城下町 高取町2017年05月23日 17時49分46秒

高取町へは以前に日本三大山城といわれる高取城に登り、面白く思いました。
その時集めたパンフレットにこの土佐町の紹介があったわけです。

その土佐町の中ごろに高取城への登り口があり、入り口に奈良産業大が作成したCGの看板がありました。

たらればはいけませんが、もしこの城が残っていれば素晴らしい観光施設になっていいて世界中から観光客がやってくるでしょうね。

戦後の建設の和歌山城でもあれだけの外国の方が来ているのですから、こうした歴史ものが好きなヨーロッパのお客さんも来ていただろうと、残念に思います。

いつの時代にも先の読めない政治家がいますからね。

高取町土佐町

松ノ門が復刻されていました。
扉は昔のままで重厚なつくりでした。

高取町土佐町

屋敷があったと思われるところは広い公園になっていました。

高取町土佐町

今でもお住まいとしている江戸時代の侍屋敷がありました。
いいデザインですね。

高取町土佐町

高取町土佐町

祖の侍屋敷から少し上に藩主の屋敷がありました。
ご主人らしき方が自転車を勝手口らしきところから中に入れていました。

高取町土佐町

高取町土佐町

漆喰をうまく盛り上げてデザインしています。
今これだけの普請をすると莫大なお金がいるでしょうね。

高取町土佐町

単に古い街並みだけかと思っていましたが、どっこい南北朝から江戸時代までの建物や史跡がありました。

もっと詳しい歴史を知ればさらに面白いと思います。

話はころっと変わって、「共謀罪」法案が衆院を通過しました。
国民があれだけ、

「じゃあどうなるんだ」

と問いかけてもなしのつぶてのまま決められそうです。
政府がガイドラインを決めていても、末端の管理部門の判断でゆがめられ、人権や民衆の命などそっちのけになるのは、戦前の治安維持法などを書いた小説などで知っています。

法務大臣の説明されない説明がとおっている現実は、その危うさをより強く感じてしまいます。

南海高野線九度山駅2017年05月11日 12時06分21秒

先日乗った南海高野線。
外国人観光客の増加で収益も上がっていると思いますが、大河番組ブームに乗って真田幸村一色です。

六文銭があちこちです。

駅という感じではなく、どこかの居酒屋の入り口のような感じです。
これはこれでブームを表現するのにはいいかもしれませんが、外国の方には通じているのでしょうか。

改めて戦国武将の旗印を見るとセンスがいいですね。
これなら戦場で敵味方入り混じってもすぐわかります。

ホームも六文銭だらけです。ベンチも赤。

この六文銭というのはよく知られているように、三途の川を渡るときの「賄賂」なのですね。当時の足軽兵士は死ぬ覚悟で着物に縫い付けていたらしいです。 

南海高野線九度山駅

南海高野線九度山駅

下は2001年当時の九度山駅。
この当時から今の飾りつけをしていたら立派ですけどね。
やっぱり引き金がいるのでしょうかね。

南海高野線九度山駅

今日お客さんからAR(Augmented Realty=拡張現実)のプレゼンを受けましたが、我々はとてつもない時代に突入しつつあるのを感じます。

スマホでカタログなどのある部分をかざすだけで3Dの動画や合成画像が現れ、それが回転したり声が出たりで、すごいことができます。

その昔、まだBASIC言語でプログラムを組んでいた時、文字を画面のある位置に表示しようとするだけでかなり労力を費やしましたが、今は指先で動かすだけでいいのですからね。

打ち合わせの中で、私は、

「犯罪者をチェックするときにこのシステムはいいですね」

といいました。
それはともかく、行方不明の方を探すのにいい手助けになるでしょうね。
捜索願のポスターにスマホをかざすと情報が現れ、もし情報があればすぐツイッターなどで連絡できます。

