雨と思っていたら晴れ2019年06月09日 22時23分26秒

雨だと思っていたが晴れてきたので、先週の「風景を歩く」にあった熊野古道中辺路のとがの木茶屋に車を走らせた。

すでに4,5回歩いたところだが、3年ほど前にいったきりなので、どのように変わっているか楽しみであった。

結構面白い出会いもあったが、それは明日書くことにする。
まずは途中でであった昆虫君たち。


このアゲハ、右の羽根が欠けていた。鳥にでも狙われたのかもしれない。


1センチほどのクモ。


カナブンが紫陽花の花の上。


バッタの幼虫。


久しぶりに見たギンヤンマ。
やっぱりいるところにいる。
池に魚がたくさん。鯉もいた。


バイクツーリングしている人がたくさんいた。
車もぐんぐん抜いていった。

葛城天神社護摩焚き2019年05月06日 18時06分29秒

昨日大和葛城山に登ったが、ロープウェイの山上駅を降りてすぐのところにある葛城天神社で、護摩焚きが行われていた。

これまで見た護摩焚きはお坊さんが読経をしてから火をつけたが、昨日のは長い長い口上のやりとりをし、弓を放し、刀で振り払い、まさかりで切るような所作をし、それから火をつけた。

何となくこれが正統な修験のスタイルだろうと思う。



ちょうどいいところに巡り合わせた。
面白かった。

修験道とは、縄文時代から受け継がれてきた日本古来の自然崇拝のとりわけ巨岩や山などの崇拝などの漠然とした宗教心を、主に仏教の思想体系を取り入れ、さらにその他中国の宗教である道教や儒教なども取り入れて形作られた日本独自の宗教であるのかもしれない。

護摩焚きはもともとインドが発祥で、密教の行事である。。
「供物」「供物をささげること」「犠牲」「いけにえ」を意味するサンスクリットのホーマ(homa)を音訳して書き写した語であるらしいが、それもうまく取り込み自然崇拝と組合わせている。

こうした自然と一体となる信仰の人ばかりであったなら、日本の国土もこれほど壊されていないだろう。


動画を少し撮った。
https://youtu.be/HD3oOetEJHc





護摩の周り四隅を回りながら矢を射る。


この女性は刀で祈祷した。


今度はまさかり。


護摩の種火。


火がつけられた。


時間が少なかったので最後まで見なかったが。途中で振り返ると護摩の煙が見えた。



高野山 桜に間に合った2019年04月22日 12時47分00秒

昨日の弁天岳の続き。
女人堂から歩いて金剛峯寺に向かった。
途中に金輪塔がある。
古さびてなかなか味のある塔である。
枝垂桜がまだ咲いていた。

高野山

高野山

屋根には杉なども根を張っていた。
少し気になった。

高野山

この時期の桜はきれいである。

高野山

金剛峯寺の参道入り口もきれいに咲いていて観光客に人気であった。

高野山

ガイドさんらしき女性が、御朱印と桜と景色を重ねて何枚もスマホで撮っていた。

高野山金剛峯寺

統一地方選挙があったが、沖縄と大阪で自民が負けた。
当然といえば当然だが、これが単なるブームで終わってほしくない。

なんとか今の政府を変えさせる、うねりが出てきてほしい。
今度の選挙結果を受けて、Aさんがどう動くか楽しみでもある。

観心寺・・その22019年03月24日 17時14分30秒

観心寺には、後村上天皇陵がある。

後村上天皇は、嘉暦3年(1328年)に京都で生まれ、正平23年(1368)になくなっている。
後醍醐天皇の皇子である。
延元4年 (39年) 後醍醐天皇のあとをうけ吉野を皇居としたが、賀名生 (あのう) に移った。
足利尊氏の帰順で一時入京したが、まもなく尊氏の謀反により賀名生に帰り、その後摂津住吉に移った。京都を回復してもすぐ奪回されて京都に還幸することができず、苦難の多い悲劇的な生涯であった。

