串本1973年2020年05月16日 17時53分20秒

今日は雨。
どこへも行けない。
またこれまでの写真を少し整理した。

串本の1979年のものであるが、この頃から串本だけではなく日本全体がドトウのごとく国土を壊しはじめた。
海岸線埋め立てをし川をせき止めダムを造り、田んぼでは農薬をまき散らかした。
そのしっぺ返しを今受けている感じがする。

ウナギが減ったと騒いでいるが、その原因は自分たちにあることにほっかぶりをしている。
ハード的に壊れたものはもう仕方ないが、今度は人の気持ちまで壊そうとしているアホがいる。

せめて田んぼや海岸線などの生態系を昔のように戻してほしいね。
例えば川から魚が田んぼに上がれるようにするとか、工夫をすればそれらはさほど難しくない。

もう専門家は当てにせず、自分たちの子供の頃を振り返りながら、可能な限り復旧させればいい。

温暖化で地球が狂ってきているとき、是非やらねばいけないことだと思う。
今度のコロナ禍が過ぎると食料の供給が十分でなくなる恐れがあるが、日本の食料自給率を少しずつあげるようにしないと大変なことになりそうな気がする。
専門家は、一応警告を発するが実際に自ら動くことは少ない。
風呂屋の看板、「ゆ」だけである。


まだ埋め立ては始まっていない。魚はよく釣れた。

串本1973年

同じ位置から浅海の防潮堤。養殖筏が見える。

串本1973年

夜この下に貝やなまこを採りに行った。たくさんあった。
今そんなことをすると袋だたきに遭う。

串本1973年

泳ぐのにはいいが夏になるとクラゲ「モエラ」が大量に流れ着きよくさされるのであまり泳がなかった。波も結構高かった気がする。今はサーフィンをする人がいるのかな。

はっきりしない一日2020年05月03日 21時40分45秒

我がふるさと串本風景
今日ははっきりしない天気。
朝5時に目が覚めた。一日眠かった。

そしてどこへも行かず。
ウンドーフソク解消のためにとビデオを見ながら足踏み器を踏んだ。
見たビデオは、高橋真梨子のステージ「フェスタ」とポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの「明日に向って撃て」だった。
この2本は今までも何度も見ているが、何回見ても面白い。

特に「明日に向って撃て」は名画だね。
バートバカラックの「雨に濡れても」は名曲。
ポール・ニューマンのブッチとロバート・レッドフォードのサンダンスの主人公2人はかっこいい。
それでいて二人ともどこか寂しい感じがこの映画に単なる西部劇にない深みを与えている。

キャサリン・ロスのエッタの抑えた演技がまたよくて二人が引き立っている。
普通西部劇は、拳銃使いの主人公が勧善懲悪してハッピーエンドとなるのだが、この映画は二人が追っ手に追いかけられ最後は、無数の銃口の中に飛び出していく。

私は、ロバートレッドフォードの髪型に憧れて、そんな髪型を夢見たが、すでに毛はなくなりつつあった。

コロナウィルスはまだ猛威を振るっているが、それにしても、まだ届いていないアベノマスクの、発注先の5社のうち、後でわかった随契2社は極めてうさんくさい、謎だらけである。

業務分割し発注をしたらしいが契約書に合計金額すらないそうである。
後々検察の追及逃れをするため、検察トップを息のかかった人に、法律をねじ曲げてまで任命した理由なのかと、疑ってしまう。
これほどまでに国民をこけにした首相はいただろうか。

そして今度はコロナのどさくさを利用して憲法を変えようとしている。
私は9条を除いては、時代に合わない不具合な部分は変えればいいと思っているが、今のAさんのままだといっているような「国民主権、基本的人権の尊重、そして平和主義の基本理念」はこれまでも守っていないし、これからも守られそうにない。
またぞろ議論もせずに数のものを言わせて決めてしまうのかと思ったら、さみしくなる。

これまでも悪いことをした首相は何人かいたが、みなわかりやすい悪さであった。
そして潔かったが、そうでない人がトップになると国民はフラストレーションを起こす。

写真は1979年の串本港。
5月1日のは、2002年だからかなり以前のもの。

少し古い写真2002年2020年05月01日 11時52分03秒

今日は暑いくらいだった。
一気に夏が来そうである。早くコロナが終息しないと台風が来てダブルパンチを食らうかもしれない。
それに地震など来るとトリプルパンチ。
なんとなく来そうな気がする。

今スキャンした古い写真を整理し直しているが、こんな写真も出てきた。
串本から大島に橋が架かってすぐだと思うが、昔写真を撮ったところと同じ場所で撮ったもの。

串本2002年

大島に架かる橋が見えている。

串本2002年

漁港が一望。

串本2002年

なんか昔の景色の方がよかった感じ。なんかバラバラな景色である。
これで観光客を増やそうとしてもダメ!