ま、日本は中途半端な個人情報保護がうるさいですからうまく活用できないでしょうけど。

とにかく時代は進みつつあります。
遅れていても生活には困りませんが・・・・

白藤小学校2017年05月10日 12時13分02秒

先日行った最後の仇討へのルート上に白藤小学校がありました。
すでに廃校となっていますが地域の人が大切に守っている感じがしてよかったです。

やはり木造校舎というのはいいですね。
温かみがあります。
最近どこかの学校法人が木造校舎を建て補助金をわけのわからない形で取り込んだのがありましたが、ことの経緯はともかく、あの木造校舎のデザインはいいですね。
モダン&クラシックな感じがいいです。
お金やいろいろの問題でつぶされるとなると少し残念な気がします。

白藤小学校(廃校)

廊下も今にも生徒が飛び出してきそうにきれいです。

白藤小学校(廃校)

外観も今すぐにでも使えそうです。

白藤小学校(廃校)

花が植えられていてきっちり手入れもされています。

白藤小学校(廃校)

図書室かな?

白藤小学校(廃校)

机やいすもそのまま置かれています。
集会などに使えるでしょう。

白藤小学校(廃校)

体育館。

白藤小学校(廃校)

校庭。
キャンプ場にしたら最高です。
何とかならないでしょうかね。

白藤小学校(廃校)

小さな池がありその縁に咲いていた花。
コイが泳いでいました。

白藤小学校(廃校)

近所の人に聞くとこの集落も多い時は40軒ほどのおうちがあり、結構にぎわったそうですが街に出る人が多くなり廃屋が目立つようになったということです。

道筋に立派なおうちがたくさんありましたが、そのうちのかなりのおうちで電気メーターがなかったり、回ってなかったりしていました。

でもこのあたりの道は高野に登る抜け道らしく朝は100台くらい通り過ぎるということでした。

歩いているときも、狭い道をかなりのスピードでたくさんの車が走り抜けていきました。
狭いので怖く、気を付けなくてはいけない道です。

白藤小学校(廃校)

小学校を出てすぐに紀伊神谷駅に降りる道があります。
ここから神谷駅はすぐでした。

韓国の大統領に革新系の文在寅氏(64)が当選しました。
中国、アメリカ、日本、ロシア、韓国そして北朝鮮。
それぞれの国のトップの皆さんはかじ取りが難しいですね。
そんな中での文大統領はどんなでしょうね。
楽しみです。

韓国はどういうチョイスをするのでしょう2017年05月09日 12時30分21秒

韓国の大統領選挙が始まりました。
最終投票率が80%を超えそうだといわれていますが羨ましいですね。

どこかの国のように低投票率が定着していると、国民の声がよくわからないですね。

平和ボケして無関心となった人が多いのかな。
フランスが終わり韓国が終わって、さて世界はどうなるか、という感じですが残りは我が国の憲法改正論議ですね。

それはさておき、これからの熊野古道などのコンテンツにはできるだけ周辺の、それもお年寄りなどの声を入れ込んでいきたいと思っています。

地域の昔話などを織り込めたらいいなと思います。
各新聞の記事などもそういう記事が多くなりました。

やはり高齢社会においては地域の、それも里山の伝説やお年寄りが見聞きした記録などきちんと残しておかないと、日本が日本でなくなるような気がします。

中国富裕層やヨーロッパの歴史好きの人たちが高野山に登り、お坊さんの法話などを楽しみにしているということは、日本人はそれ以上に仏教や地域の歴史に関心を持っておかなくてはいけないのですけどね。

