ポスト平成に思うこと2019年01月17日 17時17分49秒

今朝も寒かった。
夜明けが遅いのと曇っていたせいで陰鬱な雰囲気だった。

30年続いた平成がいよいよあと4か月でおわる。
昭和、平成と過ごしてきたコキにとって、どういう時代になるのかある意味楽しみである。
ただ昭和の中間、戦後すぐを体験したものにとって、平成の時代のあらゆるものに違和感を感じる。
昨日も書いたがゴミ問題、平成になって「もったいない」という言葉をきちんと聞いたことがない気がする。

昭和は、「もったいない」で始まった気がする。
鍋の底に残った米粒は、障子を貼るノリになった。
台風の時に打ちあがった材木は、薪になった。

電気も各部屋に小さな裸電球がひとつづつであった。

平成になってから、一気におかしくなって、消費が美徳になってしまった。
国も国民から借金をいっぱいして、その負債を減らそうとせず、そのツケを後回しにした。
平成になってからの様々な問題がほとんどなし崩しに先送りされているのを痛感する。

どこかの国の言いなりになってその場しのぎの議論ばかりを繰り返し、平成の終わりを迎えた気がする。

今のわが国で、国のために死ねる、という人がどれだけいるか、国をよくしようとコブシを上げる人がどれだけいるだろうか。
全世界がきな臭くなってきているとき、あってはならないことだが日本が戦争に巻き込まれたとき、若い人が戦争の空気をどう自分のものとしてとらえるだろうか。
今の様子では、大半が、戦争は自衛隊がするものだと思っている。

平成の次の時代は、あまり胸ワクワクする時代ではない感じがする。
AIが進展するといっても、それは人の領域を犯すだけだし、IOTの時代を迎えるといっても高齢者が多くなって、その仕組みや使い方を理解できなかったら、使えない高齢者は枠外に置き去りにされそうな気がする。

私は、ポスト平成の時代は、人にとってより快適な生活を営めるようなシステムつくりをしてほしいと思う。
昨日書いたがごみを無くすことをはじめとし、貧富の差をなくすこと、空き家をなくすこと、CO2を減らして海山川をもとの生態系に近づけることなどがある。
これらはその気になればすぐ取り組める。

それをしたうえで、AI、IOT、ICTのテクノロジーをより良いものに高めていってほしいと、一番年寄りの比率が多くなる団塊世代のコキになったものの、ポスト平成の時代への希望である。

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