九度山町厳島神社2016年07月13日 12時31分12秒

先日の龍神岳登山に行く折り、昼食を厳島神社で食べました。
特にここを目指したわけではないのですが案内板があり少し急な坂を下り橋を渡り再び坂を登ったところに嚴島の鎮守の森が見えてきます。

石造りの鳥居をくぐると、樹齢数百年(県指定天然記念物)の大いちょうがそびえ立っています。

高さが32m、幹回り4.35m、樹齢数百年ということで和歌山県の指定文化財です。

九度山町 厳島神社

きれいな境内で、その昔はここでいろいろ集会などを行ったのでしょうね。

九度山町 厳島神社

九度山町 厳島神社

この神社の歴史は、明治維新の廃仏毀釈や神仏分離により、古文書等を紛失したといいます。

残っていればいい記録があったと思います。

特にここは高野7口のルートであり貴重な文献があったと思います。

ここの神社は、古代は祭政共に天野明神に属して、嚴島神社は天野明神に属していたため、古澤の氏神として祀られたのは、天野神領が高野寺領となってからであろうといわれています。

ここはまた空海の弁才天信仰を受けて、承元元年(1208年)行勝上人が敦賀の気比、安芸の嚴島二神を天野明神に勧請合祀、四社明神を奉祀したことからも創建はこの頃ではないかともいわれています。

九度山町 厳島神社

かなり格式が高かったことを伺わせる拝殿の造りです。

九度山町 厳島神社

小振りですが歴史を感じます。

九度山町 厳島神社

塀が今にも倒れそうなのが気になりました。
カタツムリが一匹、這っていました。

九度山町 厳島神社

隣に護国神社がありました。

九度山町 厳島神社


8月16日に執傘鉾神事(五穀豊饒祈願、雨乞い)、例祭日には流鏑馬と、えびすのお渡り(豊年感謝)神事が行なわれていたということですが、流鏑馬は途絶えてしまってようです。

流鏑馬が祭の行事でなくなった神社があちこちにありますが少し残念ですね。
昔は本物の馬を飼っている神社が多かったのですが、今はほとんど見かけません。

傘鉾神事は元禄13年(1700年)より伝わる行事で傘鉾3基を先頭に、若衆が素足で笹の葉を持ち、笛、太鼓の囃で練り歩き五穀豊饒を祈り雨乞いをするそうです。

明治10年9月から笠木、上古澤、中古澤、下古澤、椎出に鎮座する小社をこの厳島神社に合祀したということです。
この神社にある能装束等は国指定重要文化財。

神社の境内は周りが原生林で生い茂り、とはいってもこの辺りは原生林ばかりですが、昔の神社の形や信仰雰囲気を感じることが出来ます。

ここの例祭も面白そうで、一度見てみたいと思いました。
ちょうどこの日選挙の日であったので、境内の集会場は投票所になっていました。
人口もそれほど多くないこの地域なので、30分ほどいる間に選挙に来たのは2人でした。

九度山町 厳島神社

神仏が一緒だった頃の面影を残す石塔が祠の裏手にありました。

次の祭りには来よう。