今日も一日ハッキリしない天気。底冷えがした。2024年02月23日 20時31分28秒

今日は底冷えのする一日だった。
昼まで雨が降った。
今日はボールペン画を習いに行ったがなかなかうまくいかない。
ま、気軽に行こう。

写真は2016年2月23日の紀三井寺や和歌浦にいったときのものである。



芭蕉が紀三井寺にきていたことを知らなかった。
銅像まで建っていた。





何かいわれのある井戸のようだが押さえのホイールは余りに安直過ぎはしまいか。
もっと由緒ありげにしてほしい。


新旧の不老橋。




今日も一日雨。降ったり止んだり。2024年02月22日 21時17分05秒

今日も寒さはそれほどでもなかったが雨が降ったり止んだりした。
テクテクは行かなかった。
今日は猫の日(ニャン・ニャン・ニャン)おでんの日(ふーふーふー)でもあるという。
いずれもニャンコはつんつんいらい飼っていないしおでんも最近は食べていない。

写真は2015年2月22日のもので確かこの日が最後ということで見に行った。
貴志川から車で1時間ほどで着くが、山道を行く。
村人総出でこの祭りを楽しんでいた。
少し冗長さは否めなかったが、いい祭りであった。
しかし長い台詞をよく覚えたと思う。








世の中スマホの時代である。











この御田祭りは和歌山県の無形文化財と言うことだが続けなくては意味がない。
ここの寺の仏舞は有名で和歌山県の文化を知ってもらうために60年に一度だが何度か見たことがある。
私はもっと以前にこの寺に仏舞を見に来た。
この辺はもっと昔はこういう芸能が盛んだったと思う。しっかりしたものが多い。
やはり京都や奈良の影響があるのかもしれない。

一日雨が降った。今日の雨は粒が大きかった。2024年02月21日 20時45分41秒

今日は一日雨が降った。
ジャケットが濡れた。

今古い写真を整理している。
まず串本の家。
これは大分後の年代である。私が子供の頃は塀の前の道がむき出しで、イトミミズがたくさいた。金魚などの餌にした。
たまに上流からご飯粒が流れてきた。
塀のひび割れは地震の時ときく。
串本の家はどの家も塀が高かったり頑丈だったりした。
波と風に負けないように作られていた。
今はこの土地も売ってしまい、4階建てビルに変わっている。


これは1967年出雲の村の写真である。
多分能登の村もこんな感じで海と山に囲まれているのではないかと思う。
大きな津波が来ればひとたまりもない。


船着き場でここでよくウナギを釣った。


魚市場でサンマ(串本ではサエラ)が捨てるほど大量に獲れている。
今は昔。



その魚市場の遠景。


チリ津波の時学校をサボって津波を見に行った。
沖の船が横たわるように腹を見せ、それからこの市場に津波が押し寄せた。

センモンカのいうように10mの津波が来れば串本の町などひとたまりもない。
私の家は2度も浸かっているらしい。
戦争中と南海地震であり、戦争中は軍部が隠した。
それから90年近い。いつ来てもおかしくない月日が過ぎている。
心しておくべきである。

一日雨が降った。2024年02月19日 19時56分07秒

今日は一日雨が降った。その分暖かだった。
昔新聞配達をしていたときこんな暖かい雨の日は嬉しかった。
とにかく暖かかった。
そんな雨の日に写真の整理をしていたらNTTのビルが建つ前の写真があった。
この荒れ地が今のNTTのビルになった。
向こうの道が国道42号線になった。
ビルが建つ前は昆虫や生き物の宝庫だったが今はビル。
右手に網を干していた「ナル」の写真がある。

沖合が左からミョウガジマとツヤジマで津波の際には天然の防波堤になることがよくわかる。東海沖からの津波はわからないが、原発があれば被害は必至。
あのとき原発を誘致しなくて正解だった。

私が育った串本の家は道を隔てた所にあり電話(2年待った)をつけるとき声かけるくらいに近かった。


今はNTTもほとんど人がなくなったが、地域の防災ビルになった。
NTTビルは頑丈にできているので安心である。

今日も暖かい一日。今にも降りそうだったけど。2024年02月18日 19時32分48秒

今日は今にも雨が降りそうだったが降らず、暖かかった。
手袋が要らなかった。

写真は1980年2月の和歌山は浜の宮の海岸。
この頃はハマグリがいくらでも捕れた。
海苔を養殖していてそれ用の竹がたくさん立っていた。





前の杭一本ずつカモメがとまっているのが面白かった。
時折沖合を大型船が通り過ぎた。











ひとはこの頃から何かをなくしていったね。
今はなくし物に気がついても遅い。
そうならないためにも一生懸命になっているひともいるけどね。
Kさんがまたぞろ原発を作ると言い出しているけれど、10万年も人をおびえさせるのを作らせてはいけない。
地震大国日本に原発などもってのほかである。
あの人は余り民衆の事など気にかけていないね。

