ブルージュ 鐘楼 ― 2011年11月12日 22時37分27秒
ブルージュの街のどこからでも見える鐘楼は、上に登ることができました。
急な螺旋階段をのぼります。
塔の上にはカリヨンをならすための巨大な装置がありました。
大きなドラムにピンがついていて、それが廻ります。
巨大なオルゴールという感じです。
これが登っているときなったらすごい音だと思います。
急な螺旋階段をのぼります。
塔の上にはカリヨンをならすための巨大な装置がありました。
大きなドラムにピンがついていて、それが廻ります。
巨大なオルゴールという感じです。
これが登っているときなったらすごい音だと思います。
中庭です。
一人の男性が、演奏をしていました。
非常にクリアな音で、耳に心地よかったです。CDを販売していました。
鐘楼へ登るとブルージュの街が一望できます。
特徴のある屋根が街全体に続いているのがよくわかりました。
不要な看板のないことが、これほど心地よいものかと感心しました。
さすが世界遺産。
別に看板はなくても世界中から大勢の観光客が来ています。
遠くを見ると、なんと風力発電の風車がたくさん回っていました。
このあたりのヨーロッパのすごさを見習ってほしいですね。
とにかくいいと思うことはやってみるという姿勢がいいですね。
それも世界遺産の街で。
大阪をはじめ、関西の街の景観がますます悪くなっているのを見るにつけ、こうした景色をうらやましく思いました。
大阪でよくなったのは中の島周辺でしょうか。
あと20年して最近植えた桜の木が大きくなったときが楽しみです。
しかしこの鐘楼から見えるブルージュの街の、360度同じ景観を超えることはまず不可能ですね。
ブルージュ ― 2011年11月13日 23時50分16秒
ブルージュの街にもう一つ高い塔があり、それが聖母教会です。
中にも入りましたが、ちょうどミサをやっていて、綺麗な歌声も聞こえてきました。
中にも入りましたが、ちょうどミサをやっていて、綺麗な歌声も聞こえてきました。
運河から見た土産物売り場でしょうか、仏様がこちらを見ていました。
色使いがいいですね。
運河をボートで行きます。
景色がいいのでついついシャッターを押してしまいます。
まだ十分チェックしていませんので、手近な写真をアップしました。
愛の泉公園。たくさんの鳥が遊んでいました。
船が来ても平気でした。
大阪の中之島にもこういう景色ほしいですね。
帰り際になって心配していた雨が降ってきました。
雨に濡れた石畳もまたいいです。
ヨーロッパの車はこの石畳をクリアしなければいけないので、必然的に足回りがよくなります。サスペンションにかかる負担はかなりハードで柔なサスペンションではもたないでしょう。
この石畳、地下のインフラの修理の時も、必要なところだけをめくって修理できるのでいいですね。
日本のように交通遮断をしてアスファルトの張り替えなどしなくていいので、コストも安く済みます。
日本でもせめて新しい団地の歩道などはインターロッキング方式に徹底すればいいのに、といつも思います。
ここ数日旅行の振り返りも兼ねて、写真をピックアップして並べましたが、これからきちん写真をチェックし、ホームページにしていきたいと思います。
珍道中記の中に、日本との比較をしながらまとめていけたらと思います。
お月様が二つ?? ― 2011年11月14日 23時20分45秒
シトロエン2CV ― 2011年11月15日 17時55分45秒
銀杏 ― 2011年11月16日 18時06分14秒
最近うれしいこと ― 2011年11月19日 17時11分55秒
久々に日本カメラを買いました。
これまでいいカメラがでないので、本を買ってまで見る気がしなくなっていたのです。
ところが、最近各カメラメーカーが本気になってきたので、いいカメラが次々と出てきました。
これまでは、粗製濫造で同じようなカメラがいっぱい出てきて、ユーザーもどれを買えばいいのか迷ってしまっていましたが、ここに来て本格的なカメラが出だしてきました。
これまでの中途半端なコンパクトデジカメは、ほとんどが同じメーカーで作ってコンピューターの余裕がある分、販売各社がそれぞれ独自のシステムを組み込んで売っている感じがします。
スタイルが似ていてスペックがほぼ同じというカメラはそういう作りになっていると思います。
そのかわり、どれを買っても性能は変わらないということになります。
ところがこのごろは各カメラメーカーが方向転換をし、写真を撮るだけではなく、持っているだけでも楽しいようなカメラを出してきました。
ニコンのニコン1やソニーのNEXー7、パナソニックGX1などミラーレス1眼もいいですね。
それに加えて、リコーのGXR、ユニットのいいものを次々と出してきました。これもいいですね。