楠木正成のことは知っていても、後村上天皇のことははっきり知らなかった。
今回の訪問で御陵を見た。
余り大きくはないがよく手入れがされていた。

観心寺

観心寺

観心寺

観心寺で目についたのが、境内にある石仏で、アンコールワットの彫刻を思い出した。
どの石仏も官能的な姿態と表情がいい。

観心寺

観心寺

観心寺

今朝も鳥がいい声で鳴いていた。イソヒヨドリだった。
遠くの方で、この鳥の鳴き声に呼応して鳴いているのがいた。

ニコンに70-300mmとケンコーのテレプラスをつけ撮ってみた。
まずまずの写りをする。

イソヒヨドリ

イソヒヨドリ

長保持2019年03月23日 20時14分59秒

今朝は昨日と打って変わって寒い朝だった。
お天気ニュースでも西高東低の気圧配置だと行っていた。
寒いはずである。

朝から医者へ行き普段の薬とカフンショーの薬をもらってきた。

昼から、「風景を歩く」で紹介されていた長保寺に行った。
長保寺はこれまでも何度か参詣したが、今日は丹念に見た。

今日の持ち出しレンズは、AFニッコール24-50mmと70-300mm、そしてマイクロニッコール50mm。

いきなり国宝が迎えてくれる。

長保寺



長保寺

長保寺は、平安時代中期の長保2年(1000年)、一条天皇の勅願により、性空によって創建され、年号から「長保寺」と号したという。
創建時は現在地より西方にあったが、鎌倉時代末期に現在地に移り、伽藍も整えられた。

寛文6年(1666年)、当地を訪れた紀州藩初代藩主徳川頼宣は、長保寺を紀州徳川家の菩提寺に定めた。
境内東斜面には広大な藩主廟所があり、頼宣以降の歴代藩主が眠っている。
その廟所は、台風で樹木が倒れているため、入ることができなかった。
鎌倉時代から南北朝時代建築の、本堂・多宝塔・大門の3棟が国宝に指定されている。

長保寺

本尊は釈迦如来座像。鎌倉時代のものという。

長保寺

この多宝塔も国宝。

長保寺

多宝塔の中にある、大日如来。

長保寺

本堂と多宝塔の間の小径を登ったところにある一間社流造、檜皮葺の小さな社殿であるが、道が通行止めだったので近くで見ることができなかった。

長保寺

この地蔵様誰かに似ている。

長保寺

さすが花の寺。いろんな花が咲いていた。

長保寺

長保寺

長保寺

長保寺

ぼけの花がよく咲いていたが、その花にミツバチが群がっていた。
おみくじが結ばれているのがいい。

長保寺

ゆったりとひなたぼっこのにゃんこ。これは70-300mm。

長保寺

かわいがられているせいか、人なつっこいにゃんこで、なでてやるとゴロゴロ。


長保寺

長保寺

頼宣は熊野の異文化に手を焼いていたが、籠で和歌山に帰る途中、この地が気に入りここを紀州徳川家の墓所にしたという。
その墓所を見たかったが台風の影響で倒木があり、いけなかった。
寺の建物も二棟が修復中で、数棟まだ屋根にブルーシートが掛けられていた。

奈良県川上村金剛寺2019年03月17日 21時34分29秒

毎日新聞のコラムで「風景を歩く」というのがあって、行ったこともないような寺社仏閣や地域を紹介している。
今週は川上村の金剛寺というお寺だった。

後南朝ゆかりの寺ということもあり、雨模様だったが出かけた。

大滝ダムを左手に見ながら国道169号線を南下し道の駅を少し走ったところにあると思って走ると、道の駅からすぐの高原トンネルが工事中か何かで大滝ダムの対岸の道に迂回させられた。
ダムを右に見ながらの、迂回道路は狭いので片側通行であった。
大きく迂回して再び169号線に入り5キロほど走ったところで左折し、橋を渡ると神之谷(こうのたに)という集落に入る。
細い人気のない山道をしばらく走ると、分かれ道に寺の名前を書いた古びた案内表示があり、表示通り道を下ると、目指すお寺はあった。

