観音峰登山その32015年10月05日 22時24分48秒

観音峰登山の続きです。

途中に観音の岩屋というところがあります。
観音峰のちょうど中間あたりでしょうか、ルートから100mほど外れたところにありました。
案内板があったので、下りの時に立ち寄りました。

この辺りは大きな奇岩が多く岩を見るだけでも面白いところです。
岩屋の近くにお城の入口のような抜け穴のような岩がありました。

私はこの奥に何かあるのではないかとリュックを担いだまま行きましたが、つっかえて入れず、リュックを下して中に入りました。

「がーーん」

この岩の間にあるとがった岩で頭を打ち、大きなたんこぶを作ってしまいました。

この岩をくぐっても何もありませんでした。
頭の打ち損でした。

今日もまだたんこぶは腫れています。

観音の岩屋

その昔南北朝のころにここではいろいろと戦いがあったようです。

観音の岩屋

観音の岩屋

後村上天皇はこの岩屋に逃げ込んでいたのですね。

観音の岩屋

この小さな岩屋に家来とともに逃げ込めたのかどうか、などと野暮なことは考えないようにしましょう。

観音の岩屋

いずれにしろ権力争いの犠牲になったことは確かです。

観音の岩屋

岩屋の中には不動明王らしい像などがありました。
中に入りたかったのですが、山登りの途中で足腰にかなり来ていたので、外から眺めるだけにしました。

観音の岩屋

山を下ったところに菊の御紋が上がっている休憩所がありました。
明治期に時の皇后がここを訪れたことがわかる碑がありました。

観音の岩屋

東屋にも菊の御紋がありました。熊野古道の大峰奥駆ルートは、大辺路や中辺路とは一味違った歴史があり面白いです。

そして下の写真は現代。

今日は用事で守口まで行きましたが、街中を流れる「どぶ川」風景です。
スマホで撮りました。

天川並みのきれいさとは言いませんが、せめて川底が見えるくらいのきれいさがほしいですね。
生き物の気配が乏しい水路です。

守口にて

今日はうれしいこともありました。

ノーベル賞に大村さんが選ばれたということで、私はそんな立派な人がいたことは知りませんでしたが、日本国内では知る人ぞ知るで、外国の人々のほうが評価してくれ、そしてこの受賞なのですね。

うれしいですね。