そして今一番悩んでいるのが富士フイルムのX10です。
往年のレンジファインダーカメラのデザインそのままにCCDをコンパクトデジカメより少し大きくして、金属削りだしのダイヤルで使いやすくしています。これって撮影するとき楽しいのです。
こういう本物志向のデジカメがどんどん出てくると、その情報を知りたくなり、カメラ雑誌を買ってしまうのです。
このことはすべての商品につながりますね。
こだわった本物を出すことで、各メーカーがグレードを競争するようになるとユーザーも本気で考えるようになると思います。
ユーザーも鍛えられるので、さらにいい方向に向かいます。
これからは、持っていることがステータスとなり、またそれを使いこなすことで満足を得られる、そんな「道具」を作ることが、日本のメーカーが世界で生き残るポイントですね。
日本のカメラが他国の追随を許さないのは、いろいろありつつも軌道修正しながらまねのできない製品を出し続けている事にあると思います。
これまでいいカメラがでないので、本を買ってまで見る気がしなくなっていたのです。
ところが、最近各カメラメーカーが本気になってきたので、いいカメラが次々と出てきました。
これまでは、粗製濫造で同じようなカメラがいっぱい出てきて、ユーザーもどれを買えばいいのか迷ってしまっていましたが、ここに来て本格的なカメラが出だしてきました。
これまでの中途半端なコンパクトデジカメは、ほとんどが同じメーカーで作ってコンピューターの余裕がある分、販売各社がそれぞれ独自のシステムを組み込んで売っている感じがします。
スタイルが似ていてスペックがほぼ同じというカメラはそういう作りになっていると思います。
そのかわり、どれを買っても性能は変わらないということになります。
ところがこのごろは各カメラメーカーが方向転換をし、写真を撮るだけではなく、持っているだけでも楽しいようなカメラを出してきました。
ニコンのニコン1やソニーのNEXー7、パナソニックGX1などミラーレス1眼もいいですね。
それに加えて、リコーのGXR、ユニットのいいものを次々と出してきました。これもいいですね。
そして今一番悩んでいるのが富士フイルムのX10です。
往年のレンジファインダーカメラのデザインそのままにCCDをコンパクトデジカメより少し大きくして、金属削りだしのダイヤルで使いやすくしています。これって撮影するとき楽しいのです。
こういう本物志向のデジカメがどんどん出てくると、その情報を知りたくなり、カメラ雑誌を買ってしまうのです。
このことはすべての商品につながりますね。
こだわった本物を出すことで、各メーカーがグレードを競争するようになるとユーザーも本気で考えるようになると思います。
ユーザーも鍛えられるので、さらにいい方向に向かいます。
これからは、持っていることがステータスとなり、またそれを使いこなすことで満足を得られる、そんな「道具」を作ることが、日本のメーカーが世界で生き残るポイントですね。
日本のカメラが他国の追随を許さないのは、いろいろありつつも軌道修正しながらまねのできない製品を出し続けている事にあると思います。
海龍王寺 ― 2011年11月20日 21時48分15秒
久しぶりに奈良に行ってきました。
海龍王寺に会津八一の碑を探しに行きました。
あまり目立っていませんがいいお寺です。
ここは空海が唐にわたる安全祈願のために参籠して般若心経を1千巻を書写したところでもあります。
境内の西金堂には国宝の五重小塔があります。
重要文化財も7つもあり、かなりなお寺だったのですが、廃仏毀釈の嵐に遭い、荒廃してしまったそうです。
海龍王寺に会津八一の碑を探しに行きました。
あまり目立っていませんがいいお寺です。
ここは空海が唐にわたる安全祈願のために参籠して般若心経を1千巻を書写したところでもあります。
境内の西金堂には国宝の五重小塔があります。
重要文化財も7つもあり、かなりなお寺だったのですが、廃仏毀釈の嵐に遭い、荒廃してしまったそうです。
五重小塔。国宝です。
重文の仏像群は残念ながら、「仏様にも肖像権がある」との張り紙で、撮れませんでした。
会津八一の碑は最初はわからず社務所の方に聞きました。
社務所のバラエティ番組によく出てくるタレント(名前は忘れました)によく似た女性が、「西金堂の脇の奥の方にあります」と答えてくれました。
そして教えられたところに行くと、ありました。
しぐれのあめ いたくなふりそ
こんだうの
はしらのまそほ
かべにながれむ
海龍王寺をでて法華寺の前を通りかかったとき、平城京跡からずっとヘリコプターが2機上空を旋回しているし、やたら警官が多いので、何となく普段と違う雰囲気を感じていたのですが、法華寺に来てそのわけがわかりました。
この方が法華寺に来ていたのです。