きれいな集会所があり、その上に金剛寺の鐘楼があった。
それほど高くない階段があるがその左手にある木の大きさにびっくりした。
樹齢何年くらいだろう。知識がないので何という木かもわからないが、とにかく長い年月ここに立っていることがわかる。

金剛寺はそれほど大きな寺ではないが、きれいに手入れが行き届き、地元の人々が大事に守っているのがよくわかった。

自天王、忠義王の両宮を祭神として金剛寺の境内に祠がある。
建武の新政後、北朝と南朝という2つの朝廷が存在する南北朝時代があり、室町幕府3代将軍足利義満の時代に、南北朝合一が行われたが南朝の後亀山天皇の時に南北朝合一がなされたが、和解条件に南北朝が交代で天皇を立てるという約束があった。しかし北朝はその約束を守らなかった。
そこで後亀山天皇の皇子・小倉宮は吉野に戻り、南朝復活の思いは後南朝としてその子・尊義王や孫へと受け継がれる。
尊義王が亡くなった後、子の自天王と忠義王は南朝方の忠臣や村人に守られながら暮らしていた。
しかし1457年に赤松家一族により両方の御所が襲われ、若い二人の皇子はあえない最期を遂げたという。

金剛寺の境内には宝物庫があり、自天王が着用していた鎧や兜が保管されている。
その宝物庫には菊のご紋があった
国の重要文化財であるそれらの遺品を見ることができるのが2 月5日の自天王をしのんで行われる朝拝式の時という。

南北朝から後南朝時代の歴史はややこしいのでよくわからない。

寺を見終わり車についた頃、あられが降ってきて、いつしか雨に変わり、山を下って国道に出た頃に大雨になった。
五条の京奈和道路に乗った頃は、夕日が差し込んだ。
変な天気だった。

奈良県川上村金剛寺

巨樹。

奈良県川上村金剛寺

妙な空模様。

奈良県川上村金剛寺

巨樹の根元のうろにある。

奈良県川上村金剛寺

奈良県川上村金剛寺

奈良県川上村金剛寺

この写真の右にある大峰山、高野山50度登山記念というのは凄い。

奈良県川上村金剛寺

天邪鬼かな?

奈良県川上村金剛寺

境内の小さな祠にあった仏像群。

奈良県川上村金剛寺

お地蔵さん。
そして境内左手に宮内庁管理の自天王の陵がある。

奈良県川上村金剛寺

奈良県川上村金剛寺


神社と菊のご紋のある宝物庫

奈良県川上村金剛寺

石段に咲いていたスミレ。

奈良県川上村金剛寺

今日は久しぶりにニコンを下げていった。
少し重いが撮っているという感じになる。

SDGsって?2019年03月03日 21時03分23秒

細菌国連が採択した持続可能な開発目標「SDGs(エス・ディー・ジーズ)」という言葉が盛んに言われ出してきた。
会社でもバッジをつけることになった。
基本的には「誰も置き去りにしない」社会の実現を掲げているのだが、はたして我が国はどうだろうか。
SDGs(Sustainable Development Goalsの略称)のことがわからなくて少し調べた。
基本目標は17あって、

1.貧困をなくす ... 「いかなるところでも全ての形態の貧困を終わらせる」
2.飢餓をゼロに ... 「飢餓を終わらせ, 食料安全保障と栄養改善を達成し, 持続可能な農業を推進する」
3.人々に保健と福祉を ... 「健康な生活を保証し, 全ての年齢層の全ての人々の良い暮らしを推進する」
4.質の高い教育をみんなに ... 「全ての人々に, 包括的で公平な, 良質な教育を保証し, 生涯にわたる教育機会を促進する」
5.ジェンダーの平等 ...
6.安全な水とトイレを世界中に
7.エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
8.働きがいも経済成長も
9.産業と技術革新の基盤をつくろう
10.人や国の不平等をなくそう
11.住み続けられるまちづくりを
12.つくる責任つかう責任
13.気候変動に具体的な対策を
14.海の豊かさを守ろう
15.陸の豊かさも守ろう
16.平和と公正をすべての人に
17.パートナーシップで目標を達成しよう