残念ながら私も外国の方が来ても、日本人として、じゃあどうなのか?、と聞かれてもにわかには答えられません。

外国の方は自分たちの歴史はスルドク把握し、「自分自身はこう考える、こう生きる」というのをキチンと語ってくれます。

写真は、先日行った最後の仇討現場から少し下ったところにあった草むらのヒーローです。

草むらのヒーロー

草むらのヒーロー


高野の決闘現場再訪2017年05月07日 22時53分00秒

かねてから再訪したいと思っていた日本最後の仇討ちげんばを再訪しました。

以前見たのは1996年頃だったと思います。
会社でホームページを立ち上げるということになり、コンテンツとして高野の仇討ちを作って以来です。

今日は道の駅に車を駐め九度山駅から南海電車で紀伊神谷駅まで行き、そこから現場まで歩くことにしました。

今日は黄砂が飛来し、なんとなくかすんでいました。

南海高野線

電車を待っている間に真田丸号(というかどうかは知りませんが)がやってきました。

南海高野線

南海高野線

紀伊神谷駅で電車を降り駅舎を探しましたがわからずうろうろしていると駅員さんが駅舎をガイドしてくれました。

紀伊神谷駅

駅舎は古くて感じのいいものでした。

紀伊神谷駅

紀伊神谷駅

駅舎を出て車道を歩き始めるとシャガの花があちこちにたくさん咲いていました。



廃屋になったおうちの前の小便小僧。


「この道は人が一番、車は二番」とありましたが、逆でした。
狭い山道をビュンビュン。


そして仇討ち現場。
以前なかった掲示板がありました。

高野最後の仇討ち現場

高野の決闘現場

狭い道の両側におうちが並んでいました。
しかし空き家が目立ちました。


今日のところはこの辺で、また詳細はホームページの更新と同時に書き込みたいと思います。

琵琶湖いろいろ2017年05月04日 23時34分03秒

今日もいい天気でした。
家で大工仕事をしました。

草津ではカヌーをRAV4に積ぱなしでした。
ファルトボートは組んだり解体したりが結構やっかいですぐ下ろせるように組んだまま積んでおきました。

まだ今日もこのまま積んでいます。


昨日は息子たちと待ち合わせの場所へいく途中に、御上神社に立ち寄りました。
ここは国宝だらけで結構見応えのある神社でした。
近江富士といわれる三上山の麓にあります。