串本へも行きたいが、コロナでどこへも行けず。
仕方なしに家の庭に来る昆虫や庭の花をカシャ!
早く終息してほしいね。



今朝は0度だった2020年03月17日 23時10分11秒

今朝は思ったより寒かった。
玄関の温度計は0度だった。
同じ温度でも真冬と今とではなんとなく違い、めちゃくちゃ寒いという感じではなかった。やはり太陽が顔を出した時のパワーが違うのかなと思ったりする。
それでも峠では路面がシャーベット状に凍っていた。

今日のyahooニュースでイタリアのベニスの運河の水が、透明になり魚の泳いでいるのが見えているというのがあった。
イタリアはコロナ禍で日本よりも大変なことになっているが、観光客が減れば別の顔になるというのが分かった。
きれいになったわけではなく船の行き来が減り、水底の泥が巻き上がらなくなっただけとは言うが、底の見える海というのはなんとなく清涼感と安心感がある。

コロナウィルスにはサッカー協会の偉い人もかかってしまったが、熱を出したお相撲取りは陰性だったとか、不幸中の幸い。
スポーツが軒並みアウトの時、せめて野球と相撲ぐらいは観客がいなくても見せてほしいね。

いずれにしろ今度のコロナ禍は経済はどうあるべきか、結局は自国で完結する方法を考えなさい、という啓示かわからない。

写真は1976年3月の街角。

1976年3月街角

1976年3月街角

1976年3月街角

1976年3月街角

1976年3月街角

大雨のち晴れ2020年03月08日 22時22分49秒

今朝目覚めると雨音が大きかった。
天気予報通りの雨だった。
どこへも行けない。

仕方ないので頼まれていたホームページを作り替えた。

最近あまり根を積めたページ作りをしていないので時間がかかった。
まだ終わっていないが切り上げた。

夕方洗面台の蛇口からの水漏れがひどくなってきたので直しにかかったのだが、どうしても外れないホースがあり修理を断念し、新品を買いに行った。
展示品のみというのが安くなっていたので買った。

ホコリがたくさん残っていたのでさらに負けてもらった。
それでも結構な値段であった。

写真は1976年3月の古座の海岸での芽海苔とりである。
今もこういう風景は見ることができるだろうか。
結構小遣い稼ぎになるのでやっているかわからない。
でもこの写真に写っている人はもうやっていないと思う。

芽海苔取り

芽海苔取り

芽海苔取り


芽海苔取り

芽海苔取り

ここは串本向かいは大島2019年12月04日 21時26分46秒

今朝は3度だった。
本格的な寒さの日が続く。

以前からスキャンしているフィルムのなかには年度が違っても巡行船の写真も多い。
写真は1990年12月。
この緩い感じがよかった。
橋ができてから何となくざらついている。

今この船は加太で活躍している。

巡行船

よく乗った。台風が来ると欠航し、大島から通っていた高校生は喜んだ。

巡行船

巡行船

巡行船

乗る人も少なくなった。

巡行船

もうすぐなくなるので記念撮影か?

巡行船

串本の町が遠ざかる。

巡行船

大島に着いた。

本格的に寒くなってきた2019年11月20日 18時07分46秒

今日会議の後昼食をしたが、上司が若いころ串本にいたということで話が弾んだ。

魚がいくらでも捕れたことや竿で魚を釣らず、ヤス(串本ではチョッキといった)で突い
たり、タコやクエなどを釣った話をした。
私の中学生から高校の間に串本に来ていたということで、串本のいい時代の最後にいたのかもしれない。
そのころ道ですれ違ったかわからないねと言って笑いあった。

そういえば最近は魚もいい話がない。

ただし、今日、ラインで日高の沖で130㎝のクエを釣ったと書き込みがあった。
これを一人で上げたとなるとすごい。130㎝のクエだとかなり格闘したのではないかと思う。

友人は周参見の港でクエらしきものをかけたのだが、竿が見事に折れてしまい逃がしたという。それから病みつきになってかなり通ったといっていた。

それほどに紀南の海は楽しいところだったのだが、今は「魚が減った」というさみしい話ばかりである。

ダムができ、埋め立てがあちこちやられて、生態系が変わりおかしくなった気がする。
話の中で震災で津波が来た東北の海岸で、高い堤防を延々と築いている話にも及んだが、もしそんな堤防を串本に作られたら耐えられないだろうと思う。

