クマゼミが今年初めて羽化した。2020年07月07日 20時19分53秒

雨が降ると水をやらなくていいが、ニュースで聞く水害の被害はすごいことになっている。
何か手助けを、と思ってもどうしようもないしボランティアも県を越えての応援は難しいから大変である。
フェイスブックでもコロナ禍と自然災害と同時に起こることを心配する書き込みがたくさんあったが、その心配が的中した。
これで地震などが起こったら目も当てられない。しかし世界各地で地震が群発している。不気味である。
ウィルスを始め、大雨など自然の威力を感じ、そのパワーには人類がいくら頑張っても負けてしまう。
人類はもっと謙虚に自然を大事にしなければいけない。
太古から、自然を、岩や山を、神とあがめた日本人は、そのパワーを知っていたのでせめて祈って鎮まり守ってもらおうとしたのだが、現代人は自然の怖さを忘れてしまっている。
怒っている感じである。

朝庭を見るととうとうゴーヤがなり出した。まだ小さいが楽しみである。
クリニックに定期検診に行ったが、行きはたいした降りではなかったが帰りはかなり大粒になって来た。
昼から雨になると予想してバイクで出かけたが、やはり降ってきた。
いつもの和歌山電鉄沿いの道を走ったが、前が見えないくらいに降ってきたので、ガード下で小降りになるのを待った。
ただ待っているのはつまらないのでコーヒータイム。
電車が2回ほど通った。

今日の庭でゴーヤが実をつけたことよりうれしいことがあった。
毎年羽化するセミの抜け殻があったことである。
一時は10匹を超える羽化があったが、年々その数が少なくなり、昨年は5匹くらいしか羽化しなかった。
今年はすでに2匹。これは今年期待できるかなと思う。
楽しみである。

羽化の瞬間の、命の輝きを見るのは、うれしい。

ゴーヤ

小さいが立派なゴーヤ。これから次々出てくるだろう。

和歌山電鉄

タマ電。

和歌山電鉄

ウメ電。

クロスカブCC110

コーヒータイム。

クマゼミ

抜け殻。

クマゼミ

きょうは二匹あった。

クマゼミ

庭で仰向けになりバタバタしていたので、家の中で様子を見た。

クマゼミ

アジサイの葉に移したが飛ぼうとしなかった。羽化の時何か支障があったのかもしれない。

クマゼミ

梅雨の晴れ間。2020年07月05日 20時53分34秒

風は依然としてあったが晴れた。
緑花センターの蓮はどうかなと行ってきたが、まだ十分ではなかった。

ミノルタを提げたおじさんが(向こうはオリンパスを提げたおじさんと思っているかもしれない)一生懸命少ない蓮を撮っていた。
「まだ十分咲いてないですね」
「そうやね。まだあかんね」
「咲き出したら朝早くから開けるとアナウンスがあるのですけどね」
「あれは今年ないそうや。この橋が結構狭いからということや」
「そうですか」
「今日来たのはね、このカメラが昨日届いたので試し撮り」
「ミノルタですか、あれは色がよくて写りもいいですね」
「そうや、デジタル2倍ズームも効くし、APS-Cレンズをつけたら1.5倍で結構クローズアップができるからね」
「いいですね」
とうれしそうであった。その気持ちわかる。そういえば最近はそういうトキメキの瞬間を味わったことないなー。
古い機材ばかりだものね。カイカイムシが起こっても先立つものがない。
よく写る機械がたくさん出てきているが、少しさみしい。

トンボなんかワンサカいるかと思ったがいることはいるが少なかった。
肝心の蓮の花は、少しばかり咲いているが、まだ十分ではない。
来週の中頃かな。

園内にはいくつかの東屋があり、その中で昆虫や鳥が来るのを待ったが、ホオジロだけが木の上できれいにさえずってくれた。

そういえば今日は東京都知事の選挙である。
ま、小池さんで決まり。
それよりAさんはどうなるのだろうか。
外野席がいろいろうるさいが、これほど国民をないがしろにした人はいないのでね。

九州の大雨被害も甚大である。中国もどうなるかわからない。
災害が起これば自分の身をどう守るかシミュレーションしておかなくてはいけない。
災害はいつ起こるかわからないからね。