ということらしい。
国会中継を見てもバッジをつけた議員さんがいるが、民意を無視し続ける国がはたしてこれらのことをどれだけ理解してくれるだろうか。
日本の食品ロスは年間646万トン、世界規模でも生産される食料の3分の1に当たる約13億トンが廃棄されているという。そうした事実に全然無策である。
やろうとしているのだろうが国民に見えてこない。
海の豊かさを守ろうというのもあるが、民意を無視した埋め立てを強行しているのはどこの国だろうか。気候変動に対する手立てが、先進国の中で一番遅れているのを理解していない議員さん方がいる。
襟のバッジがむなしく見える。

世界に目を向ければ、住む街を破壊されて逃げ惑っている人がたくさんいる。
そんな人々に対し来るなと言う声が多くなってきている。

国連が大きな目標を持ち少しずつでも前進したら、この地球ももっと住みやすい星になるだろう。
とにかくまず戦争をなくすこと、「もったいない」を実践すること、自然を守ること。

夢枕獏さんのトークを大和郡山で2019年02月16日 23時28分18秒

何かのコンサートがあったときに手に入れた、パンフレットで見た夢枕獏さんの講演を聴きに大和郡山まで走った。

講演は大和郡山城の前にあるホールで行われたのだが、城の中に車を駐めた。

時間はあまりなかったので十分に見ることはできなかったが、なかなかの城だった。天守がほしいね。
門が重厚で素晴らしい。
石積みも面白い。

大和郡山城

大和郡山城

城内は梅がきれいに咲いていた。

大和郡山城

城趾会館。クラシックでいい建物だった。

大和郡山城

梅。

大和郡山城

大和郡山城

ホールのある建物は城から歩いて10分ほどのところにあった。
少し早く着いたので、同じ建物の中にあった図書館などを見学した。
ホールは300人ほどはいる大きさでちょうどよかった。

そして夢枕さんの講演。
話は阿倍仲麻呂から始まり、空海まで、いろいろあちこちしたが、面白かった。
びっくりだったのはモンベルの辰野会長が司会をしたことで、パンフレットでは1月の予定だったのが今日も参加していた。


長い付き合いの二人はお互いに、歯に衣着せぬトークで面白かった。


後半は少しイメージと違う展開で、少し戸惑った。
もう少し夢枕さんの話を聞きたかった。

辺野古埋め立て強行2018年12月15日 23時00分32秒

辺野古の埋め立てが始まった。
毎度毎度国民のことなどお構いなしに、やりたいことをやってしまう。
空からの写真を見ても素晴らしい海岸線だが、それを埋め立てる。

県が埋め立てが違法だとして埋め立て承認をしなくても、勝手に埋め立ててしまう。合意ができていないのに埋め立ててしまう。

法治国家ではない。

今日は法事でふるさと串本に行ってきた。
久しぶりの串本はいい天気も相まって、子供の頃のイメージのまま迎えてくれた。

法事が終わってのお昼は、おいしかった。
久しぶりに伊勢エビなどを頂いた。
特にうれしかったのはバイガイがあったことで、この貝は子供の頃よく食べた。もしこれが串本で獲れた貝ならなおうれしい。

久しぶりの新鮮な魚介類、やっぱりおいしい。

なんとなく胡散臭い2018年12月03日 18時15分41秒

秋篠宮様が、宮内庁の人にいろんな希望を言っても聞いてもらえず

「聞く耳を持たない」

とおっしゃっていたのがなんとなく心にひっかかっている。

秋篠宮様は、憲法改正をするのなら、そのあたりをきちんとしてほしいとの思いから、国民に聞こえるようにおっしゃったのではないかと思う。

その思いに対し、聞く耳を持たない宮内庁や政府は、戦前のように天皇に責任を持たせることをもくろんでいるような気がする。
これが杞憂であれば問題はないのだが。

なんとなく胡散臭いのである。
これは私だけの思いかなぁ。
天皇家の人々も人間であるから、やはりきちんと言っていることの真意をくみ取り、議論してほしいと思う。

写真は串本の大島。1990年のものである。
看板と猫の取り合わせがおもしろく、カシャとした。
この時のことはよく覚えている