詳細はまた書きたいと思います。


そして湖東三山の一つ、西明寺。
ここも国宝だらけで、見応えがありました。
特に3重の塔は秀逸で見飽きませんでした。

これも詳細は別途書きたいと思います。

西明寺

西明寺

西明寺

待ち合わせの場所には子供交通公園があり、EVや電車、そして遊具などがあり賑わっていました。

面白かったのは進行方向の景色がテレビ画面に映り、それを見ながら運転できるというものでした。

子供交通公園

普通のラジコンと違って車の行く方向が、運転者目線で見えるようになっています。

子供交通公園

黄色い服の人がサポーターです。

「うるさかった」

といっていましたが・・。

子供交通公園

左のディスプレイが真上からの画像で、自分がどこにいるかを確認できます。
右が運転席からの画像でこれを見ながら運転します。

シミュレーターはプログラムされた映像をコントロールしますが、これは実際に車を走らせての運転ですのである意味これの方が実際的かわかりません。

高齢者のレベルを見るのにこんなのがいいですね。
もう導入しているところもあるかわかりませんが。


携帯のナビは混雑を避けてくれたのか、東近江市から草津伊賀線を名阪柘植にガイドし、名阪国道を走らせ針インターから165号線、24号線へとナビしてくれました。

思ったより早く着き、高速の渋滞にも巻き込まれず高速代もいりませんでした。

今日はどこへも行かず、以前から気になっていた家の玄関周りを少しいじりました。
ほぼ予定通りの仕上がりでした。
明日はその仕上げと水道を少しいじる予定です。

琵琶湖博物館2017年05月03日 23時52分56秒

2日に、カヌーをこいだ後琵琶湖博物館に行ってきました。
のっけから巨大な古代のゾウの化石の全身骨格に驚かされました。

この博物館は大きく分けて、「琵琶湖の生い立ち」「人と琵琶湖の歴史」「湖の今と私たち」の3つを展示室を分け、なかなかうまく並べていました。

琵琶湖博物館

円形水槽も、魚種はそれほど多くないですが、琵琶湖に住む魚類がたくさん泳いでいました。

琵琶湖博物館

これは別の水槽の稚鮎。

琵琶湖博物館

これは外来種のコーナーでのコクチバス。
これが琵琶湖水系に繁殖してきたと書いてありました。

琵琶湖博物館

なんと熱帯魚のディスカスまでが琵琶湖で捕獲されるようになったそうです。

琵琶湖博物館

これは言わずと知れたブラックバス。
水槽の中を悠然と泳いでいました。
悪漢のブルーギルもいました。

琵琶湖博物館

なぜ琵琶湖の魚種や数量が減っているかを書いていましたが、もっと発信して根本的な対策をとってほしいと思いました。

国としてより具体的な法律を作って、環境保護を推し進めてほしいものです。

琵琶湖博物館

このハゼも絶滅危惧種とか。

琵琶湖博物館

オオサンショウウオですが、めちゃ大きかったです。
中国産のサンショウウオとのハイブリッドのようです。

これも問題ですね。

貫禄がありました。

琵琶湖博物館

これも少なくなってきている蛙らしいです。

琵琶湖博物館

鳥のスペースもあり、カイツブリ、ゆりかもめ、かもなどがいました。

琵琶湖博物館

そしてバイカルアザラシ。

古い湖つながりでバイカル湖やタンザニーカ湖の魚が水槽で泳いでいました。

琵琶湖博物館

巨大なチョウザメも飼われていました。

琵琶湖博物館

マイクロアクアリウムということで、琵琶湖のすむミジンコやプランクトンなどをマイクロファイバーで見せていました。

また追々書いていきたいと思いますが、この博物館なかなかのものでした。
けっこう気合いの入った作りと陳列で、お金をかけていることがわかりました。

今朝の朝のテレビ番組で博物館などへの入場者がどんどん減っていると言うことが言われていましたが、予算ばかりを気にして中途半端な施設が多いので、余計行かなくなるのではないかと思っています。