こんな花はちらほらだった。


何かの幼虫。


赤とんぼ。


白い蓮もあった。


トンボ君達。


キキョウがきれいに咲いていた。


枝の先でさえずってくれた。


花の先っちょが少し赤いのが色っぽい。


アジサイの上にいた。キリギリスのようだがそうではないみたいである。調べておく必要あり。


キリギリスのようなバッタを撮っているとムカデが顔を出した。花をいじってなくてよかった。


アジサイはもう終わりであった。

花園村2020年07月03日 20時58分32秒

朝からは晴れていたが、天気予報通り雨になってきた。
今日は花園へ少し調べ物をしにいってきた。
花園では本降りになってきた。
昼すぎについたがちょうどネムノキが雨に濡れしっとりときれいだった。

車にはほとんどあわなかった。
三カ所ほど道路工事をしていて工事区間のための信号がつきその間車がたまった。
行きしなはほとんどが一台か二台であった。

雨が降っていたので恐竜ランドを見に行った。

花園村恐竜センター

恐竜はかなりできがいいし、屋外のものはほぼ実物大である。

花園村恐竜センター

結構リアルにできていて見るだけでも楽しい。

花園村恐竜センター

花園村恐竜センター

花園村恐竜センター

恐竜を見て歩き分岐の道をいくといきなり仏像が。

花園村恐竜センター

そして地獄があった。

花園村恐竜センター

こういうのを好きな人もいるけどね。

花園村恐竜センター

そして恐竜。

花園村恐竜センター

恐竜から地獄と、その変化に少し戸惑った。
ターゲットが中途半端な感じがした。
もう少し子供向けのもいるのではないか、という声もあった。
坑道が結構入り組んでいるので、エリア分けをし、展示内容をもう一ひねりする必要がある気がした。
ここまで来て地獄は見たくないので、子供が楽しめる内容がいいような気がする。
各エリア入り口に扉をつけ、どんな展示があるだろうかと思わせるワクワク感を演出するのも方法かもしれない。

昔見たときは動く恐竜もあった気がしたのだが、少し全体に小ぶりになった感じがする。このランドにもっとたくさんの人に足を運んでもらうにはどういう展示をすればいいか、かなり悩ましい課題である。恐竜のできがリアルでいいだけにもう一工夫がほしい気がした。
奇想天外な創作恐竜ばかりを集めたエリアを作っても面白いかもしれない。
今はやりのインスタ映えのする恐竜を作りSNS用キネンサツエイするのもいいかも。

見終えて
「寒かったです」と事務所の人に言うと、
「そうですね。一年中13度くらいですから今日位の気温だと少し寒いかわかりません。もう少し暑いといいのですけどね」

見学を終わると、雨がさらにきつくなってきた。

花園村恐竜センター

駐車場の横に山百合が3本咲いていた。この花もめっきり減った。

今日もいい天気だった2020年07月02日 22時48分34秒

今日もいい天気。
朝からまた一つホームページを新しくした。
やはり昔時間がなかった頃のは作りが荒く、デザインも悪い。
それに画像が重いのでリサイズしながらページを作り替えているので時間がかかる。
しかし楽しい作業ではある。

あれこれ作りたいのはたくさんあるが、最近のはブログに任せている。
ページの容量が多くなると追加料金を取られるので軽く軽くしている。
あまり軽くすると今度は画質が落ちてみるに耐えないようなものになる。
そのさじ加減が難しい。
今旅のページを作り直しているが、行ったときのことを思い出しながらリニューアルしている。
よくあちこち行ったなと思う。

yahooのニュースを拾い読みしていたら、『米科学誌「プロスワン(PLOS ONE)」に掲載された論文によると、豪ウエスタンオーストラリア(Western Australia)州の遠隔地の沿岸水深約2メートルの海底で、7000年以上前にアボリジニの人々が作製した古代の石器が数百個発見されたという。』という記事があった。すごいね。
これでオーストラリアの原住民の暮らしぶりがわかったらすばらしい。