やはり日本は潰れる。

今日は曇っていたが暖かだった。2024年02月17日 20時20分49秒

今日は一日曇っていたが手袋が要らないくらいに暖かかった。
それにしても温暖化なのか暖かい日が続く。

写真は1980年2月17日本宮である。
最近はこうした風景も少なくなった。
ほとんどのおかーさんが前に子供を抱くようになった。
まして綿入れを着たのは見たことがない。


後ろに雪が積もっている。
本宮は雪が多かった。
この頃は寒い日が続いた。
でもこの冬も長期予報ではまた寒くなるとか。
しかし暖かかったり寒かったり一定しないね。

今日は一日降ったり止んだり。2024年02月15日 22時14分13秒

今日は降ったり止んだり気温はあったかだった。

プリンターが来た。メーカーから買った。
年代が新しい分幾分綺麗に感じるが。

写真は1979年2月。
どこで撮ったかハッキリしないが多分古座だと思う。






しかし毎日毎日裏金を追求しているが、もっと国税や検察がキリッとして憲法に違反していればそれなりの処罰をすればいいだけの話。
それをしないから国会でもめている。
それぞれの思惑が見え隠れしているのでそれが余計歯がゆいゐ感じがする。

今日は暖かだった。2024年02月11日 20時38分29秒

今日は暖かだった。これで梅の花が満開になるだろう。
所に寄っては桜が花を咲かせるかわからない。

今日は毎年行われている串本町大島水門神社祭礼。
串本や勝浦に住んでいる時、毎年行っていた。
ネガもたくさんある。
写真は1973年の2月。この当時祭りに参加した人々の顔は大体覚えている。
モデルさんがなんで来たのか全く思い出せないが我がグループが呼んだのではない事は確かである。
今でも続いているというのは素晴らしいことで、熊野はこうした船を使った祭りが多い。


串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

串本町大島水門神社祭礼

M氏は、6日には、教会からの選挙支援について「覚えていない」と否定した。
しかし翌7日の国会で関係者と推薦状を手にした写真を示されると「うすうす思い出してきた」と発言を方向転換。
翌8日には「サインをしたかはまったく記憶にない」と二転三転。
Kさんの選んだスタッフはロクなのがない。
しかしキックバックの金に税金がかからないのはおかしい。
Aさんの残した負の遺産は余りにも大きい。

やはり日本は潰れる。

今日は天気も悪かっし寒さもきつかった。2024年02月06日 20時12分00秒

冷え込みから行けばこちらに来て一番寒いかも知れない。
東京は大雪で交通が麻痺したとか。
これくらいの雪で大渋滞が起きてしまう。
富士山が爆発して東京がハイで埋もれたらどうする。
今の政治家さん方はどうしようもなく「検討」するだけだろうね。

今日は新宮のおとうまつりの日である。
Oさん等とよく登ったが今は写真撮影の入山が厳しくなったと聞く。
写真は今までとているものからピックアップしたものである。

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

新宮おとうまつり

今日はメチャ寒かった。冬という感じ。2024年01月25日 19時52分40秒

今日は晴れてはいたが昨日より底冷えがしたかんじで、気温もそれほど上がらなかった。
ウズウズとした一日だった。
手指もかなり冷える。

写真は1991年1月の古座川の人々の写真である。








瞑想ルームで自動車のマニュアルを見ているが、いやになってくる。
これではマニュアルの意味をなさない。
というのはせっかく絵を描いているのにページをめくる必要がある。
ユーザーはこのボタンのランプがつけばどうなるかこのランプの色がかわったらどうなるか、を知りたいだけだがそれがなくてひどいときは2ページ以上めくる必要がある。
それも後ろの方にページがある。

私もマニュアルをいろいろ作ってきたので良くわかるが、どうも保険の説明書を読んでいるようで、途中で挫折してしまった。
絵の下にボタンの色を教えてくれればいいのだけどね。
この車でないが、同じ会社の車のマニュアルを専門に作っている人からプレゼンを受けたことがある。

車の機能がスマホ並になって来たので、余計マニュアルを工夫しなければならない。
そんなことを考えながら瞑想ルームを出た。