波瀬村2018年06月19日 21時30分02秒

この日曜日、高見山に登れなかったのですがあちこち回りました。
高見山や三峯山の麓にある波瀬村(はぜむら)は三重県飯南郡にあった村で現在は松阪市です。
櫛田川の最上流域にあり、ひなびたいい雰囲気の村です。

昔から大和と伊勢を結ぶ山道が、参勤交代の制度によって和歌山街道となり、波瀬の地に文化を運び、林業を中心として栄えました。
現在は、林業の衰退と少子高齢化が進んで過疎地、という感じがします。
それでも高見山や三峯山の山裾にはきれいな杉林が続いていました。

歴史深い建造物や場所が点在しているようです。

街道筋らしくクラシックな建物がたくさんありました。


日曜日だけれどあいていません。
スタッフがいないのでしょうかね。


波瀬村

波瀬村

波瀬村

波瀬神社がありました。

波瀬村

それほど大きくはないですがよく手入れが行き届き、歴史を住民とともに見つめてきたという感じがしました。

波瀬村

波瀬村

波瀬村

波瀬村

波瀬には窯があるのですがその窯の表現をしたのでしょうか。
あまりいいできとは思えないオブジェがいっぱいありました。
入場料が500円ということで、少し?な感じの公園でした。

波瀬村

バイクがたくさん。

波瀬村

櫛田川はきれいで、アマゴや鮎が獲れるそうですがアマゴがいそうな瀬がいっぱいありました。

波瀬村

先ほどの公園で止まっていたバイク群。
工事中のストップ。
そこをカシャ!

波瀬村

ブログを書いている間にサッカーのコロンビア戦がありました。
前半からボールを支配していたのでこれは勝つのじゃないか、と思いながら見ていました。
そして勝ちました。
やった、という感じですね。
これでまた楽しみが増えました。
よかった、よかった。

上北山村その22018年06月05日 12時30分46秒

上北山村のその2.
滝川寺から少し下流に北山宮がありました。
小ぶりな神社で、その由緒もわかりませんが、これも歴史を感じる神社でした。

上北山村

神社拝殿。

上北山村

山が迫り、日の暮れの早さを感じます。

上北山村

道路の防護壁の中ほどにハチの巣が仕掛けられていました。
こういうところは極めてローカルな感じです。
この防護壁の上でガサガサと音がし、「ヒーン」という鳴き声がしました。
子鹿だと思いますが姿は見えませんでした。

上北山村

壁面にあった案内板。
「きーつけて帰ってくれたえー」
くれたえーとか、こんな方言使ったことないですね。
とにかくわかりやすい案内板。
一目瞭然ですね。

距離と時間がかかれているのは大正解。

上北山村

きれいな川が集落の間を流れています。
ここの水なら飲めるかもしれません。
アマゴやニジマスがいると思います。
釣りたい。

上北山村

これだけ山奥に来ると、理屈抜きに癒されます。
建物も昔ながらの家並みで秘境というたたずまいを見せています。
この奥の小処温泉もひなびた山間の温泉で、人気の湯治場です。


村田さん初防衛2018年04月15日 21時58分55秒

最近のスポーツは面白いですね。
天才が次々と現れて期待通りの活躍をしてくれます。
今夜楽しみにしていた村田のボクシング。
8ラウンドというちょうどいい頃にノックアウトしてくれました。

単に強いだけではなくて花がありますね。
大谷君と通じるものがあります。

これからの日本もこういう天才を見いだして育てていくという方向に行かなければだめですね。
単に勉強ができるだけではだめですね。
スポーツにしろ、研究にしろ、ものつくりにしろ、何か飛び抜けたものを持った人間を、大事に育てていく必要があります。
今の教育はどこかいびつで、まだほかにもいる天才をスポイルしているのではないかと心配します。