日本では卑弥呼がどこにいたかというのが未だにわからないが、私は、古事記や日本書紀を作るとき都合悪いから歴史の事実から抹消されたのではないかと思っている。
きっと時の権力を握ったものが、卑弥呼がいたと言うことを後の世に引き継ぎたくなかったからだろう。
もし彼女がいたら天皇家を立ち上げるとき都合が悪いと思う。
秦の始皇帝がやったような焚書に近いことをやったのではないだろうか。

それは現在もある。
大事な公文書を、「それらの文書は廃棄しました」といとも簡単に、廃棄したとのたまう忖度マンがいつの時代にもいる。

写真は、最近“日本のアマルフィ”と呼ばれている雑賀崎の1975年7月のスナップである。急峻な地形に建物が張り付いたような独特の景観は、確かにアマルフィとよく似ているが、1975年当時は町中もクラシックで今より遙かによかった。

1975年7月田ノ浦漁港

漁をする舟はほとんどすべてが同じ色塗りで、これだけでもかなりインパクトがあった。

1975年7月田ノ浦漁港

1975年7月田ノ浦漁港

1975年7月田ノ浦漁港

バイクツーリングで思うこと2020年06月25日 22時30分25秒

そういえば若いときバイクで走るときは、走ってばかりで止まらないときが多かった。
ひたすら走って「今日は何キロ走った」と距離を自慢げに話しあった。

しかし考えてみるとツーリングというのは、本を読んでいる感じで、どうでもいいところは飛ばし読み、やはりいいところではじっくり立ち止まらなければいけない。
昔の会社の仲間が私とツーリングするのを嫌がったのは、私がよく止まり写真を撮ったり、町の景色をじっくり眺めるからであった。
必然ソロツーリングになり、それが常となった。

やはり走ること以外の楽しみが必要で、時間を十分取ったバイクツーリングは走ること以外の楽しみがあるからいい。
止まっていろいろめったにないものに出会ったときやイマジネーションの広がりを感じる出会いにわくわくする。
それがないと日常生活とあまり変わらなくなってしまう。

ということからすると、本当は二,三泊してじっくりツーリングをしたいがそうもいかないので、日帰りとなる。

昨日クロスカブCC110で走った一日は結構充実していた。
初めての道を走ったこともあるし、高速ではなく一般道オンリーだったこともある。

改めて道を車やバイクで、特に幹線道路を走るとよくわかるが、ホームセンター、薬屋、コンビニ、各種レストランのチェーン店の看板ばかりが目立ってきた。
それに時々意味不明のわざと町の景観を壊すようなデザインのパチンコやがある。

どの町を走っても概ね同じような風景になってしまっている。
日本の地方による風景の違いは幹線道路沿いに限って言えば、全く区別感がなくなり、町の個性がなくなっている。どの町もほとんど同じである。

その点和歌山の山間部は、それらの風景が幾分なりとも少ないので癒やされる。
新しい発見もしやすいし休憩もしやすい。

クロスカブCC110

こんなお地蔵さんにも出会う。和歌山は弘法大師さんがよく出てくる。

クロスカブCC110

クロスカブCC110

低いカーブミラーがあったのでキネンサツエイでカシャ!

クロスカブCC110

昼食は握り飯と、小さなインスタントラーメンとビスケット、そしてコーヒー。
幹線道路際ではこれが結構難しい。至福のひとときである。

特に田舎だとゆったりできる。このときは人も車も通らなかった。
ウグイスやシジュウカラの鳴き声がうるさいくらいだった。

クロスカブCC110

金屋から海南に抜ける峠道にあるお地蔵さん。
作ってきたポカリスェットを飲みながら一休み。

クロスカブCC110

ここのお地蔵さんは子供を抱いているとは知らなかった。かわいい。

クロスカブCC110

この峠道を工事している。ルートが変わりそうなのでこのお地蔵さんはどうなるのだろう。まだ当分かかるだろうけど。

クロスカブCC110

昨日のブログで書き損ねたが、対向したバイクの中に私と同じ黄色のクロスカブに乗ってツーリングしているのがいた。
挨拶をしたら返してきた。
「おぬしもクロスか」
向こうもそう思っただろう。