昨日も書いたが、自然を知らない人が防災構想を考えるとろくなことがない。
串本も埋め立てをしてからろくなことがない。

写真は1990年11月の大島街角である。
ゆるい空気が何とも言えずいい。

大島

大島

大島


大島

ウミガメのことなど2019年09月28日 20時47分32秒

串本は土地も狭く田も少なく牧場もないため、海からの恵みで生きてきた。
鯨や亀は、貴重なタンパク源であった。
それがいつの頃からかウミガメの生息数が減り、絶滅危惧種の保護動物になってしまった。
鯨はいろいろとややこしい問題を抱えながら、漁をしている。
牛肉を食べるのには抵抗がないくせに、野生動物が殺され食卓に上がるとかわいそうだという人たちがいるが、どこかおかしい。

写真は1973年の我が串本でのウミガメの解体風景である。
私の子供の頃は時々こうした風景があった。
亀が上がると近所が集まって大きな鍋で亀の肉をゆで、皆でつついた。
味はすっぽん料理の匂いをきつくした感じだが、おいしい。
栄養たっぷりの感じがする。当時は醤油だけで食べた。

私が子供の頃の記憶からすると、年間捕獲した亀はせいぜい50頭くらいだったと思うが、それぐらい捕獲しても減ることは無い。
小笠原では現在も130頭程度捕獲が許可されているそうである。

私は亀が減った理由は、産卵場所を減らしてしまったためだと考える。
大事な砂浜や渚を不必要な埋め立てや護岸工事をして、彼らの産卵場所を狭めてしまったためである。

人間の経済活動が彼らを存続の危機に陥らせ、少なくなってきたから保護しようといっても、もう遅い。

ウミガメ

解体している所も昔は砂浜だった。

砂浜が昔のまま残っていたなら、何百匹いやもっとたくさんの亀が生まれたはずである。亀は生まれた浜に産卵しに戻るが、産もうした砂浜が、コンクリートで覆われていたら産卵場所が無くなる。この浜もすでにコンクリートで覆われている。
亀の産卵は不可能である。

ここが元の砂浜なら少なくとも10頭の産卵場所はある。
1頭200個ほど産卵するとして、2000頭がこの浜を巣立つ。
成体になるのはそのうちの一割にも満たないと言うが、10頭ほど戻れば以前の親亀も合わせ総数は増えても減りはしない。
この単純な計算を狂わせたのが、人間の経済活動であると言うことをわかってほしいのである。

写真はもっとたくさん撮ったのだが、少し刺激が強いシーンがあるので2枚にした。

彼らが産卵できる砂浜がもっとたくさんほしいが、かなり絶望的である。
それに加えて最近ではプラスチックの問題でも深刻な影響があるとニュースでよく出る。そのうち絶滅してしまうのでは無いかと心配している。

ウミガメ

串本の我が家・・今はもうない2019年09月25日 12時41分09秒

今日もさわやかな朝であったが、また電車が延着した。
環状線へあちこちの路線が乗り込んでいるので、ひとつの路線が遅れると全部が遅れる。
朝の気合いをそがれる。

まして今朝のように立ちっぱなしだとつらいものがある。
昨夜も大幅に遅れていた。案内の放送がまちまちで、乗っているものにはつらいものがある。

写真はスキャンしたものの中にあった、串本の我が家である。
塀のひび割れは地震の時のものらしい。

子供の頃はこの塀にボールを投げてよく遊んだ。
道のすぐ向こうは浜でイワシの丸干しなどをよく干していた。
今はこの場所に4階建てのアパートが建っている。




だいぶ涼しくなってきた2019年09月24日 13時20分11秒

朝晩だいぶ涼しくなってきた。
ヒガンバナもだいぶ出てきた。
来週ぐらいは写真に撮るのにいいだろう。

わがふるさと串本は潮風が強く、車もエンジンより先にボディがいかれて寿命も短かった。最近のクルマは防錆がしっかりしているのであまりひどい錆は出てこないが、当時は新車から錆びだす車もあった。

結果、こうしてスクラップが増える。最近のスクラップ工場の廃車は今にも走り出しそうなものばかりである。

私が当時乗っていたスバル360もホンダライフもボロボロだった。
パテをもって何とか修理していた。

写真は1973年のスクラップ工場で、ここは今はない。




釣りが盛んなところがよくわかる。



キリギリスみたいになっている。