周りの黒づくめの警護のひとも昔と違って割と朗らかな?方が多くて皇太子様が法華寺からお出でになるのを待つ間、周りの人に気軽に声をかけていました。
皇太子様は気軽に待っていた皆に声をかけ、笑い声が絶えませんでした。
やっぱりオーラがでてるというか、ほかと違う雰囲気がありますね。
皇室もだいぶ変わってきましたね。
明日は橿原に行くそうです。
いずれにしろ今日一番のサプライズでした。
お出でになるのを待つ間、隣の中年の女性が、
「おひとりでさみしいですね」と声をかけてきた。
「そうですよね。雅子様を見たかったですね。お父さんも体調崩しているしね」
結局ここで30分ほど時間をとってしまい、次の目的であった般若寺に着いたのは、4時30分を過ぎており、入れずじまいでした。
ま、いいか。
あ!かんれき過ぎて ― 2011年11月21日 12時24分36秒
最近車をバックで駐車場に入れ、外に出てみると車が見事にゆがんで駐まっているときが多くなりました。
新車のRAV4になってから幾分この傾向は少なくなりましたが、他の車ではやはりゆがみます。
なぜRAV4がまっすぐに駐車できるか不思議なのですが、ともかく、あまりいい傾向ではないと常々思っています。
先日のニュースでは、高齢者の転倒事故が多く、救急車の搬送事例で7割が転倒によるものだと言います。
私本人は高齢者とは思っていないのですが、あげていると思っていた足が上がりきらずに残り、躓くと言うことが若干多くなりました。
駐車場にまっすぐ入らないのもその延長かなと気をつけながら車庫入れをしています。
踝を痛めたときも、躓いたのが原因でした。
あぐらをかいていて立ち上がろうとしたとき、テーブルの脚を避けようとして足をかわしたと思ったのが、かわしきれなくて不自然に立ち上がったためでした。
その前に、予兆として踝を回すとクリクリと音がすることありました。
整骨院で足をマッサージされながら聞くと、骨と骨の間に神経が挟まれて痛むと言うことでした。
「これって老化ですか?」と聞くと、
「いえいえそうではありませんが、年をとると多くなりますね」
おいおいそれって老化のせいと言っているようなものじゃないか。
最近やっと普通に歩けるようになりましたが、まだサポーターをはずせないでいます。折りにギクッと痛みが走ることがあります。
もう一つ感じることが、ネジ類を扱うときで、ネジなどを締めようと手に持つと、ポロッと指先から落ちてしまいます。
昔はほとんど落ちることがなかったのに、と思いながら落ちたネジを探します。
ところがここでも問題があります。
落ちたネジをとことん探す根気がなくなってきたのです。
いけない傾向ですね。
それやこれやで自分自身の年齢による立ち位置を振り返ると、やはり事故防止のために最善を尽くしていかなければならない年齢になったと自覚する必要がありそうな気がします。(「ある」と断定しないところがまだ年寄りといいたくないためです。微妙なところですね)
そういえば村の船頭さんの歌詞には、
「村の渡しの 船頭さんは 今年六十の おじいさん 年はとっても お船をこぐときは 元気いっぱい 櫓がしなる(この歌、2番3番が、戦時中そのものです。あらためてびっくり)」
とあり、60才でかなりのお年寄りの分類をされています。
私とすれば、
「今年80のおじいさん 年はとっても バイクに乗るときは 元気いっぱい ハンドル握る」
を目標にしています。
少なくても70才くらいまではバイクに乗れるように気をつけたいです。
そこでこれからどうすれば年をとってもハンドルを握り続けられるか、いろいろ調べました。
結局は意識をしながら歩くことに尽きそうです。
実は腰痛もずっと抱えていて最近は生活の立ち居振る舞いに支障をきたしていましたが、先日少し山歩きをしただけで治ってきました。
ものの本によると、踝の痛みも肩の痛みも腰から来ていると言うことです。
腰という字は、体の要という意味ですものね。
これまでの反省も込めてさらに積極的に歩くようにし、歩くときは意識的に姿勢をきちんとし、周囲状況に注意を払い、ぶつかったり転ばないための最善の方法を考えながら歩こうと、決心しました。
それに加えて、
「家の中の躓く要素のあるものの整理整頓をする(気分的にもさわやかになる)」「赤信号を無視してわたらない(昔のようにダッシュが効かない)」などを実践しようと決意しました。
そういえば最近アクセルとブレーキを踏み違えてコンビニにつっこむお年寄りが多くなりました。
ハンドルを握っている限りそういう事故を起こさないようにしたいものですね。
たくさん歩いて腰痛をなくすことで、踝も痛みが少なくなり、駐車場にうまく入るようになると信じています。
それに加えてカヌーを漕いで肩胛骨を鍛え、写真を撮ったり絵を描くことで脳の活性化を図っていかなければと思います。
さあ、がんばろう!