大雨2020年06月13日 19時35分07秒

朝から雨。
時々やむがすぐ大雨となる。
古民家での一夜はあけたが、なかなか良かった。
夏休みなどは結構泊まりが多いそうである。
昨日のプロジェクトでは、もっと人を呼ぼうということを言うつもりであったが、町の持つ様々な課題を聞き皆で議論する場となったので詳細な結論はでなかった。
高齢化社会となり、次代の担い手が少なくなっている現状と、そんな時代の働く場所と仕事をどう確保していくか。
非常に難しい問題である。

アメリカジガバチが今日は3匹がすだった。
もう21個の穴がある。


朝。


コーヒーを飲んだところからの景色。
このあと竜神スカイラインの花園パークにアジサイを見に行ったが一輪も咲いていなかった。
やはり気温が低いので遅い。


いったん降りてきて昼食。おいしかった。


花園にて2020年06月12日 17時36分26秒

朝から曇り。
少し蒸し暑い。
今日は病院の定期検診日で、少し遅くなったが、病院に行った。
何時もはバイクだが、今日は空模様がやばいので、車にした。
車だと渋滞があり時間が倍かかる。
いつも通り出たが病院には少し遅く着いた。
診断の番号をもらって待ったが、なかなか番号の表示が出なかった。
となりの女性に、話しかけた。
「遅いですね」
「そうですね。今日は特に遅くなっています。コロナがとりあえず沈静化してきたので病院に来る人も増えてきたのでしょうね」
「そうでしょうね」
それでも番号を呼ばれて診察を受けた。診察を受けながら担当の先生に
「コロナで政治家の悪さが見えてきましたね」
「さすが電通。やりますね。もう税金を払うのが嫌になりますね」
まったく。
結局終わったのは12時をかなりすぎていた。

昼食を食べてからかつらぎの花園にプロジェクトの打ち合わせに行った。
5時過ぎから9名ほどで食事をしながらの打ち合わせだったが、過疎地の持つ悩みなども聞くことができた。
「昔は川幅いっぱいの蛍が飛び交っていてそれはきれいだった。蛍の復活を目指します」
「おいしいのはハゼに似た魚で、今はもういないね」
などなど、話は尽きなかった。
焼き肉をしたが、猪肉が出た。
新宮で勤務していた時は時々食べたが、焼き肉で食べたのは初めてだった。
おいしかった。
夜は古民家に寝たが、カエルの声とがの飛ぶ音がうるさかった。
しかしこれは、昔味わったことで、懐かしい感じだった。
思ったより寒く無く薄い寝具でも快適であった。


ツマグロヒョウモン。
知らない間に羽化していた。
羽化の瞬間を写真に撮ろうと思っていたが、知らないうちに羽化していて部屋を飛び回っていた。


キャンプ場で夜遅くまで語り合った。


この古民家に泊まった。快適であった。
夜になって雨が降ってきた。

今日も快晴。熊野古道を少し散策2020年06月08日 21時59分49秒

今日も快晴だったがハローワークに行かなくてはいけない日だった。
朝早くからの”出社”だったが、その時間設定はテキトーだった。

とにかく処理を済ませ、熊野古道は今どうなっているだろうか、と気になり、山中渓駅まで走った。
山中渓駅でツバメのヒナたちが元気に騒いでいたが先客が一生懸命写真を撮っていたのでパスした。

古道そのものの変わりはないが、所々崩れたのか補修工事を二カ所ほどでやっていた。
大阪府と和歌山県のちょうど境に日本最後の仇討ち現場だという碑がたっている。
1862年に、高野山であった仇討ちが最後というが、これは1857年である。
高野の仇討ちの方が新しく参加者もたくさんいて地元の人たちが双方の死者を丁寧に弔っている。やはり高野の仇討ちの方が最後というのにふさわしい。