勉強だけできる人ばかりが集まると、今の国会ですったもんだしているようなことがまた起こると思います。
東大を首席で出たという人でも国会での証言を聞いていると、馬鹿かなと思ってしまうし、オーラも全然出ていませんね。

今日は県立博物館でやっていた「きのくに縁起絵巻の世界」の最終日で、少し見てきました。
和歌山県内にもいろいろ絵巻があることを知りました。
なかなか面白かったです。

写真はモスバ店内から見た和歌山城ですが並木やお城の中の木々のの緑がきれいでした。
春真っ盛りで私の好きな萌黄色があふれています。

スマホの写真です。

町石道てくてく2018年03月18日 22時16分19秒

今日はまた山に登ろうと、高野山の弁天岳くらいがいいかなと思い、高野に向かいました。
大門前の駐車場に車をおいて弁天岳の方に歩いて行くと、町石道を歩く人が見えたので急遽町石道を少し歩くことにしました。

町石道への降り口で、2人の青年が下から上がってきたので、

「どこから来ましたか?」

と聞くと、

「慈尊院からです。ああしんどです」

という応えが返りました。
時間は12時半で、8時半に慈尊院を出発したと言っていましたが、やはり若いのでスピードが速いですね。

「気をつけて歩いてください」

と励まされました。

とにかく道は下りで、世界遺産に登録されてから道もかなりよくなっているので、快適でした。

町石道

マッコウクジラに似ていたのでカシャ!

町石道

結構たくさんの人と出会いましたが、ほとんどが慈尊院からの登りでした。

町石道

立派な杉や檜の間から刺す木漏れ日がきれいでした。

町石道

途中で480号線に出る上り口があり、登り切ったところが休憩所になっていて、遅い昼食を食べました。
その広場には鳥居があり、祠もないのにと見ると、天狗嶽遥拝所ということで、納得しました。

町石道

帰りは480号線を駐車場に向かいましたが、車やバイクが多く危険なため、旧道を歩きました。こうしてみると昔の道は狭かったですね。
それでもまだこの広さの道がほとんどなので、バスなど対向するときには、車の列ができていました。

町石道

途中に龍王さんを祀っていましたが、以前だったら気づかないところでした。

町石道

レンタル杖。1本しかありませんでした。

町石道

大門のすぐ後ろに6町石があります。

町石道

自撮り棒で楽しく。

町石道

登り切った健闘をたたえて記念撮影。

町石道

この日、歩き始めたときは10℃で、帰ったときは11.5℃でした。

じつは杉や檜の中を歩いたので花粉症が心配でしたが、少しむずがゆいくらいでなんとかしのぎました。
明日はどうかわかりませんが、このまま症状が出ないでほしいなと思います。
高野の春は少し遅いのですね。

最後の御田植え祭り2018年02月11日 23時12分30秒

朝から比較的いい天気でしたので、先日作っていた小鳥の巣箱を掛けました。
童子に餌箱も小さいのを作り垣根に取り付けました。
そのあと昨日の新聞に載っていた、杉野原の御田植え祭りを見に行きました。
室町時代から続いているそうですが、若い人がいなくなり舞う人がなくなってきたため、今年で最後だということでした。

最近はどこへも行っていないので走りました。

田野原の御田植え

はじめはバイクで行こうと思いましたが、車にしました。
バイクでなかってよかったと思いました。
大雪でした。

会場の雨錫寺阿弥陀堂は国指定重要文化財で、1515年に建立されたということです。

田野原の御田植え

たくさんの人が祭りを熱心に見学していました。

田野原の御田植え

田野原の御田植え

田野原の御田植え

杉野原の御田植え

杉野原の御田植え


また寒くなってきました2018年01月20日 23時47分27秒

またまた寒くなってきました。
今日はバイクか釣りにと思いましたが、いろいろ用事があって行けませんでした。

洗濯機を買い換えたのですがテレビも筋が入ってきたし、プリンターもガタが来て紙送りが不調になってきました。

この私もガタが目立つようになってきました。
買い換えの時期でしょうか(^^)