今年ももうあとわずかです。
新車のRAV4になってから幾分この傾向は少なくなりましたが、他の車ではやはりゆがみます。
なぜRAV4がまっすぐに駐車できるか不思議なのですが、ともかく、あまりいい傾向ではないと常々思っています。
先日のニュースでは、高齢者の転倒事故が多く、救急車の搬送事例で7割が転倒によるものだと言います。
私本人は高齢者とは思っていないのですが、あげていると思っていた足が上がりきらずに残り、躓くと言うことが若干多くなりました。
駐車場にまっすぐ入らないのもその延長かなと気をつけながら車庫入れをしています。
踝を痛めたときも、躓いたのが原因でした。
あぐらをかいていて立ち上がろうとしたとき、テーブルの脚を避けようとして足をかわしたと思ったのが、かわしきれなくて不自然に立ち上がったためでした。
その前に、予兆として踝を回すとクリクリと音がすることありました。
整骨院で足をマッサージされながら聞くと、骨と骨の間に神経が挟まれて痛むと言うことでした。
「これって老化ですか?」と聞くと、
「いえいえそうではありませんが、年をとると多くなりますね」
おいおいそれって老化のせいと言っているようなものじゃないか。
最近やっと普通に歩けるようになりましたが、まだサポーターをはずせないでいます。折りにギクッと痛みが走ることがあります。
もう一つ感じることが、ネジ類を扱うときで、ネジなどを締めようと手に持つと、ポロッと指先から落ちてしまいます。
昔はほとんど落ちることがなかったのに、と思いながら落ちたネジを探します。
ところがここでも問題があります。
落ちたネジをとことん探す根気がなくなってきたのです。
いけない傾向ですね。
それやこれやで自分自身の年齢による立ち位置を振り返ると、やはり事故防止のために最善を尽くしていかなければならない年齢になったと自覚する必要がありそうな気がします。(「ある」と断定しないところがまだ年寄りといいたくないためです。微妙なところですね)
そういえば村の船頭さんの歌詞には、
「村の渡しの 船頭さんは 今年六十の おじいさん 年はとっても お船をこぐときは 元気いっぱい 櫓がしなる(この歌、2番3番が、戦時中そのものです。あらためてびっくり)」
とあり、60才でかなりのお年寄りの分類をされています。
私とすれば、
「今年80のおじいさん 年はとっても バイクに乗るときは 元気いっぱい ハンドル握る」
を目標にしています。
少なくても70才くらいまではバイクに乗れるように気をつけたいです。
そこでこれからどうすれば年をとってもハンドルを握り続けられるか、いろいろ調べました。
結局は意識をしながら歩くことに尽きそうです。
実は腰痛もずっと抱えていて最近は生活の立ち居振る舞いに支障をきたしていましたが、先日少し山歩きをしただけで治ってきました。
ものの本によると、踝の痛みも肩の痛みも腰から来ていると言うことです。
腰という字は、体の要という意味ですものね。
これまでの反省も込めてさらに積極的に歩くようにし、歩くときは意識的に姿勢をきちんとし、周囲状況に注意を払い、ぶつかったり転ばないための最善の方法を考えながら歩こうと、決心しました。
それに加えて、
「家の中の躓く要素のあるものの整理整頓をする(気分的にもさわやかになる)」「赤信号を無視してわたらない(昔のようにダッシュが効かない)」などを実践しようと決意しました。
そういえば最近アクセルとブレーキを踏み違えてコンビニにつっこむお年寄りが多くなりました。
ハンドルを握っている限りそういう事故を起こさないようにしたいものですね。
たくさん歩いて腰痛をなくすことで、踝も痛みが少なくなり、駐車場にうまく入るようになると信じています。
それに加えてカヌーを漕いで肩胛骨を鍛え、写真を撮ったり絵を描くことで脳の活性化を図っていかなければと思います。
さあ、がんばろう!
今年ももうあとわずかです。
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