ここは屋外の散策路にも工夫があり、「太古の森」とか「縄文弥生の森」とか名付けてその年代の木々を植えており、それらがいい具合に森となっていました。

屋内と屋外がインターフェイスしているので、見て楽しく歩いて楽しい施設になっていると思います。

こういう博物館が増えてほしいですね。


文化財のことなど2017年04月24日 22時15分00秒

先日、ある大臣が「学芸員はがん」「一掃」発言がありましたが、文化財を観光資源として生かすにも学芸員の専門知識は絶対に必要不可欠ですね。

全国でもユニークな展示を考えたり相当レベルの知識をもった学芸員さんがいてテレビなどでも明快な受け答えをしています。

観光資源となる、貴重な文化財をほったらかしにしているのは誰なのでしょうね。
これは自然環境保護にもつながりますね。

どこかの県で、棟方志功の版画がコピーとすり替えられて訳がわからないそうですね。

文化財はもともと我が国の根幹を支えてきたものであり、大臣のように観光活用としてねじ曲げられた形で認識されてしまうと具合悪いですね。

観光資源としても重要なことは言うまでもありませんが、それが第一義になるとピントがくるってきそうな気がします。

もし大臣のいうように観光資源としての位置づけを明確にしたいのなら、もっと予算を出し、たくさんの人が納得するような資源化を目指さなければいけないと思います。

先進国の中でもかなり少ない予算しか使っていない日本、しょぼい施設では学芸員さんの気合が入らないと思います。

何か最近の政治全体があらゆる面でいびつになりつつあるのを感じずにはいられません。

お隣の国が物騒な気配になってきているし、気合を入れてこの国をどうしていくか考えてほしいです。

写真は湾岸警察署の建設現場の塀に描かれているものですが、パッと見リアルでびっくりしました。



CB400SSと熊野古道へ2017年04月02日 20時59分16秒

熊野古道のページを前面リニューアルしていますが、やはり書き漏れや歩き漏れがあり不十分なページが出てきました。

特に御坊周辺は道も自動車道路で面白くなかったため、雑な歩きになっていましたので、ちょっとチェックしたくて走りました。

ちょうど12時に出発しました。
バイクもETCをつけているので行きは高速を走りました。
結構流れに乗り、楽に走れました。

CB400SSツーリング

広川のPAで昼食のサラダを買いました。

CB400SSツーリング熊野古道

御坊へついたのは1時20分でした。
河川敷昼食をと思ったのですが風が強いのと河川敷がゴルフ場になっているのでやめました。

CB400SSツーリング熊野古道

橋の下の落書き。下手。

CB400SSツーリング熊野古道

今日行きたかった岩内古墳で食べることにしました。
この古墳有馬王子のお墓と言われています。

CB400SSツーリング熊野古道

CB400SSツーリング熊野古道

昼食。

CB400SSツーリング熊野古道

CB400SSツーリング熊野古道

CB400SSツーリング熊野古道

塩屋王子。
ここにバイクを止めて岩内王子まで歩いて往復しました。

1時間ほど歩きましたがバイパスができて道そのものが分断されたり、案内板がなくなったりでわからなくなっていました。

CB400SSツーリング熊野古道

岩内王子。

CB400SSツーリング熊野古道

内の畑王子。

CB400SSツーリング熊野古道

新熊野神社。

CB400SSツーリング熊野古道

長い階段を上るとかわいい祠があります。

CB400SSツーリング熊野古道

CB400SSツーリング熊野古道

馬留王子。

CB400SSツーリング熊野古道

レンガ作りの、味のある鹿が瀬トンネルを見たかったのですが、バリケードが張られいけませんでした。
新しい道がいつの間にかついていて、御坊から広川まであっという間にいくことができるようになっていました。

CB400SSツーリング熊野古道

もう一つ確認したかった丹賀不動明王ですが、役行者あり西国33ヵ所あり四国88カ所ありその他いろいろありの神社でした。

帰りは国道や県道を走り家に着いたのは7時20分でした。
距離は130km走っていました。

確認したかった王子はほぼいくことができました。

よかったのは、前のKLE400のように腰が痛くならなかったことです。
シートの堅いのがいいのでしょうか。

ともかく久しぶりの少し長い距離、うれしかったですね。

岩内王子の手前で、元同僚に偶然会いました。
15年ぶりでしょうかね。聞けば今大学へ通っているとのこと。
いいですね。

私も何か頑張らねばと思いました。

今日撮った写真を織り込んでページに反映させて行きたいと思います。

ページのリニューアルも結構進んで、今、中辺路まで来ました。


そうそう帰りの金屋から海南に抜ける道で狸が足を引きずりながら歩いていたので写真に撮ろうとしましたが、逃げられてしまいました。

車にはねられたのかもしれません。

高野女人道続き2017年03月20日 20時53分51秒

昨日の続き。
坂を下りると小さな橋があって、再び登りになります。


道はさらにきつい登りになって上に続きます。

高野女人道

稜線に出ると遠くまで見渡せます。

高野女人道続き

赤松がたくさん。
その昔はきっとたくさんの松茸が採れたことでしょう。

高野女人道続き

さらに登ると遠くの山がかすんで見えます。

高野女人道続き

相の浦口に地蔵さんがあります。

高野女人道続き

案内表示を兼ねています。

高野女人道続き

道はまだ登りが続きます。

高野女人道続き

野猿かアンテナの基礎の跡が残る広場に来ます。

高野女人道続き

高野女人道続き

やっとついた頂上にはテレビのアンテナが立っています。

高野女人道続き

大滝口女人同跡には5時に到着。
ここで小辺路ルートとクロスします。
時間がないので、高野の町中に降りることにしました。

高野女人道続き

途中の道にはまだ雪が残っていました。
さすが高野山。

高野女人道続き

今日は暖かだったですね。
朝から以前から気になっていたバンパーのへこみを修理しました。
結構時間がかかりましたが、なんとかそれほ目立たなくすることができました。

バンパーを外し、へこみをたたき伸ばして、再び取り付けました。

作業をしていると近所の人が、

「素人の仕事にしてはいいんじゃないですか」

という感想でした。