この前のポルトガルに行ったとき、やたらマリア様がまつられているところが多いのが少し気になりました。
先日テレビで、ポルトガルのファティマのマリア降臨の番組を見て、なるほどと思いました。

ファティマの聖母は、ポルトガルの小さな町ファティマで起きた、カトリック教会が公認している、聖母の出現の一つ。
ローマ教皇庁は奇跡として公に認めましたが、第三の予言は長年にわたり秘匿し、それが今でもはっきりしないそうですね。

ファティマでは、何万もの群衆を前に太陽が狂ったように回転して見えたり、水源のないところから水が湧き、飲む者に奇跡的な治癒があったりしたことから、1930年10月13日現地管区レイリア司教によってこの出現は公認されたそうです。

1967年には教皇庁により最初の聖母の出現のあった5月13日がファティマの記念日に制定され、歴代ローマ教皇が巡礼に訪れたり、この出現のメッセージに基づき世界の奉献を行ったということですが、その瞬間を見る群衆が大挙して押しかけている映像もテレビでやっていました。

だからポルトガルではマリア様は特別なのだと納得がいきました。

ポルトガル

至る所でこういうディスプレイがありました。

ポルトガル旅行

このマリアさんいいですね。
楚々として可憐な感じがいいです。

ポルトガル旅行

日本の観音様に似た感じです。

ポルトガル旅行

ポルトガル旅行

どこの国も考えることはよく似ている感じがします。

ポルトガル旅行

実はこれらの像がマリア様かどうかは、私にははっきりしたことはわかってないのですが・・・。

そしてパリへ2017年12月25日 18時26分21秒


いよいよポルトガルを離れて帰途につきました。
途中のトランジット空港がパリのオルリー空港から移動して、シャルルドゴール空港でした。

乗り継ぎに少し時間があったので、パリ市内を散策することにしました。
まずシャルルドゴール空港に移動し、荷物を預けることにしました。


ポルトからの飛行機は、朝早い便でしたので飛行中に朝日が昇りました。


オルリー空港では一人で太極拳をしている美人がいました。


このBMW、音もせず走り出しました。
EVでした。


ヨーロッパは落書き文化がすごいです。
至る所に落書きがありました。
そしてノートルダム寺院。
圧巻でした。
法隆寺もいいですが、ヨーロッパの石造りの建造物はどれもが圧倒的な存在感があります。

パリ

クリスマスの休日のためか普段からテロ対策でこうなのかしれませんが、マシンガンをかまえたポリスとミリタリーがたくさん警戒し、寺院前はまばらなのに入場制限され広場に入りたい人が、橋まで延々と連なっていました。

パリ

パリ

いわずと知れた凱旋門。
勝てばやはりこういう記念碑を建てたいのですね。
でもそれが後世にまで残りたくさんの人を集めることが出来るということは、素晴らしいことですね。

