島水門まつり1975年2月

餅拾い。

大島水門まつり1975年2月

獅子舞。

大島水門まつり1975年2月

廃船の上から祭りを眺めています。

大島水門まつり1975年2月

櫂伝馬競争。

大島水門まつり1975年2月

長い事この祭りを見に行っていませんが最近はどんな祭りになっているのでしょうか?

解体工場にて 1975年2016年11月14日 22時16分44秒

残ったワイパーがツンと突きだして、触角のようです。
みなしごハッチを思い出しました。

今みたいにプレス機が少なかったころは、廃車は解体して鉄くずになりました。

潮風が吹き荒れるこの地方は、車もすぐに錆びてボロボロになりました。

解体工場にて 1975年

「釣」という文字を見るだけで、この車の元気な時はどんな活躍をしてたかわかります。

解体工場にて 1975年

なぜか屋根を切られている車が多かったのが印象的ですが、このハイエース、何となくカマキリに似ています。

解体工場にて 1975年

工場の人も小休止かな。
皮手袋が何となく物悲しい感じがします。

解体工場にて 1975年

そういえば最近80歳を超えた方の交通事故が多いです。
もし家族がいるのなら、大事にならないうちに鍵を取り上げるべきでしょうね。

映画などでも時々ありますが、認知症は急に起こっています。
80歳を超えると気を付けなくてはいけません。
本人が不調を気づかないことが多いので、周囲が見守らなくてはいけませんね。

早く自動運転システムがうまくできて、せめて暴走を食い止めるとか、リカバリーのシステムを作り上げてほしいと思います。

コンビニに突っ込むのを防ぐのは割と簡単にできるでしょうから、今度は人の異常を感知して安全な方法で停止するようにしてほしいですね。

車の宣伝を見ているとかなりのところまで来ているのを感じます。
もう一息ですね。

あっという間に秋から冬へ2016年11月10日 23時34分42秒

この前まで夏の匂いがぷんぷんしていたのにもう秋も深まって、銀杏も色づいてきました。

昔は夏の暑さとさんざめきが好きでしたが、年を重ねるにつれて秋から冬の景色が心情にぴったりするようになってきました。

秋冬の寒さも、昔は単に寒いとだけしか思わなかったのですが、微妙な色合いを感じるようになりました。

今日もCBで駅まで走りました。

気温は10℃を切っていましたがそれほどの寒さは感じませんでした。
今の防寒素材はすごいものがあります。

写真は1975年の廃屋となった鶏小屋です。
見た感じ生活のあとがあるのですが無人になってからかなり時間が経っているのがわかります。

夜逃げしたのかなと思ったりしました。

廃屋

ケージの間に雑誌が風に揺れていました。

廃屋

自転車も走りたそうですが、乗り手がないので寂しそうです。

廃屋

洗濯機も退屈そうです。

廃屋

ついさっきまで料理をしていた感じですが、あたふたとここを離れた感じがします。

廃屋

ここでたくさんの鳥たちがえさをついばんでいたのでしょう。

廃屋

廃屋

現代のちまたではトランプ旋風が吹き荒れています。
彼は、政治の素人だといわれていますが、これまでにないようないい政治をしてイメージを覆してほしいですね。

それが世界の平和につながりますね。


懐かしの姫駅 1975年2016年11月02日 12時27分26秒

昨夜スキャンしたフィルムの中にありました。
懐かしの姫駅です。

下の写真はこれまでも何回かブログにアップしましたが、それは紙焼きをスキャンしたものでしたが、これはフィルムから起こしたものです。

画像はやはりすっきりシャープに出ています。

懐かしの姫駅

今でも残念に思うのは、SLの時代にこの角度で撮っておきたかったということです。
架線がないのはほんと、すっきりしてます。

春先には田んぼに蓮華が咲きますが、鉄道写真家の中井さんの絶好の被写体になるかと思います。

懐かしの姫駅

木造駅舎。
味があります。今はコンクリで何の変哲もない駅舎に変わっています。

懐かしの姫駅

列車を待つ人。

懐かしの姫駅

懐かしの姫駅

降りた人。

このころは乗客もたくさんいました。
いつだったか忘れましたが、そう遠くない年に、台風か何かで電車が止まったとき、ニュースが、

「乗客2名が足止めをされました」

とか何とかいっていましたが、そのときの乗客は高校生がたった二人だけだったのですね。

懐かしの姫駅

木造の駅舎だと待つ間も何となくゆったりとしていそうな、そんな感じがあります。
これから旅行に行った折りなどは、木造駅舎必撮です。

懐かしの姫駅

この駅から少し西に行ったところに熊野古道の大辺路が延びています。
古道は東に延びて、古座川方面に向かいます。

巡航船待合所1975年2016年10月24日 12時20分45秒

引き続き1975年のネガをスキャンしています。

これはオリンパスOM-1で、ズイコー21mmf3.5を買って初めて撮った写真だったと思います。

21mmというワイドアングルで撮るのは、うれしかったですが難しさも感じました。

写真は大島巡航船の待合所としておかれていた廃バスです。

いまでは考えられないことですが、こういうリユースは日常的だった当時はどこでも普通の光景でした。

巡航船待合所1975年

21mmということで28mmの角形フードをかなり削って使いましたが、まだ少しけられています。

巡航船待合所1975年

乗客?は一人。いまならスマホをやっているでしょうが・・。
何ともいえない味のある椅子です。

巡航船待合所1975年

黒潮国体というステッカーが貼られています。

巡航船待合所1975年

草むらのヒーローとしてときどき廃車を撮りますが、これはさしずめ海辺のカムバックヒーローでしょうか。

小さな港町にベストマッチですが、今はもうありません。