熊野古道

今は草に覆われている。少し貫禄が出てきている。


以前の碑で何もなくむき出しの状態である。もう20年以上前の写真である。


ここを境橋という。大阪と和歌山の境である。前を南海が走っている。


和歌山最初の中山王子は、生け垣の木が大きくなり、電柱が目立たなくなっていた。
これはいいね。


以前歩いたときのものだが、電柱がもろに見えている。
これも20数年前の写真である。


坂の途中にかわいい地蔵さんが2体あった。
以前歩いたときあったかどうか記憶が全然ない。
もしあったら写真に撮っていたはずだが・・


日よけがとってつけたようだがユニーク。名前もユニーク。


これは何というお地蔵さんか知らないが、独特なお顔立ちをしている。


少し間を置いてたっている。


和歌山への道の途中に巨大な高速道路の橋脚があるが、なんとなく危なっかしい。
この下には活断層が走っているのだけどね。


次の山口王子も訪ねたが、木が生い茂り万葉和歌も字が読みづらくなっていた。


この写真も中山王子と同じ日に撮影した20数年前のもの。この日はめちゃくちゃ暑かった。



家に帰ると蜂がまた2匹羽化していた。2匹とも逃がしてやったが、よく見るとアメリカジガバチである。
これまで4匹羽化したが、あと何匹残っているのだろうか。
ファーブルなら次のが出るまでずっと待ち続けるのだろうが、私はできない

夕方野菜に水をやったが、キュウリの花が咲いていた。ゴーヤの蔓もだいぶ伸びてきた。楽しみである。

暑いのか寒いのか。2020年05月19日 22時13分07秒

粉河寺大門前にいくつかある神社の一つが大神社である。
ここは規模は小さいが、日本の古来からの地域信仰の神社らしさをとどめている。
境内には樹齢千年以上の楠があり、古くからある神社のようである。
楠はパワースポットとして人気があるという。

大神社の樟

紀の川市の案内にあったので、5月11日、粉河寺に参拝した後行ってきた。
粉河寺の楠も立派だがこの神社のも立派である。
神仏混淆の時期には、同じ境内にあったのではないかと思う。
神社はこのくらいの大きさがちょうどいい。

大神社の樟

楠は、とにかく巨大である。惚れ惚れする。

大神社の樟

1000年生きてきて、いろんなことを見聞きしてきただろう。

大神社の樟

大神社の樟

提灯の柄は、舌をアレンジしたのかと思ったが、そうでもなかった。
何を表しているのかわからなかった。

今日は暑いのか寒いのかわからない天気だった。
新聞はビニール袋に入れられていたので雨が降っていたのだろう。
私が起きた頃は上がったばかりらしく降ってはいなかったが、生暖かい風がふいていた。晴れると今度は爽やかな風が吹き、気温が下がってきた。

世界中がWHOのことでもめている。
きちんと足並みをそろえてくれないと人類は破滅の道をたどる。
SDGsの精神はどうしたのだろう。

串本1973年2020年05月16日 17時53分20秒

今日は雨。
どこへも行けない。
またこれまでの写真を少し整理した。

串本の1979年のものであるが、この頃から串本だけではなく日本全体がドトウのごとく国土を壊しはじめた。
海岸線埋め立てをし川をせき止めダムを造り、田んぼでは農薬をまき散らかした。
そのしっぺ返しを今受けている感じがする。

ウナギが減ったと騒いでいるが、その原因は自分たちにあることにほっかぶりをしている。
ハード的に壊れたものはもう仕方ないが、今度は人の気持ちまで壊そうとしているアホがいる。

せめて田んぼや海岸線などの生態系を昔のように戻してほしいね。
例えば川から魚が田んぼに上がれるようにするとか、工夫をすればそれらはさほど難しくない。

もう専門家は当てにせず、自分たちの子供の頃を振り返りながら、可能な限り復旧させればいい。

温暖化で地球が狂ってきているとき、是非やらねばいけないことだと思う。
今度のコロナ禍が過ぎると食料の供給が十分でなくなる恐れがあるが、日本の食料自給率を少しずつあげるようにしないと大変なことになりそうな気がする。
専門家は、一応警告を発するが実際に自ら動くことは少ない。
風呂屋の看板、「ゆ」だけである。


まだ埋め立ては始まっていない。魚はよく釣れた。

串本1973年

同じ位置から浅海の防潮堤。養殖筏が見える。

串本1973年

夜この下に貝やなまこを採りに行った。たくさんあった。
今そんなことをすると袋だたきに遭う。

串本1973年

泳ぐのにはいいが夏になるとクラゲ「モエラ」が大量に流れ着きよくさされるのであまり泳がなかった。波も結構高かった気がする。今はサーフィンをする人がいるのかな。