やはりこういう建造物は建てるときは、思い切りお金をかけなくてはいけません。

パリで

地下鉄。
雰囲気は素晴らしいのですが・・・・・・

パリで

パリはエッフェル塔。

パリで

クリスマスモードです。

パリで

ここにも鍵がたくさん。

パリで

二階建てのメトロ。
たくさん乗れていいですね。
私たちもこれに乗りました。

パリで

というわけでパリのエッセンスを少しだけ味わうことが出来ました。

パリは一度ゆっくりときたい所の一つですね。

羽田についてしぶりの日本食が美味しかったです。
ポルトガルではカレー屋さんを見つけることができなかったので、早速カレーを注文しました。

ポルトガル最終日2017年12月24日 06時08分54秒

ポルトガルも最終日になり、行き残したところをぶらっとしました。
ポルト市庁舎です。
教会のような趣があります。

ポルトガル最終日

アンチック市場が道いっぱいに開らかれていました。

ポルトガル最終日

ホンダCBちゃん。

ポルトガル最終日

入場料のいる本屋さん、世界的にも有名らしいです。
土門拳や荒木さん、そして村上春樹さんなどの著書がありました。

ポルトガル最終日

ポルトガル最終日

ポルトガル最終日

路上パフォーマンス。

ポルトガル最終日

ポルトガル最終日

ポルトガル最終日

ポルトガル最終日

ポルトガル最終日

あちこちウロウロのポルトガルも明日は飛行機の中です。
パリでうまくあそべたらいいのですが・・・

車検と文楽2017年11月30日 23時32分14秒

朝からお休みを頂いてフレアの車検に行ってきました。
軽四のユーザー車検は20年ぶりくらいです。
普通車とシステムが少し違うので戸惑いました。

ともかく書類を作ってラインに入りました。
第1回目の車検なのですいすいといくだろうと思いながら、ライトのテスターにはいると、「×」が左右ともにつきました。

それも上下左右にずれていました。
信じられませんでした。

振動で上下にずれるのはよくありますが、左右にずれていたのは40年ユーザー車検をしてきて初めてです。
RAV4は9年経っても全然ずれがありません。

これまで点検してこなかったのですが、左右にずれているということは新車の出庫時のチェックが甘いのではないかと思います。
なんとなくそんな感じがしました。


駐車場の壁面でライトを照らし、高さと左右の光軸を合わせ再度ラインに通すと今度は下げすぎ横に振りすぎ、また不合格。
仕方なくディーラーで調整をしてもらおうと、マツダに持ち込みましたが、別の日にしてほしいと言われました。
仕方なくまた自分で調整をして入りましたが、今度は左はあったのですが右がまだロンパリ。
きちんとした基準で光軸あわせをできる場所がないので、またディーラーのサービスに入れることにしました。
こんどはスズキに持ち込みましたが、昼休みにもかかわらず快くレベルあわせをしてくれました。

さすがに今度は一発合格。
3回を超えると追加料金が取られました。


車検後今度は大阪の中央公会堂での文楽の夕べへ。


御堂筋を少し歩いてイルミネーションを楽しみました。


車検で思わぬトラブルがあったので忙しい一日でした。

日本の無駄2017年11月20日 22時18分32秒

1992年(25年前!)の「THE21」という雑誌が手元に残っていますが、特集記事が、「これが日本のムダ」というものです。
300ほどのムダをあげて、各界の方々がコメントを入れています。
その順番は、

1.不公平税制
2.過剰包装
3.官僚の天下り
4.国会議員
4.参議院
6.各種規制
7.首都高速道路
8.縦割り行政
8.学校給食
となっています。

あと290のムダが書かれていました・

今もほとんど変わっていませんね。
田原総一朗さんほか3人がそのムダについての対談をやっているのですが、

「建設省(現国土交通省)を潰すことは政界浄化にも多いにプラス」

「文部省(現文部科学省)は諸悪の根源、そのやり口は陰険だ」

「最大の権力を持つ大蔵省(現財務省)は予算省と財務省に分割せよ」

「地方自治が本当に実現すれば戦後初めての革命となる」

などと今に通じる提言をしています。
ほかにもグラフのキャンプションに、

「許認可に一番うるさいのは運輸省(現国土交通省)」

など、これらを読んでいて日本の国は25年前からほとんど変化がなく、最近の動きを見ているとむしろ当時よりさらに悪くなっている感じがします。

この雑誌の表紙のトップに、

「これが日本人が豊かになれない元凶だ」

と書いています。
25年前から、いやずっと前から、国民多数がこうしたら日本はよくなると叫んでも変わりませんね。
これまでも、変わりかけようとしたときもありましたが腰砕けになってしまい、今度の選挙でも変わるかなと思ったらまた腰砕け。

その間に国力がどんどん落ちてしまいました。
これからも落ち続けそうな気がします。

日本の国を守るためにも国民がもっと賢くならなければだめですね。
頑張ろう!